第32章 ── 第34話

 しばらく三人で執務室で寛ぎつつ待っていると、アモンと丸めた書類らしいものを抱えた美しい女性が一人入ってきた。


「待たせて済まない」

「とんでもございません。

 わざわざご足労頂きまして、ありがとう存じます」


 凄い早さで立ち上がったクリスティアン子爵に倣い、俺とアロケルも立ち上がってお辞儀する。

 クリスティアン子爵だけは、女性の方にお辞儀をしてるような気がするが……


 アモンがソファに腰を下ろすと、その隣に女性も座った。

 アモンが手をヒラヒラさせて俺たちにも座るように促すので、素直に対面のソファに座る。


「聞いていると思うが、ウヴァルが死んだという報告が入った」


 女性が持ってきた書類を広げると、それは少し古めかしい地図だった。


「ウヴァルが最後に野営した場所がここだ」


 アモンは、俺とアラクネイアが襲撃した野営あと付近に銅貨を一枚置く。


「この付近を回っていた巡回兵が、警備隊長の遺体を発見しております。

 隊長の首がなくなっているところを見ると、戦果報告として持ち去られた可能性が高いと判断します」


 女性が凛とした声で付け加え、死体の発見場所らしき所に銅貨を置いた。

 俺はアモンに目線を向けると、彼と目が合う。


「ああ、君には紹介していなかったな。

 彼女はアーミング伯爵だ。

 君の妹弟子というわけだ」

「え、ああ、よろしく」

「よろしくお願いいたします」


 アーミング伯爵は、俺をチラリと見みて少しだけ頭を下げる。


「兄弟子とお聞きしておりましたが、随分とお若くいらっしゃいますね」


 鋭いところを突いてくる。

 俺はまだ二〇代半ば、彼女はどうみても三〇になるかならないか。

 いつ頃にアモンから剣術を教わっていたか解らないが、見た目ならどう考えても俺の方が弟弟子に見られるだろう。


「こう見えて、もう二七になるところだからね……」

「え!?」

「え??」


 アーミング伯爵が物凄い驚いたので、無意識に聞き返してしまったよ。


「あの……後でお話をお伺いしてもよろしいでしょうか……?」


 何の話を聞きたいのか判らんが……

 何か身バレするような要因が、今までの会話であっただろうか?


「何をでしょう……?」


 聞き返すと、アーミング伯爵はアモンをチラリと見てから、「ここではちょっと……」と言葉を濁した。


「俺で答えられることなら……」


 俺がそう言うと、アーミング伯爵は爽やかな笑顔になった。


「さて、アロケル副隊長。

 最後にウヴァル隊長と一緒だったのは君だと思うが」


 アモンが話を先に進ませ、茶番が始まる。


「はい。

 我々が野営していた地点にケント様がいらっしゃいましたので、私とウヴァル隊長は別行動となりました。

 私はケント様が持ち込んだ、使徒ほどの腕を持つ侵入者についての情報をこの地へと伝える為、ここに来ました」

「ケント、その情報はどこから手にした?」


 アモンが俺に目を向けて質問をしてくる。


「ヴァレリア聖王国です、師匠。

 黒点調査については一緒に王都を出発したのでご存知でしょうが、アレと使徒らしき者についての情報が東の地より伝わってきたので」

「ほう……」


 アモンが勿体ぶった態度で俺に質問をし、俺がそれに答えるという塩梅。


 筋書きとしては、俺は冒険者風情に身をやつし黒い点などについて他国がどの程度の情報を持っているのか情報を集めるのを主軸として、ヴァレリア聖王国に侵入していたという感じ。。

 その任務の中で、使徒ではないかと思われるほどの力量を持った奴らを発見した為、報告に戻った潜入工作員という設定だ。


「どうしてそんな者たちが現れたのでしょう……」

「例の空の点の所為らしいですね」

「アレですか。

 アレが何か解ったのですか?」

「はい。ヴァレリアやルクセイド、それよりも東の地域からの噂を総合しますと……」


 俺は空の点が何か、それが巻き起こすであろう惨劇が、各地の神殿から神託として流れてきた事、それに伴い神々が使徒を放ったのではないかという情報を伝える。


「それは大事だな……

 北の地の国が使徒によって滅ぼされたという話もある。

 アレの予兆だったのだろうな」


 アモンが難しい顔で腕を組む。

 アーミングも「そのような噂が!?」と驚きを隠せない様子だ。


 ラムノーク民主国の滅亡は、まだこの辺りには知られていないって事だね。


「ヴァレリアと東が手を組んだ可能性は?」

「あります。

 というか、彼の使徒かもしれない者たちは、東からやってきたと聞いております」

「やはり国境争いなどしている暇はなさそうだ」

「俺もそう判断します」


 俺とアモンがそういうと、アーミングも頷く。


「では、部隊編成についてはそのままで、拠点防衛を主軸に計画を進めるという事でよろしいでしょうか?」

「ケントの情報が本当であれば、未曾有の大災害並の事が起こり得る。

 庶民を守る為に兵員を割くのが順当だろう」

「畏まりました。

 クリスティアン子爵もそのように行動して下さい」


 アーミングにそう命令されると、すごい嬉しげにクリスティアン子爵が立ち上がって深々と頭を下げた。


「お言葉のままに」


 あまりのわざとらしい仕草に、俺もアモンをシラーッとしてしまいましたが、アーミング子爵の恋心なのだろうと生暖かく見守ることにした。



 会議後、俺はアロケルとアモンと共に別館を出ようとしたのだが、アーミング伯爵に呼び止められてしまう。


「あの、少しお話をお伺いしてよろしいかしら?」


 そう言えば、話が聞きたいとか言ってたな。


「何でしょうか?」

「ここではちょっと……」


 アーミング伯爵は、周囲をキョロキョロしてから、俺の手を掴むと誰もいない個室に俺を引き入れた。

 そして扉を閉めると、扉を背にして俺に熱い視線を向けてくる。


 こんな美人に個室に連れ込まれるとは初体験でドギマギしてしまう。


「それで……」

「その若さ……肌のツヤ、どんな方法で維持してますの!?」

「へ?」


 アーミング伯爵は目をキラキラさせて食い気味で質問してくる。


「ケント様は、どう見ても二〇代とは思えません!

 一七……いえ一六歳くらいにしか見えませんよね!?

 その若さの秘訣はお肌の手入れでしょう!?

 一体どんな方法で!!」


 どうやら、日本人特有の若く見える特徴から、俺が何らかのスキンケアなどをして若さを保っていると勘違いしているらしい……


「あー、えー……

 若さの秘訣ですか……

 食事のバランス、適度な運動、そして十分な睡眠……」


 俺がもっともらしい事を言い出すと、アーミング伯爵はポケットから手帳らしきものを取り出してメモを取り始める。


「なるほど……

 確かに最近その辺りは気にかけていませんでしたね……」


 アーミング伯爵は、最近になって激務が続いているらしく、お肌が荒れたり小じわが気になりだしたりしているらしい。

 そんな折、どう見ても実年齢から一〇歳くらい若い男が目の前に現れた。

 この機会は逃せないと俺を個室に連れ込んだという事だろう。


 白い光点が扉の向こうにピッタリくっついているのがミニマップに表示されているのだが、これはクリスティアン子爵だろうな……


「アーミング伯爵は、何もしなくてもお綺麗でいらっしゃいますけども……」

「いえ、年には勝てません。

 やはりお肌のお手入れは欠かせません。

 解って頂けますよね?」


 獲物を狙う猛獣のような圧に俺はタジタジでございます。


「い、今は手元にございませんが……」


 アーミングの目がギラリと光る。


「何かありますのね?」

「ええ……化粧水というものを後で届けましょう……」

「化粧水!」


 ここは口八丁手八丁で切り抜けるしかない。


「肌が荒れるのは水分と油分が抜けていくからだと考えられます。

 質の良い保湿液やジェルなどを使うことで、肌の老化を抑える事が可能です」

「す、素晴らしい発想ですわ!」


 夢中でメモを取るアーミングを尻目に、俺は扉に近づく。

 光点は未だ扉の向こうで動きもしない。

 そして、俺は扉を素早く開いた。


 耳を扉に押し当てるような格好のクリスティアン子爵がそこにいた。


 俺は無言でジッと彼を見る。

 変な格好で固まっているクリスティアン子爵にアーミング伯爵も気付いた。


「クリスティアン子爵! 何をしていらっしゃるの!?」


 その言葉にクリスティアン子爵が飛び上がる。


「あ! いえ!

 お二人が部屋に入っていくのが見えまして!」

「だから何!?」


 アーミング伯爵は手を腰に当て、顔を真っ赤にしてクリスティアン子爵を詰問する。


 そりゃ、乙女の秘密を聞かれたかもしれないんだから怒るのも無理はない。


「伯爵とケント様に間違いがあっては色々と問題になるのではないかと心配……」

「私とケント様がどうなろうと貴方には関係ないでしょう!」

「しかし……」

「しかしもへったくれもありません!

 貴方は昔から私の後ろを追いかけ回していますが、いい加減独り立ちしなさい!」


 アーミング伯爵に恋しているだろうクリスティアン子爵は絶望に沈んだ表情になる。


「しかし、私は貴方の身を守る事を神に誓っております。

 例え何と仰られようが、これを曲げることは出来ません」

「私的な時間まで貴方に覗き見られる謂れはありませんことよ!」

「気を抜かれておられる私的な時間なればこそ、迫りくる危険に対処が必要かと存じますが」


 ああ言えばこう言うの典型パターンですかね?


 しかし、さっきの言葉にアーミング伯爵がキレた。

 腰に下げていた細剣レイピアを物凄い速度で引き抜いてクリスティアン子爵の喉元に突きつけた。


「私のどこのそのような隙がございまして?」


 氷のような冷たい声色に話を聞かないと有名なクリスティアン子爵も口を閉じた。


「私はアモサリオス閣下より、そのような愚かな隙を作らぬように師事されました。

 貴方はアモサリオス閣下をも侮辱するつもり?」

「い、いえ……

 決してそのような意図は……」

「ないと言い切れない発言でしたわよ?」


 さすがに言い逃れ出来そうにないですねぇ。


 それが解ったのだろう。

 クリスティアン子爵は床に突っ伏した。


 五体投地……いや土下座ですかね?

 よく判りませんが、バルネットには土下座文化があるようです。


「も、申し訳ありません!

 言葉の綾と申しますか……決してアモサリオス閣下を貶めるつもりは御座いませんでした!

 貴女様を敬愛するあまり、言葉が過ぎたと申しましょうか!」


 無様な姿勢で敬愛とか言われてもアーミング伯爵も困るだろうなぁ……


「貴方が私を敬愛すると仰る気持ちも解らなくありませんが、私的時間までついて回るのはお辞めなさい」


 敬愛するのが解るんだ……


「貴方は幾度私と戦っても一度も勝ててませんものね」


 何故かアーミング伯爵は納得しているようにウンウンと頷いている。


 これはアレですか?

 自分が勝てない人は敬愛の対象であると言いたいんですか?


 もしかして、アーミング伯爵は……もしかして……脳筋なのでは……?

 確かに彼女は都市防衛を任されるほどの武人だしありえるな……


 意図が全く汲み取られないクリスティアン子爵も可哀想だが、アーミング伯爵も残念美人って事なのだろう。


 この世界残念美人率が結構高い気がするのだが、俺の周りだけなのだろうか?


 いや、美人なら多少残念なくらいが可愛いって気もしますけど……

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