第8話
「な、今日うちに遊びに来ないか?」
昼休み、相変わらず教室のベランダで弁当を一緒に広げている時に美里が言った。今日はさわやかに晴れて空気が清々しい。
きっともう一月も経たないくらいには日差しが強くなるだろう。
「何?急に」
紗希はじとっとした視線を向けてさも怪しがるように聞く。
「お前の家に行って何するんだ?することないだろ」
とても友人同士の女子の会話ではないがこれがブチ丸だと思うと至極当然だった。
「いや、実はさ。昨日の夜のテレビ番組にお前ちょっと出てただろ?家で見てて『あれ、あいつじゃん、友達』て言ったら妹に連れてこいってせがまれてさぁ」
美里はちょっと照れくさそうな言い方をした。
こいつ妹がいるのか、と紗希は思った。
紗希は美里のことをもちろん人間として見ているのだけれど、どうしても意識の中では人間の皮をかぶったトラジに感じていたのだ。
知っているはずのトラジ、その人間社会の中での知らない美里。
たまに紗希が感じるこの置いてけぼりをくらったような感覚。
美里は猫だった頃の記憶を持ちながらも今を割り切って生きている。
昔の世界は昔、今は今。
紗希はというと美里に記憶を戻されてからというもの、性格や言動がブチ丸という過去に引きずられているように感じていた。
どちらかといえば優等生な部類だったのに、今では美里と一緒に立ち入り禁止の屋上に平気で入る。教科書だって忘れるし、それを借りることも悪びれない。
前だったらモデル業と学生の両立で外野からとやかく言われないように気を使っていたものだ。優等生はその結果だった。
「あんな一瞬しか出てないのによく気が付いたな」
紗希が出たのはバラエティ番組のファッションチェックのコーナーで、さらにモデル仲間が何人かいるうちの一人としてだ。
特にセリフやオチがある役回りではなく、ただニコニコしてそこにいればいだけの一人。
「私も気が付かなかったんだけどさ、妹がサキちゃんだー!って言うから見たらお前なのな。ファッション雑誌で見てお前のファンなんだとよ」
「ファンか」
若干トーンの落ちた声で紗希はつぶやく。残念な事に美里はそれに気が付いていない。
「ってことで、今日うちに遊びに来ない?」
「断る」
笑顔で誘った美里は当然快諾だと思っていたので紗希に詰め寄る。
「え?断るの早くない?少しは迷えよ!」
つーんと紗希はそっぽを向いた。
トラジの矢畑美里としての世界を見ることは、まだ私には耐えられない。
単純に紗希自身の気持ちの問題だが美里に悪い気を持たれるのも嫌なので、ここは適当にごまかす事にした。
「事務所から過剰なファンサービスはするなって言われている。一人にOKを出すと私も私もって増えるからって」
もっともらしい理由に美里も納得したようだ。
「そうか、まあそりゃあそうだよな」
それじゃあそのかわりに、と「帰りにどこか遊んで帰らないか?」
これまた照れくさそうに美里は言う。
「いや、なんていうかさ。俺たちって今で言うところの親友っていうか、同士っていうか、少年マンガだったら確実に強い絆で結ばれた主人公とライバルみたいな関係じゃん?せっかくだから女子高生なりの青春みたいなのお前としたいなーって」
「ちょっとまて、お前まさか自分が主人公のていで話をしてるのか?私がライバルだって?」
「えっ。いやその」
「お前なんか敵サイドにいるお調子者で早いうちに倒される三下だろ」
「ひど!」
紗希は広げていた弁当包みを綺麗に重ねてしまう。
あれ?もうそんな時間かと美里は教室内の時計をのぞき込んだ。
美里が片づけるのを待たずに紗希は立ち上がった。
「私、ゲームセンター行ったことないからそこに行きたい。帰りこっちの教室にくるから待っててよね」
美里にそう言い残すと紗希は五組の方までベランダを進み教室へ帰ってしまった。
立ち上がった紗希はすぐに背を向けてしまっていたのでその表情は見えなかった。でもきっとそれはわざとだろう。
「なんだ、乗り気なんじゃん」
美里は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます