第32章 ── 第15話

 トリシアとの話が終わり、彼女が部屋から出ていくタイミングで魔族たちがやってくる。


 トリシアは魔族たちとすれ違いざま「ケントを頼んだぞ」と短く言った。

 魔族たちは無駄なことは言わない。

 ただ一言「承知」とだけ言った。


「準備は?」

「万全かと」

「んじゃ、出発しよう」


 館の外に出ると、リヒャルトさんとメイドたちが見送りに来てくれている。

 ハリスやマリス、アナベルの姿はない。

 もちろん、トリシアも。


 リヒャルトさんに聞いてみると、既に出かけたという。

 四人は館の荷馬車を借りて出かけたらしい。


 冒険者として何かやることがあるのだろう。

 さっきのトリシアの相談からして、武者修行の一貫かもしれない。

 パーティ全体の戦闘力の底上げとか連携とか色々試したいとかかな。

 既に彼女らはレベル一〇〇なので、プレイヤー・スキルを上げるしかないしな。


「んじゃ、いってくるよ」

「いってらっしゃいませ、旦那様」


 リヒャルトが綺麗なお辞儀をすると、それに倣ってメイドたちも頭を下げた。


 俺は、ヴァレリア湖畔の村の近くに転移門ゲートを繋いだ。

 昨日の今日で再訪するのも何なので、元ギャングたちに顔を見せるつもりはない。


「ここからどのように向かいますか?」

「湖を飛んで渡ろうかなと」


 アモンの問いに応える。


「という事は、ヴァレリア聖王国を経てバルネットへ向かうという事ですね」

「そうなるね」


 ヴァレリア聖王国は東のヴァレリア湖に面した部分以外、西、南、北の全てをバルネット魔導王国に囲まれた小国である。


 小国ながらバルネットに取り込まれない理由は、英雄神の大神殿が存在し、国王自らがアースラの加護を受けた名だたる英雄だからである。

 国王はアースラから命名されたアーサー・ペンドラゴンの名を代々受け継いでいるとか。

 聖剣を帯びる王の勇姿が湖畔に位置する王都の中心に立っているという。

 王の名前を聞いて吹き出しそうになったんだけど、アースラも大概に厨二病なので言わずもがなというところだ。


 ちなみに、このヴァレリア聖王国がヴァレリア湖の名前の由来だよ。

 アーサー・ペンドラゴン・ファン・ヴァレリアというのが王の正式名称らしいので、ヴァレリア家のアーサー・ペンドラゴンって意味だね。

 由緒正しい王家らしく、バルネットが勢力を拡大する前はヴァレリア西岸一帯はヴァレリア聖王国の領土だったとか。

 今は見る影もないけどね……


 それでもアースラの加護を受けた王家が王都といくつかの町を守護している為、バルネットですらおいそれと攻め込めないほどの防御特化な国となっている。


 補給線を断たれたら終わりそうな国だけど、湖を利用した輸送路が機能している為、なんとか国を維持できているらしい。


 魔族が影から支配する国が隣にあって国を維持するってのは相当なもんだよね。

 ヴァレリア聖王国の王族とは是非お近づきになっておきたいと思うので、挨拶をしてからバルネットへと侵入したい。


 俺は飛行自動車二号を取り出して魔族連を乗せて出発する。


 飛行自動車は目立つが、それもヴァレリア王家へお目通り願う一助になりそうかなと思って、コレで乗り込むワケです。


 大陸最大の湖といっても、飛行自動車で一直線に飛ぶとそれほど時間は掛からない。

 ものの三〇分も飛ぶと西岸に広がる町並みが遠目に見えてきた。


 俺はアクセルを踏む足の力を抜きスピードを落とした。

 一〇〇キロ近い速度で近づいてしまうと警戒心を無駄に強めそうだしね。


 二〇キロくらいまで速度を落とし、高度一〇メートルくらいを維持してゆっくりと王都へ近づいていく。


 あと二〇〇メートルといった辺りまで来ると、湖岸にズラリと弓兵が並んでいるのが見えた。

 その列の後ろに厳つい全身鎧を着た騎士が見えた。


 俺はマップ画面を広げて光点を確認する。

 赤と白が交互に入れ替わって表示されている。

 これは警戒を意味する表示である。


 見たこともない物体が近づいて来れば警戒色になるのは仕方がない。

 飛行自動車を岸から五〇メートルくらい離れた場所まで近づけてから横っぱらを見せるように停めた。

 ここまで来て矢の一本も飛んでこない段階で、あちらは戦闘はなるべくしたくないんだろうと判断する。


 俺は運転席の窓を開けてヴァレリアの兵士へ聞こえるように呼びかけた。


「こちらはオーファンラント王国貴族、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申す!

 敵対の意思はない。着陸の許可を頂きたい!!」


 得体の知れない物体の中から人らしきものが声を掛けて来た事に弓兵たちは動揺の色を見せたが、指揮官らしい全身鎧の人物は全く動じずヘルメットのバイザーをガシャリと挙げた。


「クサナギ辺境伯殿と言われたか!

