第32章 ── 第31話

「次!」


 門の行列に並んでいると警備兵ががなり立てる。

 俺とアロケルが前に進むと、警備兵が驚いた顔になり走って近づいてきた。


「アロケル副隊長!

 なんで行列に並んでいるんですか!?」

「ん? あ、ああ……

 こちらの方が並ばれると仰られたからね」


 警備兵は、俺に視線を向ける。

 見たことない平凡な男に疑い深い顔つきだ。


「こちらの方はどちら様なのでしょうか?」


 国境地帯を奪還されたという報が届き、街にいる防衛指揮官が徴兵を始めた日である。

 都市ホーエンも奪還しにくる可能性すら否定できないと警戒モードなのだ。

 それなのに遊撃隊である警備隊副隊長が、前線を離れて後方の都市に知らない男を連れてきている。

 警備兵が俺を怪しむのも仕方がない。


 それにしても、ここの警備兵はちゃんと仕事をしていて偉いなぁ……

 他部署とはいえ階級が上の者が連れてきた者であれ、しっかりと対応するのは間違っていない。

 それが門を守る警備兵の仕事だからね。


「こちらの方は四候の一角、アモサリオル様の部下の一人であらせられる」


 アモサリオル……?


「アモサリオル様の!?

 では、アーミング伯爵閣下の弟弟子の方という事でしょうか!?」


 どうやらアモサリオルはこの国でのアモンが人に化けている時の名前らしい。

 軍における最高戦力とされるアモサリオル(アモン)は、何人かの弟子を育てており、それぞれが強力な戦力なのだそうだ。

 ただ、弟子とされる者の名は公開されておらず、唯一アーミング伯爵だけが弟子として知られているとか。


「国境が押し返されたとの報は既に中央に伝わっているからね。

 それを調査するために閣下が前線に赴かれたワケだ」

「おお、もう伝わっているとは……技術大将の新技術ですか?

