第32章 ── 第29話
アーサー王と騎士一行が出発してからの俺の仕事は、ヴァレリア国内の治安維持だ。
自分が焚き付けた以上、そのくらいの責任は果たさないと俺の矜持に反する。
とはいえ、それほど難しい作業ではない。
大マップ画面を広げて検索を使ってヴァレリアに敵対する、同国を不穏に導く企みがなされているかチェックするだけだ。
細かいパラメータを設定すれば、俺以外に敵対している奴ですら赤い光点として表示できるのだから万能レーダーだよね。
一応、作戦室は例の大きめの談話室だ。
俺はそこに詰めて入ってくる報告や情報を処理して、大マップ画面に反映させて聖王国内の状況を分析する。
アーサー王が出発してから数時間は大した動きは見えなかったが、さすがに領土を奪還されて黙っていられなかったのかバルネット側の国境にある程度の動きが見え始めた。
一〇〇〇人規模の軍隊を組織しようとしているようで、物資や人員の動きが活発になりつつある。
俺の計算では、準備に最低でも一週間は掛かるだろう。
軍隊を組織するにはそのくらい手間も金も資源も必要になるんだよ。
観測できる動きはおよそ四箇所。
西側中央にある二つの勢力が一番大きそうだ。
編成指揮官を検索すると、アーミング伯爵とクリスティアン子爵という貴族らしい。
この二人のフレーバー・テキストを確認するとバルネット内における
バルネットの英雄なんだろうけど、レベルは大したことはなくて二八と二一だ。
貴族学校の先輩、後輩という立場らしく、戦功を競ってはいるものの良いライバル関係らしい。
彼らはまず、バルネット内でも東側に位置する大きな街にそれぞれが陣取った。
国の有力貴族や大商人、街のまとめ役などを集めて演説をしたようである。
そして軍資金、武器や防具、兵糧、兵員の準備を始めた。
ヴァレリア領土の奪還後一~二日で、これだけの事を始めるとは有能な武将である。
朝、受け取った報告から判断したとしたら、最悪の事態を想定しつつの行動なのだろうが。
あと二つの動きは、奪還領土の北側と南側である。
こっちの動きはそれほど活発なものじゃない。
商人が他国へ出ようとして関所に訪れてみたら既にバルネットじゃなかったってレベルの情報から、地方貴族が独自に動き始めたって感じだな。
兵力としては一〇〇人とか二〇〇人程度で、指揮官にしろ兵士たちにしろレベル二〇にも満たないようだ。
これならヴァレリアの一般騎士数名で対処可能だ。
何せヴァレリアの一般騎士ですらレベル二〇を越えているのが普通なので、本来ならかなり強い国なんですよ。
強者たのみの軍編成ってのが色々問題ではありますが、他国の一般兵相手であれば何の問題にもなりません。
一騎当千とかいう言葉が似合う騎士たちって事ですね。
という事で俺たちが対処しなければならないのは、中央部の二つの軍隊。
編成が終わるまで高みの見物を決めて、攻め込んできてから対処するってのも無双できて面白いんだが、俺としては人的リソースの損失は好まない。
どうみても二人の貴族は有能さんだ。
魔族に牛耳られた上層部さえどうにか出来れば、バルネットの将来を担う人物たちになり得る人材だ。
別に俺はバルネットを潰したいワケじゃないからね。
未曾有の危機に一緒に戦う仲間になって欲しいんだよ。
という事で交渉に行きたいと思う。
それも準備が全く整っていない今、動くのが相手の士気を挫くのに効果的なんじゃないかな?
