第7話

おはよう。

おはよー。


そんな声が響きわたる朝、八時二十分の校舎。

この時間は登校してくる生徒が一番多い時間帯で正門から廊下までの人口が一気に増える。

正門には毎日生活指導の先生が立っていて過度に制服を着崩している生徒はその場で直させられていた。

もちろん、そのような生徒は教室に戻る頃にはまた着直した制服を戻すところまでが一連の流れである。


教室で自分の机に荷物を置いた梨菜子は友人達につれられて女子トイレの鏡の前に来ていた。

制服の胸元に『西浦』の名札が光る。

梨菜子は鏡で自分の髪を整え確認した。


よし、今日も寝癖はなし。


そんな梨菜子に隣にいた友人が声をかけた。

「梨菜ちゃんて本当、ボブにあうよね。その小顔が羨ましいな」

「ボブ?なのかなこれ」

「たぶん、ショート丈のボブ」

もはやボブの定義なんかどうでもよくて、アメリカンな男性名を想像させる言葉の響きにうひゃひゃと笑った。

「私は由美ちゃんのロングヘアーすごく好きだよ。痛んでなくてすごく綺麗。ヘアアレンジとか楽しそう!」

梨菜に言われた由美はまんざらでもない顔で「休みの日はね、巻髪にしたりするんだー」と答えた。

「ていうか、梨菜。あんたこの前駅でリーマンに声かけられてなかった?」

由美の隣にいたもう一人の友人が言った。髪の毛を頭のてっぺんで大きくお団子にしている、キリッとした目付きの女子生徒だ。

鏡を見てほんのり色づくリップクリームを塗っているため目はまるでこちらを見ていない。

「舞香ちゃん、見てたの!?」

梨菜子のぎょっとした様子に由美がはしゃいだ。

「え?なに?ナンパ?彼氏?」

「いやー、あの時の梨菜の様子だとあれは彼氏じゃないね」

「もうー舞香ちゃん居たなら声かけてよ!」

きゃはきゃはと談笑する三人の後ろを別の女子生徒四人ほどが少しぶつかりながら通っていった。

「あ、ごめんなさい」

思わず梨菜子は謝って前にでる。

女子生徒達はぶつかったことも謝られたこともまるで気にとめていないようでさらに奥の手荒い場に行った。

梨菜子達とは面識のない他のクラスの生徒のようだ。

奥に行った女子生徒達の様子を伺ってか三人は一旦口を閉じて各々の身だしなみチェックを続ける。


「ていうか、マジ意外だったんだけどさ」

奥から声が聞こえてきた。


「石森さんてザ・クールビューティーだと思ってたんだけど、なんというかたまに男前だよね」

「でもやっぱり綺麗だよねー。オーラが全然違うもん」

「違いすぎて私まだ話せてないし」

「同じクラスでラッキー!って思ったけど接点無さ過ぎでしょ」

「お近づきになりたかったんだけどねー」

「石森さん基本一匹狼だから」

「あ、でも知ってる?隣のクラスに友達いるみたいよ?」

「え!?そうなの?どんな子?」

「なんていうか、中途半端なギャルっぽい子。たまに一緒にいるの見るよ」

「はぁ〜?石森さんにギャルとか似合わなすぎでしょ。まじ身をわきまえろっての」


どこにでもある女子特有の他人の噂話。


あれ、矢畑さんのことだよね?


自分の知っている人が対象なだけに梨菜子は内心ビクビクしていた。


舞香が梨菜子の肩に手を置く。

「梨菜、教室戻ろうか」

「うん」

促されるまま三人は自分の教室へ戻っていった。


ホームルームの始まる前に梨菜子はいつもスマートフォンの電源を切る。

校内への持ち込みは禁止されてはいないのだが、間違って授業中に鳴らしてしまうと問答無用で没収されてしまうのである。

大抵の生徒はマナーモードや機内モードにしてやり過ごすが梨菜子は心配で電源ごと切っていた。

画面を見る。着信もメッセージもない。

ホッとしたような表情で梨菜子は今日も電源を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る