 前線に接するホーエンとしては助かります。

 さあ、お通り下さい……

 あ! 失礼ですが! お名前だけでもお伺いできますでしょうか!?」


 聞かれないなと思っていたが、職務を思い出したようで漸く誰何されました。


「ケントだ」

「ケント閣下……と」


 警備兵は手に持っていた書類に俺の名前を書いた。


「手続きは終わりましたので、どうぞお通り下さい」


 アロケルは頷くと、俺の前に立って歩き出す。


「技術大将って誰?」

「マルバス殿ですよ」

「ああ、前にアモンから聞いたことあるな」

「そうですか。

 かの御仁は、武器や防具を作り放題だとお喜びではありますが、結構高価な材料をドンドン使うとかで、財務担当の貴族からは嫌われておりますね」

「ブホッ!!」


 俺は吹き出してしまった。


「確かに好き放題自分勝手に作りたいもの作れたら職人としては天国だろうなぁ」

「そうみたいです。

 軍部としては、強力な武器がどんどん手に入るので文句はないようですけどね」


 だが、魔法道具を作る為には魔力にも技術にも素材にも金が掛かるのだ。

 俺みたいに素材も自分で用意するし、魔力も無尽蔵なんてヤツなら大した金は掛からないけど、職人の全部が全部そんなヤツではない。


 技の体現者は魔力もあるし技術もあるんだろうが、武や智に支援されなければ何の役にも立たないと俺は推測する。

 今は、バルネットの上層部に入り込んでいるから好き勝手出来ているだけって事だな。


「へぇ……

 オリハルコンに対抗できそうな武器とか作れてるの?」

「いやぁ……さすがにそれは無理でしょう。

 何とかなりそうなのはアダマンチウム製くらいですか。

 でも、それに対抗できる武器が出来る確率は高くないですね。

 出来の良いのはマルバス殿が秘蔵しているそうですが……」

「という事は、上層部だけがいい武器で、君みたいなのは……」

「ええ、ミスリル製くらいの性能ですよ」


 なるほど、確かにフラウロスと戦った時に手に入れた小剣ショート・ソードは、それなりに良い性能だが、びっくりするほどの性能ではなかった。

 どちらかと言えばヘパさんやマストールの方が腕は上だね。


 まあ、マストールはウチの工房で素材を好き勝手に使えるというメリットあるから比べるのも可哀想な気もするが。

 マルバルってヤツも好き勝手に使えるといってもバルネット内での話であり、エンシェント・ドラゴンの素材とか、精霊鉱石などは手に入れられまい。


 万が一、市場で手に入ったとしても、欠片程度の量だろうし。

 素材を好き放題に仕入れてたら国家運営が破綻するからな。

 だからこそ、ウチの工房は異常なワケ。


 そういうのも含め、バルネットの現状を掴めるといいな。


「で、今、どこに向かってるんだ?」


 前を歩くアロケルに聞く。


「クリスティアン子爵にお会いなさるんですよね?」

「ああ、そういう事になるね」

「じゃあ、やっぱり領主館ですね。

 あそこの別館にクリスティアン子爵の執務室がありますので」


 大マップ画面を開き、領主館を調べる。


 都市の中心に大きく土地を占める領主館は少し小高い絶壁の上にあり、小さい城くらいの規模がある。

 都市に敵が侵入した際に、市民を領主館の土地に収容し門を閉じると籠城に有利な作りになっている。

 絶壁が天然の要害にもなるし、絶壁内部には井戸もあるし小さいながらも菜園が存在しているようだ。

 豚や牛、鶏なども飼っているのも判る。


 戦闘用の都市なのは間違いない。

 都市の城壁もかなり厚かったしな。

 ここを武力で落とす為には、並の軍隊ではかなり骨を折ると思う。


 バルネットは、ここをヴァレリアからどうやって奪取したのやら……

 やはり人に化けたり、飛行能力のある魔族が手を貸したんだろうか。

 それ以外だと中々難しい。


 さて、クリスティアン子爵だが……

 前に調べたように魔導戦士将軍と呼ばれている魔法戦士マジック・ファイターだそうだ。

 魔法が使える基本職なので、ちょっと強い程度だし、レベルもそれほど高くないので戦闘になっても一瞬で終わる。

 まあ、無駄な人死をさせたくないので、説得方向で考えよう。



 しばらく街を歩くと、小高い絶壁とその上に銃眼付きの城壁を備えた領主館が見えてきた。

 南北に跳ね橋を備えた門があり、周囲は浅い堀が囲んでいる。


 国境の一大事ってのもあると思うが、領主館の周囲は警備兵が結構いる。

 アロケルに気づいた警備兵が敬礼をして通り過ぎ、アロケルは軽く返礼をしている。

 結構気さくに接しているようで、恐ろしい上官というより優しい上官みたいな接し方だな。


 アロケルと南側の門から領主館から堂々と入った。

 敷地に比べて小さめの領主館を中心にして、別館は東側に位置している。


 アロケルがクリスティアン子爵への面会の先触れとして近くの警備兵に話しかけに行った。


 俺はあちこちウロウロしている兵士たちを観察する。

 レベルは対して高くなく、五~一三くらい。

 新兵が多い感じだな。


「おい」


 俺が所在なさげに兵士たちを見ていたからだろうか。

 後ろから声を掛けられた。


「ん?」


 振り返ると、金髪碧眼のイケメン兵士が立っている。


「何か用かな?」

「何か用ではない。

 貴様は、何をしているのか?」

「人を待っているんだが……」


 イケメン兵士は片眉を上げて俺を足の先から頭の天辺まで舐めるように見る。


「どこの所属だ?」

「どこの?」

「何だ?

