第32章 ── 第17話

──トゥルルルルル……


 スタンダードな電話の呼び出し音である。

 相変わらず、こういうところには拘らないのはアースラだなぁと思う。


 数秒でガチャリという受話器を取るような疑似音が鳴り、聞き慣れた声が脳内に響く。


「ケントか?

 珍しいな、お前から念話してくるのは」


 俺は口を開かずにアースラに話しかける。


「お前、何か忘れてねぇか?」

「ん? 何だ?

 例のポータルの事か?

 その辺りはラーマたちに任せてあるんだ。

 俺は開いてから担当する」

「そうじゃねぇよ。

 お前、ヴァレリアに神託降ろしてねぇだろ?」

「……あっ!」


 あ、じゃねぇよ!


 口に出そうになったが、不屈の精神力で口を閉じた。

 結果、心の中で叫んだんだけど「いや、マジですまん……」ってアースラが本気で謝ってきた。


 あ、念話は心の中の声もダダ漏れなんだった。


 念話は任意の心の中の声を聞こえるようにも聞こえないようにも出来るんだが、今回は意図せずも聞こえるモードがオンになってたようだ。

 まあ、マジで怒りが爆発したので無意識にアースラに聞かせようとしていたのかもしれん。


 ……こういうのはちゃんとオフにしとこ……


「ちょっと待ってくれ……

 よし、オーケーだ」


 アースラがそういうと、「おお、我が主よ!!」と耳がキーンとしそうな大声が脳内に響き渡る。

 実際は脳内で聞こえるので耳はキーンとはならないよ?


「声がデケェよ!」


 アースラが不満そうに怒った。


「も、申し訳ありません!」


 チラリとペンドラゴン陛下の方を伺うと、ちょっと虚ろな目をしつつ慌てたように手をワチャワチャさせてた。

 俺は今度は堪えきれずに「ぷっ」と吹き出す。


 ちょっと間抜けな風に感じたし、なんとなく敬称付けるのも皮肉や馬鹿にしている気がしてきたので以後「陛下」呼称は自粛する……

 って誰に俺は断りをいれているんだ?


 ペンドラゴンは「我が主よ。誰か他のお方がおられるのでしょうか?」とか言い出す。


「ああ、お前の眼の前にいるだろう。

 ケントがこの神託に参加している」


 俺は王様を見ていたんだがちょっとだけ引いた。

 虚ろだった瞳に突然光が戻って俺に視線が合ったんだ。


 なんか微妙に不安を覚える感覚っていうのかな……。

 狂信者の熱を感じたというか何と言うか……


 咄嗟に俺は目を逸らせた。


 まあ、神の加護をマジで受けている人間なのだから信者なのは間違いないし、狂信者って言うのは失礼なんだろうけど、なんとなくそう感じたワケ。


 さっきオフにしておいて良かった……

 だって「キモッ!」とか思ったの聞こえてたら外交問題になりそうだもん。


「ケント殿も我が主の神託の神官オラクル・プリーストなのですか!?」

「いや、違う。

 ケントは俺と同郷なんだ」

「!?」


 ペンドラゴンは目をまんまるにして更に俺を凝視する。


「ど、どうも」


 つい、そんな言葉が口を衝く。


「我が主と同郷という事は……

 ケント殿も天の住人という事でしょうか!?」

「トーンを落とせ。

 ケントは、下界で神々の意向の元に活動している。

 例の空にある点の問題でな」

「あれは何なのでしょうか?」

「滅びを呼ぶポータルだ。

 あれが開ききった時、世界に滅びがやってくる。

 神界でも対策を検討しているが……」

「我々にも滅びを生き残る為に準備せよ……

 そういう事でございますか」

「お前はいつも話が早くて助かるな」


 アースラの楽天的な声を聞いて、なんとなく俺も少しだけホッとした気分になる。

 彼に付いていけば何でもできそうな気にさせるというか。

 こういうところがアースラのカリスマ性なんだろう。


「詳しくはケントに聞いてくれ。

 ケントがバルネットに行くのもポータル関連だからな」

「ケント様、どういう事でしょうか?

