第32章 ── 第19話

 歓迎パーティ後、ペンドラゴンと彼の腹心たちと話す機会を得られた。

 大きめの談話室にはラウンド・テーブルが置かれていて、ここでお茶を飲みながら少々話そうとペンドラゴンから申し入れがあったワケ。


 歓迎してやったんだから、うちの国に何かよこせってことだろう。

 当然、俺はその要求を蹴るつもりはない。

 神であれ、同郷のアースラを国の守護神として崇めている人々である。

 直接的関係はないが、アースラの為に尽力するのも吝かではないのだ。


「どうでしたかな?

 我が国の祝宴は」

「国難の折だというのに、盛大に饗して頂き感謝に堪えません」


 俺は努めてペンドラゴンに敬語で接する。


 アースラとの同時念話をした時に、彼は俺が神々と同種の何かであると勘付いてしまったのだが、名目上ただの他国の貴族にへりくだるような態度は周囲に示しがつかないので、口裏を合わせていたのが功を奏したね。


「いやはや、宴でクサナギ辺境伯殿の佩剣はいけん拝見はいけん致しましたが……

 先に自分の剣の自慢をしてしまい、少し恥ずかしい思いを致しました」

「卿がダジャレを言うのは珍しいな」


 ペンドラゴンがパーシヴァル卿のセリフを冗談と捉えたようでクックと笑った。


「あ、いえ、ダジャレではございません。

 辺境伯殿の剣はアダマンチウムの業物でございました。

 私のミスリル剣など……」


 パーシヴァルが顔を真っ赤にしながら言い訳をする。

 そして意図せず俺の剣の素材をバラす。


 マジで意図してないんだろうけど、軽率ですなぁ……


 まだティエルローゼではアダマンチウムの製法は普及していない。

 よって、この剣だけで一財産どころか小国の国庫内の金貨に匹敵しかねない価値があるのだ。

 不心得者がいた場合、俺の命が危険にさらされることもあり得る事だ。


「卿は口を閉じろ」


 ペンドラゴンは鋭い視線で周囲を警戒しつつ、パーシヴァル卿を窘めた。

 パーシヴァル卿自身も、「あっ」と短く言葉を発して直ぐに口を閉じた。


「あ、いえ、大丈夫ですよ。

 現在、この周囲の警戒は私の部下が行っております。

 ネズミ一匹ここには近づけないですから」


 俺の言葉にペンドラゴンがポカンとした顔になった。


「え? 貴殿の?」

「はい。

 黒いドレスを着ていた彼女は隠密任務のエキスパートなんですよ」


 そう言うとペンドラゴンだけでなく、側近の騎士たちも動揺したようにざわついた。


「ぶ、部下なのですか……!?」

「てっきり奥方かと……」


 まあ、言いたいことは解る。

 ティエルローゼ上で女神を除けば、五本の指に入る絶世の美女の一人ですからな。

 部下にするより恋人とか奥さんにしたいと思うのも頷けます。


「ここだけの話ですが、彼女は人族ではありません。

 今、詳しい種族はお教えできませんが。

 そういう方面に特化した種族だとお思いください」


 アラクネー系の創造主だからね。

 種族特性としての隠形術は彼女にも備わっているのだ。


「ほう……それは面白い。

 いつか手合わせしてみたいものだ」


 ステファン・ケイ卿が顎を撫でながらニヤリと笑った。

 あっちの伝承でも色々と逸話のあるケイ卿ですが、こっちでも色々ありそうですな……


「ところで……

 貴国の初代様はアースラ神様に名を与えられたそうですが」

「うむ」

「それが我らの誇りでございます」


 ペンドラゴンは素直に頷き、ランスロット卿がそれに続いた。


「アースラ神様の事ですし……

 その時に剣とか与えられませんでした?」


 一瞬でペンドラゴンの近くに座っていた数人の騎士たちの顔が凍りついたのに気づいた。

 もちろんペンドラゴン自身も顔を強張らせた。


「貴国にもその伝承が伝わっておりましたか……」


 もしかして地雷踏んだ?


