第14話 疑惑と裏山の怪談
「しかし、平井の奴がああも執拗に肝試しに反対するとはね」
「案外、怖がりなんじゃねえの」
平井が出て行ってから数分後。日野崎は妹と約束があるからといそいそと帰っていき、教室には僕と明彦、星原と虹村が残されていた。
「月ノ下くん。雲仙くん」
振り返ると虹村が腕組みをしながら僕らを凝視していた。
「な、何だよ」
「これは私の勘なんだけど。たぶん平井くんは何か嘘をついている気がするの」
「嘘?」
「ええ。何か隠しているというか。本当のことを言っていないんじゃないかという雰囲気があった」
虹村には相手の目を見て、その仕草や目線などから嘘をついているかどうかを見抜く特技がある。
「月ノ下くんが彼に協力すると決めたのなら、あまり口出ししたくはないけれど。私も平井くんはちょっと引っかかるものを感じたの」
星原もまた顎に手を当てて僕を見据えながら、ぼそりと告げる。
星原の状況分析は僕の知る限り的確そのもので、今まで何度も助けられてきた。
虹村と星原、それぞれ感覚と判断力に秀でている二人がそろって平井の行動に疑問を表明している。
「その根拠は?」と僕は星原に問いかける。
「そもそも平井くんって、別にうちのクラスの中で立場が弱い方でもないでしょう。うちのクラスの男子が何かお祭り騒ぎしているときでも、自分が興味ないことなら『われ関せず』っていうスタンスを崩さないで不参加を通したりしてきているわ。今回にしたって、肝試しに参加したくないなら、そういえばいいのにその場で何も言わなかった。……そのくせ妙に中止にすることにこだわっている」
「そりゃあ、あいつはクラスの優等生ポジションだけどさ。だからこそ反動というかノリの悪いやつだと思われたくない一面があって、自分からは中止は主張しづらいとかじゃあないのか」
「本当にそれだけかしら? 正面切って言うことはできないけど、肝試しを中止にしたい理由があるとしたら?」
「肝試しを中止にしたい理由……」
「もちろん今の段階ではただの推測だし、はっきりしたことは言えないけれど、変なトラブルに巻き込まれそうになったらちゃんと相談してね?」
虹村も難しそうな顔をしていたが「私もあまり面倒なことにならないように願っているわ」とささやくように言うと、踵を返して教室を後にした。
「どうしたもんか。肝試しは来週の頭。今日中に何か手を思いつけばいいがね」
その後、僕らは学校の校門を出てバスで駅に向かった。星原とも駅のところで別れ、僕は明彦と電車の中で話し込んでいたところだ。
車内は封筒を抱えたサラリーマンやすました顔のOL、イヤホンを耳につけた大学生などでごった返している。
「……ああ、そうだね」
相槌を打ちながらも、僕は虹村と星原の言っていたことが気になっていた。
僕は電車内の吊革に片手でつかまりながら、隣の明彦に声をかける。
「なあ」
「うん?」と明彦がちらりと僕を横目で見る。
「平井が明彦に話を持ちかけてきたとき、どんな感じだった? 何か不自然なことはなかったのか?」
「俺に話を持ちかけてきたとき、か。……いや特に不自然な流れはなかったぜ」
明彦が頭を掻きながら、懸命に記憶を手繰って説明したところによるとこうだった。
今日の放課後、掃除当番を終えて帰ろうと鞄に手をかけようとしたところで、平井が『今度の肝試しの件で、頼みがある』と声をかけてきた。
内容は教室で僕が聞いたことと同様に『裏山での肝試しを何とか中止にしたいから力を貸してほしい』ということだった。明彦がどう答えたものか考えあぐねていると、クラス委員会の会議が終わって虹村が教室に戻ってきた。
すると、案の定同じく肝試しをやめさせたがっていた彼女も話にかんできて、関係している僕も合流させて相談する流れになったのだという。
明彦がそこまで説明したところで、ちょうど電車の扉が開いて駅に到着した。前の席に座っていた専業主婦らしい女性とサラリーマン風の中年男性が立ち上がって下車する。座席が二人分空いたので僕と明彦は腰を下ろした。
