第32章 ── 第16話
案内の途中トリスタン卿と世間話がてら情報収集。
現在、ヴァレリア聖王国の置かれている状況だが、バルネットとは敵対はしているものの小競り合い程度で大きな戦争にはなっていない。
隣国同士が仲が良い例は少ないので仕方がないというのがトリスタン卿の考えらしい。
「確か貴国も隣国の帝国とはいい関係ではないでしょう?」
「あー、何年か前まではそうでしたね」
俺が苦笑しながら言うと、トリスタン卿は不思議そうな顔をした。
バルネットに三方を囲まれている所為か、どうも最新情報に疎いような印象を受ける。
トリスタン卿だけなのか国全体が情報に疎いのか……
聖王国の情報ばかりもらってもギブ・アンド・テイクの精神の
俺が話した中で彼が一番驚いたのはシュノンスケール法国の滅亡の事だ。
「シュノンスケールが!?」
と彼は鳩が豆鉄砲をくらったように驚いた。
「ええ、海と陸の守護者の怒りを買ったのと、我が国に攻め込んできましたからね」
「なんと……貴国に……?
それにしても何が守護者様たちの怒りを買ったのでしょう?」
「これは守護者たちに口止めされているので詳しい話はできませんが、とある鉱物を掘り出して、それの処理する際に有害物質を海や陸に撒き散らしたとかなんとか。
海の守護者殿が殊の外お怒りでしてね。
国を滅ぼすところまで行ったワケです」
手を下したのは俺だけど、そこまで教えてやる必要はない。
ウチの王様も知らない話だしね。
「それと魔族と組んでたのも大きい理由でしょうね」
「なんですと!?」
トリスタン卿の声が怒気を帯びた。
「その反応から推測したんですが、もしかしてこのあたりも魔族が出現するんですか?」
トリスタン卿は重苦しい雰囲気になり小さく頷いた。
「名誉に関わる話ですので明言は避けますが、バルネットに魔族がいると我らは考えております。
確たる証拠があるワケではありません。
こんな噂を我々が流していると知られたら開戦の理由にされかねませんのでここだけの話とさせて頂きたい」
魔族と関わりがあると思われるだけで名誉が傷つくってのは、帝国に行った時に聞いた話だから、トリスタン卿の反応も判らんでもない。
でも魔族の全部が全部邪悪な人類の敵ってワケでもない。
素知らぬ顔をしているけど俺の後ろには三人ほど魔族がいますしね。
「ところで、アレについてご存知ですか?」
俺はほぼ真上にある例の黒い点を指し示す。
トリスタン卿は指の先の黒い点を忌々しい様子で見上げた。
「あれですか。
魔族が何か悪さをしていると我が国では噂されております。
一説では魔族が我が国の偵察のために魔物を空に飛ばしているとか」
何か悪いことがおきれば原因は魔族だというのはティエルローゼでは当たり前にされてきた事なのだが、根も葉もない事も全て魔族の所為にされるってのは少々気の毒にも思う。
それだけの事をしてきたとも言えるが、魔族が全部が全部邪悪ではない。
人間にも邪悪な者はいるしな。
「アレについてですが、神々から神託があったんですよ」
「なんですと!?
神託があったとはまだ聞いておりませんが……」
この世界では、神託が降りる場合、全ての
まあ「念話:神界」ってスキルを使うと対象者を選べるワケですが、対象を
だから神託は同時に降りるという事です。
「ああ、アースラ神はちょっと忙しかったみたいなんで、神託出してないかもしれないですね」
「アースラ神様が忙しかった……?
それはどういう意味でしょうか?」
やはり家族サービスに忙しくて信者を蔑ろにしてるな、こりゃ……
「結構明確な理由があるので後でお教えしますよ。
アースラ神から許可が貰えればですが」
「貴殿は
今すぐにお聞かせ頂きたいところですが、まずは我らが陛下にお目通りをお願いするのを先にお願いしたく……」
ああ、やはり王城に出向く理由は国王に会う為ですか。
さっきも思ったけど、情報の流れがかなり滞っているこの国では、他国からの訪問者……それも貴族ならば直接会って情報を得ようとするのは当然の事だと思う。
こういうのは本来
湖経由で物資を運んでくる商人もいつ滅ぶかも判らないような落ち目の国に最新情報をタダで教えてくれはしない。
情報を制するものが世界を制するのは地球でもこっちでも変わりはないだろうからな。
一〇分ほど歩くと王城に到着した。
見れば見るほど戦闘用の無骨な城である。
城壁や側防塔には必ず銃眼や矢狭間があり、煮えたぎった油や糞尿を撒き散らす出し狭間なども散見される。
本城がコレだから、都市を囲む城壁もこんな感じの物々しいモノになっているだろう。
長い間戦いを続けてきた国なのは間違いないね。
城に入って少し行ったあたりの小さいながらも調度品に少し金がかかっている部屋へ通された。
「こちらでお待ちいただきたい」
「ああ、はい」
俺は部屋を見回しつつ置かれていたソファに腰を掛ける。
トリスタン卿は直ぐに部屋を出ていったが、扉に鍵を掛けられたりはしていないのでそこまで警戒はされていないと思う。
フラウロスは俺の対面に座り、アラクネイアは俺の隣に座る。
アモンは警戒してか、部屋のあちこちを見て回っている。
少ししてメイドらしい地味な服の女性がカートを押してやってきた。
「失礼致します。
お茶をご用意致しましたので……」
そこまで言うと、ススッと近寄ってきたアモンの顔を見て女性は口を閉じた。
