第32章 ── 第33話
クリスティアン子爵との邂逅の後、彼の案内で高級宿屋を紹介してもらった。
今日はここにクリスティアン子爵のポケットマネーで泊まらせてもらえるらしい。
一泊西方金貨一枚とか高すぎる気もするが、最高級スイートって話だから当たり前の値段なのだろう。
部屋に落ち着くと俺は、アロケルとの情報のすり合わせをする事にした。
まず、クリスティアンとのアドリブの件だ。
「アルーンというのはアルコーンの事で間違いないか?」
「はい。
一応、彼はこの国ではハイエルフの末裔という立場であったので、人類種には非常に尊敬されていた存在だったのです。
この国では魔族は大抵、人族か妖精族に身をやつしておりますので」
なるほど。
他の人間種と区別するために、あの時アロケルは人間種とあえて強調した言い方をしたのか。
エルフ族も本来なら人間種として数えられるが、ハイエルフは非常に希少な存在だとトリシアも言っていた。
フソウのマツナエにいるハイエルフたちが最後の生き残りなのではないかとの推測もしていた。
そんなハイエルフの末裔と称する悠久を生きるエルフがいたら、さぞ尊敬されるだろう。
普通のエルフでさえ長寿種として人族には崇敬の念を持たれるんだからね。
「という事は、バルネットという国自体が他国の侵略を考えていたって事か……」
「アルコーン様がいなくなった今、それを実行に移せる者はおりませんが……」
バルネットの戦力は、単純な数で考えればかなりのモノで、総兵数にして二〇万。
この兵力を以て、軍事強国と言われているという。
ただ、この兵力を有効的、かつ効率的に動かせるモノはいない。
それを一手に引き受けていたアルコーンがいなくなったという事が、この国の軍事において多大なるダメージになっている事は間違いない。
魔族上層部はアルコーンの代役も努めず沈黙を守っているようだし、アルコーンが動かしていた魔族たちは、もうどうしていいかも解らず、好き勝手に動いているという有り様だ。
それでも、ウヴァルとアロケルの遊撃隊は、国境で活躍している方だそうだ。
ヴァレリア聖王国の体たらくの所為でもある。
騎士に偏った軍編成はやっぱり見直すべきだよな。
マーリンも後発の
それだけ魔法適正を持つ人間が少ないって事なんだろうけど……
ヴァレリアの人口だと中々確保するのが難しいってのはあるかもしれない。
領土取り返してもまだ、小国程度の力しかないからな……
「ヴァレリア以外の国への侵攻は?」
「何年か前にトラリアに仕掛けましたが……
結果はお解りですよね?」
「そりゃ、俺と仲間で潰した案件だからな」
「アラクネイア様がウヴァルの首を下げて私の目の間にいらっしゃった時、人生終わったと思いました……」
本来仲間のはずのアラクネイアが敵として出現した時、アロケルの心は完全に折れたそうだ。
アロケルは視線による幻覚効果が強力な為、人間相手の戦いに不安は持っていないそうだが、同族である魔族との諍いは極力避けるような臆病な性格らしい。
自分の矜持を曲げてまでとは思わないが、強者に逆らわないってのはある意味上手い世渡り術だとは思うので、彼の行動を俺は否定するつもりはない。
西のフソウ、南のルクセイドには、アルコーンがいた頃からバルネットでは太刀打ちが出来ないと判断されていたようで侵攻計画自体がなかったという。
フソウの諜報能力、ルクセイドのグリフォンによる空戦能力は、中々厄介だという事だね。
俺もそう思う。
これら情報を聞いて、他国への侵攻の意思を挫くのが順当だろうと判断する。
でも、侵攻できそうなのはヴァレリア方面しかないので、それさえ諦めさせれば世界の均衡自体は維持できそうな気がするな。
それを踏まえて俺はアモンに念話を繋げた。
「コラクス?」
「は、聞こえております」
「今、大丈夫?」
「勿論でございます。
主様へ閉ざす耳は持ち合わせておりません」
アモンは相変わらずである。
「そっちの状況はどうなってる?」
「アーミングと接触致しました。
既に状況を説明し、我々への協力を取り付けております」
「協力?
バルネットを裏切らせたって事……じゃないよね?」
「勿論でございます。
世界の危機が訪れようとする現在、他国との小競り合いをしている時ではないと諭しました」
アモン、有能すぎる。
「臨時の軍編成は続行中ですが、ヴァレリアにではなく例の存在への対処としてという事になります」
「なるほど……
こっちは、クリスティアン子爵というのと会ったんだけど、中々難しい性格でね」
「人の話をあまり聞かないそうですね」
「あ、知ってた?」
「アーミングからの情報ですが。
その子爵とやらはアーミングの話しか素直に聞かないと有名だとか」
「ふむ……
一応、この国での君の名前を出して情報をでっち上げたら納得したとは言っていたけど、確認くらいはしそうだよね」
「では、アーミングと共に、一度そちらへ向かわせて頂きましょう。
こちらとそちらで情報のすり合わせという名目で会見すれば、完全に抑えられるのではありませんでしょうか?」
「そうしてくれると助かるが……
一応、そっちが上司って形では話たんだけど、こっちから行くべきじゃないか?」
「大丈夫です。現状を把握する事をアーミングも望んでおりますので」
「なるほど、ウヴァルが討ち死にしたという情報を使ったら、東に軍を動かすのも諦めるかもしれないな」
「それは利用できそうですね」
「じゃあ、そっちの方向で頼むね」
「承知いたしました」
方針が決したのでアモンとの念話を切る。
「アモン様はなんと……」
「ああ、ウヴァル討ち死にの件を使って動きを封じる方向で話を進めるよ」
「あ、その話を、まだクリスティアンにはしてなかったですね。
本来なら一緒に行動しているはずの私から伝えるべきなんですが……」
「その辺りはコラクスが何とかするよ。
君は、俺たちと出会った為、別行動でここに来たという筋書きでいい」
「承知しました」
ウヴァルはレベル的に考えても人類が対処するのに苦労する戦力だった。
それが討ち取られたとなれば、バルネットの戦力では中々太刀打ちは難しくなる。
正常な戦力評価ができる軍師なら、二の足を踏むはずなのだ。
クリスティアンはともかく、アーミング伯爵とやらは、アモンの薫陶よろしく優秀らしいので、判断を間違えることもないだろう。
次の日の早朝。
クリスティアン子爵からの使いが宿までやってきた。
俺たちへの呼び出しの使者だったので、すぐに準備して領主館へと向かう。
領主館の門には既にクリスティアン子爵が待っていて、俺たちを出迎えた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう。
何かあったのかな?」
「はっ、ウヴァル隊長が何者かの手により討ち取られたとの情報がもたらされまして!」
「隊長が……?」
アロケルが不審げな演技で聞き返した。
「はい。早朝、ケンドルから早馬が到着しまして、先程の報がもたらされました!」
ケンドルとはアモンが向かった隣の都市ですな。
「なんと……」
もっともらしい驚愕の声をアロケルは上げる。
役者やなぁ……
「やはり、使徒レベルの部隊が暗躍しているという情報はあながち間違いじゃないのか」
俺もアロケルの芝居に乗り、深刻そうに眉間にシワを寄せてみる。
「その様です。
それに付きまして、こちらにアモサリオス様とアーミング伯爵が情報のすり合わせをするために、こちらに向かっているそうです!」
「アモサリオス閣下が?」
「はっ!
何か新しい情報があるようです」
「新しい情報……アレの事かな?」
「アレ……とは……?」
今度はクリスティアン子爵が怪訝そうな顔をする。
それに合わせて俺は空の一点を指さした。
「アレだよ。
気付いてなかったのか?」
クリスティアンは空に目を凝らしている。
「ん? 何ですか……アレは……」
「アレが現れたから、我々は動いているんだよ」
空の黒い点にクリスティアンは釘付けになっている。
「アレは何なんですか……?」
「まだ目立ってないけど、大きくなりつつある。
他国では
「
「どうやら世界各国の神殿に神託が降りたという怪情報が流れている。
アレが開くと世界が破滅に向かうという噂だ」
「世界が……?」
「あくまでも怪情報だ。
無闇に噂を広めて民衆に不安を与えてはならない」
「た、確かに」
「アモサリオス様がその辺りの新情報を掴んだのかもしれないな」
「さすがはアーミング伯爵のお師匠ですな!」
それ、お師匠だと手に入る情報なの?
何の関連もない気がするのだが。
クリスティアンは自分で考える力はないみたいだ。
まあ、考えてもあらぬ方向に思考が向かうしなぁ。
下手の考え休むに似たりってヤツですな。
さて、早馬が付いたとなると、あと何時間も掛からずにアモンも来るだろう。
「んじゃ、アモサリオス様が来るまで君の執務室で待たせてもらおうか」
「はい! そのように!」
俺たちは領主館の門を抜けてクリスティアン子爵の執務室がある別館へと向かった。
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