第32章 ── 第26話

 ここからは副団長と聖王国の国王の話しである。


 二人のアーサーは厳かに条約締結作業を進めていく。

 その行事に俺も立ち会っているので、調印見届人の欄にサインすることに。

 最後に蝋を垂らして押印の為に指輪の紋章部分を押し付けた


 押印が終わるまでに一時間も掛からなかった。


「よし、これで修好条約と支援に関する条約の締結は終わった。

 細かい部分は、もっと時間が取れる時にやりましょう」

かたじけない。

 これで我が国は救われます」


 ようやくアーサー王の顔に血の気が戻ってきた。

 エクスカリバー盗られてから、ずっと顔色悪かったしな。


 軍事大国である隣国との条約が締結できれば、心強いのは間違いあるまい。


 もちろん、これを機にルクセイドがヴァレリアを属国化とか目論んだら問題になるが、ウチが元々関わっている案件なので下手に条約を反故にするとルクセイドはオーファンラントと外交問題になります。

 軍事同盟国の顔に泥を塗るならどうぞ。


 ただし、漏れなく俺が敵に回りますって奴だ。

 ルクセイドがそんな外れクジを引きに行く愚かな事はしないと思いたい。


 魔族が出張ってきて、団長やら副団長を籠絡……あるいは洗脳でもしてきたらあり得る事なんだろうけど、そういう能力を持った奴はすでに生きていないそうだ。

 色欲で人を堕落させる悪魔が一人残ってるみたいだけど、それで国を裏切らせるほどの効果が望めるかっていうと難しいし、たった一人では不可能と判断しよう。


 本来なら駆け足で条約の細部を詰める会議に突入するところだが、夕方だった事もあり前日のように急遽晩餐会に突入する。


 周囲の騎士たちは考えもしていないんだろうけど、俺は料理番や使用人、メイドたちがどれほどテンテコマイしているかと考えていた。

 一日だけならともかく二日連続である。

 本来なら晩餐会に関する様々な準備に一週間、料理の仕込みなどは前日とか前々日とかから仕込みをするなどしていたはずである。


 全ては俺が原因なのでちょっと尻拭いくらいするべきかと思う。


 俺は廊下で忙しく立ち働くメイドを一人捕まえた。


「ちょっといいかな?」


 声を掛けたのが話題のオーファンラントの若い貴族だと気付いてメイドは爽やかな笑顔で「何でございましょうか?」と足を止めた。


「厨房はどこかな?」

「は?」


 様相していた言葉と違ったのだろう。

 素っ頓狂な声が返ってきた。


「二日も続けて晩餐会になったんだ。

 厨房は大忙しだろう?」

「はぁ……」


 メイドは未だに脳内が停止中のようだ。


「ちょっと手伝おうかと思ってさ」

「貴族さまが?」

「そう。

 俺は領地では料理長より料理がうまいって言われてるんだよ。

 作る方も味もね」


 俺はニヤリと悪戯っ子のように笑って見せる。


「左様でございますか……

 こちらでございます」


 一応案内してくれるようで助かる。


 案内がてら裏方がどうなってるのか聞いてみる。

 俺の気安さが彼女の貴族フィルターを外すことになったらしく、「どうもこうもないですよー」と若い女の子っぽい態度になってきた。


「突然今夜も晩餐会だって言うじゃないですか。

 料理長は流石に抗議したらしいです」


 どうやら料理長は毎日おいしい料理を作ってくれるのでメイドや使用人たちには人気な人物のようだ。


「そしたらベディヴィアさまに叱られたそうよ」


 ベディヴィア卿というと腹心の一人か。

 確かに他国の貴族を迎えた晩餐会は国の威信に関わる事だろう。

 しかし、何の準備もなくやってきた他国の貴族が、用意不足に関してなじる事はない。

 俺なら絶対しないし、そんな事をする貴族には唾を吐きかけているだろう。


「それは酷いな」

「そうでしょう?

