第32章 ── 第20話
まっすぐ進めば一〇分も掛からないのだが、真っ平らで何も無い地形など存在しない。
それに月明かりもない真っ暗闇なのだ。
一つ間違えば地面に激突してもおかしくない。
常人には最悪の状況だろう。
だが、俺は大マップ画面もあるし、神の目を使えば暗闇もそれなりに見えるもんだ。
俺は夜目のスキルはないんだけど、多分「使えるんじゃないかな?」とか思うと脳の中で音がなりそうなので自重する。
スキルはあればあるだけ良いと思うかもしれない。
しかし、オールラウンダーがドーンヴァースの謳い文句通り「制限なしでいくらでもスキルを覚えられる」という性能を持つのかどうか万が一を考えて検証したいと俺は思わない。
だから最近は必要ないスキルまで取らないように心がけているワケだよ。
そんなこんなで山を上り谷を飛び越え……
結果、目的地近くに来るまでに二〇分も掛かってしまった。
ふと前を見ると真っ暗闇に薄赤い明かりが見えてきた。
現代社会に生きる人間には本当の暗闇ってのがどんなモノか解らないだろう。
本当に一寸先は闇という言葉の通りで、眼の真ん前から真っ暗闇なんだよ。
そんな暗闇の中で火を焚いていると本当に遠くからよく見えるんだ。
俺は明かりの場所と大マップ画面のピンの位置を照らし合わせた。
間違いない。
あそこが目的地だ。
距離にしておよそ二キロメートル。
双眼の遠見筒をインベントリ・バッグから取り出して目的地を眺めてみる。
うん、焚き火だね……
その焚き火の周りを陽気に踊り歌うような二つの影が見えた。
「あれが魔族かな?」
「恐らく……
それらしい気配をここからでも感じます」
アラクネイアからお墨付きをもらったので作戦を練るとしよう。
まずは情報収集だ。
俺は赤い光点をクリックする。
『ウヴァル
レベル:五二
脅威度:なし
三七の軍団を率いる公爵。
友愛を芽生えさせる能力を持ち、それは敵であろうとも抗う事が困難だとされる』
『アロケル
レベル:四九
脅威度:なし
三六の軍団を率いる公爵。
燃えるような目を持つ真っ赤な獅子の頭を持った悪魔。
その赤き目を覗き込んだ者は自分の死に様を垣間見ると言われている』
こりゃまた厄介な能力持ちの悪魔だな……
「アラネア。
ウヴァルとアロケルという魔族を知っているかい?」
「アロケルというのは覚えてませんが……
ウヴァルは知っております」
ウヴァルの名を口にするとき、アラクネイアの眉間に微妙なシワが一瞬だけ刻まれたのが解った。
「ウヴァルの事が嫌いみたいだね」
「ご明察恐れ入ります」
「何かされたの……?」
「彼は人の感情を操ります。
私の友人にその能力を使われた事があったのです」
どうやらアラクネイアの仲の良い友人が大嫌いなヤツと大親友と呼べる関係にされた事があったらしい。
この能力は解除不可能だそうで、無理に引き裂こうとすると精神崩壊する。
その所為で友人を一人失った事をアラクネイアは未だに恨んでいるとの事だ。
人を恨むなとかもっともらしい事は俺は言わない。
俺も何人もの人間を恨んでいたしな。
できることなら自分の手で復讐したいと思うのも当然の事だろう。
「よし、では君にはウヴァルを任せよう。
出来るな?」
「当然でございます。
ありがとうございます」
アラクネイアは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔の裏にどす黒いオーラのようなものを感じる。
こりゃ相当恨んでるな……
こういう問題には関わり合わないようにした方がいい。
俺も自分の復讐に水を注されたくないもんな。
「んじゃ、それぞれ引き離して各々でやるってのはどうだ?」
「承知いたしました。
方法は如何なさいますか?」
「そうだなぁ……
幻影魔法を使ってみようかな?
上手く効いてくれればいいけど」
「主様なら大丈夫でございます。
彼らに
レベル差を考えれば確かにそうかもしれない。
まあ、用心するに越したことはないか。
俺たちは二手に分かれて暗闇の中を静かに進む。
互いの位置は大マップ画面の共有、パーティ・チャットで離れていても意思疎通はバッチリです。
目標まで二〇〇メートルくらいまで近づいたので、より慎重に進むことにする。
隠形系のスキルは全く持っていないので、慎重に行動しないとね。
うっかり音を立ててしまいかねないからね。
「ステルスを持ってると楽なんだけどなぁ……」
俺がボソッと言った途端、頭の中でカチリと音が鳴った。
あらら、やっぱりか……
実は以前よりも新しいスキルを手に入れやすくなっているみたいだ。
コレは創造神の権能の所為だろうか。
最近になってようやく創造神の力の使い方が解ってきた。
何らかの従来のシステムが存在する場合、システムに矛盾がない限り俺の望むようにシステムが書き換わるのだ。
では従来のシステムにない望みだったらどうか?
