第32章 ── 第10話

 翌日からエドガーと人事局が集めた人足による避難所シェルターの建設が始まった。

 初日から人足が二〇〇人も集まったことから、門外街が相当大きくなっているのは間違いない。


 人足の給料は一日で黄銅貨一枚。

 ただの人足としては破格の日当らしい。

 貧困家庭なら一人当たりの一日の生活費が鉄貨二枚くらいなのが普通らしいので、確かに高給ではあるね。

 ただ、臨時の雇用だし高めになるのは仕方がない。



 一週間ほど作業の進捗を見守っていると、作業速度が順調に高まってくるのが見て取れるようになる。


 エドガーから上がってくる報告をクリスがまとめて俺の執務室に持って来ているので、その報告書の束をペラペラとめくって読むと彼が俺の指示通りに仕事を進めているのが解った。

 作業する各組の人足を考査して素質のある者をリーダーに任命した事で作業効率が上がったのではないかとエドガーの推論が添えられていた。


 それと共に各種作業を幾つか専門的に各組に割り振ったのも間違いなく功を奏していると思う。

 ただ適当に作業するよりも作業の主軸を決めて仕事をさせる方が効率がいいのは間違いない。

 各作業に特化させ、それをさらに上の立場の人物が適材適所に仕事を割り振る。

 作業の分化が、それぞれの作業の専門性を高めので当然といえば当然である。

 やる作業が毎日同じものになるんだから日に日に練度が上がるって寸法だよ。


 こういった大規模工事をやるなら、効率化は切っても切れない手法だと思う。

 海外なら大手ゼネコンだって、受注する仕事によって専門的な下請け業者を集めてくるんだし、一社で何でもかんでも出来るワケじゃないからね。

 この世界ではまだまだ目新しい手法かもしれないけど、だからといって取り入れて悪いわけじゃないだろう。


 この分だとエドガーに任せておけば避難所シェルター建設は上手くいきそうだ。

 後は彼にこのまま任せておけばいいね。



 俺は俺しか出来ない事を進めるとしよう。

 まず、俺が関係した各国への根回し。


 例の空の黒い点から世界を破壊するモノが現れる可能性がある旨については既に第一報を入れてある。

 各国がそれぞれに対策を進めているとは思う。

 しかし、この世界の技術水準はあまり高いとは言えないし、世界が崩壊するほどの災害に対処する術など持っていようもない。


 だからと言って俺が全部なんとかしてやるというのも過保護というものなので、外交の一助としてアドバイスくらいはしてやってもいいと思うのだ。


 ガーディアン・オブ・オーダーの仲間たちにも都市や町、村などに似たような事をやってもらっているが基本的には国内のみだ。

 俺は転移をフル活用して各国に同じことをしようって事だ。


 オーファンラントの周辺国だけでも六カ国もあるし、オーファンラントからの警告だけで上手く立ち回れる国は少ないだろう。

 できてもファルエンケールとペールゼン王国くらいだろうか。


 ブレンダ帝国は国内はなんとか安定に向かっているが、アルコーン事件の余波はまだ拭いきれていない。

 食糧事情はかなり安定してきているとは聞いているけどね。

 問題は、食料の備蓄がまだまだだという事だね。

 緊急用食料の備蓄を安定させるなら一〇年くらいの年月は必要になるからな。


 よし、まずはブレンダ帝国にいくとしようか。

 その前に最南端にある俺の領地の様子を見てからにしょう。


 俺はいつも通りの冒険者の装いで魔法門マジック・ゲートを発動した。

 転移門ゲートを潜ると、肌の色が青や緑色の美しい半裸の女性たちが転移門ゲートの周囲に集まっているのが目に飛び込んできた。


「あー!!

 冒険者ケントだー!!」


 そんな叫び声が耳に飛び込んできたと思ったらドカッと何ががぶつかってきた。

 ニンフの一人に飛びつかれたらしい。

 ムギューッと抱きつかれてフガフガしていると、「姫、おやめ下さい」と嗜める声が聞こえた。


 俺はひっついてきたニンフを引き剥がしつつ挨拶する。


「やあ、ナイアス。

 元気そうだな」

「ええ、冒険者ケントもお変わりないようですね」


 ひっぺがしたニンフが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。


「冒険者ケントは、ニンフの言葉しゃべれたっけ?」


 その言葉にナイアスが、ハッと表情を変える。


「ま、まさか偽物!?」

「んなワケあるか」


 俺は二人の頭にビシッとチョップをお見舞いする。


「「あうっ」」


 俺のチョップは些か強烈なので戦士であるはずのナイアスですら反応できないのである。


「俺が送ったガーゴイルが無反応な段階で気づけよ」

「あ、そういえば、ガーちゃんは動いてないや」

「た、確かに」


 ニンフとナイアスは納得したように頷いた。

 あのガーゴイルは、この村の守護として送ったもので、不審者が村に侵入した段階で攻撃を開始するのだ。


「冒険者ケント、いつ我らの言葉を覚えたー?」


 ちょっと頭の悪そうな喋り方のこのニンフ、「姫」と呼ばれていた事からお判りの通り族長の娘シャリアである。


 他のニンフが飛びついてこないのは、このシャリアがいるからなのは間違いない。


「俺はいつも通り喋ってるんだよ。

 ニンフ語に聞こえるかもしれないけどね」


 そう説明してもシャリアは良く解らないといった顔のままだ。


「ところで、冒険者ケント。

 本日はどのような御用で?」


 ナイアスはそんな些細な事よりも用件の方が重要とばかりに話を変えた。

 当然、そちらが主題なのだから、俺もシャリアの方は放っておいてナイアスに答える。


「今日は、世界の破壊者がやってくる事についてだな」

「世界の破壊者ですと?」

「ああ、あと五ヶ月半くらいかな?

