第32章 ── 第14話
転移先で
とりあえず俺に縁がある場所だけだが。
フソウにあるキノエの下町一帯とマツナエの屋敷は勿論だし、ラムノークのケンゼン商会、世界樹の森のヴァリス村も保護対象だ。
ついでにヴァレリア湖畔のあっちから連れてきた人間たちが住む村も。
ブレンダ帝国やアゼルバード神聖王国も俺に関わりがあるが、国家まで保護してやる必要はないだろう。
アゼルバードは曲がりなりにも神に列する者が治めている国だし、自分でなんとかしろと言いたい。
帝国は現地の人に散々迷惑を掛けたアイゼンがなんとかするべき案件。
無限に魔力を使えるといっても、各地を飛び回り魔法の防御を展開する度に大量の魔力が消費される為、なんだか体力的にも精神的に疲れた気になる。
まあ、本来一日か二日程度でどうにかなる作業量じゃないんだが。
ちなみに、この機会にマタハチはキノエの実家に返したよ。
既にキノエの下町には職人が作業できる共同鍛冶場が作られていた。
それを見たマタハチはウチの工房の様式に合わせるように模様替えを始めたので魔法炉を一つプレゼントしておいた。
これで魔法金属の加工もできるようになるはずだ。
マタハチは
西側でも魔法金属の武具や道具を作れるようになれば、ヴリトラが来訪した時に東と西で強力な武器が出回ることになる。
魔法金属の供給源としてハンマールも動き出すだろうしね。
やることを終えた頃は既に深夜を回っていた。
チラリと空の点を見上げて俺は舌打ちをした。
真っ暗な夜空に瞬く星にしては大きい光が見えたからだ。
点は日増しに大きくなっており、今では夜の帳が降りた中でも妙な光を発するようになっている。
金環日食のようにも見えるけど、まだそこまで大きくないのが救いではある。
ただ、世の人々がアレに気づかないワケもなく、様々な憶測や噂が巷には流れているとは聞いている。
ただ、アレの正体について正確に知っているのは世界各国の首脳陣ばかりだし、俺に関係する場所の住人も口外はしない事になっている。
一般人に知らせてもいたずらにパニックを引き起こすだけだしな。
それでも噂は独り歩きしているようで、吉兆とも凶兆とも言われているが、約七割の噂が後者を正しいものとして囁かれている。
正しく見抜いているねぇ……
野生の勘なのかしら?
人間、時々常識以上の能力を発揮するからね。
こっちの世界はあっちよりも相当危険なところなので、危機が迫って来ているのをこっちの人間は肌で感じているのかもしれない。
トリエンに戻って風呂にも入らずにベッドに沈んで寝た。
朝になってメイドに優しく起こされて食堂へ。
朝食を食べつつ仲間たちに宣言する。
「今日からバルネットに向かうつもりだ」
俺の宣言に周囲は沈黙する。
トリシアだけが「そうか」と短く発現したが「連れて行け」というワガママは言わなかった。
食事が終わり、魔族連には一時間後に出発する旨を伝えて自室へ移動した。
インベントリ・バッグに何でも放り込んでいる俺には大した準備は必要ないのでお茶を飲みつつ時間を待っていた。
ノックもなく自室の扉が開き、トリシアが入ってくる。
「どうした?
ノックもしないとは珍しい」
ガサツに見えるが、そういうマナーは心得ているはずのトリシアにしては珍しい。
「ケント……」
トリシアはそう言ってから無言になってしまう。
何か言いたいんだろうけど、言葉になって出てこないということだろうか。
「何か言いたいようだけど……
悩みでもあるの?」
「私はどうしたらいいのだろうか?」
「どうしたらとは?」
「私は弱い……」
何を言っているんだね、トリシアくん。
君、伝説の冒険者じゃん。
そう言葉にしてしまいそうになるが、何やら彼女の悩みは随分と根は深そうな気がする。
「どういう事?
トリシアが弱かったら、世の冒険者はゴミクズみたいなもんだけど?」
「そういう意味ではない。
我らのチーム、魔族たちも含めて構わない。
仲間たちの中で私は役立たずだ……」
トリシアの美しい顔が悲壮に染まる。
俺はトリシアの言葉を黙って聞く。
「ケントに作ってもらった武具があったのに古代竜の鱗すら貫けない!
指示は出しても決定的な力を持ち合わせていない!
これではケントの……いや仲間の役に立てないではないか!」
今にも崩れ落ちそうに肩を落とすトリシア。
俺はそれを見て少し考えてしまう。
トリシアはティエルローゼにおいて押しも押されぬ紛うことなき最強の冒険者である。
その活躍っぷりは何十年も前から本になって出回っているくらいである。
俺が転生してきてから世界の常識が少しだけ代わり、俺に関わった者の中には人類種においては頭打ちであったレベル上限を無視してレベルアップする者まで出てきた。
トリシアはその筆頭である。
どこが弱いというのだろうか。
その経験に裏打ちされた状況判断力は他の追随を許さない。
仲間たちの信頼を一身に集める司令塔。
それがトリシアだ。
眉間にシワを寄せたまま、俺は口を開く。
「古代竜の鱗すら貫けない?
そんな些末な事で悩んでいるの?」
その言葉にトリシアは怒ったような表情で俺を睨む。
だが、口は開かなかった。
そしてトリシアと俺の視線が絡み合う。
「トリシア。
ただ単に攻撃力が高いだけで役に立つ役に立たないと言うのは如何なものかと思うんだけど」
「そうは言うが、私などハリスの足元にも及ばない。
マリスと比べても何かできるとも思えない……
アナベルなど既に
なるほど。
単純にステータスを比べた場合、確かにトリシアは今彼女が挙げた三人よりも低い傾向にある。
ハリスにしろアナベルにしろ最上級職でレベル一〇〇である。
彼らがレベル・アップ時に入ってくる能力値ポイントは、マリスやトリシアのような上級職に就いているキャラクターよりも多くなる。
自然と振り分けられる能力値に差が出るのは仕方がない事だ。
マリスも
だが、彼女は古代竜である。
基礎能力値が圧倒的に人類種よりも多いのである。
こういう理由でトリシアのステータスはチーム内では低いものとなる。
これを理由に「自分は弱い」と言っているのだろう。
「能力値が冒険者の全てじゃないと思うんだけどね」
トリシアは何を言っているんだといった顔で俺を見た。
「同じレベルなら能力値が物を言うのは当たり前だろう!」
「君こそ何を言っているんだ。
能力値など表面上の優劣に過ぎないだろうが!
俺より長いこと冒険者をしていて判らないの!?」
俺がそう言い返すとトリシアは怯んだように一歩下がる。
「な、何を言っているのか判らん……」
「能力値なんかシステムの一部でしかないだろ。
それ以上に重要なのはプレイヤー・スキルじゃないか」
「プ、プレイヤー・スキル……?
そんなもの私は持ち合わせて……」
「無いわけない。
プレイヤー・スキルってのは
経験値でも表せない」
実のところD&Dを祖とするRPGにおいては、こういうプレイヤー・スキルも含めてEXP、つまり経験値として反映していた。
しかし、時代が流れるにつれコンピュータ版を含むRPGはプレイヤーを進化させた。
プレイヤーの気質次第で、物語の中の状況が有利不利に揺れるようになった。
これは、経験に裏打ちされたプレイヤーの能力と言っていい。
行動形式にしろ判断基準にしろ、数多のシナリオを経験することで圧倒的な基準をプレイヤーは獲得していったのだ。
それをノウハウとして本やインターネットなどで共有し始める。
こういったモノは、ビギナーであれベテランであれ、簡単に
それを元にゲームをプレイするのである。
あっという間にノウハウを身につける事がゲーマーには可能になったのだ。
もちろんゲームによってノウハウに差はあるが、そのすり合わせはそれほど難しいモノではない。
RPGならでは普遍的ノウハウも多く存在しているのだから当然だろう。
確かにそのノウハウを従前に活かしきれないモノもいる。
それは個人の気質や才能なので仕方がない。
RPGを苦手とする人々も世の中には数多くいたしな。
このようにシステム上では再現されない経験というモノが実在しており、それを有効に活かせるかどうかがプレイヤー・スキルというモノだろう。
トリシアはその長寿を活かして圧倒的なプレイヤー経験を積んでいる。
それを見ずに自分を「弱い」といっては俺たち若造には立つ瀬がない。
つらつらと俺は自説を展開した。
トリシアはそれを困惑した目をしながら黙って聞いていた。
「とまあ、このティエルローゼにおいてのプレイヤー・スキルは、トリシアの方が圧倒的にアドバンテージを稼いでいるんだけどな?
