第32章 ── 第32話

 すぐにアロケルがやってきた。

 そして、ブツブツいいながら歩き回るクリスティアン子爵とそれを眺める俺を発見する。


「ケント様、彼は一体どうしたんです?」

「なんか、俺と模擬戦をしてから、あんな感じになっちゃったんだよ」


 アロケルは「ふむ」と言うと、クリスティアン子爵に近づいた。


「クリスティアン子爵殿」


 アロケルが話しかけてもクリスティアン子爵は気付かずにブツブツいいながらあちこち歩き回っている。


「クリスティアン子爵殿!!!」


 アロケルが、かなり大きい声で彼に呼びかけた。

 大声に気付いたのかクリスティアン子爵はビクッと身体を震わせつつ飛び上がった。

 そして、アロケルに目を向けると、パァッと表情を明るくした。


「警備隊副隊長殿!!」

「お久しぶりです」

「国境から戻られたので!?」

「ええ、今日も戻りました」

「聞きましたか?

 国境地帯の領地をヴァレリアに奪還されたんです!」

「存じております。

 それが理由で中央からケント殿が派遣されてきたんですよ」


 アロケルの言葉にクリスティアン子爵がこちらを向いた。


「やはりそうですか!

 アモサリオス様のお弟子さんが派遣されてきたと聞きまして、奪還に参加して頂けるそうで!」

「いや、ケント殿は奪還の為に来たわけではない」


 その言葉にクリスティアンは動き回るのを止めて、アロケルをまじまじと見た。


「では、どのような理由でいらっしゃったと言うのです……?」

「中央の決定では、様子を見ろとの事だそうだ。

 ケント殿、そうですよね?」


 俺の方に振られたので、俺は頷いて見せた。


「左様。

 無闇な交戦を控えるようにとの指示が出ている。

 今は様子を見ろとの仰せだ」

「何故です!?

 取られっぱなしでは、我々の面子が潰されたままに!」


 クリスティアン子爵が激昂して叫ぶ。


「落ち着きなさい。

 君の怒りは判る。

 だが、奪取された地域は元々ヴァレリアの領土だ。

 我々の国に何ら損害はない」

「しかし……」

 現在、南の都市にアモサリオス様が赴いている。

 俺と同じ理由でな」


 そう言うとクリスティアン子爵が「おお……」と感嘆する。


「では、アーミング伯爵へお会いに……」

「そういう事だ」

「アモサリオス様が動いているなら、より奪還に動くべきだと思われますが……」

「言いたいことは判るが、上の命令でな。

 現在、人間種との争いは避けろとの事だ」

「理由は……」


 俺がどう答えるか考えているとアロケルが答えた。


「人間種にアルーン様が討伐された……」


 俺の言葉にクリスティアンが目を見開いて口をパクパクしている。

 声にならないほどに驚いたようだ。


「あ、あり得ないでしょう!?

 アルーン様は、叡智を備えた我が軍の参謀殿です!

