第32章 ── 第37話

 モフモフ共も連れて西へと進む。

 街道の左右は、木々が疎らにあるが、それ以外は湿気が多く泥濘ぬかるみが殆どで、道を外れると底なし沼に嵌りそうで怖い地形である。


 ダイア・ウルフに聞いてみると、この周辺の地形はこういった湿気の多い土地だという。


 ここより更に西側にかなり行くと、段々とこの湿地を整備して農民たちが作物を植えているという。

 ダイア・ウルフは、この地域に生息する泥兎マッド・ラビットという動物を主に狩って生活をしているそうで、時々レアな泥蟹蠍マッド・クラブ・スコーピオンという大型動物を狩る事もあるとか。


 かになのかさそりなのかハッキリさせてもらいたいところだが、そんなことをダイア・ウルフに言っても仕方ないので黙っておく。

 蟹寄りのモンスターなら一匹手に入れて料理してみたいんだが。


 正午近くになり、街道の路肩にある小さい広場の一画を陣取り、昼食の準備をする。

 ダイア・ウルフたちは、近くの林の中に待機してもらい行商人や旅人の目から隠れてもらっておく。


 これから何日かは野営となりそうなので、仲間たちに美味いものを食わせておこう。


 俺は牛のブロック肉を取り出して、薄切り肉を大量に作った。

 続いて玉ねぎをこれも大量にスライスしておく。

 感の良いヤツは気付いただろうが、牛丼を作るのだ。


 ほら上手くて手軽で美味しいだろ?

 簡単だし。

 残った牛丼をカレーの具に使うなんて利用法もあるし、結構無駄なく食べられるのも牛丼のいいところだ。


 ご飯を炊きつつ、牛肉から外した骨や、余った肉を持って林へと向かう。

 茂みからダイア・ウルフたちがこっそりと頭を覗かせてくる。


「飯食うよな?」


 俺がそう言うと、ダイア・ウルフたちは舌を出してハァハァしつつ涎を垂らし始めた。

 尻尾が扇風機のごとくブンブンと回っているのが身体を隠しているにも関わらず茂みの揺れで手に取るように解る。


 俺は大ぶりの木皿を五つ取り出して並べてから、そこに余り肉と骨を置いていく。


「器は後で取りに来る。

 ゆっくり食べてくれ」

「ありがとうございます!!」


 一番年かさのダイア・ウルフが嬉しそうに伏せの姿勢になり頭を下げると、他の四匹のそれに倣う。


 動物や魔獣と言葉が通じるのはマジで便利だよね。

 無駄な諍いも避けられるし、なんと言っても意思疎通ができるのはありがたい。

 人間では知り得ない野性の世界の事情などを聞き出せる。


 情報は力を標榜する俺には必須の能力だろう?


「この辺りで君たちにとって危険な生物はいるかい?」

「人間以外にですか?」

「ああ、そうゆう意味で捉えてもらいたい」

「一番危険なのはドラゴンです」


 肉をガツガツを食らっている内の一匹が、しれっと口から何とも危険な生物の名前をこぼす。


「ドラゴンだと……」

「貴方様ならご存知ですよね?

 火を履く鱗のアイツらです」

「知ってるよ。仲間に古代竜もいるしな」

「こだ……」


 ダイア・ウルフたちが食べるのを忘れて絶句している。


「そ、そんな太古の怪物が仲間に……?」

「ああ、この辺では古代竜の伝説はないのか?

 ドラゴンって言ったから、そういう存在がいるのかと……」


 気を取り直した一匹が、首を横に力強く振った。


「いえ、普通のドラゴンです。

 時々頭がいくつもあるヤツも出ますが。

 あの種類が最も危険な存在で……」

「そうそう。

 でも、俺たちは見つかる前に逃げますから、危険はないです」

「あの鼻が曲がりそうな臭いをばら撒いてるヤツに気付かない同種はいませんし」


 他のダイア・ウルフも会話に加わってくる。

 彼らの一族は、トリエン周辺のダイア・ウルフよりもお喋りが好きらしい。


「そういえば、北の大森林の近くに羽根の生えた馬がいっぱいいたな」

「ああ、あそこは近づいちゃならねぇってボスが言ってた」

「ああ、怖い魔法使いが来る場所だからな」

「そもそも、あそこは入れねぇじゃん。巨人もいるし」


 言葉の端々から想像するとペガサスが群れで住んでる場所の情報っぽい。

 魔法使いスペル・キャスターなんて言葉も出てきているところを見ると、ソフィアの管理するペガサス牧場じゃねぇかな?


