第32章 ── 第25話

 午後の御前会議に再び呼ばれた為、先の会議場代わりの談話室へと通された。

 集まっているのはアーサー王とマーリン、腹心の騎士たちと前回の深夜と代わり映えのしない顔ぶれだ。


 マーリン以外は眠そうな顔をしているところを見ると徹夜明けですかな?


「まず、宝剣エクスカリバーの奪還に対し、再び礼を述べておきたい」


 俺はオーファンラント貴族式なお辞儀で返礼しておく。


「昨日の状況について正式な記録を残しておきたいので再び経緯を伺いたいのだが……」

「承知しました。

 と、その前にご報告を」


 俺はアモンとフラウロスが成した南部にある元ヴァレリア領土の奪還について報告をした。

 一同が深夜と同様に鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「そ、それは真なのですか!?」

「はい。

 それに付きまして、既に現地の行政官に正式な帰属証明を部下たちが書かせてきています」


 俺はインベントリ・バッグから帰属証明書を何枚も取り出して提出した。

 マーリンがそれを受け取って押された印章や署名などを確認した。


「正式な書面で間違いないようですな」


 満足そうなマーリンの顔にアーサーと騎士たちは顎が外れた顔になっている。


「詳細ですが……」


 俺は大マップ画面をラウンドテーブルの上に大きく表示して騎士たちにも見えるように設定する。

 正確な地図の出現にマーリンも驚いたので少し天狗になりそうになったよ。


「これは……ものすごい魔法技術ですな!」


 いえ、ドーンヴァースの機能です……などとは言えないので笑顔で「古代の遺物アーティファクトです」と言って誤魔化す。

 表示形式が能力石ステータス・ストーンと似ているので神々の力も利用しているのだろうとマーリンは推測を口にしている。


「コラクス、フラ、領土奪還について説明を」

「はっ!」

「承知」


 俺の指示に従い二人の魔族は自分たちが奪還した地域を大マップ画面を示しながら説明する。


「この地域が最後ですので、我が主の指示通りルクセイドまでの領土奪還を終えました」

「うん、ありがとう」


 俺は二人にみんなの前で礼を言う。

 他人の前で褒めるなどのこういう行動が部下に喜ばれる行動だと社会人経験で解っている。

 彼らにしてみれば主に褒められただけでも嬉しいはずだろうけど、他の人の前で褒めるというのは、主の忠実な部下である事を他に示すことにも繋がるのでより一層嬉しいものになるようなのだ。


「とまあ、このようにバルネットに奪われたとされている旧ヴァレリア聖王国領は奪還しておきました。

 国際法上何か問題ありますか?」

「いや、宣言もなく突然の侵攻で奪われたものですので、この書類のみで帰属は完了と見て問題ありますまい。

 あとは他国からの了承を得られれば完了となりますな」

「では、オーファンラント王国がまずは了承致しましょう」


 俺が普通にそう宣言したことで、マーリンの言葉が止まった。

 マーリンは逡巡したようだが「オーファンラント国王陛下の裁可は……」


「事後承諾で問題ありません。

 この件に関しては俺の行動と言動は国王自らの発言として扱われることになっています」

「なんと……」


 今、自分たちの眼の前にいる若造が実はとんでもない権限を強大な軍事大国の支配者から与えられている事に漸く気付いたようだ。


 アーサー王とマーリンが礼を失しないように対応している段階で気づけ、騎士ども。


 アーサー王は王位の他に下界におけるアースラ神の代理として大司教の地位を持つ世界でも最高位の権威と権力を持つ。

 これは神々の使徒の次に高い身分だろう。

 王位や貴族位など、神威に比べれば大したものではないのだ。

 神々は人々の生活にまで責任はないので、大司教などの高位聖職者が政治的な意味では権力を揮わない事になっている。


 その点アーサー王は王位と大司教の身分を兼任しているのである。

 今は弱小国ながら最高権威、最高権力者と言えなくもない。

 なにせシュノンスケール法国が崩壊したので、同位の存在が不在なのだから。


 そんなアーサー王が事の重大さに気づくべきだよね?

