第32章 ── 第22話
暗闇の中を三人で疾走する。
全力ではないにしろ、俺に付いてこれるとは中々やりますな。
レベル五〇手前にしては身体能力が高いといえるが、魔族の基礎能力値の高さ所以だろうか。
一時間ほどでヴァレリアの首都ヴァレリアントの明かりが見えてきた。
俺は城壁から数百メートル手前にある林から出ずに足を止めた。
それに倣ってアラクネイアとアケロルも止まる。
「アロケル、あの城壁を飛び越えられるか?」
「さ、さすがに無理です……」
「ふむ……」
「では妾が」
アラクネイアはそういうと手の平からアラクネーの糸を放出してアロケルをグルグルと縛り上げる。
アロケルは「ひぇ……」と言葉にならぬ悲鳴を上げるが、アラクネイアに「静かになさい」と静かに一喝されて必死に口を噤んだ。
アラクネイアはアロケルを縛り上げると巨大なリュックのように背中に背負った。
全く重さを感じていないような身のこなしだ。
淑女然とした彼女に反した姿に少し面白く感じた。
俺が笑っているのに気付いたか、アラクネイアが面白くなさ気にアロケルの足あたりに後ろ蹴りを炸裂してアロケルが「いたいいたい!」と泣き言を漏らす。
このまま続けているとアロケルの下半身がボロボロになりそうなので、掛け声を開けて城壁へと疾走する。
城壁の五〇メートルほど前で全力跳躍……
城壁の一〇メートルほど上空を綺麗な弧を描いて飛び越える。
城壁の上では衛兵たちが松明を片手に巡回しているが、俺たちに気付いた気配は微塵もない。
俺は殆ど音も立てずに地面へと着地するが、アラクネイアは全く音を立てないで降り立っている。
さすがは
残念なのは背中のアロケルが一々「ひっ」とか「ぎゃっ」とか言っている事だ。
口も塞いでおけばいいのになと思ったのは秘密だ……
アラクネイアは俺には制限なく甘いのだが、気に入らない奴には非常に塩対応なので基本的にS気質なのかもしれない。
物思いに耽っていては巡回の衛兵に見つかるので、首都を出た時と同じように闇に紛れつつ王城に急いだ。
王城の城壁も軽く飛び越えて、再び外に出てきた時と同じバルコニーに飛び移る。
今回は殆ど音も立てずに登れたぞ。
そういや、「ステルス」スキルを手に入れてたんだよな。
コレを発動していれば気配とか簡単に音も気配も消せるんじゃないか……?
気付いてみればガッカリ案件ではある。
我ながら自前であのスキルに勝とうとかアホ過ぎる。
持ってるのにね。
まあ覚えたてってのもあるし存在を忘れるのは仕方ないか。
談話室の中を覗くと依然と同様騎士たちが腰を掛けている。
一人だけローブ姿の爺さんがいるのだが、どうみても
アーサー王といえば、マーリンですかね?
俺はバルコニーの扉を音を立てるようにして開ける。
中の騎士たちが何故か緊張しているようなので、音を立てずに開けると却って驚かせそうな気がしたからだ。
それでも殆どの騎士たちが飛び上がるように身体を揺らしたので、あまり効果は無かったと再び反省する。
「戻りましたよ」
その言葉にアーサー王だけが「え!? もうですか!?」と驚いている。
他の騎士たちは言葉もないといった風情だ。
「はい。無事に取り戻してきましたよ」
俺はインベントリ・バッグからエクスカリバーを取り出してラウンド・テーブルの上に置いた。
途端に騎士たちから「おお……!!」と感嘆の声が上がる。
「一体どうやって……」
そういうアーサーの前に糸にグルグル巻きにされているアロケルがドサリと降ろされた。
「お前は……!!??」
アーサー王の腹心数人が悲鳴にも似た声を張り上げて剣に手を掛けた。
「やめい!!」
俺の威圧が乗った静止の言葉に騎士全員が金縛りに合う。
レベル一〇の威圧スキルは相変わらず尋常ではない。
歴戦の騎士たちがこのザマですからな……
「ほっほっほ。
貴方様の威圧は魔法にも似た力がありますな」
好々爺然とした老人がにこやかに話しかけてきた。
「お初にお目にかかりますね。
マーリン殿ですか?」
「ご明察恐れ入ります。
両の手を胸の前に交差させて恭しく頭を下げるマーリン。
何で大杖が直立不動のまま倒れないのかが謎です。