「今の話を聞くと、平井は明彦に協力を頼んだのであって、虹村は後からたまたま入ってきたわけだ。つまり主導的に動いていたのは平井の方なんだよな」
「つまり、あれか? 星原の言っていた『本当は平井には、裏の山道の肝試しを中止にしたがる理由があるんじゃないか』という話か」
「うん」
明彦は僕の言葉を『考えすぎだろ』と一蹴するかと思いきや、唐突に黙り込んだ。
「……明彦? どうした?」
「二つ、思い出したことがある」
「何を?」
明彦は眉をひそめて重い口調になる。
「あの学校七不思議の話だ」
「あれがどうかした?」
「お前が話しているのを聞いて、どうも違和感を覚えていたんだが。何なのかその時はわからなくてな。いまようやく思い出した」
「……違和感」
「ああ。確か七不思議の一つ目は裏山に現れる怪人『裏山のクロヒトさん』というのだったな」
「うん。前に住吉がそう話していた」
「実は俺も去年あたりにクラスの奴から七不思議の話を聞いたことがあった。だがそのとき聞いた話は少し違うんだ」
「去年聞いた話?」
「ああ。そいつも部活の先輩から聞いたそうなんだが、あの裏山には『さまよえる黒い怪物』が出るんだとよ」
「……黒い怪物?」
クロヒトさんと似ているような、そうでもないような。
「微妙なネーミングだな。他の怪談も特にセンスがいいってわけじゃないけど」
「そこでクレームつけられても困る。別に俺が考えたわけじゃあない」
「ちなみにどんな怪談なのさ」
「内容はこうだ。……ある生徒が夕暮れ時の裏山の森の中を歩いているとガサガサ音がする。振り返ると全身真っ黒で鋭い爪を生やした犬とも猫ともつかない獣が飛びかかってきたんだとか」
「へえ」
「ちなみにその時ほかにもいくつか七不思議の話は聞いたが、あとは大体お前が話していたのと大差なかったと思う。だから俺が不自然に感じているのはそこなんだ」
「つまり、去年までは裏山にまつわる七不思議は『さまよえる黒い怪物』だった。だけどそれがいつの間にか『裏山のクロヒトさん』という別の怪談にすり替わった」
「そういうことだ」
ふむ、と僕は小さくうなりながら思考を巡らせる。
もしかすると『さまよえる黒い怪物』とやらを勘ぐられると困る誰かが、わざと他の怪談が流れるように仕向けたということなのだろうか。
「もう一つの思い出したことというのは?」
「『裏山のクロヒトさん』なんだが、本当に何者かがいる可能性がある」
「へえ?」
「知り合いで実際に目撃したと証言したやつがいるんだ」
「知り合いって……」
「日野崎だ」
「あいつが?」
そうだとするとあの場に残っていたのも気まぐれではなく、僕らが肝試しに行くと知って何か思うところがあったのかな。
「やっぱり実際に一度行って確かめた方がいいかもしれないな。……明彦。明日の放課後、空いているよね」
「おいおい。人を暇人みたいに決めつけるなよ」
「忙しいの?」
「いや暇だが。つまり実際に出向いてこの目で確かめるってわけか?」
「うん。何か正体をつかむ手掛かりがあるかもしれない」
「大丈夫か? お前こういうの苦手な方じゃなかったか? 暗がりから得体のしれない何かが襲いかかってくるかもしれないんだぞ?」
その言葉に僕は一瞬しりごみする。正直言うとホラー映画も苦手な方だ。だが、ここまで言い出して僕自身が何もしないわけにもいくまい。
「ダイジョウブ。怪物? 怪人? ハハハ。そんなもの本気で怖がるのは中学生までだヨ」
「声は裏返っているし、全然大丈夫そうな顔に見えないが。……まあお前の精いっぱいの男気は買うけどな」
明彦は面白くなってきたといわんばかりにニヤリと笑う。
「それじゃ一丁、探検としゃれこんでみっか」
「うん。怪我をしない程度にね」
僕は若干顔をこわばらせながら首を縦に振った。
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