第32章 ── 第21話

 アロケルを担いで焚き火のところまで担いで行く。

 焚き火の横には崩れかけた家屋の一部があり、そこに二人の魔族の当面の物資が木箱に入って置かれていた。


 その木箱の一つに装飾が見事な一振りの剣が鞘もなく立てかけて置いてあった。


 これだな。


 俺はドーンヴァースでエクスカリバーの意匠を見たことがある。

 今、眼の前にある剣の意匠がまさにそれなので間違いないだろう。


 俺はアロケルをじゃがいも袋でも放り投げるように焚き火の横に投げ落とす。


「うぎゃ!」


 落ちた衝撃と痛みで起きたようだ。

 俺は痛がるアロケルを無視してエクスカリバーをインベントリ・バッグに放り込んだ。


「あ、あれ……?

 俺、まだ生きてる……?」


 打ち付けられた腰やら肘やらは痛むようだが、アロケルはあちこち自分の身体を撫で回し五体満足なのを知って「何で?」という顔で俺の方を見た。


「いくら魔族といえど、俺は無抵抗の者を殺すような酷いことはやらんよ?」

「お、俺をどうするつもりなん……です?」


 失礼な態度をとって俺の怒りを買うのを恐れてか、アロケルは途中で丁寧な口調になった。


「だからといって殺さないとも言ってないが、まあ俺の連れが来てから考えようか」


 俺は焚き火を前、アロケルの対面に座る。

 近くに積み上げられている枯れ木を放り込んで火の勢いを保つ。


「お連れさんが来るのは……」

「直ぐだろう。

 連れも腕利きだからね」


 ニヤリと笑うとアロケルは身震いを一度して「お茶を用意します……」と木箱に向かった。


 木箱の中に武器が入っているのは気付いているが、好きにさせた。

 どう足掻いても、彼の腕では俺に傷一つ付けられないだろうからだ。

 抵抗が困難、あるいは不可能な特殊なスキルでもなければマジで敵じゃないんだよねぇ。


 光点をクリックした時に出てきた情報から考えても、俺が彼と目を合わせた時に何も起きなかった段階で「脅威度:なし」なんだという事が間違いない。


 彼の特殊能力は相手に自分の死に様を垣間見せるという。

 俺のあっちの悪魔学知識によれば、それを見た者はしばし動けなくなるなんて伝承もあったはずだ。

 そいういう兆候が一切ないんだから脅威になりようがない。


 この世界において俺は不老らしいって話もアースラがしてたし、死なないんじゃねぇかな。

 肉体を失っていた神々の素行を見る限り、肉体がなくなっても魂で活動できるっぽい気もするし……


 俺は焚き火越しにアロケルの動向をジッと観察する。

 アロケルは見られているのに気付いたのか、しきりに後ろに振り返っていた。

 武器を取り出せる雰囲気じゃないと思ったのか、鉄製のポットとお茶の葉が入った袋、水袋を手に戻ってきた。


 アロケルは「ヘヘッ」と卑屈に笑いながら、お茶の用意をする。


「これはバルネット産の高級茶葉でして、なんでも過去に行方をくらませた英雄とやらが持ち込んだものだそうで」

「シンノスケだな」

「へぇ……そいつシンノスケっていうんですか?」

「アースラは知っているか?」


 俺は唐突にアースラの事を聞く。


「アースラっていうと……この世界の神……様ですよね?」

「そう言われているな。

 お前らが青い世界と言っている異世界は解るか?」

「もちろんです!

 俺も召喚されて行ったことがありますからね!

 ああ、またあの世界に行きたい……」


 どうやら、こいつもあっちに呼ばれたことがあるようだ。

 悪魔辞典に名前が載っているくらいだからあたりまえか……


「どうしてお前たちは地球に行きたんだ?」

「ち、きゅう?」

「お前たちや古代竜が青い世界と呼ぶ世界の事だよ」

「そりゃ、あの世界は我らの神々に愛された場所です。

 その神々に創られ、そして俺を必要としてくれた彼の世界の人々と会いたいと思うのは悪いことじゃないでしょう?」


 魔族たちに突っ込んで聞いたことがなかったので、この返答には少し驚いた。

 地球側では悪魔は対価として魂を要求したり、人間に憑依して悪さをするモノであると言われている。

 実際、悪魔憑きと言われる現象を記録した映像を見ると、とんでもなく邪悪な存在が乗り移っているように見えるのだ。


 だが、アロケルの言い分では自分たちの神のお気に入りの地であり、かつ自分たちを召喚してくれる者たちに対しては悪印象を持っていないような口振りである。


「でも、召喚者の願いを叶えたら魂を奪うんじゃないのか?」

「え? 殺すって事です?」

「いや、悪魔の召喚者は魂を売るもんだろ?」

「何を言っているのか解りませんが……

 青い世界の事を知っておられるような口振りですね……」

「そりゃそうだ。

 俺やアースラはお前たちが言う青い世界から来たんだからな」


 俺がそういうとアロケルは、「そんなはずはないですよ」と言って信じなかった。


「だって、あっちの人たちは、この世界の人間より脆弱なんですよ?

 とても貴方やアースラ……様のようなとんでもない力は持っていません!

 だから、我らが力を貸してやっていたわけで……」


 俺は黙ってジッと見ていると、アロケルの言葉尻は消えていく。


「ほ、本当なんで……?」

「ああ、俺やアースラは青い世界、地球からの転生者だ。

 俺たちの他にも何人かいる。

 ただ、俺やアースラは、神々と同等の力を持ったまま転生してきているんでね。

 君たちみたいな下っ端では太刀打ちできないんだよ」


 ニヤリと笑うと、アロケルは肩から力を抜いた。


「それじゃ、どうあっても俺らに勝ち目なんて……」

「主様、只今戻りました」


 暗闇からアラクネイアの少し嬉しげな声が聞こえてきた。

 それを聞いてアロケルがビクリと身体を固くした。


 声の方を見ると暗がりから黒いドレスを着たアラクネイアが現れた。

 顔が赤い飛沫で少し染まっており、左手には何やら頭らしきものを持っていた。


「ひっ!?」


 アロケルはアラクネイアが左手に持つ頭の正体が解ったようだ。


「ウヴァルの首か?」

「はい♪」


 上機嫌なアラクネイアはアロケルの方にウヴァルの首を放り投げた。

 ゴロゴロと転がってくる首にアロケルは戦慄している。


「主様は、そいつを殺めなかったのですね?」


 アラクネイアはアロケルをジロリと見た。

 その目には何の感情も見えない。


「ああ、無抵抗だったんでね。

 流石に無抵抗なヤツを殺す趣味はないよ」

「左様でございますか。

 主様の御手を汚すのをお望みでないなら、妾めが手を下しますが?」

「いや、そこまで君にさせるつもりはないよ。

 とりあえず生かしておいて何かに使えないか考えようよ」

「承知致しました」


 俺たちのやりとりを聞いて、アロケルは顔を赤くしたり青くしたりしていたが、殺さない事で決着したのに安堵したようで、またもやへたり込む。


「もちろん魔法は使わせてもらうよ」


 安堵しているアロケルに俺はにこやかに宣言する。


「ま、魔法……?」

上級呪縛アドバンスド・ギアスってヤツなんだけどね。

 一応、この大陸じゃ禁術扱いらしいよ」


 アロケルはまたもや身を固くする。


「心配するな。

 俺の命令に逆らわなければ何もおきない魔法さ」


 俺は無詠唱で『上級呪縛アドバンスド・ギアス』をアロケルに掛けた。


 もちろん、アロケルは何がおきたとは感じていない。


「な、何も起きませんが……?」

「そりゃね。

 んじゃ、『お前は俺の命令に逆らえない』……

 はい、これで下準備は完了だな」

「逆らうつもりは全くありませんので……」

「口を閉じろ」

「え……?」


 俺が口を閉じろと命令したのにアロケルは口を開いてしまった。


「う、うぎゃあああぁぁぁあぁぁ!!!!」

「な? 命令通りにしないと死ぬほどの激痛がその身を襲うって寸法だ」


 俺はどす黒い微笑みでのたうち回るアロケルを見る。

 一〇秒ほどして命令違反の激痛から開放されたようで、アロケルは必死に口を閉じながら鼻で荒い息をしている。


「口を開いてよし」

「……ぷはっ……はぁはぁはぁ……」

「魔法の効果は解ったかい?」

「はい……理解しました……

 一つだけ、質問してもよろしいでしょうか……?」

「何だい?」

「そちらの黒いドレスのお方は……アラクネイア様では……?」


 自分の名前を当てられてアラクネイアが目を細めた。

 そこには少なからず殺気が込められている。


「よく知っているな?」

「破壊神カリス様の四天王の方々を知らない魔族はおりません!」

「へぇ……

 貴方は何故アラクネイア様を従えていらっしゃるのでしょうか?」


 俺は片眉を上げてアロケルを見る。


「質問、二個めだな」


 俺がそう言った瞬間、アラクネイアが目にも止まらぬ速さで、長く伸びた爪をアロケルの首に当てがった。


「待て」


 その一言でアラクネイアの動きが止まる。


「ひい……」


 アロケルは再び声にもならない悲鳴を上げる。


「まあ、成り行きでね。

 彼女も俺の部下になった」

「も?」


 俺が「も」と言った事にアロケルは気付いた。

 頭の回転は悪くないようだ。


「も」


 俺は強調するように「も」と再び言った。


「さて、んじゃヴァレリア聖王国で剣を待ってる人がいるし戻ろうか」

「畏まりました」


 アラクネイアが恭しくお辞儀をする。


「その前に……顔の返り血は綺麗にしておこうか」


 俺は水で濡らしたハンカチをアラクネイアに渡す。


「御心使い感謝に堪えません」


 アラクネイアは素直にハンカチを受け取ると顔をゴシゴシと擦った。


「あの……俺はどうしたら……」

「付いてこい。

 その後の処遇は、みんなで決めたいしな」

「みんなで……」


 一体どんな者たちが待ち構えているのかとアロケルは不安そうに目を泳がせている。


「んじゃ、出発」


 俺は着た時よりもゆっくりめの速度で暗闇に走り出す。

 アロケルは慌てて俺の後に続き、アラクネイアはその後ろから睨みを利かせていた。


 さて、この速度なら王城へは二時間くらいか。

 あっちを出発してから戻るまでに四時間も掛からないって事になるか。


 オリハルコン級冒険者としては、まずまずの仕事ぶりだろう。

 大陸西側にはルクセイド以外で冒険者ギルドのシステムはないから、こういう時にアピールしておきたいところだ。

 俺としては大陸全土で冒険者ギルドが立ち上がるといいなと思っているから、いい宣伝になる。


 まずは、ヴァレリアの諸問題を解決する事から始めるのがいい。

 今回のエクスカリバー奪還は初めの一歩としては上々の結果だろう。


 それとアモンたちにやらせている国土奪還も冒険者ギルドの手柄にしちゃおうかな?


 って、アモンたち魔族も冒険者登録させなきゃじゃん!

 すっかり忘れてたわ!!

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