第32章 ── 第40話

 俺たちが部屋を取った宿は、外観が立派なのでそこそこの高級宿屋なのだろうと思っていたのだが、部屋やサービスの質は確かにその通りではあったのだが、価格はかなりリーズナブルであった。

 もちろん、その分料金が割増しになってはいるのだが、それでも中の下程度の料金。

 俺たち五人で銀貨二枚という値段である。


 これはもちろん西側の通過価格だ。

 それでも安い。

 日本の感覚だと、ビジネスホテル一泊分くらいか?

 サービスはスイートと同等なんだけどね……


 俺たちがお貴族様御一行と見て、一番高い部屋を用意してもらってコレですから、他人も一緒くたの大部屋なんかの料金は下手したら青銅貨数枚で泊まれるんじゃないか?

 トマソン爺さんがやってるトリエンでも比較的高級な「空飛ぶ子馬亭」より安そうなので、客室担当の従業員にはチップを弾んでおく必要がありそうな予感がする。


 そんな理由も踏まえて部屋に一階の食堂から料理と酒を運ばせた。

 ルームサービスくらい利用しないと、部屋を出ない限り従業員と顔を合わせられないんだから仕方ない。


 しばらくして部屋の扉がノックされたので開けてみると、カート数台に料理をわんさか乗せて来た従業員たちがいた。


「ご注文のお料理をお持ち致しました」

「ああ、どうぞ」


 カートは全部で五台。

 よって五人の従業員がいる。

 先頭のカートを押す女性従業員が一番の年嵩で、多分彼らのリーダー的な存在だろう。


 俺は、素早くインベントリ・バッグから銅貨を五枚取り出して出ていこうとする従業員一人々々に一枚ずつ渡した。


 最後のリーダー的女性従業員に渡そうとすると、一度断られた。

 さっき料理を注文する時に廊下で話しかけた時に手間賃に一枚渡していたからのようだ。


「ああ、アレとコレは別ね。

 こっちは運んでもらった例だと思って遠慮なく受け取ってくれ」


 普通なら最初の一枚だけで払うつもりはないが、彼らの接客態度は見事なものだったし、そういう宿屋や本人たちの努力に見返りがあってもいいではないか。

 金がほしいからサービスを厚くしましたって態度もなかったのも良い。


「それでは、お言葉に甘えまして……」


 女性従業員は恭しく腰をかがめつつ銅貨を受け取る。


「食べ終わったらカートごと廊下に出しておけばいいかな?」

「はい。そのようにして頂けますと幸いです」


 俺は頷きつつ、従業員たちを見送る。


 魔族たちはカートから料理皿をテーブルへと運んで並べている。

 女性従業員が扉を閉める時にその様子をチラリと見て少し驚いているのが解った。

 お貴族様だと思われるアラクネイアも料理の乗った皿を運んでいるんだから当然か。


 俺たちに身分的な縛りはない。

 魔族連的には、俺を王様か神様のように玉座に鎮座させて何でもかんでも世話を焼きたいらしいが、俺はそれを全力で拒否している。

 主から拒否される以上、俺の他の仲間たちのように接するのを義務としているのである。


 ま、そういう他人行儀なのは嫌いなんでね。


 ただ、女性従業員が驚いた後から、俺のを見る目の色が少し変わった気がしたのは気の所為だと思いたい。

 チップを主人と見えるアラクネイアから受取りもせず、俺のポケットから出したのが彼女の誤解に拍車をかけたのかもしれない。


 そういう態度や状況からお貴族様の金庫番と思われた可能性がある。

 それだけ羽振りがいいという事だ。


 彼女はかなりの接客教育を受けているようだし、客を口説きに来るような分別のないような行いはしそうにないのが比較的安心できる要素ではあるね。


「食事の準備が出来ました」


 アラクネイアが俺を呼びに来たので、食卓用にしたテーブルへと付く。

 既に全員それぞれの椅子に座っているので、俺は案の定お誕生席である。


「んじゃ、冷めないウチに頂こうか」

「「「頂きます」」」


 アロケルに頂きます文化はまだ浸透していないので、俺たちをキョロキョロ見て小さい声で「……頂きます……」と言ってからナイフとフォークを手に取っていた。


「ここはパンじゃなくてご飯なんだな!」

「主様はご存知なかったのですね。

 バルネットの主食は米なのでございます」


 アモンは得意げにそういう。


 そりゃそうだ。

 かの救世主「シンノスケ」が安住の地に選んだ場所が米の産地でないはずがない。

 他国には米を広めて自国では広めないはずないだろう?