 料理長ったら下級騎士の方たちに頼み込んで肉の調達に出てもらったって聞いたわ」

「協力的な騎士もいるんだね?」

「そんな事ないですわ。

 料理長が後でお金を払えって言われるんじゃないかと心配です」


 金を請求されんのか……

 自分の国が主催の行事ですが?

 普通なら国庫から出るはずだろうに。


 とまあ、聞けば聞くほど騎士たちの悪行が出てくる出てくる……


 俺は途中で伝説のバイオレンス刑事キャラキャラハン刑事(クリント・イーストウッド)みたいな顔になってしまったよ。


 国が衰退していくと内部から腐るもんである。

 この国は特に騎士などの生産に関わらない支配階級の腐敗が酷い事になっているようである。

 当然といえば当然で、国に金のある内は不満はでないが、金がなくなってくると支配階級層の中でも下級の者が割りを食い始める。

 そうなれば彼らも生きていくために生産職などに集り始めるのは自明の理なのだ。


 それを抑制できない上位の支配者の責任、突き詰めればアーサー王の責任なのだ。

 そして、これほどに衰退するまで放置したアースラの責任もあるような気がするのは間違っているだろうか?


 何にせよ、放置すればこの国のは例の黒い点が開く前に来ても不思議じゃない状態だったのだろう。

 それでも騎士という名誉を重んじるものたちが支配者をしている為、崩壊を最大限引き伸ばしていたとは思う。


 これに付き合わされている国民は堪ったもんじゃないだろうがね。


「ここです」

「ああ、案内ありがとう」


 俺はにこやかな顔でメイドの手に銀貨を一枚握らせた。


「これで仲間たちと美味しいものでも食べるといい」


 メイドは手に握らされた銀貨をまじまじと見つめた。


「あ、ありがとうございます」


 突然大金を握らされたメイドが戸惑うもの無理もない。

 自分の一ヶ月の給金の二倍以上を渡されたんだからね。


 俺はメイドに軽く手を振ってから、厨房の扉を開けた。


 一気にムッとした熱気が吹き出てくるような印象を受ける。


 それもそのはずで、広いはずの厨房内は料理人が溢れかえっていた。

 前線の激戦区のような状態なのである。


 それでも扉を開けた若い貴族がいる事に気付いた料理人がいたようで、一人だけこちらに歩いてきた。


「なにか御用ですかい?」


 見るからに屈強そうな強面の料理人である。


「ああ、二日も連続で晩餐だろう?

 困っているんじゃないかと思って手伝いに来たんだ」

「貴族かと思ったが……あんた、どこの騎士家の使用人なんだ?」

「俺? 俺はオーファンラント王国のトリエン領のものさ」


 俺がそういうと強面料理人は「はは~ん」と納得したような声を出す。


「あんた、昨日だか来た貴族のお付きか。

 四人くらいで来られたんだろ?

 話は聞いてるよ」

「ああ、そうだよ」

「んで、外国貴族のお付きさんが、手伝うって?

 料理できるんだろうな?

 というか、やはりお国の料理をあんたの主人は望んでるのか?」

「いや、別にどこの料理でも構わないよ。

 でも、そうだな。今大陸中で流行り始めてる料理は作ってあげられるかな」


 大陸中での流行りと聞いて料理人の片眉が上がる。


「それは剛気だな。

 でも俺の知らない料理なんてあまりないがな」

「という事は、貴方が料理長?」

「その通り。

 俺は城の厨房を預かるエーカーだ」

「これはどうも、ケントだよ」

「で、ケント。

 その流行ってる料理ってのは?」

「天丼、カツ丼とかいう奴でね」

「ドン?

 そりゃ、フソウの食い物じゃねえか?