 志願兵か?」

「いや、だから人を……」

「体幹は大したことないようだが、いいオーラを出しているな。

 腕に自信があるようだ。

 良かろう。こちらへ来い。

 俺が自ら試験をしてやろう」

「だから……」


 イケメン兵士はあまり人の話を聞かないヤツらしい。

 歩き始めてからこちらを見て「こっちだ」と付いてこいと態度で示してくる。

 俺を志願兵と勝手に勘違いしているのは判ったけど、従うべきかどうか……

 少し階級が上のようで、人の話を聞かないとなると、無視するのは悪手になりかねない。

 俺は仕方ないので付いていく。


 アロケルが戻ってきたら困るので、念話で「少し待て」と命令しておいた。


 イケメン兵士は、小さめの訓練場のようなところに俺を連れて来て、木剣と盾を投げてよこした。


 やれやれ……

 俺は盾は隅っこに置いて、剣だけで元の位置に戻ると軽く構えた。


「ほう、盾を使わないのか。面白い。

 では、好きなように打ち込んでこい」


 全力で打ち込んだら、木剣ですら簡単に殺せるので、手加減をしてものすごい軽く打ち込んでみる。


「む、いいぞ」


 そこから捻り込んで、相手の手を狙う。


「そうくるか!」


 手を狙った攻撃はイケメン兵士が腕を跳ね上げ手首を回すことで木剣の峰で受け止めた。

 次の手として横薙ぎに足蹴りをお見舞いする。


「うお!?」


 イケメン兵士は横っ飛びに避けた。

 俺はそのままくるりと体を回し、追い打ちのように木剣で薙ぎ払う。


「うわ!」


 さすがのイケメン兵士も体重を乗せた横薙ぎに木剣を叩き折られて倒れ込んだ。


「この俺を凌駕するとは……」


 信じられないという視線を向けるイケメン兵士の光点をクリックしてみると……


『デビッド・クリスティアン

 職業:魔法戦士マジック・ファイター レベル二一

 脅威度:なし

 バルネット魔導王国の国境に近い都市ホーエン所属の軍事指揮官の貴族、爵位は子爵。

 戦闘的センスはあるものの、根拠のない自信家な面も相まってレベル・アップが微妙な人物。

 同じ国家に所属するアーミング伯爵に剣の師事を受けており、アーミング伯爵の信奉者でもある』


 なんと、こいつがクリスティアンなのか……


 俺は驚いたままのクリスティアンに手を差し伸べる。

 クリスティアンはその手を無意識に掴んだので、そのまま引っ張り上げて立たせた。


「貴殿、志願兵ではないな?」

「さっきからそう言っているんだが……」


 俺はアロケルに念話で直ぐに来るように命令する。


「まさかこれほどの腕の者がこのホーエンに来る……

 はっ!?

 そうか! 中央から送られてきた戦力!?」


 何か勝手に気づいて勝手に納得している気がするが……


「なるほど、今回の問題を既に中央は知っておられるわけか。

 貴殿、名前を聞こう」


 クリスティアンは俺の手を離さずに聞いてくる。


「ケントだ」

「ケントか。誰に師事を受けた?」

「アモサリオル閣下に」


 クリスティアンの目が驚きに見開かれる。


「師匠の弟弟子様!?」


 なんで弟弟子?

 兄弟子って可能性は考えないの?

 いや、日本人の俺は見た目が幼く見えるから、その所為な可能性は否定できないな。


「そうなるかもしれないな」


 俺がニヤリと笑うとクリスティアンも笑い返してくる。


「師匠の弟分が派遣されてきたなら奪還も夢ではないな!!」

「いや、奪還は見送ってもらいたい」

「となれば、急いで兵力を集めなければ!」

「いや、だからね。

 奪還はやめてくれと……」

「まだ兵力三〇〇程度、急いでも一週間は掛かるな。

 ならば、アーミング伯爵の弟分という名声を利用すれば……」


 ブツブツと喋りながら、あっちへこっちへと歩き回るクリスティアン。

 やっぱり人の話を聞かねぇな。


 さて、どうしたもんか……

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