第6話

あの屋上で話した日から二人は一緒にいることが多くなった。

お昼休みには紗希が美里の教室に来るので教室のベランダ部分や屋上でお弁当を食べる。


そして今日は紗希の希望もあって二年四組のベランダだ。

この学校は各教室の窓の外にベランダが付いていて、そのベランダは教室の隣同士でつながっている。そこには教室ごとの壁はないのでベランダを通っていけば校舎の端から端まで一気に行くことができるのだ。

春や秋の気候のいい時期は生徒のよいたまり場になる。


そんなベランダに座り込み、美里はうきうきとした気分でハンバーグを口へ運ぶ。

「なあ、トラ。頼みがあるんだけど」

少し言いにくそうな表情で紗希は美里に言った。

おいしい挽き肉の塊をほおばりながら美里は言葉にしきれない声を出す。

「んがぃ?」

「日本史の教科書を貸してほしい」

まるで改まったように言う割には学生によくある教科書の貸し借りの申し出だった。

「なんだそんなことかよ。いいよもちろん。食べ終わったら渡す。」

紗希からの学生あるあるな頼みごとに美里は快く答えた。

だが紗希の表情はまだ固いままだ。

「あと資料集とプリントと」

「あ?」

「できれば問題集とそのノートも貸してほしい!」

「フルセットじゃねぇか!」

思わずつっこみを入れる美里。

「今日てっきり火曜日だと思ってたら水曜日だったんだよ。日本史丸ごと全部忘れてさ。でも今日俺当てられる日なんだよ」


紗希の名字は「石森」だ。出席番号は二番。そして今日は十二日。日本史の先生はこういう時に十二番、二十二番、三十二番、二番と当てていくタイプだった。

「冗談抜きでクラス外に教科書借りられるのなんてトラくらいしかいないんだ。お願いします」

ブチ丸時代から基本的に上から目線な事が多い紗希だが、今日はそれどころでは無いらしい。

「別に貸すのは構わないけどさ、さすがに去年のクラスメイトとかいるだろ?」

いくらなんでも他にいないってのは話を盛りすぎだろうと思っていた。

そう言われると紗希はスッと表情を無にして淡々と言い切った。

「私、ずっと優等生だったから今更このキャラ崩したくないのよ」

「なんだよ、それ」

案外どうでもいい理由に美里はうなだれる。

「だから忘れ物して且つ宿題やってないとか論外よね。こっちのクラス午前中に日本史だったでしょう?そのノートそのまま見させてもらうから」

手のひらを口元にあてて笑う紗希は結局いつもの上から目線だ。

美里は紗希の思惑に気が付いて思わずにらみつける。

「ブチ丸、お前まさかそのために今日はココで昼飯にしようって言ったな?」

「重い教科書を運ぶトラへの配慮だ。当然だろう。貸していただけるのだからな」

語尾の敬語が強調された、とてもわかりやすい慇懃無礼。


お弁当を平らげた後、美里は自分のロッカーから教科書類を出して紗希へ渡す。

「ほらよ、綺麗に使えよ」

「さんきゅ、やっぱ持つべき者は友だな」

ずっしりと重い教科書とノートの束を受け取って紗希は言った。

予鈴が鳴る。午後の始まりの本鈴まで後五分だ。

紗希が自分の教室へ入る。

「じゃあ、また放課後に返しにくるから」

廊下の遠くの方に各教室へ向かう教師の姿が何人か見えた。

それを確認した上で美里は最後に声をかける。

「あ、そう言えば私優等生じゃないからさ。宿題もやってなければノートもまともにとってないから、そこんところよろしくね」

そう言うと美里は五組の扉をすかさず閉めた。

こちらに振り返った紗希が驚いた顔をしている。その目は「このやろう」と言っていた。

してやったりと思い美里は扉の向こうにウインクをとばすと自分の教室へ戻る。


気分良く自分の机に戻ると、こちらの教室には既に教師が到着していた。

四組の五限目は現代文。担当は四十代と思われる痩せたひょろ長い感じの教師。メガネ男。いつもポソポソと喋るひ弱そうなやつ。

そのメガネ男がクラス中に聞こえるように美里に声をかけた。


「それじゃ矢畑さん、この授業ではきちんとノート取ったか最後にチェックするからね。まず宿題をやってあるか見ようか」

教室中の視線が美里に集まる。

自滅とはこのことである。

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