第32章 ── 第23話
部屋に戻ってアラクネイアに先ほどの糸をサンプルとしてもらい研究してみた。
科学的に物質構成を調べることはできないので、神の目を使って性質を考察をする。
やはり基本的な物質構成はニトロセルロースだろうと思われる。
もちろんニトロセルロース以外の物質も含まれているのだろうが、ほとんどはニトロセルロースで間違いないだろう。
しかし、ニトロセルロースを縄状にしたところで引き千切れないほどの強靭さは生まれない。
一瞬で燃え消える性質があって安定した強靭な物質など俺は知らない。
となれば……
なるほど、魔力によって強化付与されているような感じか。
こういうモノを魔法詠唱なしに体内で作り出せるのは、魔族の特性って事かもしれない。
特性というより魔法の一種……原初魔法なんだろう。
原初魔法は魔法の元みたいなモノらしいから詠唱も必要ないし、イメージ通りの効果を生み出すことができる。
もちろん、自由自在に何でも出来るワケではない。
アラクネイアの場合、体内で糸に関する事に限定した原初魔法が無意識に使われているのだろう。
これは、それぞれの魔族の創造に関わった神々から与えられた
俺たちの言うユニーク・スキルに相当すると考えればいい。
ユニーク・スキルは完全ランダムだし、与えられたユニークの名前によって効果は限定的なので、魔族たちの
ドーンヴァース製だけに効果は限定的だしなぁ。
原初魔法の考察は置いておき、アラクネイアの糸の利用法を考えよう。
腕に装着したリストコンピュータを機動し、工房のサーバに接続する。
そしてドーンヴァース経由で地球のインターネットに接続して無煙火薬について検索する。
案の定、フラッシュコットンをベースに無煙火薬を作る製法が一番簡単だな。
目の前にそれに相当する物質があるしな。
こいつがニトロセルロースと同等の性質を持つこと期待して開発するとしよう。
さて、無煙火薬を作り上げる為に必要な物質として上がるのが、ニトログリセリンだ。
例のアレですな。
一滴地面に落とすとバンッて爆発するって奴。
厨二病としては面白いけど、簡単に手に入るもんじゃねぇよな。
狭心症とかの特効薬らしいけど……
俺はしばしば考察を進める。
この世界でニトログリセリンを手に入れる方法は?
ニトログリセリンは、硝酸と硫酸を混ぜてエステル化する事で作られる。
これはニトロセルロースやニトログリコールの製造方法と似ている。
それぞれで分量とか微妙に製法に違いがあるが、基本はさほど変わらない。
という事は硝酸と硫酸が必要になるのか……
思考実験を繰り返しているとアラクネイアがお茶を入れてくれた。
そのお茶を手に取りグビリと一口だけ喉に流し込む。
いいお茶の香りが鼻腔を通り抜けリラックスする。
砂糖とミルクを加えてクルクルと掻き回して再び飲んだ。
ん……混ぜる……か……
考えてみれば、数は少ないけどドーンヴァースや他のゲームには酸系の魔法が存在する。
例を挙げれば
基本的に酸系魔法は派手さに欠けるし、即効性も低い。
一瞬で片が付く火炎系などに比べられたら仕方がない。
あまり取得されてないのはゲームという性質による為だろう。
この世界の魔法の書にもそれほど記述が無かったので、こっちでも人気がないんだろうな。
しかし、化学反応とかを利用して物質を作り出すとしたら、非常に有用な魔法群なのではないか。
錬金術には必須の系統魔法だと思うね。
もしかしたらフィルなら詳しいかもしれないが、旅先なので協力してもらうのは難しい。
だからといって酸系魔法を客室で実験するのも気が引ける。
飛び散ったら豪華な内装が大惨事だしな。
仕方がないので思考実験で我慢しておこう。
一応、酸系魔法は水属性に分類されるのだが、一部他の属性に酸系の
風属性と水属性を使って
これら酸系の
これは酸という物質の種類が変わるのではないだろうか?
低レベルなら微酸だし、最高レベルなら何でも溶かす。
レベルにって生成される酸の種類が違うと考えられる。
レベル一は酢酸とかか?
