第32章 ── 第24話

 客間に運ばれてきた朝食を終え、ルクセイドのアーサー・ゲーマルク副騎士団長へと念話をする。


「ぬお!?」


 相変わらず念話は驚かれるね。


「もしもし、副団長?

 ケントだけどー」

「なに!?

 ケントだと!?」

「例の計画進んでる?」

「進んでるも何も、土地は確保済みだし資材の用意も進んでいる。

 そっちも色々進んでるんだろうな?」


 魔導鉄道計画の為、今のルクセイドはフソウ竜王国と共同国策事業として色々と準備を進めている。


「それなんだけど、例の空の点の話は聞いているよな?」

「ああ、何やら不吉な話が出回っているな。

 本当に世界を滅ぼす者とやらが現れるのか?

 神代の時代の人魔大戦ですらそんな話にならなかったはずだが」

「ああ、その神々たちですら逃げ出すレベルの話なんだとよ」

「マジか……」


 眉間にシワを寄せて、それを指で揉んでいるアーサーの姿がありありと想像できる。


「まあ、そっちは俺の方で対策に動いているよ。

 ルクセイドはいざとなったら住民の避難ができるように対策練ってる?」

「レリオンは迷宮に避難するようだな。

 グリフォニアは広大な地下下水道が完備されているから、それを利用できる形にできるようにジョイス家に依頼をしている。

 他の街も似たような手筈は出来ている」


 さすがはアーサーである。

 実務に抜かりがない有能さんだ。


「問題は野生のグリフォンだな……

 こればっかりはどうにもならん」


 ルクセイドにおいて国獣のグリフォンは保護対象である。

 しかし、人間が保護しようとしても野生のグリフォンはコントロールしようがない。


「出来ない事をしようとしても意味はない。

 出来ることを順に熟していくしかないよ」

「そうだな……

 ところで、突然念話してきたが、何の用だ?」

「ああ、忘れてた」


 ヴァレリア聖王国の南の領土を仲間が奪還したので、聖王国はルクセイドと国境が再び接した旨を知らせる。


「は?」


 アーサーは俺の話が理解の外といった感じの声を上げた。


「いや、バルネットが嫌がらせで何十年も掛けてヴァレリアの領土を削りまくってただろ?

 それも魔族を使ってだよ」

「なんだとっ!?」


 アーサーが棘のある大声を上げる。


「トーンを落とせよ。

 耳が痛い」

「ああ、済まん。

 で、その情報は確かなんだな!?」

「ああ、証人の魔族も捕まえてあるしな」


 アーサーが絶句したように瞬時押し黙った。

 俺はついでにバルネットの国内情報を暴露してやる。

 バルネットの王様や上層部が魔族に取って代わられているというのもアーサーには寝耳に水だったようで沈黙は続いた。


 もっとも、バルネットの国民はそんな事を知る由もなく、平和な生活に満足しているという。


 もちろんヴァレリアの国境を削りまくっているような状況も知らないので、奪い取ったあたりの領土民は元々ヴァレリア王国民であり、納税先がバルネットになってただけで何も変わってない。


 そこの行政官をアモンたちにちょいと締め上げさせて、ヴァレリアに帰属させただけなんだけどね。

 それでもきっちりと奪還宣言などを盛り込んだ宣言文を配布して回ったので、一夜にして再統合リインテグレーションが可能だったというワケ。

 元々暇つぶしで奪取されてた地域でもあるので、バルネット側も奪取された地域も手続きがお粗末だったってのもある。

 なので国際条約に則ったちゃんとした手順を踏めば再統合も楽勝だったって事。


「……ケント。

 相変わらずとんでもない事をやらかしているな……」

「そうか?」

「ヴァレリアをダシにしてバルネットと戦争を起こすつもりか?」

「いや、そんなつもりはないし、バルネットも戦争するつもりはないだろうね。

 だからって言ったワケだよ」


 俺は事情を説明する。

 魔族の情報筋によると、俺がアルコーンを倒してからというもの魔族たちの指揮系統は完全にストップしている。

 生前のアルコーンが残しておいた計画に沿った作戦を実行していた奴らもいるが、魔軍参謀がいなくなって全くうまく行かなくなったのである。


 俺と仲間たちがことごとく計画を阻止してしまったというのもあるが、どうやらディアブロが率いる魔族上層部が全く動いていないらしい。


 アルコーンが生きていた時は奴が色々と画策していたのだが、上層部以外の魔族たちは完全に烏合の衆でしかなく、適当に人間に嫌がらせをしているに過ぎないのだ。


「だから、大規模な軍でも動かさない限り強力な魔族は出てこないんだよ。

 もっとも、バルネット軍が出てきたとしても、俺と仲間で蹴散らすけどな」

「おいおい!

 ウチの隣国あたりの勢力均衡を破壊しまくるつもりか!」

「いや、だからそんなつもりはないよ。

 元々ヴァレリアの土地だったところを返してもらうだけだからね。

 取られた場所を取り返すのはヴァレリアの権利はだろ?

 俺らは手伝っただけで、奪い返すのも再統合もヴァレリアの名前でやるって話さ」


 まあ、宣言等は聖王国の事後承諾が必須ですけど、そのあたりはバルネットの行政が杜撰すぎみたいなので有耶無耶にできるでしょ。


「で、ルクセイドはヴァレリアと修好条約とか結ぶ気はない?」

「ウチにメリットがあるのか?」


 それでなくてもヴァレリアは国土が縮小し過ぎて、今では弱小国である。

 アーサーがルクセイドが条約やら同盟を結んでメリットがあるかどうかと心配するのも理解できる。


「話によると北の方も元々ヴァレリアなんだって?」

「そうらしいな」

「ならそこも奪還して世界樹の森にも道を繋げるとするかな」

「ちょっと待て!?