 世界の終わりがやってくるらしい。

 俺はそれに対処する為にやってきたんだよ」


 それを聞いたナイアスは怪訝そうな顔を一瞬したが、直ぐに真顔に戻った。


「それでは族長に報告を。

 冒険者ケントもいらっしゃって頂けますか?」

「ああ、お目通り願おうか」


 ナイアスは頷くと「こちらです」と先導を始めた。

 シャリアは真面目な話と気付いたのか静かになっていた。


 沼の中に作られた申し訳程度に露出した陸地伝いに、木と葉っぱで出来た大き目の建物まで案内された。


「族長、冒険者ケントが参りました」


 葉っぱの扉の前のニンフが葉っぱを巻き上げた。


 あの扉っぽいモノは上に巻き上げる方式だったか……

 扉は前後に開閉だと先入観を持っていたので少し驚くね。


 扉が開くと他のニンフよりも少し大柄のニンフが出てきた。

 上背もあるが、胸もそれに比例してデカくて……

 俺の目は釘付けになりましたよ。


 その視線に気づいたのであろう。

 族長は「どうだ!」と言わんばかりに胸を張る。


「良くぞ来ました、冒険者ケント。

 領主閣下とお呼びした方がよろしくて?」

「あ、いや、普通にケントでいいよ」


 俺は少し顔を赤くしてそっけなく応えた。


「お初にお目にかかります、冒険者ケント。

 私はこの沼ニンフを取りまとめているファレニスと申します」

「ご丁寧にどうも。

 トリエン領主のケント・クサナギです」


 深々とお辞儀をするファレニスと同様に俺も深く頭を下げる。


 ファレニスは俺の所作を見て目を細めた。


「私たちにそのような態度をする人間を見たのは初めてです。

 ナイアスの申す通り高潔な人柄のようですね」

「礼を以て相対する者には礼を以て当たるのが基本だと会社の先輩に教わりましたからね」


 俺はにっこり笑っておく。


 ファレニス的には「会社」と「先輩」が意味わからないだろうけど、それ以外に表現しようがないからなぁ。


 だが、ファレニスはいちいち問い返すような無粋な真似はせず、軽く頷くだけに留めた。


「それで冒険者ケント、今日はどのような用向きでございますか?」

「では、申し上げます」


 俺は最悪五ヶ月後に世界の滅びがやってくる事をファレニスに告げる。


「そうですか」


 ファレニスは淡々とした口調で微笑んだ。


「落ち着いてますね」

「滅びるのであれば、詮無きこと。

 抵抗すれば回避できるのですか?」

「さあ……

 やってみなければ判りませんが」


 俺がそういうとファレニスは更に目を細めた。


「話に聞く冒険者を私は初めて見た気がします」


 冒険者とは人々を守る為ならば命をも掛ける。

 どのような強大な敵にも諦めることをしない。


「私はそう聞いていました」

「全部が全部、そういう奴でもないんですけどね」


 俺は少し恥ずかしくなる。

 冒険者は自分の力量を超えた危険であってもそれに飛び込む奴が多いのは間違いない。

 だが高潔かどうかと聞かれれば、ダレルみたいな醜悪な奴もいるので何とも言葉にならないのである。


「だが、冒険者ケントは諦めていない様子」

「まあ、それだけの力はあると思いたい事情があるので」

「ならば、我ら沼のニンフは其方の慈悲に縋るまで」


 そう言うとファレニスは俺に躊躇なく跪いた。

 ナイアスも扉の前にいた護衛ニンフもシャリアもそれに倣った。


「解りました。

 俺のできる限りの保護を約束しましょう。


 俺はそう言うと呪文を唱え始めた。

 様々な条件式を術式に組み込み、ひたすら呪文を唱え続ける。

 その様子をファレニスたちも静かに見守ってくれた。


 長い長い呪文の詠唱を終え、俺は魔法を発動させる。


次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド


 別段周囲に何の変化もない。

 当然である。

 今回展開した次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドは、ニンフの集落を中心に半径一〇キロメートルもの円形のドームなのである。


 これだけの広さがあればニンフたちが一~二年暮らせるだけの物資も確保できると思う。


 シャリアは周囲をキョロキョロしてから「終わったの?」と聞いてた。

 俺もそれに「ああ、終わったよ」と軽く答える。


 ファレニスは頭上を見上げてジッと凝視してから柔らかい微笑みを顔に戻した。


「素晴らしき御力を見せて頂きました。

 感謝に堪えません」

「確かにコレ出来るやつはこの世に四人くらいしかいないからね」

「四人様もいらっしゃるのですか」


 呪文自体はその場で改変しつつ唱えられる者となると俺一人だが、普通に詠唱呪文を文字起こししたモノを使えば、俺の他に三人はいる。

 エマ、フィル、そしてソフィア。

 全員、魔法の女神イルシスの加護を受けている。

 無限に魔力が確保できるのだから、どんな魔法も使えるはずの人々である。


「全員、俺の知り合いではありますが」


 俺が苦笑するとファレニスは「さもあらん」と納得の顔をした。


 よし、これでニンフたちの安全は確保できた。

 彼女らに備蓄だの避難だのと諭しても意味がないので、こういう手段を使ったんだけど、ちょっと過保護だったかな?


 水から出したままだと衰弱死してしまう彼女らには、手厚い保護をしておくに限るので、依怙贔屓ではないと言いたい。


 決して美人揃いだからって理由じゃないからね!

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