第32章 ── 第41話

 馬車を走らせ西へ。


 騎竜は馬と比べて上下の揺れが少ないようで、馬車の揺れがいつもよりも少ない気がする。

 これは歩法の問題だけでなく、二足歩行によるモノだと思う。

 馬であっても上下の揺れを少なくする歩法は存在するのだが、特殊な訓練を施さないとできないらしい。


 ちなみにゴーレム・ホースは、この上下の揺れを少なくする歩法「側対歩」というらしいが、ちゃんとものにしているので安心である。

 この歩法は元時代のモンゴル軍の騎馬が使っていたと言われるモノで、上下の揺れが少ないので馬上で弓を撃つのに非常に役に立つのだそうだ。


 俺は、乗馬で酔わないために使っていたけどね……

 ティエルローゼの馬でこの「側対歩」をしているヤツを見たことないので、多分こっちの馬はできないんじゃないかな。


 街から離れてしばらく走ると、湿地帯が整備されて田園風景が目立つようになった。

 林等の木々、灌木などが殆ど無くなり、田んぼの畦をダイア・ウルフたちが疾走しているのが遠目で見える。


 俺は、馬車をゆっくり走らせるように騎竜し指示を出し、ダイア・ウルフたちを呼ぶ。

 ダイア・ウルフが突然五頭も近づいて来た為、騎竜たちは忙しく鳴き始める。


「危険! 魔獣が近づいてきた!」

「全力で逃げないと!!」


 そんな騎竜たちに俺は優しく声を掛けた。


「大丈夫だ。

 彼らは確かに魔獣だが、俺たちには友好的だよ」


 俺が彼らの言葉に対し正確に返事をしたのに気付いたのか、騎竜二匹の頭がくるりと御者台の俺に向いて、まじまじと見つめて来る。


「貴方、私たちの言葉が解るの?」


 当然の質問なので俺は頷いた。


「ああ、俺は声を発するモノの言葉は全て理解できるんだ」

「神よ!」


 質問してきた騎竜とは別の騎竜がそう叫んだ。


「まあ、まだ神じゃないと言いたいけど……

 半分神に足を突っ込んでるのは間違いないかな」


 俺は苦笑いをしつつ頭を掻く。


「だから、安心してくれ。

 今、近づいて来ているダイア・ウルフは、俺たちの味方だ」


 騎竜は納得した目の色にはなったものの、疑問は残っているようでアギャアギャ言いつつ質問を続けた。


「でも、魔獣は人族に敵対しているはずでは?

 神々の作った人族と敵対しているから魔獣と呼ばれていると竜丁りゅうていに聞いたのですが」


 竜丁りゅうていってのは馬丁の騎竜版か?


「それなら……」


 俺はアラクネイアを御者台呼ぶ。

 この馬車は御者台が狭いので二人座るには少し詰めねばならんけど、美女と一緒に座るには役得と思える状況を生み出す。

 まあ、ここんところストッパーになる女性陣がいないので、こういう役得は帰って地雷な気もするが、今回は仕方ない。

 頑張って働いてくれている騎竜くんたちの質問の為なので。


 呼ばれて出てきた黒いドレスのアラクネイアを見て、騎竜たちは首を傾げる。


「こちらの人は?」

「ああ、彼女はアラネア。

 本名は別にあるけど、今はそう名乗ってる。

 彼女はダイア・ウルフの生みの親だよ。

 ダイア・ウルフにとってみれば、創造神といえるだろう」


 俺がそいうと、騎竜たちは一度顔を見合わせ、再びこちらを見る。


「魔獣を作る……?」

「貴方たちは神々の一行なの?」


 俺は彼らが何を言っているのかアラクネイアに言って聞かせる。


「私は幾種類かの魔獣にとっては創造神と言えましょう。

 貴方たちも元我らの神の作りたもう生物の一端でありましょう?」


 そういうアラクネイアに、再び騎竜たちは目をパチクリさせる。


「私たちを作った神様はどなたなの?」


 ほぼ同時通訳である俺の言葉にアラクネイアは間髪入れずに答えていく。


「カリス様でしょう。

 騎竜といえど貴方たちは竜の末裔。

 竜を作ったのはカリス様であり、私はその手伝いをしたまで」


 騎竜の目の色は真実を知り、キラキラと輝く。


「我らの創造神の助手様!」

「私たちは貴女様の御役にたちます!」


 アラクネイアは微笑みつつも少し眉間にシワがよっていた。

 俺が通訳してなきゃ騎竜はアギャアギャ喚いてるだけだもんな。

 お察しします。


「称賛は結構よ。

 それよりも我らが主、ケント様を崇め、称えなさい」


 これ以降は、必要以上に俺を賛美、崇拝するようなセリフばかりになったので、同時通訳は終了。


 俺は近づいて来て、馬車の横を並行に走っているダイア・ウルフに声を掛けた。


「君たち、ご苦労様。

 次の休憩所の近くまで先行して物陰で待機しててくれ」


 周囲を見回しつつ俺はこう付け加えた。


「物陰があればだけど」

「承知しました」


 ダイア・ウルフたちが速度を上げて馬車から離れていく。

 その時「我らが創造神に栄光あれ」と口々に言いながらだったのはアラクネイアには伝えなかった。

 ダイア・ウルフと騎竜によるステレオ賛美はうるさく思いそうだしね。


 それにしても、騎竜の仕事っぷりは見事だね。


 速度は落としていたけど、こっちに振り向きつつ走っていたのに道から外れて田んぼに落ちてないのは見事だ。

 生物として、ある程度後ろの方まで見えている可能性は高いので、そのおかげなのかな?


