第32章 ── 第11話

 ナイアスたちに別れを告げて、次の地へと転移門ゲートを開く。

 潜った先は初めて訪れる場所だが、ガーゴイルを派遣しているのもあり問題なく転移門ゲートは繋がったので潜った。


 転移門ゲートの先は農村ののどかな風景が広がっていた。

 ここはミネルバが住むハドソン村である。


 辺鄙な場所だと聞いていたが、見れば風車もあるし大きな穀物倉庫もある。

 あっちには羊の放牧をしているのが見える。

 俺の知る他所の農村は、ここまで設備の整った農村ではなかった。


 俺がキョロキョロ周囲の状況を確認していると、少し離れた位置にある大きな木の幹の影から子供が覗いているのが見えた。


 俺が感づいたのに気づいた子供が慌てて幹の向こう側に消えた。


 今更逃げてもなぁ……

 目ぇ合ったじゃん……


 やれやれポーズをしてからマップ画面で家屋が集まっているらしい方向に伸びている緩やかな坂道を登りはじめた。


 坂道の上は村の中心広場のようだった。

 既に村人たちが一〇人以上集まっており、その中にはさっき逃げた子供もいた。

 子供は俺の方に指を差して何か喚いている。


 見れば村人の何人かは一番大きい建物の屋根の上に鎮座するガーゴイルに祈りを捧げているようだ。


 坂道を完全に登りきった頃に、白いヒゲを蓄えた腰の曲がった老人が意を決した表情でこちらにゆっくり歩いてくる。


「冒険者の方とお見受けしますが、我らの村に何か御用でございますかな?」

「ああ、今日は挨拶にね」

「挨拶……?

 なるほど、やはりそうですか。

 以前の方にもお伝えしたと思いますが、ゾバルは既に全て買い手がついております。

 お譲りする事はできません」


 ん?

 何の話をしているんだ?


 老人の話しぶりから彼は村長で蕎麦の買付けの打診を俺以外の者から受けているようである。

 俺をその別の誰かの使者か何かと勘違いしているという状況だろう。


「別に蕎麦の買付けに来たわけじゃないよ」

「本当に?」


 まだ村長は疑い深い目をしたままである。

 それに彼はガーゴイルの方をチラチラと見ているのは明白である。


 それもそのはず。

 あのガーゴイルには村に何かあった時に防衛、警護などをするように命令が下されているからだ。


 ただ、彼の勘違いは、あのガーゴイルは俺に対しては絶対的に無力だという事だ。

 作り主に仇をなすガーゴイルがいるワケないよね。


「ああ、ガーゴイル頼みなのは解るけど、あからさますぎるよ」


 俺は苦笑しながらそう言ってやった。

 村長は、前に逃げ帰った奴から聞いたのかという顔をしている。


「それよりミネルバはいるかい?」

「ミネルバ……?

 ミネルバをご存知で?」


 より一層怪訝な顔をする村長らしき老人。


「彼女とは知り合いでね。

 今日は彼女と蕎麦の様子を見に来たんだよ」

「ミネルバと蕎麦の様子を……」


 老人も馬鹿じゃないらしく、俺の言う事を反芻するように繰り返しながらだんだんと顔色が青くなっていく。


「も、もしかして……

 失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでございましょうか……?」


 なんか口調が可笑しくなってるよ。


「俺?

 冒険者のケントだ。

 以後よろしく」


 名乗った瞬間に村長らしき老人が土下座よろしく跪く。


「も、申し訳ございません!

 よもや、クサナギ辺境伯様だとはつゆ知らず……」

「あ、そういうのはいいよ。

 今日は冒険者だからね」


 俺は老人を手を貸して立たせる。

 腰の曲がった爺さんに土下座みたいな低姿勢は堪えるだろうしね。


「ところで、ミネルバは……」

「ミネルバは村の倉庫の中に避難させております」

「ん? 何か彼女が避難しなきゃならないような事が起きたの?」


 俺は躊躇なく警戒モードに移行する。

 大マップ画面を開いて赤い光点を探す。

 だが、画面内には赤い光点は発見できない。

 念の為周囲一〇キロ圏内まで表示半径を広げてみるも、やはり赤い光点はない。


 剣の柄に手を掛けて周囲を警戒しはじめる俺を見た老人は、パタパタと手を振った。


「いえいえいえいえ。

 村の外れの木のところに変な物体が現れたと報告を受けましてな。

 ミネルバに何かあっては大事になりますので、念の為に避難させただけですので」


 避難の理由が俺の出した転移門ゲートだとハッキリ言ったら俺が怒り出すとでも思ったのか、必死に誤魔化している。


「ああ、転移門ゲートに驚いたのか……

 そいつは申し訳ない。

 移動はアレが楽なんで移動先の反応まで考えてなかったよ」


 俺が頭を下げて謝ると老人は目をパチクリして驚いている。


「クサナギ様はお貴族様では?

 お貴族様が平民ごときに頭を下げては……」


 俺は手を上げて老人を黙らせる。


「貴族だろうが王族だろうが、悪いことをしたら謝るべきだ。

 俺はそう思うし、我らが陛下もそのようなお方なんでね」


 俺がにこやかに言うと、老人は感嘆の溜息を吐く。


「やはりオーファンラントは素晴らしいですなぁ。

 帝国の貴族たちにも見習ってほしいものです」

「女帝陛下も立派なお方だったと思うが」

「左様でございます」


 だが、老人はそれ以上語らない。


「という事は貴族どもか……」


 老人はピクリと反応する。


「どっかの貴族が俺の買付けてる蕎麦にちょっかいを掛けている……

 そういう事でよろしいか?」


 俺がジロリと視線を老人に向けると老人はコクコクと頷いた。


「やはりな。

 その件についてはこちらが対処しておこう。

 村はいつも通りの生活に戻ってくれ」

「か、畏まりました……」


 俺は般若のような強面からにこやかな表情に戻す。


「で、ミネルバは元気かな?」

「あ!

 そうでしたな!

 早速、ミネルバを呼びましょう」


 老人は近くにいた若者に声を掛け、ミネルバを呼んでくるように申し付けていた。


 その時、俺の方をジッとみていた子供がツカツカと近づいて来る。

 歳の頃は出会った頃のミネルバと同じくらいだろうか。

 ただ、当時の彼女は栄養事情が悪かったので、歳よりも幼く見えていたから、彼女よりも四~五歳くらい下かもしれない。


 今の村の設備や周囲の作物の育ち方などの状況を見ると、村人たちの食糧事情は相当改善されているだろうし、この子供にしても年相応の育ち方をしているだろう。


「おっちゃん!

 おっちゃんが、ゾバルを買ってくれてるお貴族様なんだってな!」

「おっちゃんじゃねぇ!」


 また、このパターンか。

 まあ、確かに子供からしたら俺はおっさんって年連だろうけどな。


「え?

 おっちゃんじゃないって、お前何歳だよ……」


 口の聞き方がなってねぇ。

 村の子供だったらそんなもんかもしれんが。


「こ、これ……!!」


 子供の母親らしい中年の女性が慌てたように片腕で子供の肩を抱き、残った方の手で子供の口を抑えた。


「も、申し訳ございません!!

 お貴族様に馬鹿息子が失礼を申しました!!」


 この世界の標準的な親なら当然の反応ですなぁ。


「いや、気にしなくていいよ。

 子供は元気なくらいがちょうどいい。

 まあ、口の利き方は教えた方が良さそうだけどね」


 俺は母親に笑ってそう言った後、子供に真顔で向き直った。


「口の利き方を知らないと色々と怖い思いをする事になるぞ」


 俺は村長に向けた怖い顔とは別の強さを表情に込める。

 冷淡な奴は、他人に対してとことん冷淡になれるのである。

 俺だから良かったものの、そういう輩に今のような対応をした時、この子供だけでな親、兄弟まで何をされるか解ったものではない。

 子供にはそんな危険性まで考慮できる人物になってもらいたい。

 それが処世術というものである。


 無表情で子供の顔をジッと見つめつつ、少しだけ威圧スキルを発動させる。

 途端に子供顔がみるみる内に青くなり、ガタガタと震え始める。

 そんな状態になっても威圧を続けていると、とうとう少年は失禁してしまった。


 威圧効果のコントロールが絶妙だったので、周囲の者には俺が何をしたのかすら解らなっただろう。

 指向性のある威圧だからな。

 怖い思いをしたのは子供だけなのだ。


「解ったか?」

「わ、わかりましたぁ!!

 ごめんなさいでしたぁ!!」


 子供は俺が問うと親の手を引き剥がして、叫ぶように謝罪を口にした。


「うむ。

 解ればいい。

 これからはケントと呼びなさい」

「え!? そこ!?」


 子供が何か驚いている。


「そこって、俺はこう見えて二六だぞ。

 まだおっさんって歳じゃない。

 おっさんは三〇超えてからだろ?」


 俺は近くにいた若者に「なぁ?」と聞いた。

 若者は「そうですね……」と何故か引きつった笑顔で応えてきた。


 ん?

 俺、何か間違った事言った?

 二〇代はまだまだ「お兄さん」だろう?


 俺が首を傾げていると、ミネルバと数人の冒険者風の者たちがやってきた。


「あ! ケントさんじゃん!!」


 一人の冒険者が俺を見て嬉しげに叫んだ。


「ケントさんだと!?

 じゃあ、トリエンティル様が!?」


 他の冒険者は俺がケントと知るとトリシアを探し始める。

 彼女は大陸東側では伝説の冒険者だから彼らの反応を見て「いつもの反応で安心んした」と少しだけホッとする。


「ちょっと、お前ら!

 ケントさんに失礼だろ!!」


 俺の事に最初に気づいた冒険者は、どっかで見た記憶がある顔だった。

 誰だったかと記憶をさぐると思い出せた。


「たしか、拳闘士フィスト・ストライカーのポーフィックだったか……」


 俺がそういうと件の人物はハッとした顔になり「覚えていてくれたんですか!」と何故か感激の涙を流す始末。


「いや、突っかかって来た奴は大抵覚えてるよ」


 俺がニヤリと笑うと、ポーフィックはバツの悪そうな顔になった。


「そういう覚えられ方は、心臓に悪いな……」


 頭を掻くポーフィックに俺は吹き出した。


「冗談だよ」

「なんだ、冗談かー」


 ポーフィックは心底ホッとした顔になった。


「ちょ、ちょっと、ポーフィックさん!

 どいて下さい!」


 ポーフィックを必死に追いやる少女が一人。

 ずいぶんと大人っぽい娘だが、間違いない。

 彼女がミネルバだ。


「やあ、ミネルバ。

 随分と大人っぽくなったな」


 俺は大きくなった姪っ子を見たような気分で褒めた。

 ミネルバは一瞬で顔を真っ赤にして「そ、そんなこと」と恥じらう乙女になる。


 ミネルバの初々しい少女っぷりに少々幸せを感じる俺であった。


 助けた者たちが健やかに生きている今を後々確認できる幸せとでもいおうか。

 こういう感覚は冒険者特有の特権かもしれない。


 あっちの世界のゲーム、大抵のRPGなどの場合、世界を救った後にはこう言った後日談が語られることは殆どない。

 でも、苦労して救ったなら、ここまで見せてくれないと達成感は満たせないと思うんだよね。

 救ったら救った責任を果たしたところまでを描くべき。


 そういう意味でも「こっちに転生してきたのは正解だったなぁ」と今更ながらに思う俺であった。

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