「入れないってのは……

 物理的に?

 危険だから?」

ってなんです?」


 さすがに動物界に物理なんて概念はないか……


「ほら、入ろうとしたら弾かれるとか、気付いたら元の場所にいたとか……」

「ああ、そういう感じです。

 なんか何も無いのに押し戻されるんです」


 物理障壁か……高度な理力魔法だ。

 ソフィアなら使えて当然ではあるんだが。

 彼女のクエストの最終局面において、塔の最上階に入ると、その階層から出られなくなるギミックが発動する。

 それが物理障壁と転移魔法・転移道具阻害の効果だった。

 そこから考察すれば、彼女が理力属性の魔法の使い手なのは容易に判断できる。


「ペガサスは貴重らしいから、手は出さない方が良いね」


 ソフィアを敵に回すのは止めた方がいいしな。


「あの生物は魔法を使うそうなので、手を出したら焼かれかねませんしね」


 ほう……

 ペガサスは魔法を使うのか。

 ドーンヴァースでペガサスは敵として出てくることはなく、騎乗用のアイテムとして出てくるだけなので、こういう生態については知られていないのだ。

 もちろん、プレイヤー側のユニットとして戦闘に参加させることができるので、ステータス等は知られているのだが、スキルを持っているという事はなかった。

 ウチのゴーレム・ホースのスレイプニルも格闘能力のみで魔法行使はできない。

 魔族たちに買ってやったヤツも使えないようだった。

 やはり、こっちとあっちでは似ているモノも多いが、中身が結構違うようだ。


 ダイア・ウルフたちが肉を平らげ、骨をあぐあぐし始めたので簡易かまどへと戻る。


 弱火でコトコトと似ている牛丼の鍋からは暴力的な良い臭いが漂い始めている。

 米もそろそろ炊けそうだ。


 あまりにも良い臭いがしている所為か、小さい広場に入ってくる旅人や行商人が増えてきた気がする。


 既に一〇人以上の人間が広場の所々に腰を降ろして堅パンやおにぎりらしきモノを取り出している。


 臭いをおかずに飯を食うつもりかとおもったが、それよりも「おにぎり」を持っている旅人がいることにびっくりした。

 フソウ以外にも米を炊いた状態で食す人種がいたのだ。


 取り出してご飯をよそい、牛丼乗せて汁を掛け回す。

 やはり汁だくが俺の理想。

 仲間たちの好みは解らないので自分で掛けてもらうことにして、俺は自分んの丼の端に紅生姜を少し多めに乗せた。


 用意の出来た牛丼をテーブルに持っていき、椅子に座って魔族たちの用意ができるのを待っていると、行商人風の若い男が話しかけてきた。


「あのー、あの大鍋で煮ているスープを分けて頂けないですか……?」


 どうやら、俺が作っていたのでお貴族様の専属料理人とでも思ったのだろう。

 魔族たちが自分で料理をよそっている姿に戸惑っているようだが、そういう貴族たちなのだろうと思たらしい。

 気さくな貴族の使用人なら話しかけやすいと思ったのは間違いない。


「スープじゃないんだが……」


 見れば、彼の手にはおにぎりもどきが握られている。

 海苔が巻いてないし、具も多分入ってないだろう。

 塩くらいは掛けてあるのかな?


「おにぎりには合うだろう。

 ちょっと待ってろ」


 俺は丼ほどの大きさではなない木の御椀を取り出して、彼のおにぎりをそれに入れさせる。

 そして、その上に牛丼と汁を掛けてやった。


「あ、ありがとう!

