第32章 ── 第8話

 夜の食卓。

 出かけていた仲間たちも戻ってきていて、仲間勢ぞろいでご飯を食べる。


 本日の晩ごはんのメニューは、ビーフストロガノフと牛肉の分厚いステーキを中心にサラダやスープが食卓に並んでいる。


 俺の教えたレシピを館の料理人たちも普通に作れるようになってきている。

 最近は俺の料理の腕を噂に聞き、弟子入り志望の料理人がトリエンに集まってきているというが、教えを請いたくても貴族相手なのでアポイントすら取れないとかいう話を聞く。


 やはり料理学校みたいなモノを用意するべきなのだろうか。

 俺自身以前からティエルローゼの遅れた食文化が気になっているので、日本人としても進んだ食文化を紹介していきたいと常々思っているのだ。

 ただ、何でもかんでも手を出すと収集がつかない事態に発展していくのは目に見えているので今は我慢の時だと思っている。

 それでなくてもあの黒い点の所為で、今は色々立て込んでいるのだ。


 それもよりも今日は全員集まっているので今のうちに皆に渡してしまおう。


「みんな、聞いてくれ」


 俺がそう言うと全員の視線が俺に集まる。


「夕食の後にみんな会議室に集まってくれ」

「御意」


 フラウロスが仰々しくそう言うとアモンもアラクネイアも頷く。


「何かあるのかや?」


 マリスはパンを千切ってビーフストロガノフに浸しながら聞き返してくる。


「みんなの新装備を渡そうと思ってね」

「私たちにもあるのです?」


 アナベルが手を止めて目を輝かせる。


「ああ。

 ガーディアン・オブ・オーダーのメンバーの分も勿論あるし、エマとフィルのも作ったんだよ」

「殊勝な心がけじゃない。

 私たちは、今度の冒険には連れて行かないって言ってたはずじゃかった?」

「俺たちが出かけている時にオーファンラントに何かあっても困るからね。

 用心の為さ」


「僕にもあるのかい?」


 クリスまで期待を込めて俺を見る。


「クリスは行政官だからな。

 昔使ってた防御用の腕輪くらいならやってもいいけど」


 インベントリ・バッグから赤と青の宝石が交互に並んだ銀の腕輪を取り出して見せる。


「随分と高そうな腕輪じゃないか」


 男が使うには少し派手だしとクリスは眉間にシワを寄せた。


「俺が元いた世界のアイテムでね。

 えーと……こっちだと何て言うんだろうな?

 一応、スケイル・メイルを着込んだくらいの防御力になる代物なんだよ」


 ノーマルのスケイル・メイルだから大した防御力ではない。

 腕輪なので回避へのペナルティも付かないし、重量も殆ど感じないので気休めには丁度いい代物だ。


「その腕輪でスケイル・メイル……?

 凄い魔法道具じゃないか!

 本当に良いのかい?」


 こっちだと凄い魔法道具になるのか……

 ドーンヴァースだと初心者が使う五〇ゴールドの安物なのだが。


 俺はクリスに腕輪を投げてやった。

 クリスは器用にキャッチする。


「五〇ゴルド程度の装備だ。

 仲間たちの新装備に比べれば玩具みたいなもんだな」

「五〇ゴルド……」


 値段を聞いてクリスは衝撃を受けた顔になった。

 安すぎてビックリしたのかと思ったら、高すぎると感じたようで「た、大切にするよ!」と感激していた。


 そうか。

 ゴルド金貨はこっちでは金貨四枚分の価値なんだったっけ……

 金貨二〇〇枚といえば、ミスリル製のペンダントやら短剣程度の価格だな。

 昔はもっと高かったんだが、今のトリエンのミスリル相場だと、このくらいの金額なのである。


 ミスリルも大分安くなったってことだ。

 街だけでなく領地内をミスリル製のゴーレムが闊歩しているからね。

 ミスリルが大量にトリエンにあるのは周囲にもバレたし、最近はファルエンケールも積極的に輸出を開始しているのも価格下落の要因だ。


 ただ、ミスリルを製造する技術は、俺やドワーフたちの専売特許な為、暴落するような事にはなっていない。

 万が一、一般の鍛冶屋がミスリル・インゴットを手に入れても、普通の炉じゃ歯が立たんだろうしな。


 この辺りはアダマンチウムも同様だ。

 完成品は出回っているが、素材であるインゴットだけが流通する事は殆どない。

 やはり製造技術や加工技術が外に漏れ出てこないのが原因だ。


 ドワーフたちが作る魔力を通せる溶鉱炉が用意できなきゃダメだし、魔力を効率よく流せるスプリガンなどの助手がいなければ、どうにもならない。


 ウチの工房や俺には問題にならん事だけどね。

 工房自体が魔力で動いているし、俺も魔力の使い方には長けているからな。


 クリスは俺から受け取った腕輪を早速左腕に装着している。


「ちょっと派手だけど、服の袖で隠せば問題ないかな」

「男が付けてても不思議じゃないように作り直そうか?」

「い、いや、そこまで手数は掛けられないよ。

 このままでいい」


 クリスがそういうなら別にいいが。


「何かあった時、売っぱらって金にしてもいいからね?

 そういう使い方も出来るように派手な奴を渡したんだから」


 クリスが目を瞑り上を向いた。


「お見通しか」

「クリスの態度を見れば解るだろ」


 俺は苦笑するしかない。

 それだけクリスの態度があからさまだったからだが……

 クリスは行政長官なんだからトリエンの資金で色々やっても文句もでないはずなのに、全くもってこのイケメンは誠実が服を着て歩いているようなところがあるねぇ。

 我が友ながら感心せざるを得ない。


「金が必要だったらリヒャルトさんに言えよ。

 都市の金だと帳簿の事もあるし躊躇するかもしれないが、館の金なら何とでもなる。

 よほどの大金じゃなきゃ普通に出してくれるぞ?」

「いや、金が必要というワケじゃないんだ。

 ……とんでもない事が起こるらしいじゃないか。

 いざという時の為にも金はあった方がいいかと思ってね」


 彼の思うところとしては孤児院の事があるのだろう。

 もし何かがあった時、孤児院がどうなるかを心配するのは彼の出自を考えれば当然のことだ。


 都市財政から孤児院に予算を割いているとしても、有事の際に一番最初に切り捨てられるのはそういう予算だ。

 考え過ぎと言いたいところだが、人間は何かあったときに自分の身が一番可愛いものである。

 身寄りのない子供などどうなっても構わないと思うのが世の常だ。

 彼の「いざという時」とはそういう事なのだろう。


「万が一に備えるのは悪くない。

 クリスが思う様に今のうちに備えておけばいいよ」

「そう言ってもらえると助かる」


 クリスは細やかな嘘を見抜かれて顔を赤くしている。


 最悪を想定できない奴は人の上に立つべきではない。

 クリスは養父が最悪の事件を起こし掛けてなお、最後まで正しい道を貫こうとした。

 そういう人間だったからこそ、彼を行政長官に据え置いたのだ。

 俺の人選に狂いはない。


「何にせよ、君も何か事が起こったら命を粗末にするなよ?」

「判っている。

 そんな自体になるのがいつなのかが気になる……」

「前に言ったように早くて半年だよ」


 半年は長いようであっという間である。

 俺の言葉に仲間たちも考え込むように黙ってしまう。


「そうならないように色々と考えているんだけどね。

 何がどのように起こるかも判らんので困ってるんだけどね……」



 食後、会議室に仲間たちが集まる。


「んじゃ、配ろうかな」


 俺は仲間たちの前に作った武器と防具を説明書も添えて置いていく。


「トリシア。

 新型のバトルライフルと各種弾丸、防具は偽装クロークだけだがトリシアなら問題ないだろう?」


 武器を前にトリシアは少し渋い顔をしている。


「何か問題か?」

「いや、ケントが原因ではない。

 私自身の問題だ。

 ただ、どう対処するべきなのかが全く解らない」

「問題?

 トリシアに?」


 トリシアの眉間のシワを見ると結構深刻そうなのだが、彼女は押し黙ったままその問題とやらを口にしようとしない。


「自分でどうにかなるのか?」


 トリシアの眉間のシワがより一層深くなった。

 それすらも解らないのだろう。


 俺はトリシアのステータスを確認してみる。

 別段問題があるとは思えない。

 遠距離支援型でパーティの司令塔としては申し分ない能力である。


 だとすると何が問題なのか?


 考えても解らないのなら今はそっとしておくとしよう。

 本当に困ったら相談してくるはずだし。


「んじゃ、次はマリス。

 小剣ショート・ソード大盾タワー・シールド、フルプレート・メイル。

 代わり映えしない感じだが、能力自体は底上げがパネェ感じだよ」

「助かるのう。

 使い勝手はどうじゃ?」

「コマンド・ワードは変わらない。

 性能は二割増しってところかな。

 ついでに鎧には自己再生リジェネレーション能力を追加しているよ」

「再生かや?

 継戦能力がさらにアップじゃな?」


 ニヤリとマリスが笑うので、俺もつられてニヤリと笑い返す。

 マリスが戦線を維持し続けられるのであれば、他のメンバーはより戦闘で活躍できる。

 マリスは非常に重要なポジションなのだ。


「次、ハリス」

「……おう……」

「ハリスのメイン・ウェポンは忍者刀だが、これ自体は素材以外は殆ど代わり映えがしない。

 代わり映えが凄いのはこっちだな」


 俺はガチャガチャとパーツを積み上げる。


「これは……鎧か……?」

「そうだね。

 全身鎧っぽく見えるけど、そんな重い奴じゃない。

 服と対して変わらない重さだし」


 本当は変装装束ディスガイズ・クロークを作ろうと思ってたんだけど、忍者ニンジャ型アンドロイドみたいに見える全身鎧を用意してしまいました。

 この全身鎧は、見た目はスラリとしていてシンプルだが、使用者が念じると第三者からはどんな服装にも変わって見える。

 素顔まで変わって見えるようにするには全身を覆うようにするしかなかったんだよね。

 今までの忍者服だと目はどうやってもハリスのままだったからねぇ。


 この変装鎧ディスガイズ・アーマーは、目の部分までバイザーが降りて見えなく出来るので、完全に別人に変装が可能なのである。

 未来忍者みたいに見えるし自信作だが、ハリスが気に入るかどうかが問題だな。


「ついでに、この腕の部分には手裏剣とか苦無なんかも収納可能だよ」


 手裏剣を打ち出す機構も備えてあったりするので、かなりの遠距離まで攻撃できる。

 変装中に打ち出せば暗殺にも使えるな。


 ハリスは説明書とにらめっこしながら鎧を装着し始めた。

 マリスの鎧みたいに一人でも着られるようにデザインしてあるから、ちゃんと覚えてね。


 アナベルに目をやると期待に目を輝かせて眩しすぎる巨乳ちゃんがそこにいた。


「アナベルの装備は新型の神官服だね」

「武器は変わんないんですか?」

「緋緋色金剛製のウォーハンマーも考えたんだけど、君の今の職業クラスから考えるに、こっちの方が理想的だと思う」


 俺は小手ガントレット脛当てグリーブ、胸当てが付いた神官服を渡した。


「この防具は、基本的には超接近戦用装備だ。

 戦闘聖女バトル・セイントの真骨頂は、素手による格闘戦だからな」


 俺が戦闘聖女バトル・セイントの戦闘様式をあれこれと説明すると、アナベルは「あー」と腑に落ちたといった感じの相槌を打って来た。

 どうやらウォーハンマーを使った従来の戦闘の仕方にしっくり来ていなかった事が伺える。


「で、この小手ガントレット脛当てグリーブだけど……」

「つけ心地はいいですね!」


 アナベルは、小手ガントレットの先端部分、四本の指を通すあたりを握り込んだ。

 グッと力を入れた途端、その部分が分離してナックルダスターに変形した。


「わあ!」


 アナベルは変形した部分を感心したように見つめている。


「それは俗にブラスナックルとかメリケンサックとか言われる武器になるんだ。

 拳で語り合う戦闘聖女バトル・セイントにはしっくり来るだろう。

 念じるとスパイクも生えるよ」

「ホントです!!」


 言った途端にナックルダスターからスパイクを生やすアナベル。

 こういうのの扱いに関しては流石は戦闘の女神の信者だと思わざるを得ない。


 とりあえずガーディアン・オブ・オーダーのメイン・メンバーの武装はこれで全部だ。


 どれも満足のいく出来なので、文句はないと思う。

 これらを装着した仲間たちは、神とすらガチンコで殴り合えるほどの力を持つことになる。


 過剰戦力とも思えるが、全てを滅ぼす者を相手にするんだから、これくらいは許されるよね?

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