第32章 ── 第18話

 ヴァレリア聖王国は、隣国の不穏分子と年中小競り合いをしている国だけあって危機管理という面では非常に頼もしい国である。


 例の黒点が日増しに大きくなっているのも観測していたようで、いつ魔族の攻撃が来るのかと戦々恐々で待ち構えていた。

 その為、既に食料や物資の備蓄を開始していた。


 だとしても備蓄量は微妙だった。

 物流がイマイチなので遅々として進まないのだから仕方がない。

 備蓄の増加量がこの状態では、半年後の危機的な状況に間に合わないのではないかと思う。


 その辺りはペンドラゴンたちも解っているようで、どうするべきかと頭を悩ませているところだという。


 そんな折に俺が訪ねてきたワケで、先程の念話の件もありペンドラゴンたちの対応が大分変わった。


 初見で野良着とかいう俺を試すような事をしてきた無礼な態度を、まず謝られ、その後はオーファンラントから来た外交上の正式な使者として国賓の待遇を与えられた。


 俺としてはそういう堅苦しいのは勘弁してもらいたいのだが、正式な扱いをされる以上は受けざるを得ない。

 ここで断ってはオーファンラントの品格に傷がつくからな。


 城の客室を二つ用意され、一つは俺、もう一つは魔族たちに充てがわれた。

 夜は歓迎パーティがあるそうだ。


 この困窮した国にパーティを開かせるのはどうかと思うが、彼らにしてみたら他国からの外交官を歓待しないなど国の威信に関わると思うだろうし、やっぱり断れない。


 俺の客室で魔族たちと今後の事を相談していると、扉がノックされた。


「どうぞ」


 入るように促すと、フルプレートメイルの騎士が何人か入ってきた。

 流石にヘルメットは外して小脇に抱えている。


「お初にお目に掛かります。

 我らは円卓の騎士を拝命されております。

 オーファンラントのクサナギ辺境伯殿にご訪問頂いたと聞き、ご挨拶に伺わせて頂きました」


 代表の中年騎士が俺に片膝を付きつつ胸に手を当てて目を閉じると、他の騎士もそれに倣って跪いた。


「これは、ご丁寧に。

 オーファンラント王国トリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申します。

 騎士殿たちと出会えて光栄に思います」


 俺もオーファンラント貴族式のお辞儀で応える。


「私はアルメル・ランスロット伯爵と申します。

 お見知りおきを」


 代表の騎士はランスロット卿でした。

 名前だけは超有名ですな。


 彼の隣の若騎士が次に名乗った。


「フルメル・ガラハドと申します」


 おー、ガラハド卿。


 次の騎士は「エティーク・ガラホート」、その隣の女性騎士は「ケイト・マリス」と名乗った。


 どの騎士の名字もアーサー王物語のランスロットに関連するものばかりだね。

 やはり、こっちでも派閥というワケじゃないんだろうけど、ある程度人間関係は考慮されて決められているのかも。


 ランスロットたちは、挨拶だけすると直ちに退室していった。

 長く居座るような事がないのは、俺たちに負担を掛けないようにする配慮だろうか。


 そんな風に思っていると、その後も様々な騎士たちに挨拶と称する訪問を受けた。

 聞いたことがある名前の騎士もいるが、聞いたことがない名前の騎士も多々いた。


 それぞれが貴族らしく、レベルもかなり高いようだ。

 平均レベル三七と円卓の騎士はかなりの精鋭部隊である。

 円卓の騎士だけで一般的な国の軍隊なら蹴散らせるだろう。


 だからと言ってあまりにも戦力が少ないといった印象である。

 この世界ではレベルで簡単に数の問題はひっくり返せるが、レベル五〇以下なら数の暴力で巻き返せなくもない。

 二万人くらいの兵力で二正面作戦を強いれば崩し様はあるし。


 今までバルネットに潰されてないのは、魔族たちが本気で来ていないからだろう。

 必死に頑張っている円卓の騎士を上から目線で嘲笑っている魔族を想像する。

 俺としてはあまり気分は良くない状況である。