お前らの行動は全部お見通しだぞって示威行為にもなるし、ちょっと手合わせをしてやれば、自分たちがどんな相手と戦おうとしているのか理解できるだろう。
「どう思う?」
俺はバルネットの内情を知っている魔族たちに相談してみる。
「南はアラネアのみで対処できましょう。
一応、ルクセイドのグリフォン騎士にも連絡を入れて数名派遣して貰えれば権威付けは申し分ないかと」
アモンが戦術、戦略的な意味を含めた提案をする。
なるほど、国境を守るヴァレリア騎士とルクセイドのグリフォン騎士、そしてアラネアがいれば、どんな状況でも対処できそうだね。
「北の方は、どうかな?」
「こちらは放っておいて問題ないかと」
「どういう事?」
俺がアモンに視線を向けると、その視界をアラクネイアが塞いだ。
「妾と眷属で世界樹の森の巨人と話を付けておきました。
彼らはヴァレリアと森が繋がる地域の保全に協力してくれると約束しています」
「へぇ……彼らが俺らに協力するメリットは?」
「眷属アラクネーとの交易の活発化だけで二つ返事で御座いました」
ああ、彼女らか。
世界樹の森に住まうアラクネー勢力は相当な数になっている。
聞けば一〇万人単位の人口を有している一大勢力だそうで、彼女らは戦闘による治安維持もさる事ながら、衣服や工芸品、食料生産まで幅広く行っている。
前にトラリアのオットミルの街で彼女らの交易風景、そして温厚な種族特性を見ているし、それはトリエンでも変わらなかった。
巨人たちにとってもアラクネーという種族と敵対するよりも友好的に接するのは非常に利益を生む事だろう。
ましてやアラクネーたちの創造神であるアラクネイアの口利きである協力関係。
巨人たちに利益にならないはずもない。
「なるほど理解した。
では、そっちは巨人たちに任せるとしよう。
アーサー王も北の方から制定に向かってるし丁度いいよね」
「左様にございます」
俺はアラクネイアの言葉に素直に頷いた。
「じゃあ、アラネアは南の地方貴族に対処してくれるか?」
「承知いたしました。お任せ下さいませ」
アラクネイアの笑顔の破壊力に俺の心臓が張り裂けそうです。
絶世の美女の笑顔は国を傾ける威力あるよ。
傾国の美女とかマジあり得る。
俺は自分の心を落ち着かせる為にアモンへと視線を戻す。
「じゃあ、俺たちは中央の軍勢だな。
俺がこっちのアーミング伯爵に……」
中央南側の光点を指さそうとすると、アモンがそれを止めた。
「お待ち下さい、主様。
私めは少々そのアーミングを知っておりまして、そちらは私にお任せ頂きたく存じます」
「ん? 個人的知り合い?」
「左様にございます」
「ふむ……」
魔族における武の体現者が、貴族と知り合い?
弟子と師匠という関係かもしれないな。
「なるほど、じゃあ君の弟子は君に任せるのが順当か」
カマをかけるように俺がいうと「ご明察恐れ入ります」とアモンは深々と頭を下げる。
ビンゴか……
という事はアモンに見出されるほどに武に優れた人物という事だな。
こいつは殺すよりも味方につけるのが得策だろうな。
「よし、じゃあ俺は中央北側のクリスティアン子爵に対処しよう。
こちらもコラクスの知り合いって可能性は?」
「もちろん知り合いでございますが、彼はアーミングの衛星みたいなものですから」
なるほど、アーミングをどうにか出来れば、自然と付いてくるオマケ的な奴か。
「ふむ。アーミングを先に懐柔できれば楽そうだが、そう上手くは行かないよな。
ちゃんと交渉して納得させるしかないな」
「あの~……」
間延びした声が俺たちの会話に挟まれ、一瞬思考が停止する。
アモンとアラクネイアが厳しい視線をそちらに向けた。
その途端、声の主が「ひぃ……」と小さな悲鳴を上げる。
「アロケル、何か用かい?」
「私はどうすれば……」
「君は俺の捕囚だからね。
俺に付いて来ればいい。
それとも捕囚になった姿をバルネット人に見られると不味いのかい?」
「いえ、そういう側面は否めませんけど、実際捕まってますし、逃げ出すつもりもないので今更って感じでして」
彼は一人にされてヴァレリアの騎士に膾にされかねないのを危惧している感じがする。
俺の命令がなければ逃げ出すことも反撃することもできないんだから仕方ない。
いくつかある『
「解った、君を連れて行く事にしよう」
「ありがとうございます! きっとお役に立ってみせます!」
嬉しげなアロケルとは対象に、アモンもアラクネイアも冷たい視線を彼に向けている。
敵には容赦ない二人なので彼らの事もアロケルは必要以上に恐れているようだ。カリス四天王の二人ですからね。アロケルにしてみれば上位者中の上位者なんでしょうな。専務と常務に睨まれている感じですかね?
