第32章 ── 第35話

 とりあえず、美肌グッズは後々手配するという事にして、アーミングとクリスティアンと別れて街へ。


「さて、これからどうする?」

「ヴァレリアとバルネットの衝突は一時回避できたと言えましょう。

 あとはアラネアとフラが首尾よく南部を制圧できれば、あとは首都へ向けて移動できるかと」

「では、二人からの連絡待ちだな。

 宿で大人しく待つとしようか」


 俺たちウロウロしていると、またアーミングやクリスティアンに絡まれそうだしな。


 高級宿屋に戻り、今後どう動くかをアモンと話し合う。


 ここからバルネットの首都までは、馬車でおよそ三週間、徒歩だと一ヶ月以上掛かる。

 バルネットの首都シュトーネンは、フソウとの国境から二〇キロほどの距離にあり、バルネットの国土で見るとのかなり西側にある。


 バルネットの国土は元々もっと小さかったのだが、軍事国家が進むにつれ国土の獲得に血道を上げたらしく、周辺にあった小国家を次々と平定していき、今のような広大な国土を持つに至ったという。

 裏に魔族の暗躍があったからこその偉業なのだろうが、フソウとトラリアの連合軍は強く、秘密裏に動く魔族であっても容易に動くことは出来なかったようだ。

 南のルクセイドは航空戦力を持つ段階で侵攻は言うまでもなく困難なので一応敵対することは避けて来たらしい。


 バルネットの歴史は、数百年ほど前に起きた魔神騒乱までパッとしないようで、魔族もほとんど活動できていない。

 小国でありシンノスケという救世主により周辺地域の治安が維持されていたというのもある。


 東側諸国連合軍による侵略と破壊、それに伴うシンノスケの暴走と大陸東の破壊行動が、魔族が動き出す要因となったのは間違いない。

 地域の混乱を利用し、アルコーンたちは動きだし、国の重要人物に憑依したりすり替わったりしたワケである。


 それ以降、バルネットの拡張主義が顕著となった。

 周辺の大国はそれに抗い、バルネットとの力の均衡を取ることになる。


 たった数十人の魔族が味方するだけで、小国が大国に化けるんだから、魔族の恐ろしさを実感できますね。

 シンノスケとタクヤというプレイヤーが潰しあった結果、力を持つものの不在が魔族の暗躍を許したというのもあるんだが、シンノスケの暴走を神々が放置した段階で、地上の民への戒めという側面もあったのかもしれない。


 たらればで話すのもアレだが、東側諸国連合などというバカな連中がいなかったら、西のシンノスケ、東のタクヤによって世界の平穏がもたらされていたかもしれないと考えると何とも残念に思ってしまう。


 魔神騒乱の裏に魔族による工作活動があったんではなかろうかと考え、その辺りをウチの魔族連に聞いたのだが「知らない」と言われたので、陰謀はなかったと一応は結論付けてはいるんだけど、魔軍参謀と呼ばれていたアルコーンの事だから秘密裏に実行していたなんて可能性を俺は捨てきれずにいる。


 何せ東側諸国連合なる組織の記録が全く残っていないのだから、陰謀の証拠なんてものも残ってないんだよ。

 本当に完膚なきまでに消滅しちゃってるからね。

 今ある東側諸国は、魔神騒乱以降に建国された国しかないですしね。



 しばらく寛いでいると、パーティチャットの呼び出し音が成る。

 パーティチャットのウィンドウを開くと、アラクネイアからである。


「どうした?」

「主様、計画通り南部の関所を制圧しました。

 また、地方領主の館を襲撃し、領主貴族を降伏させました。

 既に領主と行政官による降伏と服従の旨を市民たちに布告させる事まで終えております」

「おお、でかした」

「ありがとうとざいます」


 アラクネイアが嬉しげに言う。


「後は、ヴァレリアの騎士とルクセイドのグリフォン騎士に任せておけば問題ありますまい。

 我らは我が主へと合流するべきかと存じますが、如何致しますか?」


 フラウロスの意見ももっともだろう。

 俺たちの仕事も終わったので、後はヴァレリアの騎士たちに任せるべきだろう。

 俺たちはバルネットの首都を目指そう。


「んじゃ首都へ向かうとするか。

 今、俺たちはホーエンという都市の最高級宿屋とやらに滞在中なんだ。

 できるだけ早く、こっちに来てくれるか?」

「承知いたしました。

 夜には合流を果たせるかと」


 さすが影渡り系スキルを持つ二人だ。

 移動速度はハリス並か。


「では待ってるよ」

「承知」


 ウィンドウを閉じ、アモンの入れてくれた紅茶を手に取る。


「アラネアとフラは今夜までに到着予定だそうだよ」

「では、出発は明日の早朝という事で」

「そうしよう」


 陽が暮れるまで、あと数時間。

 かなり暇なので、アーミング伯爵からの依頼品について目処を立てようと腕に付けた小型端末をトリエンの端末へと接続、そこからインターネットに繋げて情報を探る。


 やはり超有名な無料お試しセット的な化粧品類が口コミサイトではトップにあるので、コレを参考にしたら良いだろうか。


 化粧水、保湿液、美肌パック、UV対策クリーム、フェイスパウダーあたりがいいと思う。

 これらをこちらで作るには錬金術に頼るのがもっとも現実的だろう。


 俺はインベントリ・バッグから初級錬金術の本を取り出して読んでおく。

 フィルの店で買ったまま、ほとんど流し読み程度で放置していたヤツだ。


 じっくりと読んでみると中々興味深い内容で、少々の化学と魔法を融合させた魔術体系といった内容である。

 俺が作った触媒魔法にも通じる部分がある。

 もっとも触媒魔法は、触媒が持つ属性と触媒の持つ特徴や効果を拡大して魔法にするものなので、似ているといっても同じものではないんだが。


 錬金術は、経験的に実証されている化学反応を魔術によって促進したり、化学ではどうにもならない部分を魔術でどうにかして結果を出すといった力技的な技術体系である。


 なので、卑金属を貴金属にするなんて事を容易く行うことができるのである。

 もっとも、銅を金に変えるなんて事は、多大なエネルギーを必要とする作業なので、ある種の触媒や膨大な魔力が必要になり、こっちの世界でも中々実現が難しい錬成みたいである。

 やはり賢者の石とかが必要なんですかねぇ……


 今のフィルなら卑金属を金に変えるなんて事も簡単に出来そうな気もするけど、そういう方向にはあまり興味がないっぽいので安心ではある。

 金に困ってなければ金を作り出そうなんて思わないのが普通か……

 それなりの給金も出してるし、研究室も使わせてるし、不満が出るとも思えないよね。


 さて、話をもどして化粧品だけど、こっちの技術を使うとそれほど難しくない。

 抽出やら熟成なんて言葉が出てくるが、そんなもんは時間属性で加速すればとっとと結果に繋がるのだ。

 蒸留水とかも水属性魔法で水を作り出せば、純水やら超純水やらが一発で作れるし、地球では必須の無駄な工程は殆どカットできるのだ。


 異世界転生モノの小説で出てくる生活魔法体系がティエルローゼにあったらもっと作業を簡略化できただろうに……

 生憎ティエルローゼに生活魔法体系はない。


 創造神の力を使って作り上げるってのも手なんだが、かなり手が込んだ世界改造が必要な気がするので手を付けるのは怖い。

 ポンド・ヤード法がいつの間にかグラム・メートル法に変わってた不思議は記憶に新しいし忘れられない。


 何にせよ、スキンケア化粧品は、ちゃんとした設備が整った工房で作りべきだから後の話だな。


「主様が呆けてらっしゃるようですが……

 ご気分でも優れないのでしょうか?」


 アロケルが何やらアモンに質問をしている。

 聞こえてはいるが、他の考え事の方に脳の処理を使っているので、無視しているのだ。


「我らが主が、ああしておられる時は、大抵の場合思考実験中だ。

 邪魔をしてはならない」

「思考……実験……?」

「お前は知らぬであろうが、マルバスも時々似たような状態になることがあった。

 聞いてみれば、脳内で実験をシミュレートしているという話だ」

「そんな事が可能なのですか?」

「ああ、武においても、敵の攻撃パターンを脳内に投影して行動を決めることがある。

 それに似た技なのではないかと私は考えている。

 お前程度のレベルなら敵の剣の軌道が見える気がする事はないか?」

「あ! アレですか!

 ありますあります!

 なるほど、アレに似た事をしていらっしゃると」

「いや、アレを何倍、いや何千万倍という精度て行っていらっしゃる」


 なんか話が大きくなりすぎてないか?

 俺の脳みそには、そこまで処理能力はないと思うぞ?


 ただ、能力値でいうところの知力度がレベル上昇によって高くなると、思考の回転力や記憶力などが大幅に強化される感覚はあった。

 直感力や敏捷度なども影響しているのかもしれないが、戦闘中に周囲がスローモーションのように感じたりすることもある。

 こういう状況を脳内シミュレーションとか思考実験というならそうなのかもしれない。


「いや、そこまで凄くないよ。

 確かに考え事をしてぼーっとしてたけど」


 俺がボソッと返事をすると、アロケルとアモンはバツの悪そうな顔で顔を見合わせた。


「考え事の邪魔をしてしまい申し訳ありません……」

「いや、いいよ。

 アーミング伯爵からのリクエストをどうするか考えていただけだし」

「ああ、例のスキン・ケアというものでございますか」

「そう。

 いつの時代も女性は美肌やらアンチ・エイジングってヤツに興味があるんだよな」

「我らには理解しかねますが」


 さすがのアモンも首を捻っている。


「そりゃ永久に存在が変わらない君たちのような生物には解らないだろうね。

 俺も今はそういう存在らしいけど、実感は湧いてない」


 いきなり不老不死になりましたと言われても、自分が生まれてから成長してきた程を見て実感してきているので、「今後は老いませんよ」と言われても「そうですか」と納得できるもんじゃない。

 不老より、年齢やら老化を気にするアーミング伯爵の反応の方がよっぽと親近感が湧くというものだ。


「それにしても、スキン・ケア商品を市場に売り出したら、貴族を中心に爆売れすると思うんだが、世に出して良いものかどうか悩むね」

「それほどのモノですか?」

「化粧とかは確かに今でもあるよ。

 白粉、口紅、アイラインあたりに色を乗せるのも。

 でも、この世界は科学が未発達だ。

 絶対、体に悪い顔料とか使って化粧しているよね。

 肌に良いワケがない。

 自然と肌の老化が早まると思うんだよねぇ……」


 肌から水分やら油分が抜けていけばシワになるし、紫外線などに晒し続ければシミもできる。

 そういうものから肌を防衛し、適切な手入れを施せば必然的に若さを保てるだろう。


 いつの時代であれ、この辺りの品を用意して女性にアピールすれば、確実に儲かるのである。

 まあ、大抵は上流階級やら金持ちなどが相手になるので面倒この上ないんだけどね。


 今まで手を付けてこなかった理由はそれだし。

 既に貴族として社交界デビューをしたので、そろそろ手を出しても良いジャンルではあると思うんだが、今は例の黒い点問題がメインクエストなので新事業を起こすつもりはないんだけど。


「アラネアも女性ですが、そういう話が出た事はありません。

 やはり永久存在という部分が作用していると主様はお考えなのですね?」

「そうだね。

 実際、魔族に寿命はないんだろう?

 死なない限り不滅なワケだ。

 老化しないんだから肌とか劣化する事もない」

「なるほど……

 人にとって老化は自分たちを作り出した神から受けた呪いみたいなものなのかもしれませんね」


 俺は苦笑いしてしまう。

 確かに寿命というのは一秒一秒士に近づいていく事なので死の呪いと考えられなくもない。

 しかし、それは不滅の存在たちからしてみればって話だ。


 人間である俺からすると永遠の命ってのには色々思うところがある。

 ファンタジー系のラノベにもよく出てくる命題なのだが、永遠の命に飽いて自殺するとか、永遠に寝てしまう長寿種とかが登場することがある。

 問題は明日に先送りにするし、最終的に生きていく情熱が失われる。

 そんな内容の小説がよくあるのだ。

 確かに永遠に死なないなら、生き急ぐ事もないだろう。


 難しい命題なので言及は避けたいが、俺もこれからそういう部分で悩みを抱えることになるのかもしれない。

 そうなった時、俺には相談に乗ってくれそうなヤツが何人かいるので非常にありがたい。


 ん? 誰が相談に乗ってくれるかって?

 四万年も妻子を思い続けていたアースラがまず挙がるだろう?

 セイファードもそうだ。

 今後、ずっと関わっていくだろうシンジも多分不老不死だし、相談だけでなく一緒に悩んでいく事もできると思うよ。


 周囲に不老不死って存在が大量にいるのもどうかと思うけどね……

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