第32章 ── 第7話

 避難所シェルターの候補地は、街の中心に近いのが望ましいが、それだと都市の外縁部の住人は有事において避難が難しくなる。


 よって避難所シェルターの入り口は複数用意する。

 冒険者ギルドやウルド神殿が隣接する中央広場に一つ、これを中心に都市の第一外壁内外縁部の東西南北に四つ。

 続いて第一城壁と第二城壁の中間点、方向としては北東、南東、南西、北西方向に四つ。

 最後に第二城壁と第三城壁の中間点、東西南北八方向に。


 これとは別に緊急用出入り口を外壁の外に四つ用意する。

 緊急用と謳ってはいるが用途は様々だ。


 北はヘクセン川を利用した物資運搬用の大型搬入口を用意。

 東はアルテア大森林に。

 南は草原にある農村の一角に。

 西は神々が降臨せし楽園「パラディ」内に一つ。


 しめて合計二〇個。


 これだけの出入り口があれば、何かあった時に速やかに住人の避難を行えるだろう。

 ダンジョンに転用した時には、緊急用の四つは潰して封鎖する予定。

 野生のモンスターが入り込んだら効率の良いダンジョン管理が出来なくなりますからね。



 避難所シェルターの掘削作業用に土木建築用ゴーレムを一〇体、町役場へと貸出を行う。


 俺は合同庁舎、現在はトリエン役場第二庁舎という正式名称で呼ばれる大型の建物まで足を運び、インベントリ・バッグから土木建築ゴーレムを並べていく。


 通りすがりの住民が「何が始まったんだ?」と足を止めて俺の作業を眺めている。

 他の街だったら住民がパニックになって押し合いへし合いして死傷者必至だろうに、トリエンではそうはならない。

 巨大なゴーレムがどんどん現れては並んでいく様を見たところで、「また領主様が何か始めた」程度にしか思っていないんだろう。


 それでも何が始まったのか興味は惹かれるようで、どんどん人混みが大きくなっていく。


 人々の通行に支障が出始める頃には衛兵隊が駆けつけて交通整理が始まった。

 我が街ながら手際が良い事である。


 外の喧騒に気づいた役所の役人が何人か出てきたが、俺とゴーレムを交互に見て慌てて庁舎内に戻っていった。


 全部の土木作業ゴーレムを並べた頃にエドガーが汗を拭きつつ「ふぅふぅ」言いながら走ってやってきた。


「領主閣下!

 ようこそお出で下さいました!!」

「よう、エドガー。

 クリスから話は聞いたか?」

「先程……」


 と言いながらエドガーは土木作業用の大型ゴーレムを見上げた。


「はー……大きいですね」


 エドガーが感嘆を込めて言った。


「前にゴーレム駐機場とかパラディ作った時に使った奴の発展型だな」

「という事は、これが入れる程度の天井の高さと通路の広さが必要という事ですな?」


 目をつける所がエドガーが素人でない部分だな。


「そういう事、こいつらが擦れ違えるほどの広さの通路はいらんけどな」

「後々、人造ダンジョンに転用との事ですが……

 大型魔獣などの出入りは考慮しなくても?」

「良い目の付け所だな。

 とりあえず今のところは考えてないよ」

「なるほど。

 トリエンの地下は岩盤層が殆どありませんので……

 とりあえず、戦闘を考慮して壁は最初から強固な素材を用意しましょう」


 訓練用ダンジョンなので、あまり強いモンスターを配置するつもりはない。

 強くてもトロールくらいが順当ではないだろうか?