 要は遊ばれているという事なんだろうが、話に聞くディアブロとやらが出てきていたら、円卓の騎士たち程度では象と蟻ほどの差があるので勝負にはならない。


 この辺りを魔族連に聞いてみると、アモンが答えをくれた。

 あくまでも予測と前置きが付いていたけど、魔族の下っ端が暇つぶしに攻めてきているのではないかという。


 アルコーン亡き後、魔軍は軍隊の体は維持できていない。

 魔族たちは各々が個々でやりたいように動いているはずだという。

 統率するものがいないんだから間違いないと。


 アルコーンが参謀として軍の綱紀を引き締めていたようで、ディアブロはやりたいようにやっていて軍の統率などしていないらしい。

 となれば、無意味な小競り合いなど性格の悪い木端魔族の所業でしかないとアモンは推測し、フラウロスも頷いている。

 アラクネイアは「自分は魔軍所属ではないので何も知らない」とそっぽを向いてしまう。


 フラウロスが言うに、レベルが低い魔族は性格がねじ曲がっているものが多いと渋い顔をしている。

 そして何を思ったのか「もちろん自分は違いますよ!」と慌てて言い訳をしていた。


 もちろん、今のフラウロスはレベル一〇〇を目前にする押しも押されぬ強者ですし、会った頃から性格は悪くないので俺は笑って頷いてやったよ。


「んじゃ、君たちにお願いしようかな」


 俺の唐突な言葉に魔族たちの目がキラリと光る。


「お任せください」

「我が主のお望みのままに」

「妾は何をすればよいでしょうか?」


 食いつきが良いね。


「この国を少し助けてやりたい。

 まず、南のルクセイドまでの道筋の状況を知りたい。

 元々はヴァレリアの領地だったそうだし、万年紛争状態の隣国に取り返されてもバルネットは文句は言わないと思うんだよ」

「抗議はしないでしょうが……」


 アモンは苦笑いで言う。


「奪還に動くのではないかと……」


 フラウロスが言葉を続けた。


「その時は奪還しに来た軍勢を蹴散らせばいいんじゃね?」


 俺の楽観的なセリフに「主様の言うとおりですね」とアラクネイアが微笑む。


「確かにディアブロの直属の部下数人が動かねば、簡単に蹴散らせますね」


 アモンは目をギョロリと回しつつ魔族内の強者を思い描いている。


「我とコラクス殿、アラネア殿がおれば、それも何とかなる気がしますがね」


 フラウロスもやる気満々ですなぁ……


「確かに妾たちも強くなりましたが、アスタロト、バルバトス、アスモデウスに勝てるかしら?」

「武を体現するものとしては勝てると思いたいところだ……

 バルバトスはともかく、アスタとアスモを同時に相手するのはキツイぞ」

「バルバトス殿は、我らとは戦いますまい。

 優しすぎる御仁ゆえ」


 

 俺の知っている厨二病知識では、バルバトスは堕天した元天使だったと記憶している。

 主天使だか力天使だったけ?

 それと同じモノなのだとしたらあまり戦いたくない相手である。

 アスタロト、アスモデウスも同様で、なるべくなら戦いたくないけどね。


 これにベルゼブブなんかいたら本当に始末に終えない。

 もっとも蝿の王ベルゼブブは人魔大戦時に戦死しているそうなので気にしなくて良いけど。


 それにしても名前が出てきた三悪魔って全部堕天使だよな……マジ勘弁。


「そういやディアブロってのは?

 詳しく聞いてない気がするんだけど。

 俺の知識では『暴君』って意味なのは知ってるけど、本当の名前は別にありそうだよね?」

「よくご存知で」


 フラウロスが感心した顔になった。


「彼の名はルシファー。

 傲慢を体現するものとしてカリス様に創造されたものにございます」


 来たよ……やっぱりか。

 元の名はルシフェル……大天使長じゃねぇか。


「サタンって名前もあるよな……?」

「やはりご存知でしたか」


 さすが主様的な視線を魔族たちに向けられ頭が痛くなる。


 最低最悪な悪魔として伝説になるほどの存在ですよ。

 アブラハムの宗教上のな!


 何にしてもバルネットへの旅はルシファーと話を付けに行くって事だ。

 気を引き締めていかないといかんね。


「は、話を戻そう。

 ヴァレリアから南、ルクセイドまでの地域の偵察をアラネアに頼みたい」

「承知しました」


 アラクネイアは深々と頭を下げる。


「アラネアの手に入れてくる情報を元にコラクスとフラちゃんが制圧。

 奪還の動きがあれば殲滅で」

「承りました」

「拝命仕ります」


 アモンとフラウロスも跪いた。


「作戦開始は歓迎パーティ後にしよう。

 君たちには負担を掛けるがよろしく頼む」


 頭を下げる三人に俺も頭を下げた。



 夜になり俺たちの歓迎パーティが開かれた。

 味はともかく食べきれないほどの料理がきょうされた。

 苦しい財政状態だろうに俺たちをこれほどまでに歓待してくれるのは色々と思うところがあるんだろう事は透けて見えるが、藁をも掴む気持ちなのだろうから文句を言うつもりはない。


「オーファンラントと言いますと麦の生産地として聞こえておりますが」

「ええ、私の領地がその一端を担っております」

「確かアルテア大森林からも野獣の……」

「肉や皮が手に入ります」


 参加しているのは騎士たちだけでなく、行政に携わる役人やこの国の名士、大商人などもいる。

 情報の少ないこの国の重鎮としては外の情報や俺が持ってこれそうな物資について知りたいのは仕方のない事だろう。


「アルテア大森林の中にはエルフの都市があるのをご存知で?」

「エルフの大都市ですか……」

「エルフの都市といえばシュベリエの事では?」


 やはり情報が古いね。


「アラネア大森林にあるのはファルエンケールという都市です」

「ほう。そんな都市が……」

「そこはドワーフも大量におりまして」

「あら、珍しい」


 エルフの都市にドワーフが多数住んでいる事は少ない。

 ファルエンケールは例外なのだ。


「ハンマー家という氏族が筆頭にドワーフをまとめていますね」

「ハンマー……?

 まさかミスリルの!?」

「そのハンマーでしょうね」


 やはりマストールの氏族が作るミスリル製品は有名らしい。


「我が剣もかの氏族の産物です」


 騎士の一人が誇らしげに自分の剣を叩く。

 この騎士はエドモン・パーシヴァル侯爵……

 あっちの物語なら聖杯の騎士の一人だ。


「貴殿のその剣もミスリルであろうか?」


 騎士だけあって人の武器・防具は一応気になるようだ。

 見た目は小汚い冒険者にしか見えない俺の姿から、大した武器だとは思ってないとは思うけどね。


「一応、業物ではあります」

「拝見できますか?」


 まあ、見せても問題ないかなぁ……


 俺は静かに愛剣グリーン・ホーネットを抜いてパーシヴァル卿に渡した。


 俺のグリーン・ホーネットは一応アダマンチウム製である。

 名前がついているから結構強力なエピック武器である。


 最近だと十拳剣とつかのつるぎを下げている事が多いけど、流石にレジェンド武器を無警戒で引っ提げてパーティに出る気はしないから、今日はこっちにした。


 剣を見ていたパーシヴァル卿の目の色が変わり、小刻みに手が震え始めていた。


「こ……これ……いや……」


 パーシヴァル卿は言葉に詰まっている。

 そして震える手でグリーン・ホーネットを俺に返してきた。

 剣を受け取った時とは全く違う丁寧な所作だった。


「よ、良い物を拝見させて頂きました……」

「ああ、いえいえ」


 俺はにこやかな表情で愛剣を返してもらって鞘に収める。

 パーシヴァル卿は返し際、俺の耳に顔を近づけ「アダマンチウムでございますな……」と囁いた。


 俺は笑いながら頷いた。

 それ以降、パーシヴァル卿の視線は俺の他の装備に注がれた。


 はい。

 防具も全部アダマンチウムですよ。

 さすがにオリハルコン製のは付けてきてないけど、こっちの基準だと相当価値のある武器・防具なんだろうね。


 まあ、譲ってくれとか馬鹿な事を言い出さないのは、パーシヴァル卿がしっかりした恥や外聞というものの定義をお持ちだからだろう。


 今の俺には大した物ではないが、ティエルローゼにおいては国宝になりかねない価値を持つアイテムだからね。


 この国の騎士たちに一目置かせるだけなら、ドーンヴァースの頃から使っているこの装備で十分なのだ。


 え?

 そんな理由で草臥れ装備なのかって?


 あたりまえやん。

 国のトップが騎士団の長やってるような国では、使い込まれた武器・防具の方が歴戦の勇士として扱ってくれるでしょ?


 こういう演出は、結構効果的なんだよ。

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