顔が真っ赤になっているところを見ると、アモンのイケメン・フェイスに惚けてしまったに違いない。
「ありがとうございます、お嬢さん。
後はこちらでやります」
アモンはサッサとメイドからカートを奪い取ると、ソファまで押してきてお茶の準備をする。
メイドらしい女性は、「え?」とか「あ」とか言ってはいるが、アモンの手慣れたお茶の作法を見て「素晴らしいお手前でございます」とやっぱり憧憬の表情を浮かべた。
俺はアモンに出されたお茶を飲みつつ、このお茶に合いそうな自分で作っておいた焼き菓子と皿をインベントリ・バッグから取り出してテーブルに置く。
お菓子は多めに出してメイドさんにもお裾分けしておく。
「あの……これは?」
メイドさんは戸惑っているが、俺は「いいのいいの」といいつつ無理やり持たせる。
「美味しいお茶を頂いたお礼だよ。
みんなで分けてね」
メイドさんは「ありがとうございます!」と嬉しげに言いつつ部屋を出ていった。
やっぱ甘いものは女性に好まれる事が多いからね。
嬉しげに出ていったメイドさんにほのぼのしつつ、俺はアモンにお茶のお変わりを頼んだ。
それから五分くらいだろうか、強めのノックが聞こえてきたので「どうぞ」と言うと、トリスタン卿と共に野良着姿の屈強な男が入ってきた。
この野良着の男の所作を見ると、トリスタン卿よりも上位の身分なのは間違いないだろう。
俺はソファから立ち上がって、その野良着男にオーファンラント貴族式のお辞儀をした。
「これはこれは、アーサー・ペンドラゴン陛下でございますね。
私はオーファンラント王国トリエン地方領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申します。
以後お見知りおきを」
俺が恭しい挨拶をかました事で、トリスタン卿と野良着男は面食らったような顔になる。
「ほら、やっぱりバレた。
クサナギ辺境伯殿は、相当できる方だと私が申し上げたでしょう?」
「予想以上だな。
一目で見抜かれるとは」
いや、どう見てもドッキリさせる目的で野良着で来たんでしょ。
場の主導権を握るって目的もあったのかもしれないけどね。
「こんな格好で申し訳ない。
城の菜園で作業をしていたものでな。
国王をしているアーサー・ペンドラゴン・ファン・ヴァレリアだ」
ペンドラゴン陛下が手を出すまで俺はお辞儀の姿勢を崩さない。
相手が上位の貴人ならば、あちらから手を出さない限り身体に触れるのは不敬なのは地球でも一緒だ。
二人の後からメイドが濡れたタオルを持ってきてペンドラゴン陛下に渡した。
ペンドラゴン陛下はそれで土で汚れた手を綺麗に拭いてから漸く俺に右手を差し出してきた。
俺はニッコリと笑顔を作ってその手をしっかりと握った。
これは王座でふんぞり返って偉そうにしている王様の手ではなかった。
剣を握り何万回と振り続けた男の手である。
クワも握って振ってる可能性もあるが……
ペンドラゴン陛下が俺に座るように手でソファを勧めてきたので遠慮なく座った。
「で、バルネットに行く予定だとか。
目的は何かね?」
「魔族の頭領に会いに行くつもりです」
途端にペンドラゴン陛下とトリスタン卿の目が鋭いモノになった。
「やはり彼の国には魔族がいる……という事か?
貴殿はそれを知っていると……?」
「ええ。
あの国には神代の時代から生きている魔軍の指揮官がいます」
真面目な顔で俺がそういうとペンドラゴン陛下とトリスタン卿は絶望を含む複雑な顔をする。
「そ、その情報はどこから……」
「アルコーンをご存知ですか?」
「し、知るも知らぬもない!
魔軍の大参謀ではないか!」
「そのアルコーン筋から知った話なんですよ」
「貴殿はアルコーンと知己……」
「アルコーンは私と仲間で倒しました」
ペンドラゴン陛下とトリスタン卿は目を見開いて言葉を詰まらせた。
「何年か前になりますが、アルコーンは我が国の隣国であるブレンダ帝国の宰相に成りすまし、我が国への侵攻を企てておりました。
それを我がチームが阻止し、その際にアルコーンを討伐したという次第です」
俺は自分の冒険者カードを二人に見せた。
この国でも大陸東の冒険者ギルドの存在は知られているとは聞いている。
ならば冒険者カードの意味するところや機能について知っていると見ていい。
ペンドラゴン陛下は、震える手で虹色に輝く俺の冒険者カードを手に取った。
そして裏に記載されているデーモン・スレイヤー、キメラ・スレイヤー、ワイバーン・スレイヤー、そしてドラゴン・スレイヤーなどの記述を確かめている。
「こ、この冒険者カードが偽物でなければ、全て真実という事だな……」
「本物ですよ。
そういえば、
俺は話を先に進めようと話題をとっとと切り替える。
「う、うむ。
私が
え?
王様が
初代国王がアースラから名前をもらったってのは聞いたけど、この国はそういうルールなん?
それはそれで面白い。
という事は彼は老後なり死後なりにアースラの使徒になるのかね?
いや、
まあ、どちらにせよ、この国がアースラの加護を受けているのは間違い無さそうではあるね。
なのに例の黒い点について神託が降りてないとかありえないんですけど。
俺はペンドラゴン陛下に「ちょっと失礼」と断りを入れてからアースラに念話を掛けた。
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