第14話
「アンタ何、こんな所まで来たの?」
男がこちらに気づくよりも早く声をかけたのは梨菜子だった。さも呆れかけたようなその口調の底からひんやりとした嫌悪感が滲み出ている。
まさかじぶんから仕掛けるとは思っていなかった由美と舞香は二人揃って横の梨菜子を凝視した。
今の言葉はこの子が言ったのか?
クラスが一緒になってからほとんど一緒に行動をしていたが、こんなに冷えたトーンで話す梨菜子は初めて見た。
今の梨菜子は普段の柔らかい表情から一変、だるそうに睨みつける目も小馬鹿にしたように傾げた首も全てが相手を見下している。
視線の先にいるその男は状況がまだ飲み込めていないようだった。梨菜子と両隣の派手な女子高生の間を目が行ったり来たりしていた。
美里と紗希は三人から五歩ほど下がった所で立ち止まった。男が梨菜子に何かアクションを起こすようであればすぐに割って入るつもりだった。何もなかった場合は三人が去った後の男の反応を確認してから、後ろからついて来られないようにする事も含めて少し時間をおいて動く予定だ。
相手はその辺の電車で吊革につかまっていそうな会社員だ。
むしろ目鼻立ちがすっきりとした顔立ちで一般的には爽やかな好青年という印象。
身嗜みもきちんとしているし、普通に考えたら梨菜子を追いかけずとも恋人には困らないタイプの人種とみえる。
「えっと、あれ?え?違うよね?」
男はまさかの可能性を潰したくて梨菜子を爪先から頭まで見た後に声をかけた。
冗談だろ?とでも言いたいようで声はとぼけた調子だったが微かに震えていた。
梨菜子は大袈裟に大きくため息をついて、先ほどセットをした自分の髪を崩すように手で後頭部を掻き乱した。
「あんたさぁ、自分が追っかけてた女の顔もわかんないわけ?そんなんで私の何を見てここまで来たの?」
真正面から男を見据える梨菜子。
男の血の気がひいてく。その顔からひきりつりつつも保持をしていた笑顔が消えた。
「この前の格好と随分違うね」
「あの時はバイトの面接だったの。こっちが本当の私」
男はちらと両隣の由美と舞香を見た。二人もその視線に気付いて瞬間的に心臓が飛び跳ねたが、耐えた。梨菜子がここまでしていて私達が怯むわけにはいかないと。
夢見ていた彼女が超のつくギャルだった。スッピンが想像できないくらいに誇張された目元で何もかもを「うざい」の一言で完結させそうな気だるい態度。
男が一番嫌いなタイプの女だった。
一緒にいる友人も同じような娘で類は友を呼ぶとはこういうことかと思っていた。
黙りこくる男に耐えかねて梨菜子が聞いた。
「で?私に何の用?」
梨菜子は笑顔だった。だがそれは純粋なものではない。全てを見透かしているのに敢えて絶望について問う嗜虐性。
「いや、なんでもないよ」
男は梨菜子から目をそらした。その様子を見た梨菜子はさらに微笑む。
「そ、それじゃーね」
そういうと梨菜子は男の横を通り過ぎるように進んだ。もちろん両隣の由美と舞香も一緒だ。男と横並びになった時が一番身構えたが、声をかけられる事も詰め寄られる事もなかった。
もう少しでこの張り詰めた緊張から解放される。それでもダメ押しの一言を梨菜子はわざと大きな声で二人の友人に言った。
「てかさ、つけまのストック無くなったんだけどー!このまま買い物行かない?」
友人も頑張って応える。
「お前この前もなくしてただろーマジ大事に使えし!」
「いいよいいよ付き合ったんよ。ついでにタピろー」
声だけ聞いていたら青春を謳歌する楽しい会話だが、それを話す彼女らの表情は固かった。
そのまま毒にも薬にもならない、本当にどうでもい内容の話を面白くもない所で笑い、茶々を入れひたすらにはしゃぎながら駅までの道を歩いた。
男はどうしてる?
後をつけては来ていないか?
振り帰っても大丈夫か?
後から来る予定の二人はどうしてる?あの二人は男と接触はしたのか?
背後の状況が気になりすぎて口から出る言葉の意味なんて何もなかった。
このまま駅に行って、どうしたらいい?
三人がそう思った時、梨菜子のスマートフォンが鳴る。
美里からのメッセージだった。
男は車で帰った
駅とは反対方向へ向かったから安心しろ
ひとまず駅前のファミレスに入りな
俺らもすぐ行くから
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