「ブレンダ帝国じゃソバも広めてたみたいだけど、こっちにもあるよね?」

「当然ですな。

 バルネットも飢饉は襲ってきますので、その対策はなされておりますな」


 フラウロスもしたり顔でございますな。


「ふむ。

 影で魔族が支配している割りに国民の生活に寄り添った政治がなされているという事だな」

「確かに人類種と魔族は敵対していますし、魔族としてはティエルローゼを破壊するのが主任務と思われていますが、単純にそうだとは言えません」


 アラクネイアは少し拗ねたようなニュアンスで言う。


「妾たちも生きておりますから、食物の接種は重要です。

 妾たちの生活を安定させるためにも、周囲の人類種の生活を富ませる事は重要な案件という事です」


 もっともだ。

 自分たちばかりが富んでも周囲が貧乏では破綻は目に見えている。

 人々を暴動に駆り立てる最も簡単な方法は食糧事情を著しく悪化させる事である。


「という事は、魔族は一口に言って悪とは言えないワケだ」

「善悪で言えば、どっちの気質に偏っているとは言い難いところはあります。

 ただ、力を正義と考えるモノは多いとは思いますが」


 それはティエルローゼ人でも、地球人でも同じだ。

 建前上綺麗事を言っていたとしても、存在する国々が作り出す世界秩序ワールド・オーダーを左右するのは国の影響力である。

 この影響力というのは、経済力、文化力、軍事力、技術力などを背景にしている。

 これらを勢力均衡バランス・オブ・パワーというのだが、俺の専門は経済系なのでその方面をティエルローゼに還元できたらいいなと考えている。

 魔導列車を導入した物流改革なんかもそれの一貫だよ


「我ら魔族としては、従来の秩序と混沌という分け方にも一言モノを申したいところではありますが、見る方向が違えば秩序の意味も変わって来ましょう。

 声高に文句を言ったところで、違う正義を信じずる者に伝わることもありません。

 ならば力でモノを解らせるのが最善手になることも多くなります」


 思想信条、宗教など、まさにそういう理由で世界中で諍いやら戦争が起きていた地球出身者としては、一言も言い返せませんね。


 正義の反対側は他の正義ってのが当然で、絶対悪なんてのは基本的に存在しない。

 強いて上げるなら、これからティエルローゼを滅ぼすかもしれない、例の黒い点の向こう側にいるヴリトラなるヤツがソレかもしれない。

 もっとも、ヴリトラに悪かどうか聞いたわけでもないので、あっちにはあっちの正義があるのかもしれないが、そんな事は滅ぼされる側のこっちにはどうでもいい事である。

 滅ぼされないように手を打つし、抵抗するのは当然の権利だと俺は思う。


「こういう食事の文化も守っていきたいもんだよねぇ」

「米は守るべきだとは思いますな」

「主様の料理を体験してしまうと、それは真理であるとしか言いようがありませんね」

「当然でございましょう?

 妾たちの主様なのですからね」


 俺に相槌を打つアモンとフラウロスにアラクネイアがドヤ顔でフンスと鼻を鳴らしている。

 ますます俺を中心に思考を巡らせているようなので、俺としては彼らの主として何に関しても判断を間違えないようにしたいというプレッシャーに襲われますね……


 その後、料理を全て平らげてから食器をカートに戻して廊下に出しておいた。

 日本人気質なので、汚れた食器もある程度綺麗にしてから出しましたよ。

 こういう所は要らない事なんだろうけど、なんとなくね。



 翌日の早朝。

 騎竜を数匹借りて次の街へと向かう事にする。

 俺はフラウロスを連れて騎竜の貸出所へと向かう。


 騎竜の貸出所は、騎竜牧場の隣に併設されており、貸出料は一頭で銅貨一枚だった。

 めちゃくちゃ安い!