 確かにトリスタンから貴方様がバルネットへ行く前に立ち寄ったとは聞いていますが……」

「あー、まず言っておきたいけど、俺のことは他国の貴族として扱って欲しい。

 アースラに話すみたいな口調はいらないよ」

「そ、そういうワケには……」


 俺は小さく手を挙げてペンドラゴンの発言を止める。


「神々の意向で行動しているとアースラは言ったけど、俺は俺のやりたいように動いているに過ぎない。

 神の為になんて動いてたまるか。

 俺は、このティエルローゼが好きだから自発的に動いている。

 神々の意向など関係ないんだ。

 貴方も世界が滅ぶと聞いたら、アースラに言われなくても阻止する為に行動するでしょう?」

「た、確かにそうですが……」


 俺は話の先を続けた。


「世界を滅ぼす存在を撃退するには、地上戦力を糾合する必要がある」

「それとバルネットとどのような関係が?」

「さっき言ったと思うけど、魔族の頭領に会いに行くのさ」

「なるほど……魔族を殲滅して彼の国の国民の力も糾合する……という事ですか」

「違うよ。

 魔族の力も防衛に回すんだ」

「な、なんですと!!!」


 脳の中と耳の両方にペンドラゴンの声が響き渡る。

 突然叫んだペンドラゴンにトリスタンも含めて周囲の者たちはビクッとする。

 ただ、反応はしたけど取り乱すような者は一人もいない。

 こういう光景が日常茶飯事なのかもしれない。


「だから、うるせぇってさっきから言ってるだろ!?」

「すみません!!」


 アースラが金切声を上げ、ペンドラゴンがすかさず謝る。

 俺も「うるせぇ!!」と言いたいが、これが彼らのお約束なのだろう。

 なんだか漫才に見えてきた。


「ケント様……いえ、殿。

 それは神々……延いては我々人類種全てを敵に回す事になりますぞ」

「いや、ならん。

 今回の事も含め、神界はケントを全面的に推している。

 理由は教えられないがな」


 アースラがペンドラゴンの言葉を一刀両断で否定した。

 曖昧に言っておくと後々困ることになると判断してだろう。


「魔族は戦力として使わねばならん。

 今度来る世界の脅威は、神々、魔族、人類種も含め、ありとあらゆる者たちで対処しなければ世界が滅ぶのだ」


 アースラの言葉にペンドラゴンは絶句した。


「まあ、そういう事で……

 魔族たちに話をつけに行くのが俺の役割って事。

 今までの人類種と魔族の確執を考えると、なんとも言えない気分になるのは仕方ないけど……

 実際、俺たちも魔族の嫌がらせを散々受けてきたからね」


 俺は今まで魔族が何を目的に暗躍していたのかを推測を含めてだが教えてやる。


「ほう……東の魔神騒動が発端という事ですか……」


 その言葉、そしてペンドラゴンの表情から、彼らヴァレリア聖王国においても魔神が引き起こした事件は東側の蛮行が原因だと伝わっているようだ。


 多分それが真実なんだから仕方がない。

 世界が救世主を失った原因にいい顔できないって信条は理解できる。


「そうだね。

 魔族は、大陸東側で魔神を倒したとされる人物の遺品を狙っていた。

 この世界では余りにも強力な魔法道具を手に入れんが為にね」

「それは今でもある……とお思いですか?」

「ああ、あるよ。

 今、俺が持ってる」


 ペンドラゴンの顔を見つつニヤリと笑った。


「なんと……

 神々が意向を託す理由がなんとなく理解できた気がします。

 私ごときが神々の意向を理解するなどと言の葉にのせるのも恐れ多き事ながら」

「そう鯱張しゃっちょこばる必要はないよ」


 俺は少し間を切ってから話を続けた。


「俺はオーファンラントの貴族、貴方はヴァレリア聖王国の国王陛下なんですからね。

