第13話

怖いものなんて何も無いと思え。

真面目な大人の言うことなんて聞く必要はない。

ここで今現在友達と楽しんでいる自分が一番強いと思うんだよ。


新年度になって同じクラスになった強気な女の子からそう言われた。

真っすぐに見つめてくるその瞳は暗示をかけるかのように心の中に入ってきて中心に暖かい芯を灯す。

その子は隣のクラスに仲の良い子がいて、それでも二人はべったりと依存することなくお互いが一緒に立っているようだった。

凛としたその姿に憧れた。


優しいね。真面目だね。いい子だね。優等生だもんね。


どれも褒め言葉として言われてきたが、本当はそこから抜け出してみたい自分がいた。

今ならできる?


「私にできるかな?」

確かな自信が欲しくて、みつめる瞳に問いかけた。

美里は梨菜子の両肩に手を置く。そしてさも余裕そうに笑った。

「絶対大丈夫。傲慢ぐらいの気分で行けよ」

由美が梨菜子の両手を握った。

「私たちもいるもん。大丈夫だよ」

こんな事に巻き込んでごめんねという気持ちと、それでも助けてくれてありがとうという気持ちで、

それでもようやく言えた言葉は一言だった。

「ありがとう」



校舎の外は下校する生徒と部活動へ向かう生徒で人通りは多かった。

下校する生徒はそのまま校門へ向かう。運動部の生徒は校庭横にある部活棟へと入っていくのだ。

幸いな事に校門までの間に教師はいない。

今の状態で教師、それも天敵である山田先生に見つかるのは避けたかった。会ったら絶対に化粧を落とすまで帰してもらえない。


教室からは校門を見下ろす形だったので男の様子も見やすかったが、実際に外に出てみると門と垣根と柵で注意をして見ないとそこに誰かがいるなんてわからないくらいだ。

校舎を出る前に気付いてよかったなと美里は思った。

「まだいるな」

美里が声をかける。梨菜子と一緒に前を歩く舞香がこちらを振り向かずに「うん」と返事をした。


五人は前列の中心に梨菜子、左右を由美と舞香がかためその後ろをほんの少しだけ間隔をあけて美里と紗希がついて行くように歩いていった。

これは紗希の指示だ。


「諦めてもらうには、奴の対応をするのは梨菜子本人でなきゃならない。他の人間が出て行った場合に本心じゃないととられかねないからな。だが横から手を引かれたりされないように由美と舞香は横についていた方がいい。正面からしか相手をできないようにしたい。でも長居はしない。ギャルというインパクトを残せたらさっさと通り過ぎるんだ。

通り過ぎた後に万が一追いかけるようなことがあったら、それは俺とトラに任せろ。気にして止まる必要はないからそのまま進んでくれ」


校舎を出るときにそう話していた紗希は今澄ました顔で美里の横を歩いている。

こいつ由美と舞香まで呼び捨てにした挙句、俺までトラ呼びしやがった。

梨菜子達は美里への呼び方に一瞬だけポカンとしたがなんとなく理解したようだった。真剣な表情で話す紗希を前に水をさすようなことはきかなかった。


すれ違う生徒が五人を見て驚いたような顔をしている。

この学校にここまでの盛り方をしたギャルはいないからだ。

校門を出てすぐの右側、駅へ向かう方向の道に男はいた。学校の敷地を分ける柵に寄りかかるようにして、下校をして駅に向かう生徒と鉢合わせをするような位置に立っている。わかっていてやっているとしたら面倒な奴だなと紗希は思った。

近くにつれて梨菜子の手が固く握られている事に気がついた。

元々この子は気が弱いし、ギャルとは正反対のタイプだ。美里が散々励ましたとはいえ中々難しい部分もあるだろう。最悪、男と対峙して言葉が出てこなかったとしても後から行った二人がサポートに入ればいい。自分はこうだ、という最後の一言さえ梨菜子本人が言えればいいと思っていた。


校舎を出てから誰も言葉を発していない。少なくとも前を行く三人はそれだけの緊張をしていた。

一歩一歩を踏みしめるように前へすすむ。


門を抜ける。


ぴんとした空気の中で紗希は確信をした。

ああ、この子はやる子なんだなと。

門を抜けるときに固く握り締められていた梨菜子の手がぎこちなく開いたのを見逃さなかったのだ。





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