第11話

「今日はとりあえず裏口から帰るとかにする?」

由美は窓の外を後目に帰る支度をはじめた。

「まあ、根本的な解決にはならないけど一時しのぎ的な?今日の所はってね」

美里をはじめ紗希も舞香も考え込む。

「でもそうしたら明日の朝また梨菜はビクビクしながら登校しなきゃならなくなるよね」

その舞香の言葉に梨菜子の表情がぎこちなくなった。

それは少しキツそうだな、と思ったのは美里も紗希も同じだった。

「俺…私が一発言ってきてやろうか?」と、美里。

「一発ってお前それ手が出てるだろう」

冗談か本気かはわからなかったが紗希は美里を止めた。そしてルミミの画像がでているスマートフォンを舞香に返す。


「この手のタイプで怖いのは、第三者が間に入り込んできたときに今梨菜子に抱いている好意が敵意に変わる場合だな」

紗希の言った「敵意」という言葉に一同ぎょっとする。

「やだ石森さん。敵意って」

そんなことないと否定をする由美に紗希はさらに続ける。

「見たことない?自分はこんなにしてるのに何で他の人間に言うんだ、告げ口するんだ、自分は何も悪くないのに。って怒りがそれまで好きだった人に向かうタイプの人」

最後に紗希は「もちろん外のそいつがそうとは限らないけどね」とも付け加えた。


「周りは助けに入らない方がいいってことか?」

美里は納得がいかないような口振りだ。

「そうじゃない。間に入るのなら学校なり警察なりきちんと説明をして梨菜子の安全を確保した上でやらないと、中途半端な状態で出て行っても逆上された場合に梨菜子が危ない」


急に梨菜子はそのまま近くの席に座った。

「私もう疲れちゃったよ。家まで付いてきたらどうしようとか、実はアドレスとか連絡先バレてるんじゃないかとか。もうね、疲れた」

誰とも目を合わさずにそう言った様子の中に、始業式に美里がみた明るい梨菜子はいなかった。


「警察だな」

「あと学校側にもね」

皆の意見が固まった。

「その前に一個試したいことがあるんだ」

今後の対策が決まったと思った所での紗希の提案。美里はクールな優等生の目の奥にあの策士の影を見た。暗い笑みを浮かべる紗希。

「通報するのはそれからでも問題はないよ」

きょとんとする由美と舞香。

「え、でも何かするのは危ないんじゃないの?」

ねえ、と顔を見合わせる二人。

「今日の所は私達も一緒に出て行く。相手の反応次第ではそのまま警察に行こう。でも上手くしたら相手から丁度よく嫌われるかもしれない」

美里は横目でじっと紗希を見た。

「お前マジで何考えてんの?」

言葉では返答せずににやりとする紗希。


ああ、俺こいつ知ってるわ。

問題が起きたときにあれこれ考えて頭の中の回路が繋がったときのこいつ。

策士ブチ丸。


そしてそういうときの実行犯は大抵トラジなのだ。


「石森さん、どう言うこと?」

梨菜子は不安そうに首を傾げる。すると紗希は梨菜子の顔至近距離まで近づいて小声で言った。


「梨菜子は演技はできるかい?」

「演技?」


フッと梨菜子から顔を離した紗希は自分の鞄の中から手のひらより少し大きめのポーチを取り出した。

ポーチから出てきたのはアイシャドウ、マスカラ、チークといった化粧道具。それらを机に出して見比べて一言「やっぱり私のじゃ足りないのよね」

「トラ!お前今ギャルなんだろ?もちろん派手目のコスメ持ってるよな?」

紗希は振り返って美里に詰め寄る。

「持ってるの全部だして」

意味が分からない美里は両手で紗希を押し返した。

「ギャルって別にそんなんじゃ…第一何でこの場に及んでコスメなんだよ!お前ちゃんと説明しろよな」

「あ!」

横でこれまでのやりとりを見ていた由美が大きな声をあげた。その声にまた美里は驚く。心臓が変なテンポを打つ。

「なんなの急に大声」

「わかっちゃったかも」

元から大きめな目をさらにぱちくりさせて由美が言った。それに舞香も同調する。

「うん、私も気が付いちゃったわ」

難しい方程式が解けたかのように目をきらきらさせる二人。その横で美里は戸惑うばかり。それを紗希が鼻で笑う。

「トラジ、お前は今も馬鹿なんだな」


紗希は美里に反論の時間も与えず梨菜子の向かいに椅子を持ってきて座った。

意図を分かっているのかいないのか、梨菜子は相変わらず不安げに紗希を見つめる。

そして梨菜子の肩に手をおいた。


「梨菜子は今からギャルになるんだ」

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