 俺の感想はこの一言である。


 もちろん、次の街にも出張所があってそっちで返却可能というのも便利さに拍車をかけている。


 騎竜は非常に頭が良い為、帰っていいと声を掛ければ、道の途中で返しても勝手に自分で貸出所なり出張所まで帰っていくらしい。

 そういう返却方法の場合、騎竜に何かあった時に経費として当てる費用を預けておかねばならない規則があるのだが、その預けたお金が帰ってこないそうだ。

 このルールも地球でいうところの保険金みたいなもんだし、非常に考えられているなという印象を受ける。

 この保険金は、ちょっと高くて金貨一枚だった。

 もちろん何も無ければ全額返ってくるお金なので損をしたくなければ、ちゃんと貸出所や出張所に返えせばいいだけである。


 俺は金貨を二枚出して、二匹の騎竜を借りた。

 そして、自分の馬車をインベントリ・バッグから取り出して騎竜を繋げる。


 馬車を出した時に貸出所の係員に驚かれたのは言うまでもない。


 連れてこられた二匹の騎竜を馬車に繋げつつ、声を掛ける。


「次の街までよろしく」


 俺が声を掛けると騎竜たちは「ピエーー!」という面白い鳴き声を上げたが、俺の耳には「任せてください!」、「頑張りますね!」という元気のある人の言葉として聞こえた。


 次の街まで騎竜に引かせた馬車でも三日掛かるそうなので、徒歩だったら一週間から二週間は掛かるところだった。

 騎竜のレンタルは英断だと自分でも思ったよ。


 騎竜の引く馬車で宿屋まで戻り、チェック・アウトの手続きを行う。

 カウンターには、例の女性従業員がいる。


「宿泊料は銀貨二枚になります」

「ここ、凄いサービス良いのに料金は安いね」

「ありがとうございます。

 この宿屋は村の所有物なので、全ての村人がその所有権を持っています。

 この村は騎竜事業が中心なので、その事業に付属する業務として宿屋が運営されているのです」


 なるほど。

 騎竜の客層が全部この宿の客となるワケだ。

 ここをハブとしている以上、隣になる街や村などを行き来する人は、全部ターゲットなんだな。

 そりゃこれだけ大きい宿屋も運営する事もできるって事だねぇ。

 まさに人と物の流通を完全に掌握していると言えるワケだよ。

 人と物が動けば金は黙っても付いてくる。


 素晴らしい経営理念だな。

 宿や騎竜のレンタル料が安いのもリピーターを考えてなんだろう。

 他の場所で同じような事業を真似するヤツもいるだろうが、騎竜が手に入らないだろうし、馬で代用するとなると獣や野党などの対策をしないと弊害も出てきそうではある。


 俺の領地なら治安は相当良いので真似はできそうだが、魔導列車計画があるので、積極的にやる必要もないか。


「次に来た時にも、よろしく頼むね」


 俺は銀貨を三枚カウンターに置いた。

 女性従業員が「一枚多い……」と言い掛けたので、それを俺は止めた。


「余分の一枚は宿に。

 この村に、でもいいか。

 いい商売のネタを見せてもらったお礼にね」


 俺はニヤリと笑ってカウンターを離れた。


「あの……どちらのお貴族様なのでしょうか……?」

「ん? 俺?」

「いえ…あの……」


 商売を真似しようとしているらしい貴族の連れの素性が気になるのかな?


「俺は大陸東にあるオーファンラント王国トリエン地方領主ケント・クサナギ辺境伯だ。

 以後お見知りおきを」


 俺はオーファンラントの貴族風のお辞儀をしてから宿を出た。


「東の大国……」


 そんな呟きが耳に入ってきたが、村人に本当の身分をバラしても影響はないと判断しての行動である。


 俺たちが首都に到着するよりも早い通信手段があれば別だが、前の街でも早馬が一番早かったとなれば、そういう心配は無用なのが解る。


 今のところ諸国を漫遊して解った事は、人の移動速度より早い通信手段を確立しているのはオーファンラント国内だけである。

 オーファンラント内でも幾つかの通信速度の段階がある。

 一般及び貴族層は現在カラス便という郵便手段での情報のやりとりが一番早いだろう。

 それよりも早いのは王様が持つ飛行自動車。

 そして最も早いのはオーファンラント内の冒険者ギルドが所有する通信用魔法道具と俺と知人たちが所持する小型通信機だろう。


 それ以外の国の通信手段は人間の移動速度と完全に一致する。

 そう考えると飛行部隊を抱えているルクセイドの軍事上、情報上の優位性は非常に高いと見える。


 だって、それ以外は徒歩か馬しかないからね。


 そこから考察すると、江戸時代の日本って飛脚も凄かったみたいだけど、光通信を使って江戸~大阪間で米相場の情報をやり取りしていたとか聞いたことあるんだけど、時代的に凄すぎると言わざるを得ない。

 ああ、そう言えばロウソク・チャートも江戸時代の日本の発明らしいな。


 日本が明治時代になってすぐさま列強入りできた理由がこういう地力の凄さなんだろうとつくづく思いますよ。


 こんな事言ってると選民思想に被れてるように聞こえるけど、マジで昔の日本って凄いんだって!


 ま、信じるか信じないかは貴方次第ですけどね。

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