「えーっと……

 聖剣エクスカリバーの話は聞いた事がありまして……」


 ペンドラゴンはニッコリと笑ったが、額に汗が滲み出しているので、やはり何かあるようだ。


「どうかしましたか?」


 アースラと繋がりがある俺にそう聞かれてペンドラゴンは黙っているワケにはいかないと思ったようで、一度目を閉じてから覚悟を決めたように再び目を開けた。


「お答えするのは我が国の恥だが、貴殿には話しておきたい。

 ここには事情を知らぬ者もおるだろうが、他言は無用だ」


 その言葉に事情を知らぬ騎士たちもペンドラゴンに目を向けた。


「聖剣エクスカリバーは、先日の戦いで魔族に奪われてしまったのだ……」


 顔を苦痛に歪めつつペンドラゴンは項垂れた。


「なんと……」

「アースラ神様からお預かりした聖剣が……」


 事情を知らなかった騎士たち全員が悲痛な声を挙げた。


「国の一大事故、黙っていた事を皆に謝罪する。

 申し訳なかった。

 神にも申し上げねばならぬが……

 どうお伝えするべきか……」


 彼らにとっては、とんでもないタイミングで俺たちが来たんだねぇ。

 だが、その程度の問題なら何とかできそうですな。


 俺は大マップ画面を開いて「聖剣エクスカリバー」を検索してみた。

 直ぐに一本のピンがマップ上にストンと落ちた。


 この王城から五〇キロほどの場所にあるようだ。

 ピンの周囲には二つの赤い光点が光っている。


「聖剣が奪われたとあれば、貴国にとっては大事件どころの話ではなかったでしょう。

 心中お察しいたします。

 さて……では今回の宴のお礼に、私が聖剣を取り戻して来ましょう」


 椅子から立ち上がってペンドラゴンに向けて王国式のお辞儀をする。


「貴殿にそれが出来ると……?」

「ええ。貴国での行動の自由を頂けますならば、今夜中にも解決してみる所存です」


 さすがに大言壮語と思ったのか、ペンドラゴン一同の視線は厳しい。


「口が過ぎるのではないか?