石鹸作った時に水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを作ったが、アレは皮膚を溶かしたり爛れたりさせる物質だけど酸系物質ではない。
強塩基って系列だな。いわゆるアルカリ性物質で逆の性質。
酸系魔法は弱酸とか強酸って奴の事だろう。
硫酸、硝酸とかが強酸の部類になる。
この他にも弱酸、弱塩基などもあるそうだが、ニトログリセリンを作りたいなら強酸一択である。
酸製造実験は後々するとして、ニトロセルロースとニトログリセリンを混ぜただけでガンパウダーになるのかというと違うみたいだ。
こういった無煙火薬には、シングルベース、ダブルベース、トリプルベースといった種類が存在し、用途によって使い分けられる。
小火器系で使われるのはシングルベースで、ダブルベースやトリプルベースは火砲などの大型兵器に多様されているそうだ。
となれば、俺の目指すはシングルベース。
主成分はニトロセルロース、その他物質としてジニトロトルエン、フタル酸ジブチル、ジフェニルアミン……
必要な物質が多すぎる……
ジニトロトルエンは燃焼に持続性を持たせる為に混入されるようだ。
途中で燃焼が止まっちゃ困るからな。
フタル酸ジブチルは焼食を抑える為に使われている。
火薬の爆発で銃の内部が燃えて劣化するのを防ぐのが目的らしい。
銃の耐久度が著しく減少するのは大問題だもんな。
ジフェニルアミンに至ってはシングルベース火薬に絶対に必要な物質だが、アラクネイアの糸を主成分として使う場合には全く必要なくなる。
ジフェニルアミンは安定剤として使われる物質で、本来なら放っておくと勝手に分解が始まってしまうニトロセルロースの分解を防ぐ事に使われているからだ。
普通の弾薬なら寿命を延ばす為に必須なのだ。
しかし、アラクネイアの糸は自然崩壊などしない。
この辺りはアラクネイア本人から「一〇〇〇年は保ちます」と自信満々な意見を聞けたので問題ない。
さて、そうなると問題は二つ。
ジニトロトルエンとフタル酸ジブチルの件だ。
よく考えてみればフタル酸ジブチルに関しては、これも排除できそうな気がしている。
焼食反応を解決すればいいなら、魔法金属を使えばいいじゃない。
アダマンチウムは重いし高価すぎて現実的じゃないが、俺の領地やファルエンケールであればミスリルがお手頃価格で用意できる。
もちろんハンマール王国も量産体制を作ってくれるだろう。
ミスリル市場は暴落するかもしれんけど、製造に魔力が必要なので金や白金よりは安くなりようがないので、ある程度のところで安定すると思う。
よし、問題は一つになったぞ。
火薬の持続性を維持する為にどうしても必要である。
しかし、化学合成するほどの物質も装置も知識も乏しい。
ぶっちゃけ危険物質なのでインターネットに詳しい製造法が載っていないのだ。
お手上げである。
ああ、物質を好き勝手に作れたらねぇ……
俺は手の平を広げて、それをジッと見ていた。
ふと見ると、手の平に少量の黄色い物質が載っていた。
ん? 何だこれは……?
黄色い物質をインベントリ・バッグへ入れ、ショートカット設定画面を開き、物質にカーソルを合わせてみる。
『ジニトロトルエン
火薬の緩燃剤として使われる物質。
有毒性が高い為、取り扱い注意』
俺は目を閉じて上を見上げた。
そうだった。
俺は創造神の後継者だった。
望んだ物質を作るくらい訳ないんだった……
色々神の力を使わないようにするのに気をつけ過ぎてて、自分の神としての本質を忘れてしまっていた。
無から有を作り出す事に長けた存在としての自覚をもっと深めるべきだったな。
思考実験が一段落したところで、必要な物質を大量に用意してインベントリ・バッグへ仕舞う。
え? ガンパウダーそのものを作り出せばいいって?
完成品を作り出すための力と、元からある程度材料が用意されている状態では、神力の消費量が全然違うんだよ。
最近は地球から大量の神力を送ってもらえるようになったが、世界を滅ぼす厄災の到来の為にも無駄な神力を消費するのは避けたい。
普通の神力消費と違って、創造に関する神力消費は尋常ではない量が必要なのでね。
自分の労力でできる事は人力でどうにかするべきなのだ。
もっとも化学が遅れているこのティエルローゼでは、手に入らない化学物質が多すぎて色々と創造神の力に頼らざるを得ない気がするが……
何にせよ、創造神の力の乱用は俺の存在を著しく損なう可能性があるので、今後も控えたい。
まあ、神力ないところで乱用したからハイヤーヴェルは消えかかってしまったんだろうと推測するけど。
マジで何も無いところに惑星系を作るとか正気の沙汰じゃないからなぁ。
それだけ地球を愛してくれていたと考えれば悪い気はしないが。
思考事件が一段落ついた頃、東の空が明るくなってきた。
結構時間が経っていたんだなと思っていると、音もなく窓が開いて二人の魔族が帰ってきた。
「只今戻りました」
アモンはそういうと俺の前で跪いた。
「進捗は?」
「滞りなく確保を完了致しました」
さすがはアモンではる。
「お疲れさん。助かるよ」
俺の労いの言葉にアモンが凄い嬉しそうな顔をする。
振っている尻尾が見えるがごとくね。
……そうか。アモンって何となく犬っぽいんだな。
顔とか大鴉な気がするが、犬か……
ふと見るとフラウロスが、部屋の隅で小さくなってうつらうつらしているアロケルを凝視していた。
「ああ、そいつなんだけど」
「中級魔族を捕らえていらっしゃったのですかな?」
「エクスカリバーの奪還のついでにね。
もう一人ウヴァルってのがいたんだけど、アラネアがやっちゃった」
俺が苦笑するとフラウロスは頷いた。
「それは良うございました。
ウヴァルは知らぬ内に懐に入ってくる厄介者。
排除できたなら
さすがはアラネア殿ですな、おみごとです」
アラクネイアはフラウロスに褒められて照れるどころか、その大きな胸を張って俺の目のやりばを困らせる始末である。
そんな喧騒に気付いて目が覚めたアロケルは、眼の前にカリス四天王の内の二人がいる事に気付いて目を見開き、顔面を青くしていた。
「武のアモン様が……?」
その囁きにアモンが目を細めてアロケルを見た。
「失礼ながら、現在私はケント様の次席執事でございます。
その名も今は封印しておりますので、ご使用なさらぬように。
私のことはコラクスとお呼び下さい」
言葉自体は丁寧だが、声色に含まれたモノはそんな生易しいモノではなく、有無を言わせぬ性質を帯びていた。
アロケルは、無言でブンブンと首を縦に振るしかなかった。
さてと、一応俺たちがやるべき事は殆ど終わったな。
後は昼くらいにあるだろう御前会議で報告すればいいかな?
それまでにルクセイドの副騎士団長に話を通しておくとしようか。
そういや副騎士団長も「アーサー」でしたな。
ダブル・アーサーで縁起が良さそう。
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