言っている事は理解できるか?」
俺がそう問いかけてもトリシアは口を開かない。
目には困惑の色しか浮かんでいない。
「黙ってても判らないんだけど……」
「あ、すまん……
ケントが言うプレイヤー・スキルという言葉が理解できなかったんだ……」
「意味、わかんない?」
「いや、意味の事ではない。
言葉が理解できなかったんだ」
「言葉が?」
「プレイヤーとはケントのような転生体を言うのだろう?
私たちはプレイヤーではない。
プレイヤーのスキルは持ち合わせていないではないか」
「あー……」
俺は目を瞑って宙を仰いだ。
「そのプレイヤーとプレイヤー・スキルのプレイヤーは意味が異なる。
えーと、この世界に生きるモノを全てプレイヤーと呼ぶんだよ。
ティエルローゼにおける……いや、あっちの世界も含むけど、人生をゲームとして捉えれば、それをプレイしている俺もトリシアも全員プレイヤーだろう?」
「人生をゲームとして……?」
「そう。
トリシアは俺と比べても圧倒的に人生経験は豊富だよね?」
「人生を言えばエルフになって二〇〇年以上生きているのは事実だが」
「それに加えてあっちの人生経験は二〇数年あるよね?」
「それも加えていいのか?」
「記憶戻ってるでしょ?
問題ない」
「それを加えても三〇〇年には満たないが」
「人としての感覚で三〇〇年近く生きてきたら、それ相応の人生経験を積んでいるよね。
数値にできないけど、圧倒的に判断基準が豊富。
こういう状況なら打開策はコレ、ああいう状況ならこう対応すれば……
どのような条件下でも判断を下せる、行動できる事をプレイヤー・スキルというんだよ。
ドーンヴァースのプレイヤーとか関係ない」
トリシアの目には少しだけだが理解の色が見えた。
「何となく判ってきたかな?」
「断言するにはまだ根拠が弱いが……」
「トリシアはシンジと戦って負けるイメージが浮かぶかい?」
「いや、シンジには圧勝できる自信がある」
「それは能力値を比べて?」
「いや……」
その時トリシアはハッとした顔になった。
「ああ……
言葉にするには私の語彙力では足らないが、何となく掴めた気がする……」
俺はニヤリと笑った。
「そうだろう?
能力値じゃないんだよ。
弟に負けるような姉は存在しない。
たった数年先に生まれただけでもね。
身体能力は女は男に負けるはずなのに。
そういうのを俺はプレイヤー・スキルと言っているだけだよ」
もちろん、プレイヤー・スキルってのはゲーム用語だし、さっき言ったようにこういうノウハウはゲームごとに違う。
だが、普遍的に共通するノウハウが存在してもいいだろう。
それは経験に裏打ちされた数値にできない何かなのだ。
それに気付ければ、トリシアの悩みなど何でもないはずだ。
「ありがとう。
やはりケントは凄い。
三〇年も生きていないのに、何故そういう発想ができるのだ?」
「何でと言われても、色々苦労してきたからかもね」
「三〇年程度でか」
「三〇年程度でもだよ」
俺はトリシアと二人で笑った。
こういうのも才能の一つなのかもしれない。
物事の本質を捉える。
そんな能力、あるいは才能なのかも。
俺自身、良く解ってはいないんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます