第16話

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五人は報告もそっちのけで店の思惑通り各々デザートとドリンクバーを注文した。

店員を呼んでからもやっぱりこっちがいいかな、と迷い始めたりそれを窘めたりとその席の一角は賑やかだった。

注文を受けてくれたのは先程と同じ女性で、微笑ましい様子で騒ぐ女子高生たちを待ってくれていた。


ドリンクバーから飲み物を持ってきて全員が席に戻ったところで、紗希が落ち着いた口調で話し始めた。

「さっき連絡したとおりだけど、あの男は車で来ていたみたいでな。梨菜子たちが駅に向かったあと近くに停めていた車に乗って帰っていったよ」

手元の紅茶にミルクを入れながら更に続ける。口元は笑っているが目線は紅茶に落としたままでその奥は見えない。

「よほどショックだったんだろうな。しばらくの間はその場で立ったまま呆然としていたからなぁ」

「車に乗るまでも追いかけようとかそういう素振りも一切無かったから、もう安心していいと思うよ。ありゃ相当打ちのめされてたね」

紗希に付け加えるように美里も念を押した。

それを聞いた三人、特に梨菜子は心から安堵の表情を浮かべる。息を細く吐き出すように一言「よかった」と呟いた。

「よかったねー、明日から安心だね。でも朝は駅で待ち合わせするから忘れないでね」

舞香が梨菜子の頭をよしよしと撫でる。梨菜子は嬉しそうに「うん!」と頷いた。

美里はそんなキラキラした表情の梨菜子と紗希を思わず見比べてしまった。紗希も美里のその視線に気づく。

「なんだ、どうした?」

「いやさ、同じ女子高生の笑顔でもここまで違うのかなって。今の梨菜子の笑顔とさっきのお前が説明してる時の薄笑いと」

「俺笑ってたか?」

「無自覚かよ、怖いわ。お前いつもこういう時こんな顔してたんだな」

毛皮の下では見えなかったから、とは言わなかったがおそらく紗希も意味はわかっている。


にしてもさ、と舞香が咥えていたストローを離す。それでグラスをくるくると混ぜながら言った。

「あいつ車で来たってことは、そのまま梨菜子を乗せてどこか行くつもりだったのかな」

それを聞いた由美と梨菜子はギョッとする。

「何それ事件じゃん!洒落にならないよ!」と由美。

「今日は校舎内からあいつの存在に気付けたけど、もし気付かずに外出て鉢合わせてたら大変なことになってたのかなってちょっと思っちゃったんだ」

これには紗希も同意した。

「確かに一人で出て鉢合わせて、押しに負けて車に乗せられてってなったら事案だったろうな」

気づいていなかったら、選択を誤っていたらと考えると梨菜子はまた萎縮するように黙ってしまう。


「まあでも今回は先に気づいて、しかも解決したからよかったじゃん。ひとまず一件落着だろ?」

美里は励ますように声をかけたが梨菜子の表情はあまり晴れない。


最悪のシナリオ寸前の状態だったと考えたらしょうがないか。

梨菜子自身が落ち着くまでは少々時間がかかるかもな、と美里は思った。

だが紗希は暗い表情の梨菜子を覗き込むようにして笑う。

「でももう平気だよね?これまでの弱気な梨菜子だったら危ないかもしれないけど、あんな強気のギャルを演じられたんだから変な奴に絡まれても大丈夫だよね?」

「そうだよ梨奈ちゃん!私、すっごくびっくりしたんだから!」

由美が声を大にして力説する。

「あんな梨奈ちゃん、いつもじゃ絶対考えられないし別の人かと思っちゃったよ」

「うん、あれは驚いた。何か憑依でもしたのかと思った」

舞香も何度も頷くように言う。

「え、そんなに違ったかな?」

当の梨菜子はその自覚はないらしくポカンとした顔をしている。

「憑依ってなんだよ、ギャルの霊かよ」

思わず笑った美里。紗希も先程の暗い笑みではなく穏やかな様子で言った。

「梨菜子は他人になりきるのが上手いから、演技の勉強をしたら大物になるかもね。その辺のタレント崩れよりも断然上手だったよ」


「え!石森さんのお墨付きヤバくない?」

「梨菜子、芸能界目指すか?」

紗希の言葉を受けた由美と舞香がはしゃぐ。思いがけないところで褒められた梨菜子も「そんなことないよ」とは言いながらも照れ臭そうに喜んでいた。

いつもの彼女の笑顔だ。


「上手く持ち直させたなー」

美里はちらりと紗希を見て小声で言った。

「少し脅かしすぎたからな。危険だったことも事実だけどこれ以上怯える必要もないだろうし」

紗希も小声で返す。梨菜子の芸能界挑戦についてはしゃいでいる三人の耳には入っていない。

「男を幻滅させるのも作戦通り行ったわけか」

「正直あそこまで上手くいくとは思ってなかった。梨奈子の演技力のおかげだな」

「一件落着ですねー」

美里はもうストローすら使わずに色のついた炭酸水をグッと口に流し込んだ。


「なんか、すごい久しぶりだなって思ったんだ」

紗希の声のトーンが更に下がる。

「何が?」と美里は飲み干したグラスをテーブルに置く。

「お前とこうやってあれこれ画策しながらするの、懐かしいなって」

「俺、今回何もしてないけど。強いていうなら化粧するの手伝っただけだし」

「何かあった時に俺一人じゃ物理的に対抗しきれない。いざという時にお前が動けるって保証があったからできたんだ」

その瞳が美里を捉える。


「今回も、昔も」


「でもさ、石森さんも矢畑さんも面白いよね!」

不意に由美がこちらに話を振ってきた。

美里も紗希も理解できずに首を傾げる。

「どういうこと?」

「だって、もしあいつが追いかけてきたら二人どうにかするって言ってたじゃん。一人だけど男の人相手に戦おうとするのすごいなーって。二人とも格闘技とかしてたの?」

由美から投げかけられた質問に、美里も紗希も固まってしまった。

どうにかできるし、しようと思っていた。昔の二人なら難なくしていた。



では今は?


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