 だから脳筋はダメなんだよ。

 レベルアップ時は知力にもいくらか能力ポイントを割り振るべきと提唱したい。


 もっとも、先ほど事後報告と言った通りで王の裁可は正式に後に下りるって事には間違いはないです。

 ただ、必ず下りる裁可なので、俺が断言しても文句は出ません。

 そのように振る舞う旨は、リカルド国王に承認頂いていますので全く問題ないんだけどね。

 なにせ神が後ろ盾なのを国王も知っているので文句言えないってのもあるんで。


 世界の危機なので神の領分って意識なのだろう。

 責任の放棄とか丸投げなんて話になりかねない話だけど、一般的な支配者層には民を守る程度の責任だけを任せたいと思っている。


 レベルも低い王様に世界の危機をどうにかしてくれなんて言えない。

 日本の古い有名RPGでは、世界の危機に際して王様は「ひのきの棒」と幾ばくかの金貨を与えるだけで責任を丸投げするのが伝統だったのだ。


「なので何か他国から抗議があれば我が国が後ろ盾となりましょう」


 と俺が付け加えるやいなや談話室の扉が大きな音を立てて開かれた。


「突然失礼します!」


 一人の騎士が慌てたように入ってきた。


「騒がしいぞ! 何事だ!?」


 アーサー王が厳しい声で叱責を飛ばす。


「失礼を承知の上でご報告いたします!

 ルクセイド王国グリフォン騎士団副騎士団長様、その護衛騎士一〇名がグリフォンに乗り来城しました!!」

「な、何だと!?」


 報告にアーサー王が再び大声を上げる。


「ああ、もう来ましたか。

 夕方くらいになるかと思ってたんだけど。

 さすが副団長、やることが早いな」


 俺が苦笑しつつ呟くと、アーサー王が信じられないものを見るように俺に振り向く。


「貴方様が呼んだのですか……?」

「ええ。深夜の内に報告がてら。

 一応、ルクセイドは我が国と正式な同盟国でありますので、報告と支援要請くらいはしておこうかと思いまして」


 軍事大国である隣国が俺の一声で動いた事に再び場が凍りつく。

 それも軍事大国の権力第二位の実力者が直接動く事態なのである。


「副騎士団長殿に失礼のないようにお越し頂くように!

 それでグリフォンは……」

「場内訓練場に降り立っており、大人しくしていると聞いております!」


 グリフォンの戦闘力は人間の騎士数人分に相当する。

 ここの平均的な騎士でだ。

 一般兵なら二〇~四〇人規模の兵隊が必要になる。

 それが一〇匹とか「洒落にならん」って判断は当然だろうね。

 おまけに空飛ぶし……


「隣国からの支援は非常にありがたく存じます。

 この御恩、一体どうやってお返しすれば……」

「いや、バルネットへの侵入の足がかりとして通行の許可を頂ければ問題ありません。

 例の空の点が原因で何か問題が起きた時、民をできるだけ保護して頂ければ。

 この辺りの状況は各国で連携できればいいんですけどね」

「その様な事は当然の事です。

 その他には……?」

「特に希望はないですね……

 あ、そうそう。魔導鉄道計画に乗って頂ければいいかな?」


 念話で副団長にそんな話しておいたしな。


「魔導鉄道計画……?」

「それは魔法道具の何かですかな!?」


 また新しい言葉が出てきたとアーサー王が顔を青くし、と聞いてマーリンが鼻息を荒くするのが対照的で面白い。


「その辺りは既にルクセイドも関わってまして。

 詳しくは副騎士団長に聞いてもらえれば……」


 再び扉が大きな音を立てて開かれた。


「ルクセイド領王国、グリフォン騎士団副騎士団長アーサー・ゲーマルク殿、お成りでございます!!」


 見れば、首周り、手首部分などの可動部にボアの付いた黒光りする鎧を着た副団長が張り付いたような笑顔で入ってきたのが見える。


 俺の姿をジロリと見てから、再び笑顔になって手を上げてきた。


「よう、ケント。

 予想より早かったろ」

「ああ、少しね。

 予想ではあと数時間は掛かるはずだと思ったんだけどね」

「ケントを少しでも驚かせられたなら、俺の勝ちだな」

「はいはい。

 フェアリーテイルを樽一つ用意しておくよ」

「樽でか!!」


 副団長が心底嬉しそうなので問題なさそうだ。

 気安そうな俺たちのやりとりに騎士たちは茫然自失という感じだ。


 同じアーサーでもざっくばらんな副団長だが、正式な場での立ち居振る舞いは弁えている。

 俺の立場の方がアーサー王より上だと彼は判断し先に挨拶したという事なのだろう。


 状況判断能力の高さは副団長の能力の一つだと思う。

 同盟締結の時も、王や貴族たちの歓待もそこそこにトリエン領に挨拶に来たしなぁ。


「私はアーサー・ゲーマルク、ルクセイド領王国グリフォン騎士団副騎士団長を拝命しております。

 本日は、同盟国の要請により貴国への支援について条約の締結を進める為、正式な使者として参りました」


 キビキビとした動作でアーサー王に跪いて挨拶をする副団長に感心する。


 伊達に軍事強国のナンバー二ではないね。


「突然の来訪ですが、感謝の念に堪えません。

 我が国は現在かなり疲弊しており……」

「存じております。

 付きまして、我が国の商会の出入りなどを許可頂きたく存じます。

 許可を得次第、支援物資、人員などの派遣を致します」


 既に物資や人員の用意をしているという事だろう。

 電光石火の行動力ですねぇ。

 やっぱこの人、有能やわ。


「という事で、ルクセイドも後ろ盾になってくれるでしょう」


 俺はニヤリと笑いながらアーサー王に言い放つ。

 オーファンラントは大陸東側最強ではあるが、国と湖を挟んでちょっと遠い国である。

 バルネットが「そこにある危機」である以上、近場の支援国の方がありがたいのは当然で、アーサー王の顔に少し安心が浮かぶ。


「ほ、本当にありがたい申し出です……」

「あ、お礼とか要らないですからね」


 また礼とかいい出しそうなので釘を差しておく。


「それと今回は南側ですが、北側も奪還しておきますからね」

「北側までも……?」

「そこはルクセイドとの取り決めもありましてね。

 世界樹の森までの領土が帰属させられたら旅程が捗りますから」

「世界樹の森……」


 世界樹の森は凶悪な野獣やら魔獣も多いが、世界樹の森でしか入手不可の素材や物資が手に入るとなれば利益も大きいのである。

 ルクセイドとしてもヴァレリアとしても国益になるのである。


「コラクス、フラ、出来るな?」

「我らに対しては愚問ですな」

「勿論です」

「次は、妾も出ますよ」


 魔族三人衆が出る事になった。

 となれば半日も掛からんな。


「うん、頼むね」


 俺は三人に正式に依頼する。


「では、早々に」


 アモンの言葉を合図に三人が前回と同様に姿を消す。


「彼らだけで……?」


 アーサー王の言葉に、副団長がニヤリと笑った。


「あいつらだろ?

 例の魔族たち」

「ああ、そうだよ。

 アーサー王陛下、彼らはこちら側についた魔族たちです」


 アーサー王も騎士たちも押し黙ったままである。

 魔族に対する嫌悪感、拒否感は簡単には拭えないのである。


「バルネットの影に隠れている魔族どもにも遅れを取りませんし、何の問題もありません。

 というか、あの三人がいれば魔軍の司令官一派四人以外で止める事もできないでしょうねぇ」

「ところで、そっちのは新顔か?」

「ああ、彼はアロケル。

 昨日までヴァレリアに仇成すバルネットの魔族だったけど、昨夜捕まえたんだよ」


 拘束もされてない魔族を見て副団長は剣の柄に手を乗せて警戒モードに入る。


「アロケル、何か問題を起こすつもりはあるかい?」

「滅相もない!

 貴方様の前で何ら問題は起こしません!!」

「なら良し」


 俺は再びニヤリと笑いつつ副団長を見る。

 副団長は呆れ顔である。


「また魔族を寝返らせたって奴か……

 魔族が一切抗えないとか……

 お前、本当は何者だ?」

「言ったらここの人たちに迷惑掛かるよ?」

「じゃあ聞かねぇ。

 つーか、どこで言っても迷惑になりそうだから、喋るなよ?」

「そうするよ」


 俺たちの軽口に他の者たちは戦々恐々のようだ。

 まあ、知られたら人間として生きていけなくなりそうなので、知られるつもりはないんですけどね。


 知られたら、それこそ消すしかない。

 迷惑以外の何ものでもないので、マジで喋らんよ。

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