第32章 ── 第28話

 副団長は「これから忙しくなるぞ、これもケントの所為だ」と泣き言を吐いて帰っていった。


 神の加護がある隣国の国土が急に回復するという事は、脅威が一つ増えるということだろうか。

 それも自分たちが支援しなければならないとなれば、色々考える事も増えるって事かね。


 前から思ってたけど……

 ルクセイドって被害妄想的な部分あるよね?

 グリフォンを中核とする軍事大国なのに何が不安なのか……


 などと思ってみたが、西はドラゴンが収める獣人国、北は悪名高いバルネットと復活しそうなヴァレリア。

 東はオーファンラントの息がかかった獣人国ウェスデルフ。


 確かに不安になりそうな気がしてきた。

 だからこそ、ウチの国と軍事含む同盟を結んだんだと思うんだが。

 ウェスデルフは俺の裁可なくして悪さをしようもないし、山脈がフタをしているし、近くて遠い国ってのもいい塩梅だったろうし。


 まあ、何にせよ使節がたった一泊二日で帰国するという珍事に、ヴァレリア聖王国の人々もビックリだったに違いない。

 慣例通りなら最低でも一週間くらい滞在するらしいからねぇ。



 正午から再びラウンド・テーブルを囲って円卓会議。

 こういう形式張った会議とかは本当に面倒だ。

 俺が貴族になるのを渋った理由でもある。

 とにかく面倒なのは勘弁願いたい。


 議題は、回復した国土の現状調査と民意の把握について。


 確か突然奪われた国土が戻ってきたとして、そこに住む者たちの忠誠心やら統治者とか支配システムが変化した事による悪影響など、色々と問題が噴出しそうな気はする。


 何にせよ、俺が参加していい会議じゃない気がするんだが……


 だというのに当たり前に参加を要請してくるあたり、アーサー王は俺をアースラの身内認定しているのではないかと疑いたくなる。

 同じ日本人ではあるが身内ではない。


 いや……先祖を辿れば、遠い親戚といえるのか?

 ハイヤーヴェルの話によればだが。



「現地調査にはやはり円卓一二騎士を派遣するのがよいかと存じます」


 参加している騎士の一人から提案があった。


「しかし、バルネットとの小競り合いが続いている昨今、首都から円卓の騎士がいなくなるのは住民の不安を煽ることになりはしないか?」

「奪還された領土の領民からすれば、高名な騎士たちが巡察に来る方が安心するのではないか?」

「逆に不安になる者も出ような」

「それらも牽制する意味で一二騎士だろうよ」


 渋い顔をするアーサー王の前で騎士たちが喧々囂々と言い合いが始まった。


 俺としてはどっちの意見ももっともだと思うけど、俺には全く関係ないとも言える。

 国土を奪還してやったんだから恩に感じこそすれ、面倒な会議に参加させようと思わないでいただきたいもんです。


 非常に面倒なので一言だけ口を挟んだ。


「アーサー王陛下率いる少数の騎士たちで巡察すれば一発解決しませんかね」


 騎士たちの目線が俺に一点集中した。


 あまりの発言に激怒して顔を真っ赤にしている騎士もいるが、俺の発言だからか口を真一文字に閉じている。


「戦場になるかもしれぬ場所へ聖王陛下を向かわせるのは……」


 ちょっと日和見な騎士が俺の機嫌を損ねないよう穏やかな口調で意見をしてくる。


「そもそも国土を奪われたのは騎士の責任でしょうが。

 その責任を一身に背負わなきゃならんのは国王自ら。

 それが道理でしょう?

 それに国境でバカやってた魔族は俺たちが始末しましたよ。

 今更、危険とか何を言っているんですか?」


 意見してきた騎士は「うぐっ……」と唸って座ってしまう。


「ですが……」


 他の騎士がまた口を開きかけた時、アーサー王が手を上げた。


「皆のもの黙りなさい。

 クサナギ辺境伯殿の意見はもっとも。

 全ては不甲斐ない私の責任だ。

 辺境伯殿の言う通り、国境における神出鬼没であった魔族は駆除されたと見てよかろう。

 ならば私は危険はないと判断する」

「しかし、回復領土の民衆の中に内通者か暗殺者が潜んでいる可能性は……」


 再びアーサー王の手が上がり発言者の声を拒んだ。


「言いたいことは判る。

 だが、この私と円卓の騎士が遅れをとると思っているのかね?」


 アーサー王がいたずら小僧のようにニヤリと笑った。


 アーサー王はレベル四七の聖騎士パラディンである。

 人類においてレベル四七というのは国家的英雄クラスの実力に到達しているのを意味する。

 そんな英雄的なレベルの人物がゴロゴロしているなら、これほどスピーティに領土の奪還が成るワケないだろうし、自分より低いレベルの奴にやられるほど自分が間抜けだと言いたいのかと彼は案に言っているのだ。


 そう言われて流石に騎士たちは黙り込むしか無かった。


「では、私がお供しましょう」


 そう切り出したはアルメル・ランスロット卿だ。

 彼女は元の物語の登場人物と同じように勇猛な人物のようだ。


 こっちの湖畔の騎士は女性なので王妃と不倫しそうにないかもしれん。

 いや、もしかしたら王と……

 いやいや深読みはいかんな。


 一度火蓋が切られれば、騎士という立場上、俺も! 俺も! と声が上がるのは当然の事だった。

 そしてマーリンが素早く作った紙縒こよりのクジ引き大会に以降する。

 そして王に同行する騎士が決まった。


 ランスロットは最初に声を上げたので無条件で選定された。

 そしてパーシヴァル卿、ボールス卿、モルドレッド卿、ガラハド卿が随行員として選ばれた。


 おお、聖杯の騎士が二人も!

 まあ、あっちの伝説での話だけど……

 一説によるとランスロットも聖杯の騎士にされる奴あるよね。

 それを含めると三人もいる事になるのかね?

 ガウェイン卿がいないのが残念。


 などとニヨニヨ考えていると、俺の影の中からフラウロスが手を出して来て俺のふくらはぎをチョンチョンと突いて来た。


「我が彼らの護衛を」


 それだけ言うと影に引っ込んだ。


 なるほど、黙っていると俺が付いていくとか言い出しかねないと思って自ら志願したのか。

 魔族は主に対して過保護だからなぁ……


 フラウロスは自分が部下の魔族の中でも一番下っ端だと思っているフシがある。

 ならば雑事は自分がやろうと考えても不思議ではない。

 俺の部下は全員同列だからそんな事思わなくてもいいと言ったところで、彼の心の中のわだかまりは消えはしないだろう。

 ならば、主として彼の希望を答えてやるのが順当だろう。


「では、その護衛の列に俺の部下であるフラを加えて頂きましょうか」


 またもや騎士たちの視線が俺に集中する。


「フラ……というのは……」


 ああ、部下が三人いるのは見て知っているけど、誰が誰かは解らないって奴か。

 紹介してないもんね……


「フラ、出てきて挨拶しなさい」


 俺が騎士たちに聞こえるように言うと、俺の影の中から胸に手を宛てて軽く頭を下げたフラウロスがニューっと出てきた。

 それを見た騎士たちが目を見開いて驚いた。


 そりゃそうか。

 誰もいない所から出てくるんだもん。

 警備は何している!? って話になりかねないしな。


「フラ、主のお呼びにより参上仕りました」


 驚いている騎士たちを横目にフラウロスは澄まし顔で言う。


「よく来てくださった、フラ殿」


 マーリンが満面の笑みで答えた。


「主の命故、礼など不要」


 少しぞんざいな態度でフラは返答する。


 彼のこういうキャラ付けに俺は文句を言うつもりはない。

 彼は出会った頃からこんなキャラだったけど、打ち負かした後に凄い口調が変わったのを覚えている。

 要するに彼はキャラを作っているのである。


 俺もそこそこ厨二病なので、こういう事に目くじらを立てるつもりはない。

 面白いしね。


「して、フラ殿は魔族と言われているようですが、豹の獣人ではないのですか?」


 目を輝かせながらマーリンが唐突に議題と関係ない質問をフラウロスに投げかけ、この攻撃に流石のフラウロスも返答に困って俺の方を向いた。


「ああ、彼は魔族です。

 それも最古参の。

 人類の有史以前から生きているんですからね」


 プールガートーリアより前の神々が作った異世界の時代に生まれた魔族なのは、彼が破壊されゆくその異世界の記憶を有している事でも判る。

 要は生き字引とも言える存在なのだ。

 そこはレベルとは関係ない部分だが、俺としては彼の最強の武器だと思っている。

 前から言っている通り、情報は最大の武器なのである。


「ほほう……」


 マーリンの目は輝きっぱなしです。

 魔法使いスペル・キャスターってこういうキャラ多くない?

 ローゼン閣下もそんな感じだったような……

 俺の思い過ごし?


「豹人族は、こんな事はできますまい」


 フラウロスがパチンと指を鳴らした瞬間、彼の影の中から二匹のグランデ・パンテーラが姿を現した。


「グルル……」


 グランデ・パンテーラたちは騎士たちを睨みつけつつ唸る。


「ひい……」


 悲鳴にならないくぐもった唸りで騎士たちが呼応したように見える。


「こらこら、フラ。

 脅すにもほどがある。

 そういう示威行為は止めなさい」

「仰せのままに」


 グランデ・パンテーラはフラウロスが命令も下していないというのに、巨獣たちは虚空に溶けるように消え去った。


 このパフォーマンスは、騎士たちに絶大な効果をもたらした。


「人の言葉を完全に理解する魔獣!?」

「素晴らしい!」

「あの方がおられれば、キメラさえ怖くないのでは?」

「いや、ワイバーンですら恐るるに足りませんな」


 彼らが突然態度を変えた理由を、アーサー王の遠征パレードで俺は知った。

 ヴァレリア王家の紋章、第二クオーターはドラゴンが描かれているが、第三クォーターはライオンなのか虎なの判別不能ながら猫化の猛獣が描かれていた。

 ドラゴンは攻性を、そして猫化の猛獣は守性を意味するらしい。


 なのでグランデ・パンテーラを呼び出せるフラウロスの同行は、守護霊獣が供をすると見られたというワケ。


 なんとも大雑把というか何と言うか……

 ゲン担ぎみたいな感じですけど良いんですかね?


 それにしてもヴァレリアという国は、何かが決まるまでは時間がかかりますが、いざ物事が決まるとが軽い気がします。

 要は身が軽いって意味だよ。

 ちょっと古めかしい言い回しだけど、この国には合っている気がする。


 伝統に捕らわれている部分もあるが、決める時は即断即決……いや熟慮断行というべき?


 何にせよ、何日もあーだこーだ話し合っている感じはない。

 意見に見る所があれば直ぐに取り入れるってのは、謙虚で素直な感じだし悪い感じはしない。

 上位騎士のみではあるものの家臣たちの意見をしっかり聞く王様が治めている国って事ですかねぇ。


 天皇がいる日本という立憲君主国に近い感じがするから親しみを感じるのかもしれないね。


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