その場合、自分の力を消費して望みをシステムに書き加える。
システムとの矛盾が大きければ大きいほど、消費される力が大きくなる。
不用意にデカい望みは抱かない事が肝要って事だね。
早速、手に入れたステルスを使ってみる。
途端に飛んでも跳ねても足音一つしなくなった。
こりゃ空恐ろしい能力だな……
暗闇の中でこの力は無敵だろな。
俺は物陰を選びながら再び近づく。
あと五〇メートルってところで足を止めた。
「そろそろ幻影魔法を使うが、準備は?」
「いつでもどうぞ」
簡素な返事があったので、魔法を使う。
「ジェルス・ダモクロモス・セクトペヌ……」
呪文を唱えながらコッソリと焚き火の方を見る。
二人の魔族が酒を飲みながらゲラゲラ笑っている。
エクスカリバーを奪った時の事を笑い合っているのかもしれない。
ゲスが……
「……イクシュール・モート・マインクルス。
魔法が発動すると焚き火の周りを回っていた魔族たちが立ち止まった。
それぞれが別の方向を見てポカンとした顔をした後、涎を垂らしながらフラフラと歩き出した。
ぱっと見だと突然変な行動をしはじめたように見えるだろうが、俺の魔法が作り出した幻影魔法に絡め取られたという事に他ならない。
二人の魔族は焚き火から離れ暗闇へと飲み込まれていく。
大マップの青い光点が素早く片方の赤い光点に近づいていきそのまま連れ去っていった。
さあ、俺も行動開始だ。
もう片方の魔族に俺は素早く近づいた。
幻影の魔法の効果時間は五ラウンド。
そろそろ効果が切れる。
「うへへ、ちょっと待てよぉ~」
ヘラヘラしながらフラフラと暗闇を歩く魔族の真後ろに近づいた。
「……って……
あれ? ここはどこだ?」
魔族はキョロキョロと周囲を見渡す。
そして後ろを見た瞬間、彼の顔の前に俺の顔あった。
「うわあああぁぁぁあ!!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げる魔族。
その赤い目を俺は見つめてしまったが、クリックした時のような死に顔を見ることはなかった。
「うるせーな」
俺は魔族の首を掴んでそのまま引き寄せた。
そして魔族の身体をくるりと回して背中から羽交い締めにする。
抵抗されたら困るので利き腕もしっかりと抑え込んでおく。
そしてそのままもう一人の魔族から離れる方向に移動する。
「やあ、こんばんは」
「だ、誰だ!?」
「冒険者だよ」
「ぼ、冒険者だと!?
冒険者が何のようだ!?」
「お前、悪魔だろ?
なんでそんな月並みな反応なんだよ?」
「え?」
「え? じゃねぇよ。
毎回ヴァレリアに悪さしてんだろ?
報復されるとか思わないのか?」
アロケルは本気に何を言っているのか解らないようで「何なんだよ……」と涙目である。
「昨日、ヴァレリアの騎士から拝借したモノがあるだろ?」
「え?
ただの剣だぜ?
そのくらいで報復に来たのか?」
俺は心底呆れた。
何を奪ってきたのか全く理解していないってか……
「そうだよ。
騎士にとって愛剣ってヤツは命の次に大切でな」
西洋の騎士にそういう風習があるか知らないが、日本の武士と似たような価値観があっても不思議じゃないので言ってみただけ。
「ぼ、冒険者に取り返すように依頼したのか……?」
「お前の知る冒険者って魔族をねじ伏せられるほどに強いのか?」
そう聞き返すとアロケルはハッとした顔になる。
「な、何者なんだ!?」
俺は手を話して
「お、お前は……!!」
アロケルは何かに気付いたよう顔をした後に、片眉を上げた。
「……えっと、誰?」
俺はずっこけそうになる。
「俺はケント・クサナギ。オーファンラント王国の地方領主兼冒険者だ」
「オーファンラント……?
あれ?
あの王国って今戦争中じゃ?」
「いつの話だよ」
「えーと、三年くらい前だったっけ?」
それって帝国とのヤツの事か?
報国とのヤツじゃなく?
「お前情報遅くないか?」
「え?」
「それ二つくらい前の戦争だぞ?」
「だってアルコーン様が……」
「アルコーンは俺が殺したよ」
そういった途端、アロケルは顔色が一気に変わった。
「そ、そんなはずは……」
「あるんだよ」
俺がニヤリと笑うとアロケルは失禁して気絶した。
「あらら……」
流石に気絶するとかビックリですよ。
魔族だよね……?
こんなに気の弱い魔族は初めてだな。
というか、気が弱いくせにヴァレリア聖王国に攻め込んでたのか?
もしかすると、こいつらの感覚だとイタズラをしてみたくらいの感覚だったのかもしれない。
レベル四九程度でも、あそこの騎士になら余裕だろうしなぁ……
そうだったとしても許される事じゃないし、聖王国はひどい状態になっている。
こいつにはきっちりと制裁しなければならない。
俺は縄を取り出して縛り上げて肩に担いだ。
失禁してるヤツを担ぐ前に魔法でしっかり洗ったとだけ言っておく。
股間が汚れてるヤツを担ぐ趣味はないから当然だよね。
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