それはそれで相当恐ろしい状況です。
「アロケル、君のバルネットでの立ち位置は?」
まさか魔族ですって大手を振って活動しているワケじゃないだろう。
何かしらの人としてのバックボーンがあったはずだ。
見た目は人間の騎士っぽい外見だしね。
「えー、国境警備隊副隊長となっていました」
「ウヴァルが警備隊長かな?」
「左様にございます。
貴方様は私たちの思考を読んでいらっしゃるのでしょうか。
話す前に全部知られているように感じるんですが……」
俺は笑ってしまった。
ロジック思考ができない者からしたらテレパシーか読心術でもされているように見えるのかもしれない。
「いや、理論を駆使した推理だよ」
「ひぇ~……」
何か難しい事をしているのだと彼は勘違いしたようだ。
感心している彼の姿にアモンもアラクネイアも得意げに「どうだ!」って雰囲気にフンッって鼻息を立ててました。
彼らのそういう仕草も一々可愛いですな。
それが絶世の美男と美女なんだから絵になります。
「んじゃ、コラクスは早速動いてくれ」
「はっ!」
「アラネアもね。
ルクセイドのグリフォン騎士にはこちらから連絡しておく」
「仰せのままに」
命令を受けた二人の魔族は例のごとく一瞬で姿を消す。
「アロケルは少し待っててくれ。
念話が終わったら出発するから」
「はい」
俺はグリフォン騎士団のアーサー・ゲーマルク副騎士団長に念話を送る。
数回の呼び出し音後に繋がった。
「むっ!? ケントの念話か!?」
「ご明察の通りだよ」
「今日は何用だ? また無茶を言い出すんじゃなかろうな?」
「いや、奪還したルクセイドとヴァレリアの国境付近に関所あるよね?」
「ああ、その内、新しい役人を送らねばならん。
今、あそこにいるルクセイドの者はバルネット担当の行政官だからな」
「あの付近の地方領主なのかな、バルネット側の貴族が動き出したようだよ」
俺の報告に副団長は「フンッ」と鼻を鳴らした。
「デップリー男爵だろうな。
あいつはいけ好かん」
「知り合い?」
「知り合いも何も、関所の利権で好き放題している人間のクズだぞ」
前に聞いた時間属性
「あいつの領地は、ルクセイドとフソウが絡む地域一体だ。
それほど大きい領地ではないが、他国との交易で上がる利益は膨大だ」
副団長の声にデップリーという地方貴族に対する忌々しさを感じるのは気の所為ではないようだ。
「関税もそうだが、時間
まあ、今はそれもあまり気にならない案件だがな」
副団長は鼻で笑う。
「それもケントのお陰なんだってな」
「あー、報告受けたの?」
「当然だ。金貨一〇〇〇〇枚程度しか要求しなかったそうじゃないか」
「もらい過ぎたかなと思ってるんだけどね」
「わははは。そんなワケあるか。
レベル四〇のアイアン・ゴーレムの寄進、時間魔法の使い方の教授。
俺たちが喉から手が出るほの欲しかったモノだぞ。
お前のお陰でレリオンがどれほど発展したか判らんぞ」
どうやら、街の雰囲気を一変させるほどの活躍を俺はしていたらしい。
自覚がないので何ともいいようがないけども。
「そうか。それは良かった。
で、本題ね。国境の関所にグリフォン騎士を二名くらい派遣できないかな?」
「二名でいいのか?」
「ルクセイドの権威付けならその程度でいいんでは?」
グリフォンに乗った騎士の戦力は二〇人以上の一般兵に匹敵する。
それが二人いるだけで相当な戦力だ。
「それは承知した。
ヴァレリア側はどうなる?」
「こっちの騎士はいつもの国境警備している騎士が数名いるし、俺はアラネアを派遣する」
副団長は短く「え!?」と驚き「過剰戦力じゃないのか?」と言う。
「過剰戦力ですねぇ。
だからサポート要員って事さ。
既に彼女は国境に向かってるんで、連携よろしくね」
「心得た、直ぐに手配する」
そういって念話を切った。
やはり実務者と直接話すと仕事が早く終わって助かります。
それじゃ俺は俺でアロケル連れてクリスティアン子爵のところに顔をだしますかね。
相変わらず行き当たりばったりだけど、どうにかなるでしょ。
おれが俺の持ち味だよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます