第32章 ── 第27話

 晩餐会は大盛況だ。


 鰻丼が一番人気だったのはもちろんの事、俺が提供した新鮮な肉や野菜もエーカーたちの手により美味しく料理され、俺の時よりも味もボリュームも向上していたからだ。


 副団長は鰻をいたく気に入った。

 鰻がヴァレリア湖産だと聞いて、ルクセイドのヴァレリア湖畔にいる漁師に鰻漁を推奨しようと思ったらしいが、騎士たちに笑われていた。

 副団長は「鰻は網や釣り竿で釣れるものじゃない」と言われ困惑していた。


「では、鰻を輸出してもらいたい」

「もちろんですよ」

「値段はこのくらいで……」


 財務担当官が呼ばれて鰻の金額交渉が始まったが、先に言ってしまうとこれに関しては少し揉めた。

 副団長が当初提示した激安だったからだ。

 いくらなんでもそれはないだろうと財務担当官は横に首を振り、交渉用の金額を提示する。


 しかし、転んでもタダでは起きないのが副団長である。

 原材料の鰻以外の物資は、ヴァレリア聖王国内には全くない。

 仕入れる為にはフソウ竜王国から輸入するのが大前提である。


 この事実は金額交渉時にエーカーが呼ばれて原材料などを聞かれて発覚した。

 ヴァレリア聖王国は、調味料や米などを輸入しなければ鰻丼を作ることが出来ないのだ。

 もちろん鰻丼のレシピは俺が提供したものだが、それ以外を手に入れるためにはフソウ竜王国から輸入するしか無かったのである。


 ルクセイドにとってみればこの事実はかなり有効な交渉材料になる。

 それに気付いた副団長は、そこを攻めた。


 品目に物品関税を掛ければ輸入どころではなくなる。

 当初から支援を受けねば消えるような国である。

 経済的にも軍事的にも立場上ルクセイドが有利なのは明白なのである。


 俺はそういう交渉の仕方はあまり好きじゃない。

 地政学的に有利だからと大上段から斬り伏せるようなやり方は、あっちの世界で散々見てみた。


 テンプレ的に言えば「公正な取引を目指すのが証券マンだと思っていた時期が俺にもありました」と言わざるを得ない。

 だが、俺はそういうのが嫌で堪らない。

 だって価値のあるものは、買い叩かれたり必要以上の付加価値をつけずにやり取りするべきじゃないか?


 副団長がやたら得意げだったので「レシピは俺が提供したんだけどな」と俺がボソリと一言発した途端、副団長が力を失った。

 材料、調味料が手に入っても作り方が解らなければ同じ味にはならない。


「あまりワガママを言うと……

 エーカー料理長、レシピは門外不出で……」


 俺がエーカーにレシピの提供を禁止する旨を言おうとすると副団長は慌てて手を前に出してブンブン振り始めた。

 大元であるレシピの提供を俺が言い出すとは思わなかったのだろう。


「ま、待て! 早まるな!!」

「でも、輸出入関税で買い叩くつもりだったんでしょう?

 立地条件だけで優位に立とうとするとか狡いじゃん」

「そうは言うが……

 税金など輸出入を有利に進める為の常套手段だろう?」


 副団長の顔色は当初興奮気味で赤かったが、どんどんと青くなっていく。


「だが、フェアじゃない。

 経済は相互主義であるべきだ。

 地理的、経済的、軍事的に有利だからって……」

「それ以上言うな! 俺が悪かった!」


 顔色を真っ青にした副団長は素直に頭を下げた。


「担当官どのにも失礼した。

 金額はこんなもんでどうだろうか?」


 役人の人にくるりと振り返った副団長は、公正な金額を提示したようで金額の話し合いはあっという間に終わった。

 ヴァレリアの御用商人がルクセイド内を通行する許可も出す約束もなされたようだ。


「こんな時節だし、あんまり意地悪な事したらダメだよ。

 隣国だからって仲良くしなきゃダメとか言うつもりはないよ。

 通常は隣国とは仲が悪くなるもんだし」


 かなり文化が進んだあっちの世界でもそうなんだから、こっちの世界なら仕方ないことだろう。

 実際、つい数年前までオーファンラントはブレンダ帝国は、ずーっと小競り合いを続けていたしね。


「解ったよ。

 あまりイジメないでくれよ。

 あの料理があまりにも美味かったから、つい……」


 鰻が美味いのは間違いない。

 鰻ゼリーしか知らない奴からしたら、鰻の甘さは高次元生命体並の存在だろうからねぇ。

 イギリスの人には悪いが、それが事実だ。

 食ったことないならマジで食べ比べて見れば判る。

 とか、異世界で力説しても意味ないけどな……


 このやりとりを見ていた騎士たちは、ポカーンと大口を開けていた。


 どう考えても、自分たちがルクセイドの立場であればヴァレリア側を食い物にする場面であった。

 実際にそう進行していたし、ルクセイドの支援を受けるしか生き残る術のないヴァレリアとしては涙を飲んでも従うしかない状況だった。


 たった一言俺が口を挟んだだけで、状況も立場も一変してしまった。

 彼らにはそれが信じられないのである。

 それはオーファンラントが、ルクセイドですら太刀打ちできないほどに圧倒的な上位者を意味しているという事だからだろう。

 普通に、世間一般の人が見ればそう見られるのである。


 しかし、軍事的に考えてもオーファンラントはそこまで上位者ではない。

 超大国化できたのはシャーリーが作り上げた魔法工房の存在があったからである。

 魔法道具文化の発祥の地であるトリエンを抱えているからこその発言力だと俺は思っている。

 魔法の蛇口は言葉通りに世界を変えた商品だったし、それを金貨数枚で世界中に流通させる事ができたからこそ得られた力だ。

 これは俺の力じゃないし、そういう影響力を自分のものだと言い張るような羞恥心が欠如したような事はしたくないしな。


 俺がそう見られたくないと思っても、端から見ているものが全てそう見てくれるとは限らない。

 俺がいくら否定してもな。


 この交渉の場面を見たものたちの態度がガラリと変わった。

 今までルクセイドアゲだったのが、オーファンラントアゲに切り替わった。


 何を意図してかはが深い。

 ルクセイドよりオーファンラントに肩入れする方が色々と有利と思ったんだろう。

 俺やオーファンラントをヨイショしまくる役人が増えた。

 嫌というほどな……

 そういう露骨な態度変更をするのはかえって反感を買うんだがなぁ。


 見た目が非常に地味な俺が、アモンの従者か何かと勘違いされる事が多いってのは話したっけ?

 実際、晩餐会の当初は空気だったよ。

 ええ、空気。


 今日の晩餐会に呼ばれているのは騎士だけじゃなくて、政府を切り盛りしている役人や地元の名士と言われる人々、ヴァレリアの屋台骨を支えてきたと豪語する有力商人たちもいた。

 そういう存在は、先程言ったような露骨な態度で俺に接していたワケである。


 俺自身、ちやほやされるのはあまり好きじゃないので、ニコニコするだけで訂正もしないでそのままにしておいた。


 俺の時の晩餐会に参加してた俺を知っている騎士たちはともかく、俺のことを知らない者からしたら「得体のしれないどこかの馬の骨」にしか見えなかっただろうね。


 だが、ヴァレリアの騎士王陛下が俺の側から離れないわ、実質的なルクセイドの筆頭実務者が頭を下げるわ……

 目を疑いたくなるような態度で接しているのを目の当たりにした。

 態度が変わるのも頷けはする。


 ずるいというよりこすい。

 漢字は一緒なのに、後者の読み方の方が圧倒的に小物感が出るのは何故だろう。

 日本語スゲェ……


 などと考えているが、自動翻訳される俺の言葉ってニュアンス込みでちゃんと翻訳されてるんだろうか?

 ティエルローゼ人も俺の言葉がちゃんと理解できてるんだろうか?


 そんな難しいことを考えても仕方ないか……

 考察実験もしてる暇ないもんな。



 こうして二回目の晩餐会は終わった。


 おべっか使いの役人やら商人やら地元の名士やらは、国王と副団長のダブル・アーサーが睨みを利かせてくれてたお陰であまり実害が無かったのが救いです。


 どちらのアーサーも現役の騎士ですからね。

 俺と違って圧が違いますよ、圧が。

 木端は近づけもしない。


 そう言うのを見越して俺の側から二人とも離れなかったのかな?

 だとしたら、ありがたいことです。

 ダブル・アーサーに感謝を!



 次の日の朝食の時間になって俺は一人呼ばれて食堂に出向く。

 朝食って言えば、軽食をかっ込んで終了としたいところだが、国の正式な使者だからやっぱり国王、筆頭宮廷魔術師、側近騎士と一緒である。


 昨日の朝食は客間に持ってきてくれたのになぁ……

 朝から堅苦しいのはどうかと思う。

 まあ、副団長も一緒なので仕方がないのかもしれないが。


「副団長は、今日帰国?」

「その予定だ。

 昨日の段階で結果と命令書を持った騎士を帰したが、俺がいないと動かない部分もあるからな」


 有能さんである。


「グリフォンって夜も飛べるん?」

「当然だろう。

 知らなかったのか?」


 知りませんでした。

 鳥の頭だから夜目が利かないのかと思ってました。


「グリフォンの頭はタカやワシのように見えるが、目はフクロウのように光を集めるんだ。

 あいつらの目の良さは尋常じゃないからな」


 あっちの世界でも猛禽類は得てして視力がずば抜けている。

 一キロ先のネズミ一匹を捉えるとか半端ない。

 そういう故事からか、狙撃系スキルにも「鷹の目ホーク・アイ」なんてのが存在しているしね。


「夜襲まで可能なのか……

 グリフォン、パネェな」


 副団長はニヤリと笑う。


「騎士って肩書上、夜襲なんて軍事行動は殆どないがな。

 だが、それをやる気になればやれるし、逆に警戒騎士を飛ばしておけば夜襲は無意味になる」


 こういう場で戦術論を展開するのは、情報漏洩とかになるように思うだろう。

 しかし、こういった情報戦が未発達な世界だと示威行為に相当する。

 なにせ情報が正確かどうか調べようがないんだから、相手の言葉を鵜呑みにするしかないもんね。


 聞いているヴァレリアの騎士たちは顔を青くしていたよ。

 そんな戦術生物兵器が一〇匹も場内にいるんだから当然だよね。


「じゃあ、朝食の後には出発かな?」

「彼らは……いないな」


 俺の後ろをチラリと見てから、副団長はそう一言漏らす。


「ああ、多分そろそろ戻ってくるよ」


 副団長は魔族連に興味があるようだ。

 俺は大マップで魔族たちの位置をを確認してみた。


 ものすごい速さで青い光点が北から南へ下ってきているのが確認できた。

 予想通りである。


「あと五分くらいかな?」

「何がだ?」

「戻って来るのがさ」


 さすがの副団長も俺がいい加減な事を言っていると思ったようで、怪訝な顔つきである。

 だが俺の発言と同時にマーリンがテーブルから立ち上がり、「準備がありますので、早めに失礼致しますよ」と言うと食堂を出ていく。


 騎士王であるアーサーも他の騎士たちに小声で命令を下し、何人かの騎士が同じようにテーブルを立った。


 にわかに慌ただしい動きを観測して、副団長の目がキョロキョロと周囲を不安げに見回し始める。



──五分後……


 一陣の風と共に、三人の魔族が俺の背後に現れた。

 三者とも跪いていた。


「お待たせ致しました。

 北部領地奪還完了致しました」


 アモンが三人を代表して報告して来る。


「手筈は昨日と同じかな?」

「はい。

 世界樹に近い街と村に少数のバルネット軍が常駐していましたので少々時間を頂くことになりましたが」


 目を閉じ眉をひそめてアモンが少し首を振る。


「大丈夫だったの?」

「一〇〇〇にも満たない軍勢ですから、物の数ではありませんでした」


 戦闘事態には時間が掛かっていないって事だろう。

 一応、戦時法に則り、色々と交渉をした事を「時間がかかった」と言っていると判断。

 俺が国際法やら戦時法にやたら気にかけているのを判断しての事だと思う。

 アモンたちは有能だからね。


 すぐにマーリンが役人を連れて戻って来た。


「やあ、お戻りですな?」


 彼はにこやかに魔族たちに声を掛け、集めてきた書類を受け取っていた。


「昨日出発したばかりだろう?

 もう奪還が終わったのか?」

「ウチのもんは優秀だからね」


 副団長の呆れたような顔が印象的だ。


 彼としては「どんなに有能でもたった一日でどうにかなる話じゃねぇよ」と言いたいんだろうけど、彼らならできちゃうんだから仕方がない。


 何にせよ……

 これでヴァレリア内での仕事は終わりだ。

 これ以上手を貸すのは内政干渉になりそうだしね。


 ヴァレリアが立ち直れば、西側から東側に向けた脅威に対する防波堤として機能し始める事になる。

 オーファンラント勢力圏の国々にとっては国益になるはずだ。

 ルクセイドだけでは成り立たなかった防衛構想の一つが完成する。


 これで事が起きても一先ず安心ってところかな?


 え? こすいって?


 うん、我ながらそう思うよ。

 でも国防ってそんなもんじゃない?

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