 しっかり見えてなくても道筋を把握しているとすれば良い仕事をしていると賛美を送りたい。


 もっとも人間だってじっと足元を見て確認しながら歩かなくてもいいワケで、これは目から入ってくる情報を無意識に処理し、見えてない部分を想像や予測などの脳の機能を使い、色々な譲歩う補う事で歩いているのだから、似たようなモノなのかもしれない。

 脳科学はそれほど詳しくないが、自分の視界などを意識して歩いて見ると、なるほど次に足を置く場所の状況は、少し前に目で確認した情報から予測や推測を無意識に行って歩いていると実感できるので、各自やって見たらいい。

 これが出来ないと砂利道とか傾斜している道とか本当に歩けませんので。


「んじゃ、次の休憩所まで速度を元に戻して進んでくれ。

 休憩所が見えたら一度休憩するからね」

「「承知しました!!」」


 二匹は声を揃えて答えると、走る速度を上げる。


 やはり揺れは馬より少ないなと考えつつ、隣に座り続けるアラクネイアに視線を向ける。


「あの、もう戻っていいけど……」

「いえ、ここで結構でございます」


 ニッコリと笑うアラクネイアに戻れと命令も出来ず、俺は手綱を握っている。


 やれやれ。

 ラブコメじゃないんだから、緊張しなくてもいいんだが……


 それでも密着するほどの距離で美女の隣に座るのはプレッシャーが掛かりますね。

 体温が感じられるほどの距離ってのは密着といっても過言じゃないでしょ?


 どうみてもドレス姿の貴族女性にしか見えないアラクネイアと御者台に乗っている風景は奇異に見えるらしく、旅人や行商人、すれ違う馬車の御者などにポカーンとした目を向けられ、少々居心地は悪かったのは言うまでもない。



 一〇キロほど進むと、休憩用の広場が見えてきた。

 既に数台の馬車が泊まっているようだ。


 休憩所の周囲にはある程度中の状況を隠す為に灌木や木々が植えられているようで、マップを確認してみればダイア・ウルフたちも上手く隠れて待機できているようだった。


 ちなみに、休憩所の周囲にこういう灌木等を設置しているのは、防犯の為だと思います。

 前の不埒者たちのように行商や隊商を目的とした野党もいるので、この世界では商品満載している馬車などを無防備に晒すなんてことはしない。

 セキュリティ意識の欠片もない現代人、特に危機感のない日本人とはひと味違うと思う。



 さて、昼休憩には少し早いのだが、前回の休憩を教訓に料理の移動販売なんかをしてみようかと思います。


 よって、休憩広場の一画をガッチリと占領した。

 俺たちのウチ二人はお貴族様にしか見えない出で立ちなので、やや広めに場所を占領しても他の利用者から文句は出なかった。


 もちろん迷惑そうな目を向けられることはあるが。

 まあ、これから俺がやる移動販売というサービスを受ければ、迷惑そうな目は一掃できると思いますけどね!


 俺は簡易かまどを六つ設置して、さっさとご飯を炊き始めた。

 とりあえず一〇合釜を二つで二〇合も炊けばいいだろう。


 何にせよ、テーブルや椅子などもバンバン取り出して並べていくので、周囲の迷惑そうな目が好奇の目に変わっていくのは、然程時間は掛かりませんでした。


 本日のメニューは……

 鮭のムニエル・タルタルソース添え、だし巻きたまご、オニオン・スープに鮭フレークを使った香味野菜のさっぱりサラダ。


 こんなもんでしょうか。


 これらの食材をテーブルに並べ、どんどんと調理を進めていく。

 三〇分もしないウチに米の炊けるいい匂いが、休憩所の周辺に漂い始めた。


 臭いの暴力は、今回も盛大に威力を発揮しているようで、フラウロスに身分は悪くなさそうな馬車の御者が何人か話しかけていた。

 アロケルも格好が厳つい戦闘系なので無視されてたのは言うまでもない。


 料理をしている俺に話しかけてくるヤツは皆無だった。

 それもそのはずで、とんでもない速度でかまどと料理台にしているテーブル間を行き来しているので、どうみても素人が口を挟める雰囲気じゃないからだろう。


 まあ、普通の速度でやればいいんだけど、ダイア・ウルフたちにも何か作ってやりたいんで。


 とりあえず人間用の料理が一段落した頃にフラウロスが「一三人分売れました」と耳打ちしてきた。

 俺はニヤリと笑って親指を立てる。


 こんなところで新鮮な食材でしっかりと料理されたモノを提供されるとなれば、それなりの金額になるので小遣い稼ぎにはもってこいです。


 今回は値段をつけさせるとか意地悪せず銅貨二枚と最初から決めていたので、その旨は仲間たちには伝えてあったんだけど、流石にアモンとアラクネイアに声を掛ける勇気のあるヤツはいなかったようです。


 フラウロスによれば値段的に最初は渋っていたようですが、料理が進につれ臭いの暴力にやられた客が多かったみたい。


 一三人となれば、殆どのヤツが分けてくれと申し込んできたという事だ。

 俺ら以外に一五人しかいないんだからね。

 一応、二五人前は用意したんだが、値段の所為もあってお変わりするヤツはいなさそうだな。


 注文しなかった二人は、かなり身なりが貧しそうな若い二人組で、冒険者というより農夫っぽかった。

 固そうな黒パンを取り出して分け合っていた。


 マップ画面から光点をクリックしてみたところ、俺たちが向かっている街から騎竜の村まで出稼ぎの為にやってきた貧民街の若者のようである。

 身なり等から見て貧困の為なのだろうが、徒歩で向かうならあと一~二日は掛かりそうなのに大丈夫か?


 だが、彼らの目からは光が失われていないようだった。

 まだ自分たちの人生に希望を抱いているのがよく分かる。


 俺らがオーファンラントの王都周辺の門外街やスラム街で見て来た全てを諦めきっている奴らの目とはかなり違う。


 俺は彼らのその心意気に少し力を貸してやりたくなった。


 仲間や客たちに料理を出し終えた後にはなったが、少し残っていたオニオン・スープとサラダを彼らに食べさせてやった。

 ムニエルは全く残ってないので、彼らが苦労して齧っている黒パンにタルタルソースを塗りつけてやる。


「あ、ありがとうございます……

 どうして、僕たちに……」


 遠慮がちの言葉に俺は笑顔を作って答えてやる。


「周囲が美味いものを食べてるのに自分たちだけ食べられませんってのは結構堪えるからな。

 俺は料理を嗜む人間として、それはどうかと思うワケよ」

「はぁ……」


 代金を払えないんだから、それは普通では?

 彼らは心の中でそう考えているような顔だったが、そういう悔しい思いが積み重なると人は悪事に走ったりするもんだと俺は思う。


 こういう人の好意が、そういう荒み切る前の心には良薬になってもらいたい。

 前途ある若者には特に。



 店じまいしつつ、隠れているダイア・ウルフたちに牛肉ブロックを差し入れた。


「お前たち、ここで俺たちの護衛は終了だ。

 縄張りに帰っていい」

「もう、お役御免でしょうか?」


 ダイア・ウルフのリーダーは少し寂しそうである。


「いや、もう隠れられる場所が殆どないだろ。

 これ以上、君たちが付いてくると人族が騒ぎ始めそうだからな」

「あー……」


 思い当たる節でもあるのか、リーダーは遠い目をしていた。


「では、我々は任務を完遂という事でお暇させていただきます。

 創造神様にもご挨拶をしたかったですが、無理そうなのでご伝言をお願いします!」


 俺をメッセンジャー代わりにするとは……

 とか知ったような口を利くつもりはない。

 一応、その代価として追加の命令もしておいたけどね。


 伝言を貰って休憩広場へと戻った。

 ちなみに伝言はアラクネイアへの賛美の言葉だったよ。


 仲間たちによって既に馬車の近くに片付けられているテーブルや椅子をインベントリ・バッグに放り込む。


 その傍ら、中くらいの革袋にパンとハム、チーズなどの塊を少し取り出して入れておく。

 そして休憩所から出ていこうとする若者二人を見つけた俺は、その革袋を選別として渡した。


「ここまでしてもらう理由がありません」


 やはり施しに抵抗があるようだ。

 だけど地球であれば、富めるものが貧しいものへの施しは、先進国だと当たり前の行動なんだよね。


 もちろん、全ての貧しいものへの施しなどできようがない。

 それでも先進国と呼ばれる国々のセレブたちには、自分たちの周囲へはある程度の施しをする文化が根付いている。

 ただの偽善なのだけど、施しをする方としては気分が良いので金持ちには受け入れられるライフ・スタイルである。

 その「施し」がちゃんと貧困層に届いていればいいねとは思いますが。


 ま、偽善であろうが、自分の目の届く範囲なら、俺も偽善に手を染めるのさ。

 自己満足でしかないのは重々承知。

 やらない善よりやる偽善だよ。

 俺のささやかな後援が彼らの道に光を当てるならね。


 これくらいの手助けはいいよね?

 でも、ダイア・ウルフに護衛を頼んだのはやり過ぎたかなとは思うけどね!

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