俺は気取られないようにマップ画面にあるマーリンの光点をクリック。
『名前:マーリン
職業:
アーサー王に使える筆頭宮廷魔術師。
彼の相談役であり、軍事顧問でもある。
魔法の腕は人族でも最強を誇るが、表舞台に出てくる事は殆どない秘密主義者』
秘密主義者ね。
だからパーティの時にいなかったのかな。
というより、あの時俺たちを監視していた者たちの一人だろうなぁ。
高レベルの
王の参加するパーティだし、魔法で防御しているのかと思ったが、彼が何か仕掛けていたんだろう。
それにしてもレベル六〇か。
人類におけるレベル上限だよな。
さすがはマーリンと言うべきか。
「強力な
お目に掛かれて光栄に存じます」
俺は返礼としてオーファンラントの貴族式のお辞儀をする。
マーリンの目が油断なく様子を伺っている。
「ところで……
そこの簀巻きにされた者は魔族でございますね?」
「その通り、アロケルという魔族です」
マーリンは何やら呪文を唱えはじめる。
少し長いが、
最近
あれよりも術式が単純だし精度は落ちるかもしれないが……
「人物鑑定かな?」
「お察しの通りです」
魔法を掛け終わったマーリンはアロケルの情報を読み取りながら頷く。
「なるほど……レベル四九の魔族ですな。
名前はアロケル……
特殊な能力は……目を合わせた者に死に様を見せる?
報告の通り、エクスカリバーを奪った魔族どもの特徴と一致しますな」
アーサー王は「言われるまでもない。顔を覚えておる」と厳しい顔つきで言い放つ。
「クサナギ辺境伯殿、我が国の宝剣を取り戻してくれた事、感謝に堪えない。
その魔族も我々に引き渡して頂けるのでしょうな?」
王の威厳にも似た厳しい視線をアロケルに落としたまま、アーサーはアロケルの身柄を要求した。
「いや、お断り致します」
「なんですと……!?」
「不敬な!!」
複数の騎士たちが俺の言葉に憤ったようで立ち上がる。
「魔族ですぞ……
庇い立て致すのですか……」
アーサーは驚きつつも騎士たちを制して座らせ、抗議の言葉を俺に放つ。
「アーサー王陛下の国では、戦時捕虜を自らの恨みの為に奪う法があるのですか?」
この世界における国際戦時法を用いて、彼の主張に痛烈なしっぺ返しをする。
戦時捕虜は、捉えた者に全ての権利がある。
殺すも身代金を要求するのも捉えた者の自由であり、その権利は王ですら犯すことが出来ない。
万が一、権利を侵害した場合、それなりの賠償金を支払わねばならないのだ。
魔族といえどレベル四九の捕虜を奪ったりした場合、賠償金の額はとんでもない事になる。
あの伝説の冒険者たるトリシアですら出会った頃にレベル四一だったのだ。
レベル四九なら国家を潰せるほどの賠償金になる。
レベルは鑑定したマーリンの口から出た為、この国の中では完全に保証されてしまった情報なのである。
「し、しかし……
もちろんそれ相応の額で買い取る心積りはあります」
「いや、金額の問題じゃないんですよ」
「金額の問題ではない……?」
アロケルはバルネット魔導王国内の情報を詳しく持っている存在である。
これから潜入するであろう俺たちが必要としないワケがない。
情報は力である。
情報なくしてどうやって侵入するというのか。
力技で?
美しくないし、無用な命を奪わなければならないなんて俺の主義に反する。
というか、これからやってくる破滅に対するに、どんな力も必要になるのだ。
魔族であれ古代竜であれ、一つとして無駄にするつもりはない。
「魔族すら利用するおつもりなのか……」
信じられないという顔のアーサー王に俺はニヤリと笑う。
「魔族ですら利用しなければ、上空のアレから出てくる厄災に対する事はできないのですよ。
それが神々の意向です」
神々というより創造神のなのだが。
神界の神々ですら四〇〇〇〇年もの間、魔族を根絶やしにしなかった。
それは力ある存在を滅する事を是としないルールからだろう。
それが人類や世界を破壊しようと画策する者たちであれだ。
何に備えてなのかは明白である。
神々はいずれやってくるヴリトラの為に「力こそ正義」の世界を維持してきたのである。
魔族ですら滅ぼされるよりも神界や人間と手を取りあう事を選択するのではないか?
俺はそう考えてアロケルを生きたまま連れてきたのだ。
ここで彼らに渡しては確実に処刑されてしまうだろう。
積年の恨みという奴は結構根深いもんだからな。
「ご不満であれば、奪いますか?」
にっこり笑って俺がアーサー王だけでなく騎士たちにも向けて言うと彼らはそれぞれが目を合わせつつ迷った表情をする。
アーサー王とマーリンは「とんでもございません」と間髪いれずにその気はないと宣った。
「ご不満な方もおられるでしょうし、明日にでもその辺りは解消しましょう。
奪えるとお思いの方は、明日の午後に訓練場へ集合して下さい」
王城の中庭が訓練場になっているので、決着はそこで着けようと俺は宣言しているワケだ。
後顧の憂いは払っておくに限るし、禍根を残しては後々色々と問題が起きかねない。
「それでは、我々は一度部屋に戻らせて頂きます」
俺はアロケルを軽く持ち上げて肩に担ぐ。
「あ、ご心配なく。
彼には禁忌の魔法を掛けてありますので、逃げも隠れも暴れもしませんので」
拘束されているにしろ、魔族を牢にも入れないという部分に不安そうな顔をした騎士たちに俺は笑いかけつつ言った。
マーリンは察したように騎士たちに対し「閣下の言う通り、あの魔族は辺境伯殿の魔法による支配下にある」と宣言した。
「では、ご機嫌よう」
俺はそういいつつお辞儀をして談話室を退室した。
アラクネイアも黙って付いてくる。
部屋に戻るとアロケルをソファの上に転がす。
「この糸ってレベル四九の魔族でも引き千切れないんだと思うけど……」
「ご安心下さい。
燃やせば一瞬で消えますので」
「燃や……」
パチンとアラクネイアが指を鳴らすとアロケルはボワッと火に包まれた。
「おうっ!?」
突然の事に変な声出た。
だが、火は一瞬で消え、アロケルには火傷すらないようだった。
彼も悲鳴を上げる暇すら無かったようでビックリした顔のまま固まっていた。
なんか見たことある気がする……手品とかで。
フラッシュコットンとか綿火薬って奴だっけ?
アラクネイアは自分の糸にそういう効果を付与したって事か?
ああいう効果を自由自在に付与できるとしたら、色々捗りそうな気がするのだが、他のアラクネーも同様のことができるのだろうか?
アラクネイアだけの能力なのかな?
アラクネーの全員ができるなら、大量生産もできる気がする。
後で聞いてみるとしよう。
あの爆発的な燃焼力は魅力的な媒体である。
トリシアが使うバトルライフルは魔力を使う為、一般人が使うには敷居が高いが、こういう火薬を使った銃器を作ることができれば、いろいろな場面で使えそうな気がするのは俺だけだろうか?
もちろん銃器を作るとなれば犯罪や戦争に使われそうな気もするが、これから来る厄災と戦う為にも武器はあった方が良いと思うんだよ。
要は使いようである。
一般人にも戦わせるのかと言う奴もいるかもしれんけど、この世界の存続は本来現地人どもの責任であって、俺には何の関わりもない。
もちろんヴリトラが地球に攻めてくる危険性を考えれば、ティエルローゼを盾に使うという俺の狡い目論見がある以上、俺の責任でティエルローゼを守らねばならないとも思う。
だが、何もせずに守ってもらうって立場だけしか与えられないのは、ティエルローゼ人たちの矜持を蔑ろにする事でもある。
彼らにも「戦う」という選択肢は与えるべきではないだろうか?
その為の手段を用意してやる……そんな責任の果たし方もあるという事だ。
色々言ってるけどフラッシュコットンが銃の火薬として適しているのかとか色々実験しなければばらんので、ヴリトラに間に合うのかは謎だけど。
これもただの思いつきってだけだし。
準備時間はまだあるし、この世界を守るためにもは色々な手段を模索しておきたいんだよ。
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