第26話 役割を演じるもの
翌日の放課後。
二年B組の教室で僕と星原、それに日野崎と明彦は顔を突き合わせて話し合っていた。
「結局どういう事だったんだ? アヤちゃん先輩は俺たちの求める答えを教えてくれたのかい?」
「あたしも気になってたところだよ」
二人は口々に尋ねる。
喫茶店からの帰り道で僕の出した結論に対し、星原は「当たらずとも遠からずといったところね」と返した。
彼女の考えでは、演劇部で活躍していてそれなりに人望もある仙川さんだけに隠して、それ以外の部員全員が「佐藤」という概念を共有するのは流石に苦しいとのことだ。
だけど、と彼女は続けた。
「今はまだ『佐藤』という人物の正体を断言はできない。だけどある程度の推測はできる」
星原は昨日の帰りと同じように、二人の前で説明を始めた。
「月ノ下くんたちに調べてもらった演劇部員からの『佐藤』という人物についての証言を聞く限り、その人間像はあやふやで、しかも部員や一年C組にも佐藤という名前の人間がいる。だから私はこう考えていたの。演劇部員の中の誰かが『佐藤』という架空の人間を作り上げていた」
明彦は星原の言を聞いて眉をしかめる。
「いや、しかし仙川はメッセージのやり取りもしていたみたいだぜ?」
「それについてだけれど、昨日幡ヶ谷さんに話を聞いた限りでは、複数の人間が共謀して『佐藤』という名前の人間を作り上げていた可能性がある」
「複数の人間が作り上げていた?」
「少なくとも、部長の烏山さんはこの件に絡んでいる一人だわ。おそらく高井戸くんもね。そして他にも協力者がいる。彼ら全員が佐藤という新入部員の正体」
僕もそこで口をはさんだ。
「つまり何人もの人間がかわるがわる演じ、証言をでっちあげては『佐藤』という人間が存在しているように思わせていたらしいんだ」
日野崎は納得できないとばかりに首をかしげる。
「だけどそんなことに何の意味があるの? 何のためにそんな面倒なことを?」
「そこについては、ある程度の予想はついているけれど」
「どんな?」
「現時点ではまだ私の想像の域を出ていない。もう少しはっきりしてから話させてほしいの。だけど解っていることもある」
星原はノートにシャープペンでA、B、Cと書き出した。
「まず、『佐藤』という人物を実際に演じていた人間、つまり仙川さんとメッセージのやり取りをしていた人間Aがいる。例えば、やり取りしている人間が急に交代したらどうしても文章の癖が変化するだろうし、内容だって前の人が仙川さんと交わした会話とつじつまを合わせないといけなくなる。でも仙川さんはそういう違和感は覚えていなかった。ということは一人の人間が一貫して仙川さんとやり取りしていた可能性が高い」
「それがメッセージ担当のAか」と明彦が相槌を打つ。
「次に『佐藤』という人間の存在を客観的に証言するポジションの人間B。一人の人間が佐藤という新入部員が入ってきたと言っても、本人の顔を見せずに実在を信じさせることは難しい。でも口裏を合わせる協力者がいれば、説得力が増す」
「証言者Bってところだね?」
日野崎が腕を組んで頷いた。
「最後に『佐藤』という人間を作り上げて周りに指示をし、総括している人間。首謀者C。最低でも、この三つの役割を担当している人間が存在していることになる。そして誰がその三役を担当しているのかもある程度見当はついている。でも確実な証拠がないとはっきり断言することはできない」
「なるほどな」
「どうしたもんかねえ」
二人はそれぞれ頭を抱える。
「いや。方法はあるさ」
僕の言葉に明彦が「おお」と目を見開いた。
「何か策でもあるのか? 一つご教示願いたいねえ」
「まず、日野崎に確認するけど、演劇部員たちは携帯電話の連絡アプリを使ってやり取りをしているんだよね?」
「うん。アプリでグループを作ってその中でやり取りしていたはずだよ。あたしも一応まだグループに入っている」
日野崎が唐突な質問に目をぱちくりとさせながら答える。
「でも『佐藤』という新入部員はそのグループの中でアカウントを持っていて、仙川さんと直接やり取りをしていた」
「そうなるけど」
「じゃあ、どうやって? 佐藤を演じるには、自分の本来のアカウントの他にもう一つ、『仙川さんとやり取りをするためのアカウント』が必要だ。でも部員の中で複数の携帯電話を持っている人間なんているのか?」
「……うーん。確認したわけではないけど、たぶんいないね。社会人だったらまだしも、未成年だったら携帯電話の契約者は保護者だもんねえ。二つも携帯を買ってもらえる人なんて考えにくいかな。基本料金だって結構するものね」
「そこなんだ。気になって調べてみたんだが、あの手の連絡アプリで複数のアカウントを取る方法はいくつかある。ただその場合パソコンかタブレット、つまり携帯以外のデバイスに連絡アプリをダウンロードしないといけない」
ははあ、と日野崎は得心したように手をたたいた。
「つまり、タブレット端末かノートパソコンを持ち歩いている部員がメール担当Aの可能性が高いってことだね!」
「そうなんだけど、日野崎の知っている演劇部員に心当たりはあるかな?」
「えーと、脚本を書くためにノートパソコンを持ち歩いている子がいたし、あとタブレットを使って部活の作業分担整理をしている子もいたかな。そんなに多くないよ」
「じゃあある程度特定はできるわけか」
「数人くらいまではね」
「なら、後は仙川さんに協力してもらって現場を押さえるまでだ」
星原が「ふーん」と小さくうなりながら僕を見やる。
「……まあ、それじゃあお手並み拝見と行こうかしら。任せたからね、月ノ下くん」
「任せるのは良いが、報酬の焼きティラミスは僕にも残しておいてくれよ」
軽口をたたきあう僕と星原を、明彦がポカンとした顔で見る。
「星原って、結構言うときは言うやつだったんだなあ。普段は物静かだからちょいとキャラの違いに驚いたわ」
「いやいや、誰の前でもああなるわけじゃないでしょうよ」
日野崎はそんな僕らを笑いながら横目で見ていた。
そんな二人のリアクションにしゃべりすぎたと思ったのか、星原は少し赤面する。
「……あー、それで仙川さんに協力してもらって、何をするつもりなの?」
照れ隠しのつもりなのか、話を進めるよう彼女は僕に促した。
「彼らは『佐藤』という匿名性の強い存在を作り上げて、仙川さんを翻弄したわけだろ。だったらその『佐藤くん』、僕らも使わせてもらおう」
「えっ?」
三人がびっくりしたように僕の顔を見た。
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