 他国の凡俗な奴らに誅されるなど!」

「事実だよ、クリスティアン子爵。

 その証拠に現在、他国侵攻作戦の遅延が起きているだろう?」

「確かに……

 新たな作戦が届かなくなって久しいのは事実ですね」

「アルーン様が不在になった為、新しい作戦が立案されず、我々の計画は宙ぶらりんになっているからなんだ。

 それと共に、東側諸国に力のある者たちが活発に動き出し始めている」

「本当ですか……?」

「ああ、その中心はオーファンラント王国の冒険者だとの事だ。

 彼の国の新たな英雄によってアルーン様が討ち取られたという不確かな情報すらあるようだ。

 そうですよね?」


 唐突にアロケルは俺に話を振ってくる。

 俺は慎重に頷いた。


「俺が情報収取任務でアモサリオス様と共に東側諸国に赴いた際、そういう情報を得ている。

 東側に力のある存在が現れたとすると、たとえ小競り合いと言えど、ヴァレリアと争っている場合ではない」


 クリスティアン子爵はどう答えていいのか解らないようで、口をつぐんだままだ。


「そんな理由で、中央は戦力の温存を考えている。

 いたずらに兵を動かすことは最高司祭殿や国王陛下から厳禁だと仰せつかった。

 それを俺とアモサリオス様は伝える為に各都市を回っているのだ」

「納得しました」


 話を聞かないクリスティアンはやっと理解した。


「ところで、都市を回っているようですが、国境警備副隊長殿と一緒なのは何故ですか?」


 質問されて俺はアロケルと顔を合わせる。

 アロケルは「どうしましょう?」という表情だったので、俺が答えるという。


「この地方に来た時、ヴァレリアの動きが活発だという噂を聞いた。

 現地視察の為、この都市に来る前に前線の視察をしてきたのだ」

「なるほど、それで前線はどうでしたか?」

「近づかない方が良いようだ。

 強力な部隊が彷徨いていると見た」

「その部隊は、ケント様でも対処出来ないのですか?」

「そういう事だ」


 俺の言にクリスティアン子爵は「まさか」と眉をひそめた。


「アモサリオス様は最強の一角ですよ?

 たかが敵部隊に遅れを取るとは……」


 俺はその言葉を遮った。


「どうやら神の使徒並の戦力だとアモサリオス殿は申している」

「か、神の使徒……」


 バルネットは秘密裏に魔族が支配しているので、クリスティアン子爵などの一般的な国民は普通に神々を信仰している。

 神々の使徒が現れて、自分の国の所業を否定するような活動をしていると聞けば、ショックを受けるのは当たり前である。


「では、ヴァレリアとの小競り合いは……」

「アースラ神の知るところになったという事だろうね。

 あの国はアースラ神の大神殿があるからな」


 俺は少し間を置いてから続けた。


「神々は下界の出来事に干渉してくる事は殆どない。

 だが、自分を信仰する大司教……それも神殿の総本山がある国家が潰れようとしている事を神々が不快に感じているという事は考えられる。

 そう判断が中央でなされた為に、我々が派遣されてきたという事だ」

「で、では、奪還された領土を再奪取すると……」

「神からの干渉が考えられる」


 魔族でない者は、神々を使って脅しあげるのが一番効果的ですなぁ。

 話を聞かないクリスティアン子爵であっても神々関連の話は素直に聞きますからね。


「では、ヴァレリアが更なる侵攻を企てた場合は……」

「アースラ神も戦神だ。

 その時は打って出るのが順当だろう。

 戦闘結果を奉納すれば、お咎めはないと思われる」

「なるほど!

 奴らが攻めてきた場合には戦闘があると!」


 クリスティアン子爵の目の輝きが戻ってきた。


「ところで、クリスティアン子爵殿」

「なんですか、副隊長?」


 アロケルが唐突に話題を変える。


「何故、ケント様が貴方と模擬戦をしていたのです?」

「え? あ!」


 クリスティアン子爵は俺を勝手に志願兵と勘違いして模擬戦をふっかけた事にようやく気づいたようで目が泳ぎ始めた。


「も、申し訳ありません!

 てっきり志願兵と勘違いしまして!

 大変失礼を……」

「いや、構わないよ。

 俺の格好も年季の入った冒険者にしか見えないしな」


 俺が苦笑して答えると、クリスティアン子爵の目には安堵の色が宿る。


「いい運動になったしね」

「それでもクリスティアン子爵の無礼は許されません。

 後でアモサリオス様とアーミング伯爵殿にご報告を上げましょう」


 その言葉にクリスティアン子爵は顔面蒼白になった。


「まあ、ここでは何だし、どこか休憩所にいきませんか。

 少し動いたので喉が渇きました」


 俺がそう言うと、クリスティアン子爵は飛び上がるように反応した。


「そ、そうですね!

 では、こちらへ!

 ご案内申し上げます!」


 俺とアロケルは、前を歩き始めたクリスティアン子爵に付いていく。

 そして小声でアロケルと少しだけ話す。


「中々アドリブが上手いじゃないか」

「話を合わせるのに苦労しました。

 冷や汗が出っぱなしですよ」


 確かにクリスティアン子爵はレベルも大した事ないが、都市における軍の最高責任者である。

 これを害すれば、無用な大量の流血が予想される。

 そうなれば、虐殺者の汚名だけでなく、現在における隣国との状況から戦争勃発の火種にすらなりかねないのである。


 なので誤魔化しのアドリブ作戦が上手く言ったことには素直に安堵しておこう。


 今回でっち上げた設定はアモンとも共有しておく必要がありそうだ。

 後で念話で話をすり合わせておこうかと思う。

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