 伝説の食いもんだ……

 お前、それが作れるのか?」

「まあ、一通りは作れるよ」

「マジか。

 そいつは是非ともメインに出してぇ代物だな!」


 エーカーは天井の方を見つめつつ、晩餐会の献立を思い返して料理構成を考えている。


 そんな時、桶を持った下っ端料理人らしい少年が料理長の後ろを通り過ぎた。

 俺はその桶の中身に目が釘付けになる。

 ここのところケントズゲートに顔を出す機会を逸していた為、底を突いている鰻だったのである。


「ちょっと、そこの君!!」


 料理長をそっちのけで少年料理人を呼び止めた。


「え? なんです?」

「それ、鰻だよね!?」

「ええ、今朝水路の罠に掛かってた奴です」

「俺に使わせてくれ!」


 少年は困惑した顔である。

 俺の隣には中を見つめて何かを思案する料理長がおり、呼び止めた俺自身は貴族っぽい格好なので、何をどう答えていいのか解らないという感じだ。


 その時、「鰻はゼリーに使うんだが?」とエーカーがボソリと言った。

 俺はギギギと音が出そうなほど信じられない者を見るようにエーカーに向き直る。


「君の言うゼリーとは鰻ゼリーの事を言っているのかな?」

「そうだが?」


 この世界にもあったのか……

 不味いものの筆頭として上がるイギリス料理のアレである。

 俺自身、食べたことはないのだが、世界のマズ飯といったらまず出てくるメニューである。

 色々と食べた人の感想をインターネットで調べたところ、日本人は総じて不味いと書いていた気がする。


 鰻をそんなもんに使われてたまるか。


「いや、そのゼリーはキャンセルで」

「何でだ? ウチの自慢の料理だぞ?」

「いや、アレを上手いという奴の舌は信用できん」


 そう言われてエーカーはムッとした顔をする。

 お国料理を否定されて怒らない料理人はいないだろう。

 しかし、俺も意見を曲げるつもりはない。


「俺の料理と貴方が作るゼリー。

 どっちが上か勝負してみるか?」

「いいだろう……吠え面かくなよ?」


 勝負を吹っかけられてエーカーは凄い顔で笑う。

 こういう勝負を彼は好きなようで、久々の機会に嬉しげでもある。


 事の成り行きに厨房内の料理人たちの手が止まっていた。


「オメェら!

 何、手を止めてやがる!!

 晩餐に間に合わねえぞ!!」


 エーカーの怒号に一瞬で喧騒が戻ってきた。


「で……鰻でドンをするつもりか?」

「ああ、それが良いだろうね。

 厨房の隅をちょっと借りるよ」


 俺は厨房の隅にあった少し開けた部分を親指で指し示した。


「構わんぜ」


 そこは本来なら外から搬入された大量の食材が置かれるスペースらしい。

 今はそんな状況じゃないので空いているという事だ。


 俺は搬入スペースを占領し、簡易かまどを四つほど設置して料理を開始する。


 インベントリ・バッグから竈やらテーブルやら何やらと取り出している為、「すげぇ魔法道具もってんなぁ……」とエーカーも目を丸くしていた。

 魔法道具ではないが、そんな事を訂正する意味もない。


 俺は二つのかまどでご飯を炊く。

 二〇合も炊けば問題ないだろう。

 お代わりはナシで。


 ご飯が炊けるまでに、かまどの一つを使って鰻を捌き蒸し上げておく。

 どんどん蒸してバットに並べていく。


 残ってるかまどで鰻のタレを作る。

 材料は酒、醤油、みりん、砂糖。

 慎重に煮詰めていけば、鰻のタレになる。


 これを同時に進めている俺の動きに周囲の料理人はまた動きが止まってしまっていた。

 そりゃ四人に分裂してるんじゃないかという残像を残す早業は驚くよね。


 当然エーカーの怒号が再度飛んだんだけどね。



 そして一時間後……

 出来上がった鰻ゼリーとうな丼の試食。

 エーカーの膝が崩れ落ちた。


 彼の完敗なのは言うまでもない。

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