 まさか世界樹の森の権益とヴァレリアは繋がるのか!?」

「鉄道が通れば、フェアリーテイルの安全輸送もできそうだからね」

「!!!」


 アーサーが声にならない歓喜の悲鳴を上げる。


「乗った!

 我がルクセイドもその話に乗るぞ!」


 やはり副団長は酒で釣るのが楽ですね。

 有能さんを釣り上げて仕事を任せまくる戦法が最善でしょうな。

 鉄道は後回しだとしても、まず道を作る工事だけでも重要な案件になりますからね。


「毎回便利に使ってるばかりな気がするけど、色々協力を頼むね」

「出費以上の見返りがあると踏んでのことだ。

 計画が失敗しても、トリエンから補填されるだろ?」

「まあ、そうだね。

 基本的な資金はウチの領土から出すし」

「それなら問題ない。信用貸しって奴だ。

 お前だから貸すんだからな?」

「解ってるよ。

 で、当面なんだけどヴァレリアに物資援助を頼みたい。

 今、ヴァレリア経済は破綻寸前みたいでさ」

「隣国の事だし、今のウチに恩を売っておくのもいい。

 今、ルクセイドは好景気でな。

 それくらいの余裕はある」


 フソウからウェスデルフ、そしてオーファンラントへ繋がる街道の通過点であるルクセイドは物流の総量が膨大に膨れ上がっていて相当な税収が見込めるようになったらしく、国庫に入ってくる金がガンガン増えているのだろう。


「西のエンセランス自治領への警戒も重要だが、北の警戒が減るのはかなり助かるしな。

 これでバルネットが魔族繋がりで国際舞台から転落するような事になれば言う事なしだな」


 最近のバルネットはルクセイドに対しては大人しかったようだが、元々フソウと事を構えるほどの軍事大国なので警戒は怠れなかったそうだし、力が削がれるのは嬉しいのだろう。


「ヴァレリアの話が済んだら俺はバルネットに行く。

 例の空の点の事もあるし、そこの魔族たちと話を付けておきたくてね」

「話をつける……?

 倒すんじゃなくてか?」

「ああ。

 あいつらも滅びの力に対抗する戦力にしたいんだよ」

「おいおい……

 魔族だぞ……?」

「魔族でもだよ」

「それほどヤバイ話なのか……アレは?」

「そういう事だ。

 これは神々も了承済みの案件なんだ」

「神々も……?

 そういや、パラディの街には神の降臨があるんだそうだな……

 神託受け放題か……」


 神が降臨する地だからそういう発想になるんだろうけど……


「そんなに単純な話じゃないぞ?

 神が無条件で信者の願いを聞いてくれると思ってんのか?」

「……確かに……そんな簡単な話じゃないよな。

 なにせだからなぁ……」


 アーサーの言葉に全て要約されていると思う。

 地球のいるのかいないのか解らない神と違って、こっちには本当に神々が存在する。

 下手に神を貶すような事があれば、神の腹の虫の居所次第では神罰が落ちてく世界なのである。

 もちろん、神から要望わがままも同じように神託という形を借りて信者に降りてくる。


 下界の人間は神々のヘソを曲げないように尽くす事が日常なのである。

 神に仕える事を至高と考える信者なら楽しいのだろうが、一般的な人々には神々など恐怖でしかない。


「ま、神々の力を糾合してアレに対処する方向なんだよ。

 魔族も神々に匹敵する力を持っている奴らがいるからね。

 それを利用せざるを得ない」

「利用できればいいがな」


 アーサーの言葉はもっともである。

 人類と魔族は、万年単位でずっといがみ合って来たのである。

 今更仲良く利用しあえるような関係になれる保証などない。


「できそうに無いことをやってのける。

 それが冒険者ってもんだ」

「お前が言うと真実味がある言葉だが、ウチの出来立てのギルドの冒険者どもはまだまだ頼りねぇな」


 呆れたような声でアーサーは愚痴をこぼす。

 いい冒険者が育ち始めるとギルドがある地域の治安も良くなっていくのだが、できたてギルドの冒険者は性質が悪い事が多いので、かえって治安が悪化するのである。

 その愚痴が漏れて出たって事だ。


「そりゃ、何年も掛けて育て上げなきゃならない奴らだからな。

 突然有能な冒険者が湧いて出るなんて事はないよ」

「確かに。

 やはり人間育てるにゃ時間が必要だな」

「その通り。

 だからいい冒険者が育つまで世界を守らにゃならんのよ」


 おっさん臭いセリフにアーサーが吹き出す。


「お前は世界の一大事を些末な事のように話してる自覚ないだろ?」

「いや、このくらい楽観的に扱ってないと震えが止まらなくなるからね」

「お前がか?」

「そうだよ」


 俺の返答にアーサーが爆笑し俺も釣られて笑ってしまった。


 一頻り笑い合ってから話に一区切り付けた。

 アーサーは今日中にヴァレリアに来ると約束した。

 修好条約や物資支援条項などについて、こっちのアーサー陛下と話し合いに来るという。


 彼も相当に腰が軽い人物だよね。

 オーファンラントとの同盟の時も彼自身が来てたし。

 それが出来るのもグリフォンという空の移動手段があるからだ。


 何にせよ、二国間の条約が成れば、この二国を防波堤として、バルネットが国としてどう動こうと抑制が可能になる。

 万が一戦争になってもどうとでもなる体制にしておくのは重要だろう?


 適当に話している風を装って、しっかりと戦略を練っておいた。


 まるで孔明みたいじゃない?

 ティエルローゼの諸葛亮とかいう厨二病的二つ名を名乗ってみるのも悪くないかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る