第32章 ── 第30話
城を守る円卓の騎士の一人アグラヴェイン卿に国境地帯の異変について知らせ、俺自身が打って出ることを申し出る。
アグラヴェイン卿は、事の知らせに困惑したようだが、俺の戦力は既に証明されている為、俺が出ることを止めはしなかった。
しきりに「
この国の主兵力は騎士系統の
その為、
せめて円卓の騎士が全員最上位職とかならやり方もあったんだろうけどね。
円卓の騎士に断りも入れたので、アロケルを連れて西側のクリスティアン子爵が活動する地域に急行する。
アロケルを捕獲した場所から北西に約一〇キロ行った場所にある都市ホーエンに子爵はいる。
都市ホーエンは国境付近に位置する元ヴァレリア聖王国の城塞都市だったようだが、一〇〇年以上前にバルネットに奪取された都市らしい。
奪われた時期が古すぎなので、奪還してやる必要は感じてない。
昨日と同じ速度で向かえば三時間くらいで到着できる。
道なき道を行くので一般人に目撃されることもないだろうし、速度を落とす必要もない。
アロケルにホーエンという都市について聞いてみた。
基本的に行政に才能のある地方領主が治めている都市で、それを戦闘に優れた貴族が補佐しているそうだ。
クリスティアン子爵は、その戦闘に優れた貴族ってことだ。
バルネットはどこの街も似たような統治システムを採用しているようで、行政系貴族の権限が非常に強いという。
このような城塞都市群の自治権が強い事は腐敗の温床になる可能性が高いのだが、一部を除いてバルネット内の政は上手く回っているらしい。
バルネット内における魔族の横暴は、アルコーンによって禁止されていたので国民たちが魔族の存在に気づいているような事もないそうだ。
こういったシステムの中での魔族の役割は遊撃隊として分類され、最高権力者である傀儡の国王、ディアブロが憑依している国教会大司教の直属として行動しているらしい。
よって、魔族はバルネット魔導王国内では特権的な立ち位置にあり、普通の貴族よりも立場が上になるとか。
もちろん魔族は自分たちの正体を隠しているため、普通の上級貴族のように扱われている。
高い戦闘力や珍しい特別な能力などによって国の重鎮として重用されているように国民は理解しているのだろう。
アロケルの話を聞けば聞くほど、悪逆非道を繰り返す魔族がバルネット内では大人しく、そして真っ当な国の運営をしているというのが不思議で仕方がない。
「俄には信じられない話だなぁ」
「そう言われても仕方ありませんね。
我々は基本的にこの世界の人間には非道ですから。
人魔大戦に負けた後、我々は殲滅の危機にありました。
アルコーン様は人の中に潜む事で魔族の尽きかけた命運を繋げたのです」
アロケルはアルコーンの偉業を熱く語った。
確かにアルコーンは魔族に対しては優しい指導者であったようだ。
この辺りはアラクネイアの証言とも一致している。
人間には残酷なんだけどな。
この様にアルコーンの行動原理が、他の魔族の人類に対する態度に反映されているって事なのかもしれない。
「そういや、魔族はもう二〇人もいないって聞いているけど、詳しく聞きたいな」
アロケルは一瞬困った顔をした。
「魔族同士が行動を共にする事はそれほどないんです。
仲が良い魔族なら別ですが……」
という事はアロケルはウヴァルと仲が良かったんだろうか?