 今後はそのような立ち位置で話すことにしましょう」


 口調を変える事で立場を切り替えたと示す。

 強制したワケではないが、アースラから認められている俺の言葉に彼は従わざるを得ないだろう。


 この念話の内容は外部に漏れてはいないので、突然態度を変えたら俺にしろ彼にしろ周囲の人々に説明が面倒だし。


「詳しくはケントに聞いてくれ。

 俺は今、すこぶる忙しいんでな」

「家族サービスだな」

「仕方ないだろ。四万年だぞ?」

「いや、あっちだと数ヶ月だ」

「俺にとっては四万年だよ!

 そういうワケで、後は頼んだ」


 そういうとアースラはとっとと念話を切った。


 俺とペンドラゴンは言葉もなく少しの間見つめ合ってしまう。

 髭のおっさんと見つめ合う趣味はないので目を伏せて視線を逸らしておく。


「んじゃ、念話は終了しますので、態度を変えないようにお願いしますね」


 そう言って俺は念話を切った。


 ペンドラゴンは少し動揺していたが、さすがは国王という立場にいる人物だけあり咳払いをして威厳のある仕草で椅子から立ち上がった。


 野良着でも威厳って出せるんだね。


「聞け!! 我らが神、アースラ神様から神託が下った!!」


 ペンドラゴンの宣言に周囲の者たちは「おお!?」と驚きと歓喜の声を漏らす。


「我らが神、アースラ神様は、こちらにおるオーファンラント王国クサナギ辺境伯殿に協力せよと仰せである!

 この者の行動は空に浮かぶ黒き点より現れし厄災に対するものであるとの事だ!」

「やはり魔族の仕業でしたか!!」


 周囲がそう反応すると、ペンドラゴンは少し困った顔になって俺の方を再び見てくる。


俺は立ち上がって周囲の者を見つつ首を大きく横に振った。


「神々は魔族ではないと仰せだと思いますよ。

 アレは異界からの脅威です」


 俺の言葉に周囲の者たちは不安げに「異界……?」と呟く。


「その通り。

 あれはこの世界を滅ぼす為に次元の壁を開こうとする者の力によって引き起こされている現象です。

 あれが開ききった時、世界を滅ぼす何かがやってきます」


 不安を煽り過ぎたのかもしれない。

 周囲はシーンと静まり返ってしまった。


「案ずるな!

 天の神々たちは既に対策を講じられておる!

 その一端が辺境伯度の来訪である!

 アースラ神様は、滅びの扉が開いた時の為に我々に対処を怠るなと仰せだ!!」


 ペンドラゴンの宣言に「おおー!!」と周囲の面々が拳を振り上げている。


 なるほど、こういう感じの国なのね。

 バルネット魔導王国という脅威に晒され続けて来たから、小さいことであっても鼓舞し合う事が行動様式に組み込まれているのかもしれない。


 だとしたら、この国が少しでも暮らしやすくなるように少し協力してやってもいいかな?

 下界に干渉しすぎちゃならんとアースラたち神々は言うが、加護を受けているというのにこんな窮状を放置されているヴァレリアの国民が可哀想すぎるしな。


 北か南の領土をバルネットから取り返して、健全な物資流通を確保できるようにしてやるのがいいだろう。

 北の場合は世界樹の森、南の場合はルクセイドに繋がる事になるワケだけど、どっちが良いかな?


 俺としては皆の方がやりやすいが、この辺りは国王であるペンドラゴンや行政を担っている官僚に意見を聞くのが順当か。


 何にせよ、知り合いが加護を与えているの国なので、少しくらい肩入れしてやりたいと思う。


 ま、俺の助けなんて微々たるものではあるだろうけどね……

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