第32章 ── 第39話

 午後、街道をしばらく歩くと農村に辿り着いた。

 少し大きめの農村で、小さな町と言ってもいいかもしれない。


 村には一応、小さい衛兵隊が雇われており、出入りする人間を軽くチェックしている。

 怪しいやつが来たら即座に職質するみたいなんで、村の治安は悪くない。


 俺たちは見た目がお貴族様とその御一行風なので……


「テクシ村へようこそ!」


 ものすごい笑顔で村に入る段階でフリーパス。

 衛兵隊を雇っておく意味があるのかと小一時間説教をしたくなったのは言うまでもない。


 身なりに金が掛かっていると見えるだけで、この対応なのは仕方がないとしても、そんなお貴族様御一行が徒歩で、農村くんだりまで歩いてきている異常性に気付かない段階で三流だろう。


 衛兵の質に関しては、雇い主の選別眼の問題だし、自国でもなし俺がとやかく言う立場にはないので放っておこう。


 既に陽が傾いている状況で先に進むのはお貴族様御一行という設定的に問題が生じるので、村の状況を大マップ画面に表示して宿屋を探してみる。

 村の中心に近いあたりに結構大きい宿が存在することが判明した。

 仲間たちを連れ早速宿屋へと向かう。


 宿屋の前まで来て見上げてしまった。


 大きい村だというのに四階建てだぞ……?


 この世界に来て四階建ての建物など城や行政庁舎などの国に準ずる機関のものだったりするが、民間の建物で四階建てというのは見たことがなかった。


「でかい……」


 俺が驚いているとアロケルが口を開いた。


「ああ、ここは元々領主館だった建物だそうです。

 不正を働いた領主に対し、政府は領主一族郎党、犯罪奴隷へ落としたとか」


 でも、ここって村だよね……?

 俺の無言の問いにアロケルも気付いたようだ。


「ここは、元々街だったんですよ。

 ただ、それほど重要な街ではなかったようで、街ごと縮小されたワケです。

 その為、この街は隣の街……私たちが来た方向、都市ホーエンの管轄となっています」


 アロケルが詳しいのは、遊撃隊副隊長として、国境に近い街や村を転々と移動していたからで、この街の歴史にもそれなりに詳しくなったようだ。


「村長が住むにも大きすぎますので、村合同の建物として管理することになり、村に新たな産業が生まれた時に大型の宿屋として営業を始めたということです」

「村の新しい産業って?」

「乗用動物の貸出ですね」

「馬か?」

「いえ、騎竜マウント・ドラゴンです」

「なん……だと……?」


 騎竜マウント・ドラゴン……

 様々なゲームやラノベ、ファンタジー作品で出てくる騎乗用の竜である。

 ティエルローゼにも有料アイテムとして存在し、シンジも乗っていた。


「乗れるドラゴンっていうと、空も飛べるのか?」

「は?

 いえ、飛べません。

 翼もありませんし、ドラゴンとは名ばかりで大型のトカゲみたいなもんですから」


 俺の脳裏には、雄々しく翼を広げるドラゴンのイメージが浮かんでいたが、その勇姿は一気に萎んでコモドドラゴンに蔵が付いている絵に変わってしまう。


「なるほど……

 時間があったら見学してみたいもんだな」

「それには及びません。

 ほら、来ましたよ」


 アロケルが指差す方向に俺は目を向ける。

 その方向には馬車を引く二足歩行の大型のトカゲが見えたのだ。


 ヴェロキラプトル……?


「ああ、確かにあれはラプトル種ですね」


 どうやら、心の中の声が漏れていたようだ。

 俺の漏れた呟きにアロケルが頷きつつ答えてくれる。


「ラプトル種は、見た目は凶暴そうですが、性質は大人しいので騎竜としては大変好まれる種です。

 他にも草食系のトプス種、アンキロ種なども騎竜として使われますね」


 ここは天国か!


 どうやら恐竜系の爬虫類を使役している村らしい。

 恐竜好きの俺としては、絶対に見に行かねばならない。


「主様、それよりも宿を取りませんと」


 アモンが苦笑しながら興奮気味の俺に提案してくる。


「あ、ああ、そうだな。

 まずは泊まる手配が先だな」


 俺は仲間を引き連れて意気揚々と宿屋の扉を押し開けた。



 一時間後。

 既に午後四時、陽が陰って日向よりも日陰の方が村を占める時間である。

 それでも俺は騎竜牧場の柵によじ登って騎竜たちを眺めていた。


「すげぇ! マジで恐竜やんか!」


 ラプトルを見て俺は大はしゃぎ。

 学術的に言えばドロマエオサウルス類に属する恐竜で、ヴェロキラプトルもその中の一種である。

 羽根が生えた彼らは鳥の祖先という学術論文も存在している。


 俺は少し暗くなってきたけどもラプトルをじっくり観察した。

 羽毛がは言えているので鳥と勘違いされそうだが、羽毛の内部分には綺羅びやかな鱗が生えており、口の中には鋭い牙がズラリと並んでいる。

 ティエルローゼでは羽毛の生えた竜もいるそうなので、彼らはドラゴン種として扱われているということだ。


 他の種と比べてラプトル種の知性は高く、群れで狩りをするという部分は地球で考えられている生態と対して変わらないようである。

 知性が高い所為か、人類種等を襲うことは殆どないそうだ。

 その理由としては、人間を襲うとその報復が苛烈を極めるからだろう。


 アロケルが言っていたトプス種、白亜紀に生息していたケラトプスに非常によく似ている。

 アンキロ種はアンキロサウルスだな。鎧竜とも呼ばれているようだ。

 この二種は、基本的に動作も遅いし、ラプトルに比べると遥かに大きい。

 そのため、大きめの荷車を繋げて運ぶのを任務としている。


 身体が大きい草食類の彼らは食料になる木や草を大量に消費する。

 その為、大量に繁殖されるとその地域は植物一つ残らない惨状に陥ると言われているそうで、繁殖数はかなり絞られているそうだ。

 もっとも、彼らは野性の個体が既に殆どいないそうなので、あまり心配はないとのことだ。

 鈍重な動きでは、動きの俊敏な野獣や魔獣に対応できないそうで、人間に飼育と管理をされているのが彼らが絶滅しない唯一の方法なのだろう。


 ちなみに、この騎竜たちは、バルネット以外の土地では生きていけないそうだ。

 気候の所為というのもあるが、バルネットにしか存在しないとある植物を接種しないと生命維持が困難になるそうで、ここ以外だと世界樹の森の南部くらいでしかその姿を見ることは出来ないとか。


 植物に含まれるある種の酵素が必要なのかもしれないと俺は考えた。

 日本人も外国人には存在しないある種の微生物を腸内に飼っているそうで、海藻などを生で食べることができるらしい。

 もちろん個体差はあるので、この微生物を飼っていない日本人もいるとは思うが。

 なので、これらの恐竜がこの地以外では生きられない事例は、こういうのと同じ理由だろうと判断した。


 俺としてはトリエンでも恐竜飼いたいなと思ってはいるんだが……



 宿に戻って明日からのスケジュールを話し合う。


 ホーエンから一日歩いたワケだが、まだ一五キロくらいしか進んでいない。

 舗装されていて野獣などの脅威のない現代の道路であれば、三〇キロから四〇キロくらいは進めたかもしれないが、土が剥き出しで手入れも行き届いていないデコボコの街道を歩くのは結構な重労働なのだ。


 ステータス全開で進んだら一日に五〇キロも六〇キロも稼げるだろうが、一目がある状態はそうは行かない。


 飛行自動車で飛ぶのがもっとも効率がいいが、ハッキリ言って目立ちすぎるし、魔族だけでなく現地の人間にすら正体不明の物体として敵視されかねない。


 ということで、俺は騎竜をレンタルする事を提案した。


「れん……たるとは?」

「ああ、借りるって意味だよ」

「なるほど、隣町まで騎竜を借りて移動するって事ですね」


 アロケルは納得したようにポンと手を叩く。


「買い取ればいいのでは?」


 フラウロスが更に現実的な事を言うが、アロケルは首を降る。


「騎竜は、次の街までしか借りられません。

 買い取るのも法律で禁止されてますね」

「左様な法律が?」

「はい。この村を中心として、周囲の村や街までが借りる事ができるのです。

 個体数の管理の為との事でして、ちゃんと中央政府からの認可を得ているそうですから、我々がワガママを言っても対応されません」


 個体数管理って事は、絶滅危惧種って意味なのか、利権があるのか判らないな。

 ホーエンが中央政府の許可を取って法律化しているとしたら、他領もちょっかいを掛けられないんだろう。


 ホーエンの領主は結構有能なのかもしれん。

 会って縁を結んでおくべきだったか?


「何にせよ、ラプトル種を二頭借りて馬車を引かせるのがいいと思う。

 これなら、二つ先の街まで行けるだろう?」


 俺は大マップ画面をみんなに見えるようにして開いた。


「今いるのが、ここ。

 この道を通って、この街を経由して、ここまで行く。

 あの騎竜を使えば一日でここまで行けると思うんだが」

「ええ、ラプトル種は馬よりも早いですから……」


 アロケルは、同意しつつもかなり不安そうな顔である。


「何か不安があるのか?」

「ああ、ラプトルに引かせるとすると、振動がかなりのものになるかと」


 そういうとアロケルは尻に無意識に手をやっている。


 それを見た俺と魔族連は少し吹き出してしまった。


「普通の馬車ならそうだろうな」

「安心なされよ。

 我が主の馬車は、そんじょそこらの馬車とは違いますぞ」

「ええ、主様の技術の粋を知ることになりますね」

「そうね。

 あまりに揺れて尻が割れたとかいう冗談をよく聞いたものだけど、我らの主に仕えるようになって、妾の尻は割れておらぬ」


 アラクネイアが冗談を言うのも「尻」なんて単語を使うのも珍しいが、楽しそうなのでいいか。


「ま、ウチの馬車は魔改造してあるからサスペンションもショック・アブソーバーもついてる。

 まあ、振動吸収力は世界一だろう」


「さす……

 しょ……

 どんな魔法でしょうか?」

「魔法じゃない、科学だな」

「ああ、青い世界で我らの同胞が教えたという摂理の応用方法の事ですな?」

「それだ。

 君たち魔族が地球に呼び出されなくなって、人間は独自にその『摂理』を突き詰めた。

 だから、君たちが知る摂理以上に現代の人間は発展しているんだよ」

「何やら見てきたようにおっしゃいますが……」


 アロケルの言を聞いて、魔族たちは顔を見合わせて吹き出した。


「はははは、今さらか!」

「ほほほ……我らが主様は見てきたというより、青い世界からやってきたのですよ」

「我もそれを知って驚きましたからな」


 ゲラゲラ笑う魔族連たちを見てアロケルはポカーンと口を開けて呆けている。


「青い世界から……?

 では、ケント様は……」


 アロケルの呟きにアモンが笑うのを止めて真面目な顔になる。


「そうだ。

 カリス様が報いたいとおっしゃっていた青い世界の人類であり、創造神と破壊神の魂の色を持つ我らが主である」


 アロケルは、アモンの言葉にさらに驚いたが、すぐさま真面目な顔になり俺の前で跪いた。


「我らが全ての作り主様。

 私の永遠なる忠誠を捧げます」


 俺が戸惑っていると、アラクネイアが一歩前に出る。


「その言や良し。

 我らが主様は、創造と破壊をその身に宿し統一神であらせられる。

 その魂が摩耗し消滅するまで、お仕えする事をこの四天王が一人、筆頭侍女アラクネイアが許します」


 あれ?

 アラクネイアって侍女なの?

 淑女じゃなく?


 アモンが執事で……


 フラウロスは……?

 口調的には爺や?


 創造神の血族らしい事はハイヤーヴェルも言ってたけど、俺カリスにも関係あったっけ?

 ハイヤーヴェルもなんか言ってたような気もするけど……


 良くわからんけど、魔族にしろティエルローゼの神々にしろ、俺の存在って結構重要って事ですか?


 色々な疑問が頭の中で渦巻くも、すぐに答えが出ることでもなし。

 ハイヤーヴェルと再開したときにでも詳しく聞いてみようかと思う。

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