第32章 ── 幕間 ── アーサー王と魔術師

 一本の剣が載せられたラウンド・テーブルの周りで騎士たちは唸っていた。


「ほ、本当に我らが神の佩剣と同等なのだろうか……」


 騎士の一人の囁きに誰も否定も肯定もできなかった。


「騎士といっても、こういう時に頼りないものじゃな」


 自分たちを蔑むようなセリフに騎士たちは一斉に入口へと鋭い視線を向ける。

 そこには緑色のローブに同色の三角帽子、地味な樫の木の大杖を突いた老人である。


「マーリン、この剣をどう見る?

 それとあの御仁の言葉は……」


 最後まで言葉を続ける勇気は騎士王アーサーにはない。

 彼がどこの貴族であろうと関係ない。

 彼の力を疑う事は、ヴァレリア聖王国の守護神である英雄神アースラを疑うに等しいからである。


「そうじゃのう。

 まず、かの御仁じゃが……

 鑑定不能じゃ」

「鑑定不能……?

 マーリン殿が?」


 ランスロット卿の動揺する言葉に周囲の騎士たちも賛同する。

 この魔術師マーリンは、あのペガサスの魔女に匹敵する魔法使いスペル・キャスターなのである。

 国防上の作戦の立案や実行は彼の双肩に掛かっており、数多の勝利で彼の人生は彩られている。

 マーリン自身はその手柄を「年の功ですじゃ」などと謙遜の言葉でお茶を濁しているが、噂に聞く東の伝説の英雄と肩を並べる能力とレベルを備えているとこの国では信じられている。


「それは彼の言動と能力が見合っていない、何を考えているか解らないという意味か?