 いくら払えばいい?」

「相場でいい。

 商人なら目利きはできるんだろう?」


 俺はニヤリと笑いながら彼の腕前を試してやった。


 牛肉は豚肉や鶏肉などの他の肉よりも高い。

 手間のかかる大型動物を人間がわざわざ育てているのだから、手間も金も掛かっているのだから当然だろう。

 なので、一ブロックの牛肉が金貨二枚ほどの価値になる。

 一〇キロくらいのブロックだから、一キロで銅貨四枚である。

 普通の肉の一〇倍くらいの値段だな。

 食堂などで提供されている普通の肉入りスープの値段が黄銅貨三枚程度、パンやら飲み物やらをつけたら青銅貨一枚を少し越える。


「これでどうだ……?」


 彼は銅貨を一枚取り出して差し出してきた。


 ふむ。少し安い気もするが、まあ普通の食堂なら相場かな。


「いいだろう」


 俺は笑顔で、御椀と銅貨を交換した。

 若い男は嬉しげに自分がさっきまでいた広場の隅に走っていった。

 そこにはリアカー……あるいは大八車みたいな荷車があり、木箱がいくつか乗っている。

 それと共に護衛っぽい剣や槍等で武装した革鎧の男たちが何人か荷物の番をしている。


 若い男が椅子代わりの箱の上に座り、牛丼をスプーンで掬って口に運んだ。

 そしてカッと目が見開かれ、そのまま五秒ほど固まっていた。

 その後、猛烈なスピードでかっ込んでいるところを見ると、口に合ったようだ。


 その様子を見た護衛たちや、他の旅人たちも牛丼を分けてほしいといい出したのは仕方がない。



 食事の後始末をして、出発の準備を始めていると、牛丼を買った旅人たちが申し訳無さそうな顔でやってきた。


「なあ、あんた……」

「ん? どうした?

 味に満足出来なかったか?

 銅貨は返さんが」

「いや、そうじゃない」


 旅人たちだ、それぞれがポケットをまさぐり、銅貨を取り出すと、俺の前にある片付けようとしていたテーブルの上に置いた。


「済まない、銅貨一枚では少なすぎた」

「ああ、美味すぎたってことか。

 別に気にするな」

「そうはいかない。

 あの料理の値付けは目利き勝負だった。

 このまま引き下がっては、バルネット商人の矜持に関わる」


 どうやら、バルネット商人の魂に火をつけてしまったらしい。

 行商人ですらこれほどの商人魂を見せてくるとは思わなかった。

 交通手段の少ないこの世界では、行商人こそが一般流通経済におけるメインストリームだと俺は思っている。

 行商人が元気な国は経済活動が活発な良い国なのだ。


 魔族が支配していると聞いて最悪の国家であると想像していたんだけど、バルネットはそれほど悪くない国なのかもしれない。

 トリシアやハリスたちが聞いたら「魔族が支配しているはずなのに……」と疑って掛かりそうだ。


「んじゃ、貰っておこう」


 俺は行商人たちが余分に払った銅貨を拾い上げてインベントリ・バッグに仕舞い込んだ。


 無事に受け取ってもらえて行商人たちは嬉しげに立ち去ったが、俺の背中には微妙にゾワゾワとした感覚が残っていた。


 どうやら、俺の感覚が周囲の殺気を感じているようだ。


 俺は顔色一つ変えず、周囲を見回すような迂闊な事もせず、出発の準備を続けた。

 だが、感覚を鋭く研ぎ澄ますと、視線が俺に向けられているのを捉えた。

 何気ない仕草の中でその方向に視線を向けて観察してみると、冒険者風の集団が一つ俺の方を見ているようだ。


 ふむ……

 狙いは俺か?


 俺は出発の準備をしつつ考えを巡らせる。


 金が狙いだとしたら……銅貨程度で殺気を放つか?

 微妙なだ。


 俺を狙うなら、俺よりも金持ちそうな貴族に見えるアラクネイアやアモンを狙うのが順当だろうに。

 護衛の獣人っぽく見えるフラウロスが一緒だから、単独でウロウロしている俺を狙うってのもあるか……


 テーブルをインベントリ・バッグに放り込んだ時、向けられている視線の圧力が上がった気がした。


 ああ、これか……


 奴らの狙いは解った。

 奴らは俺のインベントリ・バッグを無限鞄ホールディング・バッグだと勘違いしたんだ。


 無限鞄ホールディング・バッグは冒険者や行商人にとって、とんでもない価値を持つ。

 手に入れた場合、使うにしても売るにしても計り知れない利益を生む。

 貴族に手を出すよりも、料理人風の俺一人を相手にして、奪う方が安全かつ利益率が高い。

 そう考えても不思議ではないか……


 これはこれで面白い。

 いつ襲ってくるか判らんけど、旅のスパイスとして役に立ってもらおうか。


 俺は獰猛なニヤリ顔をしつつインベントリ・バッグの蓋を閉じた。

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