「ウヴァルを殺してしまって悪かったな」
「いえ、それはどうでもいいんです。
どうも私自身、ウヴァルに操られていた感じがしますので……」
ウヴァルが死んで術が解けた事に気づいたって事か。
「あいつ、自分の能力でダチを作ってたって事?」
「そうかもしれません。
私も詳しくは判りませんので」
アロケルはウヴァル本人しか解らない事だと言っているが、奴が魔族内でも嫌われモノだった可能性は非常に高そうだ。
アラクネイアが
高い丘の頂上に立った。
丘の頂上付近は、ちょうど木々が疎らになっていて、丘の麓の方を広く望めた。
麓の向こうには平原があり、その真中に高い城壁を持つ都市が見えた。
城塞都市ホーエンである。
俺は丘の上から双眼の遠見筒で様子を確認する。
城壁の外には開けた場所があり、いくつものテントや的人形などがおいてあった。
訓練をしている兵隊が少数見える。
あそこが訓練場か駐屯地なんだろう。
それにしても兵士の数が少なすぎるな。
「兵士が少なすぎないか?」
双眼の遠見筒を覗きつつアロケルに聞いてみると、アロケルが少し乾いた笑い声を上げる。
「それはそうでしょう。
我々魔族たちが国境で暴れてたんです。
他国がバルネット国内に攻め込んでこれるはずはありません」
長年国境の治安は下っ端魔族の管轄で、複数人の遊撃部隊で侵入者を撃滅するのが主な任務だったそうだ。
確かにレベル五〇前後の魔族が一~二人いたら、人間の軍隊では太刀打ちできないかもしれない。
トリシアくらいの伝説的な戦力を何人か集めなければ太刀打ちできないに違いない。
その副産物としてバルネット魔導王国内の常備軍は思った以上に少ないのだという。
想像とは大分違い、バルネット内の治安が良いようだ。
魔族が支配者層を牛耳り、そして根城にしている割りに善政が敷かれているって事だろうか。
こっちとしては地獄の底みたいな悲惨な状態を想像していただけに、拍子抜けという気がする。
「そういや、前にトラリア王国の国民が大量に連れてこられたはずなんだが……
知らないか?」
「トラリアの国民……?
バルネットは年々移民が増えていますが、それとは違うのですか?
大抵の移民は国教への改宗信者なので聖地巡礼としてバルネット国内を回っています。
改宗移民なので国教会がその受け皿になり、首都に改宗者の居住特区が作られていますよ」
」
何の話だ?
連れ去られたトラリア民は改宗移民になっているのか?
そういや、アモンの能力を使って洗脳されたような話があったっけ?
ついでにディアブロは崇められるのが好きとか何とか誰かが言っていたような……
労働力として連れて行かれたと思っていたが、信者にされて連れて行かれただけなのか。
なら洗脳さえ解けば開放されるかもしれないな。
「ところで、さっきから国教、国教と言っているけど、何の神が進行されてるんだよ?」
「救世神シンノスケですね。
人魔大戦の頃にはいなかった神ですが、バルネットはいつからか、シンノスケという神を信仰していますよ」
マジか……
シンノスケは、魔族の潜む国で神に祭り上げられていたのか。
そりゃバルネットも鎖国するわなぁ……
神が実在する世界で、死んだ、あるいは行方不明の英雄を神として崇めるとすれば、神以外のモノを崇める邪教と考えられなくもない。
もちろん、その考えは当の本人たちの考えだけども。
神界の神としたら、誰を信仰しようが知ったこっちゃないんだろうけども、人間側としては神罰が怖いし、他国に知られるのも憚られる事だっただろう。
それがバルネットが閉じた国になった理由ではないだろうか。
神々が自分たち以外を信仰しても神罰を下さないってのは間違いない。
自分たちの存在を貶めるような場合を除き神々は人間に対して手を出さない。
それが幾多の神々が内包される多神教の神々のあり方である。
誰が何を信仰しようと一切気にしないのは日本の神々も同様だからだ。
だからこそ江戸時代の人々は、あちこちの寺社仏閣を詣で参り、挙句の果てには伊勢参り、お遍路に至るまで命の危険を顧みず長い旅に出たりしていた。
自分以外の神を信仰したからヘソを曲げて地獄行きを言い渡すような狭量な一神教の神とは違うのである。
多神教の世界においては、信仰対象でない神ですら畏れ敬う対象であり、疎かにされるものではない。
バルネット民がシンノスケ以外の神を畏れ敬っているのも間違いない。
でなければ、神界からの情報の中にもあったはずだが、俺は何も聞いてない。
ということは、バルネット内においても、アースラも、マリオンも、ラーシャも、アイゼンですら信仰対象であるのかもしれない。
シュノンスケール法国は、表向き英雄神を祀る宗教国家であった。
英雄神といえばアースラ・ベルセリオスの事だが、実際法国が信仰していたのはシンノスケであった。
バルネットはそれと同じなのだ。
疑問なのは、シンノスケを信仰している
俺の知る情報からはシンノスケ教の
媒介して精霊に言葉を伝える存在である神がいないのだから当然の事だ。
しかし、アロケルの話やシュノンスケールでの事を考えると、一概に神聖魔法が使えないとも言い切れない事実がある。
精霊に言葉を媒介するのは神ではなく、神を代弁するシステムなのかもしれない。
何を言っているのか解らないかもしれないが、要は神そのものが媒介するのではなく、神とは別のそれに似た世界システムが翻訳して精霊に媒介するのではないか?
そう考えれば、神聖魔法と
魔法の術式に違いがない理由になるしな。
そう考えると、魔法の素養がない人間がもっとも簡単に魔法を使う方法は神聖魔法を利用するのが当然の答えになるのだが、世の中はそうではない。
ただ、ドーンヴァースにおける
元々ドーンヴァースの世界には神々はいなかった。
フレーバーテキストとしての神しか存在しなかったからな。
それでも
もっとも、ティエルローゼとドーンヴァースを繋げるラインを作ってしまった今、ドーンヴァース内に神々が現れる謎現象が報告され始めているのだか。
運営公式は、この謎現象を新しいアップデートとして誤魔化しているようだが、住良木幸秀が死んでいる今、そんな事実は存在しない。
メインプログラマーがいないのでコードを更新することは不可能だというのが、関係筋からの情報で判明している事実だ。
ドーンヴァース内に降臨する神々は、ティエルローゼの神々があの世界に遊びに行っている結果なので、本当に頭が痛い。
止めろと言って聞く奴らじゃないしな。
その変わり、あの世界の秩序を乱してはならないという誓約で彼らを縛らせてもらっている。
誓約は非常に強力な縛りで、破ろうと思っても絶対に破れないみたいで、ドーンヴァース内での神々の暴走がマジで起こらない事を確認した。
神々は顕現できるだけで神罰すら落とせないのだからフレーバーテキストと何ら変わらない状況なのである。
面白い現象だとは思うが、要らぬ事をしゃべくり回る神々のお陰で、ケントというキャラクターが、公式のヒーローキャラ扱いされ始めているという情報が流れてきている。
これに関して中の人としてはマジで頭が痛い思いをしている。
おっと、話が大分逸れてしまったので戻そう。
何にせよ、バルネット内では既存のティエルローゼの神々以外にシンノスケが信仰されていて、ディアブロはその宗教指導者に憑依しているのだ。
シンノスケという神が降臨できない偽の神である以上、宗教指導者である大司教が信仰を集める対象となる。
以前聞いた「崇められるのが好き」って部分に繋がってくる情報だろう?
それは、さておき……
観察を続けるホーエンに大した動きは見えない。
ここから眺めていても仕方がないのは言うまでもない。
「んじゃ、ちょっと都市ホーエンに侵入してみるか」
「え? 本気ですか?」
「お前がいれば特権階級として顔パスで入れるだろ?」
「そう言えばそうですね」
アロケルは納得したようで「では案内しましょう」と俺の前に歩き出す。
「設定はどうします?」
アロケルは陽気な声で聞いてきた。
「設定?」
「ええ、私は国境警備隊副隊長ですし、そういう意味の設定なんですが」
「ああ、じゃあ四天王の部下でいいんじゃね?」
「アモン様の部下って事です?」
「それが一番楽そうだな」
「じゃあ、そういう事にしましょう」
アロケルは笑顔で頷くと軽やかにホーエンに向かう。
こいつ元々敵なのに、その敵の本拠地に行くってのに緊張すらしないってのは結構豪胆だな。
それとも街に入ったら裏切るつもりとかかな?
一瞬疑いの芽がニョキニョキと育ち始めたのだが、一気にしおれてしまった。
アロケルとは短い付き合いだが、そういう性格じゃない気がする。
俺のこういう直感は当たる。
外れたことは殆どないんだよねぇ。
ま、裏切られたら裏切られたで対処すればいい。
俺をどうこう出来る戦力がアチラにあればだがね。
俺はティエルローゼでも最強クラスの存在だろうし、ディアブロとその配下が出てこない限り負けはない。
いや、そのくらいの自信と実力がなければ、空に浮かんでいる
ハイヤーヴェルは、俺がアレに対抗できる存在と考えている。
だからこそ、
俺はその勝率を少しでも上げるために行動するだけだ。
あの都市に何が待っていようと、対処できないような状況に陥っていてはダメだろう。
何があろうとドッシリと構えて行こう。
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