第9話

紗希は眉間にしわをよせていた。

手元のシャープペンシルは一定のテンポでノートを小さく叩いている。

教師が黒板に板書をして生徒達はそれを静かに写していた。

時折、教師が説明のようなことを言うが紗希の頭には入ってこない。


紗希にはずっと気の許せる友人がいなかった。

幼少時にお人形遊びをする同年代の女の子を見て、何がおもしろいのか全くわからなかった。

それより小川で魚を見つけたりザリガニを釣る方が何倍も楽しかったし、草むらでバッタをとったりしたかった。

でも残念ながら紗希の周りにはそれに付き合ってくれる女の子はいなかった。もちろん周りに男の子はいたのだが紗希の母親が男の子とそういった遊びをするのを良しとしなかった。

小学校高学年になってくると女の子達はたいていグループを作って遊ぶようになる。紗希は正直その中に入りたくはなかった。

でもどこのグループにも入らないとなると、いわゆる「ハブられている子」として男子女子両方から冷めた扱いを受けることになる。そうすると同じように「ハブられている子」が紗希と一緒にいようと近づいてくる。


仲良くもないのに、好きなことが同じ訳でもないのに、一緒にいても楽しくないのに。



それなら私は誰ともつるみたくないのに。



一匹狼でいるにはどうしたらいいか色々考えた。

わざと喧嘩をして周りを敵にするのは得策ではない。教師が間に入ってくるからだ。下手をしたら親にまで話がいく。

遊べない理由、一人でいてもそれが普通でいれる理由。

そう考えていた時に、歯医者の待合室でティーン向けのファッション誌を見つけた。

自分と同じ、もしくは少し年上の女の子達が読者モデルとして流行の服を着てポーズをとっていた。


『読者モデルみかりんの一日』


紗希はこれだ、と思った。

そこには「みかりん」という読者モデルが学校に通いながら雑誌の撮影やイベントをこなしていく日常が紹介されていた。

学生なのでもちろん学業が優先。でもそれ以外の時間はモデル活動として忙しくしていられる。

幸い、紗希は容姿はそこそこ良い方だった。

本屋で読者モデルを募集しているティーン誌を探し、選び、買って応募するための写真を探した。

そして両親には反対されると思っていたので何も言わずに応募をする。一次選考の結果が来るまでは毎日ポストを確認する日が続いた。

一次選考通過、二次選考の通知が来ると紗希の予想と反して両親はずいぶんと乗り気で喜んでいた。

「勉強はしっかりするんだぞ」なんて言いながら父親はまだ紗希が載るとも決まっていない雑誌を笑顔で見ていた。母親は母親で二次選考に紗希が着ていく服をどうしようかとあれこれ考えていた。


その後本選通過、読者モデルとしてデビューが決まったときはこんなにもうまく事が運ぶものかと驚いた。

もともと大勢でキャピキャピする性格ではなかった紗希だが、面接でもそのままクールなテンションで臨んだのだ。たまたま市場はカワイイ、元気キャラが多かったようで紗希の様な大人びた子は珍しかったらしい。

そこから学校の他にモデル業が紗希の生活に入ってきた。始まる忙しい毎日。

紗希はこうして孤高の一匹狼ポジションを作り上げたのだ。

美里には歩いていたらスカウトされたと言ったがそんなもの嘘だ。理由はどうあれ自分から応募したなんて恥ずかしくて言えやしない。



「はい、じゃあこの『なり』は何を意味するものか。石森、答えて」

突然に教師に指されて紗希は現実に戻ってきた。

ノートを打ち続けていたシャープペンが止まる。

「断定の助動詞の『なり』です」

紗希は表情を変えずに答えた。「はい、正解」と教師はまた黒板に向かう。


プリクラ取り終わったら今度は釣りに誘ってみようかな。


美里と出会ってから、トラジと再会をしてから紗希の中で色々な感覚が動いてゆく。



楽しい。

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