 貴殿の来訪を歓迎する!」


 ヘルメットから覗く顔は鎧同様に厳ついおっさんであった。

 顔の左側に縦方向に大きな刃物傷があるのが特徴か、それと髭。


「空飛ぶ馬車が降りられるように場所を開けよ!!」


 指揮官の号令が掛かると兵士たちは一糸乱れぬ動きを見せる。

 兵士の練度が見て取れた。


 一応ながらマップ画面で光点をクリックしてみたら、おおよそレベル二〇前後であった。

 兵士それぞれがシルバーランクの冒険者と同じくらいと考えるととんでもない練度である。


 ちなみに指揮官のレベルは三九。

 冒険者で言えばアダマンチウム、あるいはオリハルコンくらいのレベルといえばどれだけ強いか解るだろう。


 俺は兵士たちを刺激しないように慎重に飛行自動車二号を彼らが開けてくれたスペースに下ろす。


 兵士たちの警戒心は解けていないが、指揮官らしい全身鎧は、飛行自動車を興味深げにしげしげと見ていた。


 無事に着陸できたところで、アモンが後部座席のスライド・ドアを開けて最初に降り立った。

 そして運転席のところまで来るとドアを開けてから後ろに下がって頭を垂れた。


 俺はアモンに「ご苦労」と一言声を掛けてから運転席から降りた。


「クサナギ辺境伯と申します。

 歓迎に感謝を」


 俺はオーファンラント式の仕草で頭を下げつつ指揮官らしき全身鎧にそう言うと、彼はニカッと笑って右手を差し出してきた。


「私はマティス・トリスタン侯爵と申す。

 ヴァレリア聖王国にようこそいらっしゃいました」


 俺はその右手を遠慮なく握った。

 トリスタン卿は俺の右手を力強く握り返してきた。


「して、今日はどのような御用で我らが国へいらっしゃったのですかな?」

「ああ、実はバルネットへ行く前に少々ご挨拶に伺おうと思いましてね」


 トリスタン卿の目がギラリと光る。


「ほう……バルネットへ……」


 トリスタン卿は一度言葉を切ってから言葉を続けた。


「彼の国が鎖国中なのはご存知ですかな?」

「鎖国しているんですか?

 時間魔法師の出国を制限しているとは聞いていますが」


 トリスタン卿はますます目を細めた。


「貴殿は魔法使いスペル・キャスターなのですか?」


 そういって俺の格好をまじまじと見る。


 草臥れた緑色のブレストプレートに同じように草臥れたガントレットとグリーブ、赤い煤けた感じのマント。

 どう見ても冒険者といった出で立ちで貴族には間違っても見えない。


 彼の目は連れている魔族たちにも注がれる。


 彼らの格好は見るだけでも相当に金が掛かった代物である。

 執事服、黒いドレス、そして真っ赤なローブ……

 不思議な光沢を持つそれらは、ほんのりと赤いオーラを放っているように見える。


 そんな彼らと比べてチグハグな俺の格好に少し戸惑っているっぽい。


「貴殿は冒険者のようにお見受けするが……」

「その通り。

 オーファンラント王国トリエン支部に所属していますよ」

「左様で。

 オーファンラント王国の冒険者貴族の方といえば……

 フォフマイアー子爵という方がおられると聞いたことがありますな」

「ああ、フォフマイアー子爵はウチの領地であるトリエン地方で部隊指揮官をしてもらってますよ」

「領地守備隊の指揮官という事ですか?」

「そうです。

 今は大陸北のラムノークあたりで軍務に就いてますね」

「軍務?

 ラムノークはオーファンラントとは離れておると思いますが」

「ああ、その辺りの情報はまだ入ってませんか」

「何かあったのでしょうか?」

「はい。

 世界情勢に関わる情報ですので、こんな場所で話すのも如何かと思いますよ」


 俺のその言葉にトリスタンはハッとする。


「失礼つかまつった。

 これより王城へご案内申し上げたいが、よろしいですかな?」


 待ってました。

 これは王への謁見を促されていると見ていいだろう。


「お願いいたします」


 トリスタン卿は俺たちが乗ってきた飛行自動車に四人ほど警護の兵を立たせるように周囲の兵に指示を飛ばし、俺たちを連れて西に見える城へと向かった。


 警護の兵を立てなくてもアレを傷つけられる存在はそうはいないんだけど、好意は素直に受け取っておくとしよう。


 トリスタン卿の後ろについて歩きながらヴァレリア聖王国の町並みを眺める。


 建物は手入れが行き届いてはいるものの新しいものは殆ど見られない。

 古いものをそのまま使い続けている感じで、国ができたのはそれなりに古いんだろう。

 とは言っても古くて五~六〇〇年くらいだろうか。


 遠目から見る城はもう少し古そうだ。

 見た感じは戦闘城だね。


 そういやトリスタン卿って言うくらいだから、あの腰に下げてる剣は「カーテナ」なんだろうか?

 鞘を見る限り、切っ先は普通にありそうなんだが……


 アーサー王伝説に出てくるトリスタン卿の廃刀である「カーテナ」は、あっちの世界では「慈悲の剣」とも呼ばれ、ロンドン塔の宝物館に展示されてるそうな。

 ただ、本物のカーテナはピューリタン革命の時に行方不明になったとかで、宝物館にあるヤツは作り直された剣だとか。

 そういう来歴を持つ剣なので魔法の剣みたいな効果は無さそうだねぇ……


 あっちの世界ではカーテナはジョワユーズとかデュランダルなどの伝説の剣と同じ窯で作られたっていう逸話もある。

 よって彼の下げている剣が魔法の付与をされてたら色々と面白いよね。


 誰が作ったのかとか、いつ作られたのかとか、すっごい気になる。


 それにトリスタンがいるんだから、他の円卓の騎士にあやかった騎士たちもいるのかも。


 国王の名前をアースラが付けたとか言われているし、そのあたりはアースラ次第か。

 全円卓の騎士の名前をつけるほどヤツはマメかどうかを考えてみよう……


 なんかアースラの顔を思い浮かべたら中途半端に名前つけてそうな気がして来た……


 ランスロット、ガウェイン、パーシヴァル、ボールス、ベディヴィア、ガラハド、ガレスあたりはいそうかな?


 何にしても、アーサー王伝説好きの俺としてはちょっと興味ある。

 あるなら、ティエルローゼのエクスカリバーも是非見てみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る