 エドガーが考慮に入れているのは、ドラゴンとか、以前俺とハリスの代名詞になっていたワイバーンとかだろう。


 確かにソレらが生息するようなダンジョンを作れば目玉商品になるんだが、ワイバーンはともかく、ドラゴンを手懐けてダンジョン内に飼育するのはかなりハードルが高い。

 彼らのブレスに耐えられるほどの壁材をオリハルコンとヒヒイロカネ以外に俺は知らない。


 俺がそう言って苦笑すると、エドガーは首を振って言う。


「確かに、そんな素材を使ったダンジョンの建設は考えたくないですね……」


 そして彼は何かに気づいたように顔を上げておれに顔を向けた。


「ところでヒヒイロカネってなんですか?」

「企業秘密……だな」

「承知致しました」


 エドガーは深追いしない。

 彼は自分の人生では「深追いしすぎて身を滅ぼした者を何人も見てきた」とボソりと言いつつ苦笑いをする。


 それは処世術の一つですかねぇ。

 それは現実でもこっちでも変わらない。


 緋緋色金属はオーファンラント……というよりはトリエンの戦略物質だし、基本的には秘匿事項である。

 知っているのは俺のパーティの仲間たちと魔族たち、そしてシンジだけである。

 これ以外のモノが緋緋色金属の存在を知るとしたら、ハンマール王国のドワーフくらいである。


 ちなみに、ミスリルと最近市場に出始めたアダマンチウムも戦略物資だ。

 こっちの方が、巷では最重要戦略物資だろうね。

 現在のトリエンのドワーフ系職人たちはミスリルを普通に取り扱い始めている。

 大分ミスリルの基本価格が安くなり始めているけど、まだまだ重要物資である。


 外世界からはこの二つの魔法金属の産出箇所、製造方法を手に入れる為に間者が大量にトリエンに潜入しに来るらしい。

 レベッカたちトリエン情報局の面々が秘密裏に処理しているという話なので問題はない。

 なにせ、T-DIOのバックにはアラクネイアとハリスがいるからな。

 ティエルローゼ上に神以外で一〇人もいないレベル一〇〇が二人も背後にいる組織……

 もはやあの組織はチートですよ。

 作らせた俺が言うのもなんですが。


「となれば……

 ここのところは、大理石の取引が多かったですが、花崗岩、安山岩、玄武岩あたりに輸入を変更しましょう」

「大理石?」

「ええ、資産家たち用の住居で多く使われまして、結構な儲けになっております」


 なるほど。

 こっちの世界でも見栄えを考えて大理石が選ばれるんですね。

 そう言えば、大理石も石灰岩系の石材でしたな。


 トリエンは石材が貴重なので基本的に輸入に頼っている。

 エドガーに聞いてみると現在、石材市場は大分安くなっているそうで、トリエンとしては大変助かっているという。

 ちなみに輸入先はウェスデルフ、デルフェリア山脈産だそうだ。


 例のトンネル掘削時に大量に出たのは間違いないな……

 ウェスデルフはオーファンラント王国に従属した国なので優先的にこっちに回してくれているんだろうね。

 こっちとしては助かるが。


 ウェスデルフを行き来する商人たちは、食料品を主に買って帰っていくそうで、トリエンとは貿易上相性がいいのだ。

 穀倉地帯だし、現在は建築ラッシュですからな。


「で、人足は集まりそうかな?」

「門外街まで手を伸ばせば、いくらでも用意できそうです。

 問題があるとすれば、トリエンの住民になる為の能力値ステータスといった部分になります」


 エドガーの目に別の色が見える。

 能力至上主義的な俺の政策を非難するつもりはないが、人間は能力だけではないと考えているのだろう。

 彼自身、趣味以外に何も持たなかった為に冷遇を受けた境遇だったからな。


「そこは考えなくていい。

 現在欲しいのは純粋な労働力だ。

 技能スキルでも能力値ステータスでもないからね」


 俺の言葉にエドガーがニッコリと笑った。


「仰せのままに」


 彼は仰々しく貴族的なお辞儀をする。


避難所シェルター建築後、住民として登録してやれ。

 素行やら人品の鑑定は怠るなよ?」

「心得ました。

 人事局に通達を回しておきます」


 ん?

 俺の知らない内に人事局という組織ができていたらしい。

 字面から見て、住人の情報管理を主に業務としているのかな?


「人事局とは初めて聞くね?」

「トリエンが大きくなり都市認定される頃に創設された管理局でございます」

「人事局って事は、役人の雇用、考査、管理を行うワケか」

「そうなりますね」


 俺の偏見かもしれないけど、得てしてこういう組織は腐敗が進むと相場が決まっている。


「人事局の管理はどこが?」

「ポーフィル准行政副長官閣下が監督しているはずです」


 ソリス・ファーガソンの部下に付けた男だな。


「彼は俺が直接スカウトした人物だけど評判はどうかな?」

「堅実という印象ですね。

 人事局だけでなく、貿易関連の折衝にも長けている方のようで、南のケントズゲートの商人たちにも睨みを聞かせているとか」


 ふむ。

 準男爵だけど有能ですな。

 実績、能力を報告してもらって陞爵を考えてもいいかもしれない。

 準男爵という最下層の貴族位ですからね。

 男爵号に上げてもらって永代貴族にしてやるのが報いる事になるかもしれない。


 もちろん、本人に希望を聞いてだけど。

 貴族とは言っても他の貴族との付き合いには金が掛かるし、ありがた迷惑って言葉もあるからねぇ。

 実質、ウチの領地では貴族位なんてクソ喰らえな所があるし、貰える給料は変わらない。

 彼と同じ役職のセネール男爵も給料は変わらないしな。


「セネール男爵は?」

「彼は、職人街と農業関連の担当だったかと。

 都市開発は職人と付き合いを必須としますので、色々と便宜を図って頂いております」


 良い噂も悪い噂も聞かないので、それだけ自分の立場を弁えて立ち回っているのだろう。

 ソリス・ファーガソンの手腕もあるんだろうけどね。


 クリスの部下三人は、クリスの影に隠れて大活躍しているなんて話は全然聞かない。

 だがここ数年、彼ら補佐なくしてトリエンの発展はなかったと俺は思う。

 正当に評価するべき時だろう。


「了解した。

 人足の方頼んだよ」

「承知しました。

 現場監督は今までのようにドワーフの親方たちに任せます。

 ゴーレムの命令権も彼らに委任する形でよろしいですね?」

「ああ、その方向で」


 俺はリスト・コンピュータのキーボードを叩いて、エドガーに権限を移譲した。


「それじゃ頼んだよ」

「はい! お任せ下さい」


 俺は手を振ってエドガーと別れた。


 出会った頃のエドガーとは違い、今の彼は自信に満ちている。

 自分が設計・建築した都市という、目の前に存在する確かな実績が彼の自信の裏付けになっているのは間違いない。


 彼の都市設計は、この世界においては先進的である。

 彼を見出せたのはマジで僥倖といえる。


 俺って結構部下に恵まれているよな?

 何でもかんでも自分でやらなくちゃならないラノベの主人公と違ってって事だけど。


 まあ、自分の手の届く範囲は自分で、手が届かなかったら人を頼る。

 これが今の俺の基本スタンスだけど……


 俺もあっちにいた頃よりも大分変わったのかも?

 基本、リアルワールドでは人を信用しなかったからねぇ。


 ドーンヴァースでもそうだったはずだけど……

 俺が変われたとすれば……仲間たちのお陰かもね!


 何にしても、転生は俺にとってポジティブ・ファクターだったって事だ。

 よって、この世界を絶対に滅ぼされるワケにはいかない。


 何が何でも、どんな手を使っても、あの空の黒い点を作ってる奴には、俺の人生から退場してもらうとしましょう。

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