 貴殿は確かにオリハルコン級冒険者で腕も立つのは間違いない事だと思うが……」

「まあ、お任せください。

 失敗の可能性は皆無ではありますが、もし失敗したならば、聖剣に比肩する剣を進呈いたしますよ。

 アースラ神様の使う剣と同等の物なのでエクスカリバーより格は上がるかもしれませんけどね」


 俺はイタズラ小僧のようにニヤリと黒い笑いを浮かべた。


「アースラ神様の剣と同等……

 それは一体いかなる剣なのですか……?」


 さすがにアースラ神の剣と同等と聞いて、ペンドラゴンが無意識に敬語で聞いてきた。


 俺はインベントリ・バッグから十拳剣トツカノツルギを取り出してラウンド・テーブルの上を滑らせてペンドラゴンに渡した。


「俺が戻ってくるまで預けておきます。

 それはアースラ神様が下げている天叢雲剣アマノムラクモノツルギと同じ技術で作られた聖剣です。

 エクスカリバーより格が一つ上の大業物だとお考え頂いていいかと」


 武器に付いている特殊効果もそれ相応だしね。


「これほどの剣を我が国に預けて頂けるというのですか……」

「あのアースラ神様を崇めている国です。

 信用しないワケがない」


 ここまで言われて剣をパクるようではアースラの加護は受けられない。

 彼らはアースラの名の元に、その剣を絶対に守りきらねば面目が立たなくなる。


 それでなくてもアースラから与えられた聖剣を奪われる失態を犯しているのだ。

 例え魔族が攻め込んできても命に変えて守る事になるだろう。


 そういう意味で、彼らの心中は穏やかではいられない。

 相当なプレッシャーが彼らの肩に重くのしかかる感覚を覚えるに違いない。


「実のところ、剣を奪還するのは片手間でしてね。

 この国の奪われた領地の奪還なんかをお手伝いしたいと思ってるんですよ」

「「「は?」」」


 ペンドラゴン一同から間の抜けた声がする。

 彼らの頭の中では「何を言っているか解らねぇと思うが……」って慣用句が渦巻いているのではないかと推測できる。


「とりあえず、アモン、フラ。行動を開始してくれ」

 俺がそういうと、フラウロスとアモンがどこからともなく現れた。


「承知仕りました」

「仰せのままに」


 二人はそういうとまたたく間に姿を消した。


「い、一体何が始まるのですか……!?」

「ああ、彼らはルクセイドへ続いていたであろう、貴国の元領地の安全を確保しに行きました。

 俺が聖剣を奪還して戻るまでに仕事を終えてくるでしょう」


 大言壮語にしては俺の様子が落ち着きすぎている事に騎士たちはより不安を感じているようだ。


「では、俺も行動を開始するとしましょう。

 アラネア、供をしてくれ」

「畏まりました」


 スッと俺の隣に黒いドレスの絶世の美女が現れ、騎士たちが一瞬で心を奪われる。


「私どももお供を……」


 恐れ知らずの若い騎士が無意識に言った。


「不要です」


 アラクネイアがうべなくバッサリで吹き出しそうになった。

 ほんと勘弁してくれよ。


 まあ、ヴァレリア聖王国の騎士たちは良くも悪くも騎士なんだろうね。


 ほら、あっちの騎士物語って女絡みの話ばっかじゃん?

 それを考えると美女がいたら取り敢えず口説くを実践してる感じ。


 ただ、自分より遥かに強い魔族を口説いていると知ったら、彼らは一体どんな顔をするだろうか。

 そこに興味を唆られるってのは、俺ってやっぱり性格が悪いのかも。


「そういう話は後にしてください。

 では……」


 俺はアラクネイアに目で合図をしつつ、談話室のバルコニー側から夜の城下町へ飛び出した。


 そのまま大マップ画面に立っているピンの方向へと疾走する。

 常人の走る速度ではない。

 時速八〇キロくらい出ていると思う。

 もう夜中なので、街行く人は少ないので大きな騒動にはならないだろう。


 後々この疾走事件が「疾走する闇」という都市伝説になるのだが、それは置いておこう。


 これだけの速さで走ってもアラクネイアは悠々ゆうゆうと付いてくる。

 さすがはレベル一〇〇間近の魔族である。

 前回見た時は九五だったが、今はレベル九八まで上がっているのを見ると、この奪還作戦でレベル一〇〇とかに上がるかも。

 魔族たちも、俺の加護持ちだし……

 俺の加護は、俺自身が欲しいと思うほどのチートだからな。


 西に向けて城下町を疾走していると、王都を守る城壁が見えてきた。


 俺は城壁に向かってさらに速度を上げる。

 そして頃合いを見て目一杯跳躍した。


 想像を絶する速度のまま俺の身体が宙を舞う。

 そして楽々と城壁を飛び越えてしまう。


 身を翻して上手に足から着地するが「ズン……!」と結構な地響きが周囲に響いた。

 それに引き換えアラクネイアの着地の軽やかな事……

 少し嫉妬を覚えますよ。


 まあ、暗殺者アサシン系を極めるアラクネイアに、こういう部分で負けるのは仕方ないけどね。


 俺はただの魔法剣士マジック・ソードマスターだしな。


 意味のない思考を止め、俺は再び地面を蹴り始める。


 この速度のまま向かうなら、一時間も掛からずにエクスカリバーを奪った魔族を殲滅して事件の解決もできそうだな。


 国境付近で彷徨いているなんて馬鹿な行動をしている魔族だし敵にもならんだろうが、こういう不穏分子は先に掃除しておいた方が、話を進めやすい気がするからね。

 とっとと片を付けるとしましょう。

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