 それとも彼の者は貴殿の能力を超えているという意味か?」


 前者は東の大国の貴族の能力を疑い侮った意味である。

 後者は言わずもがな。


「いずれ後者であろう。

 我はパーティ会場の隣の部屋から様子を伺っておったし、鑑定魔法を使った事すら気づかれてはおらんと思う」


 当然だろう。

 鑑定魔法は基本的に受動的な魔法だ。

 呪文を唱えるので能動的に見えるかもしれないが、物品や人物が自然に発する何等かの力を読み取っているだけなのである。

 それが魔法であれ生命エネルギーであれやることは一緒である。



「じゃが、魔法は発動しておるのに儂の心に何も投影されんかった。

 こんな事は彼の魔女殿とお会いした時以来の珍事じゃ」


 騎士たちに戦慄が走る。


「ソフィア・バーネット殿に匹敵すると申すか!?」

「いや、ソフィア殿の時とは少し違うのう。

 儂はソフィア殿の職業クラスは読み取れたでな」


 だからこそ、彼はただの魔法使いスペル・キャスターだった頃から魔術師ウィザードを名乗っていたのだ。

 彼女と肩を並べても恥ずかしくない自分になれるようにという彼の決意の現れである。


 今では本当に魔術師ウィザードという職業クラスになっている。

 齢九〇にしてようやく到達した境地に彼自身は「魂が震えた」と言っている。

 現在そこから更に二〇年ほど歳を重ねて、より強力な魔術師ウィザードとなっている。


 そんな彼の作戦を無事に遂行できなかった為にエクスカリバーを奪われるなどという失態を犯すことになったのだった。


「クサナギ辺境伯殿からは何も読み取れなんだ。

 彼の部下たちもじゃ。

 これは尋常ではない事じゃぞ。

 儂は今、レベル六〇まで上がっておる。

 彼らはそれをも上回るという事じゃろう」


 ソフィアもマーリンよりもレベルは高かったと思われる。

 当時の彼はレベル四〇そこそこ。

 特殊能力「全てを見通す者」を持つ彼だからこそ、ソフィアの職業クラスを看破できたのだろう。


 現在はそこから二〇もレベルを上げているというのに鑑定において全く刃が立たないというのは起こってい良いレベルの珍事ではないのだ。

 それを肌で感じているのがマーリンただ一人という事なのだ。


 マーリンはこの頃、よもや自分が死ぬ前に国がなくなる事になるのではないか……という不安と戦い続けている。

 それほどに魔族たちは狡猾、そして強いのだ。


 マーリンにも見通せぬ者の出現に騎士たちは色めき立っているが、彼はそんな事は放っておいて言葉を続けた。


「じゃが、その剣なら解る」


 マーリンはラウンド・テーブルの真ん中に鎮座する十拳剣トツカノツルギに指を向ける。


「パーシヴァル卿」


 マーリンに静かに呼ばれた騎士は、一瞬自分が呼ばれた事に気づかなかった。

 となりの騎士に肘鉄を食らってようやく気付いた。


「え? 私ですか?」

「そうじゃ。

 卿はパーティで自分の剣を辺境伯殿に自慢しておったの?」


 パーシヴァル卿は顔を赤らめて「あ、いや……」などと曖昧な返事をしつつも最後には「はい……」と認めた。


「ランスロット殿、その剣を構えて下され」


 ランスロットはマーリンに言われるがままに十拳剣トツカノツルギを構える。


「貴殿は自慢の佩剣でその剣を凪げ」


 顎で促されパーシヴァルもランスロットも狼狽えた。


「マ、マーリン殿!?

 な、何を申される!?」

「そ、そうですぞ!

 もし刃が欠けでもしたらどうするおつもりか!!」


 二人の騎士の怒号にもマーリンは身動ぎ一つしない。


「貴殿たちの言動は些か問題じゃのう。

 彼の御仁と我らが主アースラ様すらも侮るものじゃな」


 国教神の名を出され、両騎士は身を固くした。


「そうだな。

 私は、我が主からの天啓を受けた。

 辺境伯殿と神、そして神託の神官オラクル・プリーストたる私の三者で話したのは間違いない。

 そこで我らが神は申した。辺境伯殿は、神々の思惑の通りに行動しているのだとな」


 と言わないところに騎士たちに混乱をさせない意図が読み取れた。


 神々の意向という言い回しは、神託史上でも殆どない言葉である。

 神託の神官オラクル・プリースト界隈では、神々の意思と彼の者の意思に違いがないという意味にも繋がるからである。


 神託の解釈によってか、辺境伯は神々の意思の元で世界の安寧を守る旅をしているという事になる。

 それこそは、我らが円卓の騎士たちの生き様に繋がるのだ。


 建国以来数百年。

 そんな生き様を貫かんと外へ出た騎士たちは何人もいる。

 だが、世界に名を馳せて凱旋した者は皆無。

 騎士ではない者たちの名は届く。


「我ら騎士たちのなんと歯がゆいことよ」


 この言葉は一〇代目の国王が死の間際に残した無念の言葉としてヴァレリア聖王国に伝わっていた。

 およそ三〇〇年ほど前の事である。


 隣国たちの争いを諌めることも、そして悲嘆の王女を救うことすら出来なかった王の言葉なのだ。

 彼の国々は今では一つになり、その悲しき物語は今でもその国の中で語り継がれているという。


 しばしの沈黙。


「パーシヴァル卿、心配は無用じゃ。

 その腰の者を振り上げて力いっぱい切り落とせ。

 もし、刃に何かあれば、儂が責任を持とう」


 マーリンの言葉にパーシヴァルは覚悟を決めた。

 もし彼の御仁の剣がこぼれても自分の責任にならないなら躊躇する必要はない。

 万が一自分の剣がこぼれたとしても、マーリンが弁償するならパーシヴァルに何の損もないのである。


「では、参る」


 パーシヴァルは自分の佩剣であるミスリル剣を引き抜くと電光石火のスピードで十拳剣トツカノツルギへと振り下ろした。


──キンッ……


 澄んだ金属音が短く鳴った。

 パーシヴァルの腕には金属と金属がぶつかった瞬間、少しだけ衝撃が伝わったが、その後はバターを切ったようなヌルリとした感触しか手に残らなかった。


 パーシヴァルは「しまった」と眉間にシワを寄せる。

 目を閉じて剣を鞘に収めるいつもの動作に入るが、剣の切っ先が鞘に当たる感覚がない。

 不審に思って目を開けて鞘に視線を落とした。


 以降、彼はこの事を「生まれて初めて真なる衝撃を受けた」と自慢話として酒の席で語りまくる事になるが、それはまた別の話である。


「ば……かな……」


 彼の視線の先には、刀身のないミスリル剣があったのである。

 この出来事に周囲の騎士たちですら口を開く事ができないでいた。


「パーシヴァル卿の剣の腕なら当然の事じゃろうな」


 本来なら辺境伯の置いていった剣が真っ二つになっていたはずなのだ。

 彼の自慢の剣は金貨にして二〇〇〇枚もしたハンマー家製のミスリル・ロングソードだと伝わっており、パーシヴァル卿ご自慢の剣だった。


 いかな伝説的な剣であっても、名高きドワーフの巨匠が生み出したミスリル剣が不覚を取る事などあり得ない。

 ましてや真っ二つにされるなど……


「剣の腕がなければ刃毀れ程度で済んだやもしれんが、卿の腕は皆も知る所。

 まさに真っ二つじゃな」


 マーリンがほっほっほっと面白げに笑った。


「剣の鑑定結果じゃが、この剣は元々アースラ様が使われていた剣らしいのう。

 今、アースラ様が帯びている天叢雲剣アメノムラクモノツルギの前に使われていたらしい」

「では、やはりこの剣は……」

「うむ。

 彼の御仁がアースラ様から賜ったモノという事じゃろうな」


 騎士たちの目は十拳剣トツカノツルギへと向けられる。

 赤色に鈍く光る両刃の剣には刃毀れどころか、傷一つ付いていなかった。


「それと」


 話の方向を変えるように沈黙が支配する部屋にマーリンの声が響く。


「シュノンスケール法国の事じゃが。

 彼の地とは連絡がつかんようじゃ」

「それは真か!?」

「うむ。

 彼の地と対を成す魔法道具に全く応答がない。

 魔術的繋がりがなくなったという事じゃろうな」


 その魔法道具は、二点間を繋ぐ秘密の回線であった。


 元々はオーファンラント南部で起きた魔法道具文化にて生み出された魔法技術の一つである。

 対になる二つ魔法道具は、いくら離れていたとしても瞬時に言葉を相互に送り届けるという破格の性能を持っていた。


 シュノンスケール法国が元の名前「アガレア法国」であった頃、ヴァレリア聖王国とは同じ神を信奉していた国同士であり、建国時期も同じような時期であったため兄弟国という認識があった。

 シュノンスケール法国と名を改めてからも、友好的なやりとりがあった。


 およそ一〇〇年ほど前に、オーファンラント製魔法道具を手に入れたマーリンが、個人的な交友のあった神官プリーストに送ったのが、その魔法道具であった。


「辺境伯殿の話では、海の守護者からの怒りを買って滅ぼされたというが……」

「真っ昼間に星降りが観測された時期と符合しておる。

 真実と觀たがよかろう。

 オーファンラントに戦争を吹っかけ、最古の古代竜の怒りを買うようでは滅びもしような」


 マーリンはこの事実を知り、胸をなで降ろした。

 以前のように友好な状況が維持されていたら、我らが国すら海の守護者の怒りに飲まれていたかもしれないと思ったからだ。


 ヴァレリアの地には海はないが、大陸最大の湖であるヴァレリア湖がある。

 この湖に守護者たる古代竜がやってこれないなどという保証はない。

 それに「守護者」と呼ばれる古代竜は他にもいる。

 その者が海の守護者に協力した場合、山津波に飲まれる事すらありえるのだ。


「で、では……

 他の事も全部……」

「我らがバルネットの魔族に悩まされている内に、世界は激動の時を歩んでいたという事じゃろう」

「なんという事であろうか……」


 魔族に領土を切り取られ、国土が半分以下にまで減った今の今まで世界の動きを全く知らなかったのだ。

 その驚愕は想像を絶する。


「彼の辺境伯殿とやらは、その激動の中心におられた事になる。

 アースラ神様が目を掛けられるのも頷けるというものじゃ」

「これほどの剣を『保証に』と気軽に手放されるほどのお人だ。

 想像を絶する試練を乗り越えてきたと看てよかろうな」

「という事は、アースラ神様のような大冒険を……」

「いや、待て。

 それは言い過ぎではないか?」

「あの飄々とした佇まいは、相当な修羅場を潜っておらねばできまいよ」

「我ら自慢の騎士に囲まれて汗一つ掻かなんだ御仁だしなぁ」


 こうしてケントの知らぬ所で、勝手な憶測と勝手な推測によって変な物語が織られていく。

 人の世とはまさにコレの縮図なのかもしれない。

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