第32章 ── 幕間 ── トリシアの苦悩

 ケントが工房に籠もった日、トリシアたちガーディアン・オブ・オーダーの面々が会議室に集まっていた。


「ハリス。

 ケントは今何をしている」

「魔族たちの……武具を……作っているようだ……」


 ハリスは会議室の片隅に陣取っている魔族のフラウロスに顎をしゃくり、魔族全体を指し示しているようである。


「フラ、お前の武器ってのは……」


 フラウロスは自分の佩刀はいとうをトリシアの前のテーブルへ滑らせて来た。


「これはマルバス作の無名の直剣だよ」

「マルバス……四天王の一人だったな?」

「そうだよ。

 ヤツは武器やら防具やらを何百、何千と作っている。

 名作と言われる物はそうそう出来るもんじゃないから、ヤツにとって不出来なヤツは武器庫に無造作に放り込まれているんだよ。

 これはその一本」


 ケントの前では厳かな感じの口調と違い、いつもの砕けた口調のフラウロス。

 トリシアは彼の投げてよこした剣を検めた。


「これが、不出来だと?」


 トリシアは手にしている武器の出来を確認して信じられない思いだった。

 名工と呼ばれるドワーフが作ったモノと言われても信じてしまいそうになる出来である。

 これが不出来だとしたら、マルバスが満足するモノは一体どれほどの出来なのか。


 トリシアはフラウロスの剣をハリスに回す。

 ハリスも刃をチラリと見て目を輝かせている。


「マルバスとやらは我も聞いたことがないのう。

 強いのかや?」


 マリスはハリスから剣を受け取ると胡散臭そうに眺める。


「腕の良い刀工は強い人が多いですけど、全員が全員強いことはないと思いますよ?」


 アナベルが一般論を披露する。

 それにフラウロスが答えた。


「人類種……よりも強い……とは思うよ?」


 その目には貴女たちと比べるのは間違っているという色が見える。


「という事は、レベルは高くないという事か?

 四天王だよな?」


 トリシアの疑問はもっともだ。


「アラネアは出会った時……レベルは七五だった……」


 そうなのだ。

 魔族と言えど、人類が勝てないほどのレベルではない。

 今の自分たちなら勝てない相手ではないのである。


 トリシアは窓に近づき西の空を見た。

 そこには黒い点が青い空にポツンと佇んでいる。


 アレが世界を滅ぼすという時、自分たちがどれほどの事ができるのかは判らない。

 だが、バルネット魔導王国にケントは付いてくるなと言ってきた。


 事が起こった時にケントの側で支えたいと常々思っているトリシアにとって、耐え難い指示であった。

 ハリスやマリス、アナベルも同様の憤りを覚えているようだ。


 それぞれがそれぞれの思いを抱えて今、ここに悶々として集まっているのである。


「フラ、魔族で我々が抗えない者は何人いる?」

「そうですね。ディアブロは言うに及ばずだけど、あとは一人か二人か……

 大したことないよ。

 もう魔軍自体には一〇人もいないと思うし」

「前は二〇人前後と言ってなかったか?」


 当然の疑問をトリシアは投げつける。


「うん、全部だとね。

 全部が全部戦えると思わない事だよ。

 人類種と同じで魔族もそれぞれなんだ」


 フラウロス曰く、魔族はそれぞれ作られた時に得意分野が決まっているという。

 それは個人の資質にもよるし、作った神々の司るモノにも大いに関係する。

 それはそうなのだろうが、トリシアはその言い草を少し不満に思う。

 人間とって種族による特徴以外は、才能が発現するのは運でしか無い。

 その為、個々人の持ち味や才能は、狙って発現するワケではない。


 その点、魔族は基本的に作られた存在であり、自分勝手に自己増殖もしない分、元から備えた能力が非常に強力である。

 それを人類種と同じと言われると心外なのだ。


 それに戦闘に特化していないからといって魔族は侮れないのである。

 先程言った元から備わっている能力は戦闘に使えないモノであってもフラウロスの佩刀ほどの剣を不出来といえる能力は、まさにといえるであろう。


 そんな魔族が集う地にケントと魔族連だけで行くのだ。

 心配しすぎても仕方のない事だ。


「で、皆に聞きたい。

 ケントが彼の地に赴いた後、我々は何をすべきだと思う?」


 トリシア自身としては、周囲の交友のあるエルフ族を結集してバルネットを包囲するくらいの事しか思いつかない。

 それと全世界にエルフが住んでいる森は多くない。

 一番大きいのはファルエンケール、次いでラクースの森のシュベリエだ。

 それ以外は、基本的にごく少数が村やら集落を作っている程度である。


 全世界で一〇万もいないだろう。

 長寿種のため人口の増加率は他の種族とは比べるべくもない。


 一〇万ぽっちでどうやって一国を包囲しようというのか……


「考えが物騒じゃな。

 彼の国は元々人族の国じゃろう。

 その内の二〇にも満たぬ魔族の為に国を滅ぼすつもりかや?

 我らは冒険者じゃろう?」


 トリシアはマリスに真っ当な事を言われ黙るしかなかった。


 あのゴブリンに苦戦してたマリスはもういないようだ。

 言うことがいちいち一人前の冒険者のそれである。


 だが、トリシアの反応は当然なのである。

 この世界は魔族に関わった者全てが排除対象になるのが世の常だったのである。

 そこに冒険者の基本理念「市民を守る」という概念は適用されない。


 何故なら魔族は公共の敵、人類の敵、神の敵であるからだ。


 これは「以前のトリシアであるならば」という前提での話だ。

 ケントと知り合ってからは、そうとは言えない状況になっている。


 ケントにとって、人類種であろうが魔物であろうが何であろうが関係ないのだ。

 彼にとって全ては平等である。


 例えば、農民が狼に襲われ死んだ事例を取り上げてみよう。

 本来の領主ならば狼狩りを奨励して資金を出すところだが、ケントの場合は違う。

 農民、狼の生活状況を調べて、どちらに理があったのかを考えるのだ。


 農民が農地を開墾する上で、狼の縄張りテリトリーを犯したと判明したら狼の出没する地域を立ち入り禁止にする程度で、農民遺族には見舞金程度しか出さないのである。


 これは、狼によって人族が殺されたという事象ではなく、狼側の事情も加味して処置するからである。


 また別のケースでは、無闇に人の領域に入ってくる野獣・魔獣は駆除する。

 野獣にしろ魔獣にしろ必要以上に人間の領域に侵入してくる場合、それは人の生活圏を侵害する害獣と判断され排除される。


 こういう棲み分けはしっかりと線が引かれていて、人の生活圏を拡張する場合には領主への申請が必要なのである。

 申請がなされると現地調査を経て許可・不許可が決められる。


 ただ現地を見に行くだけではない。

 しっかりと現地の生態系も調査し、場合によっては話し合いを行って両者の事情を調整するのである。


 出会った頃とは違い、動物とまで言葉を交わす事が可能になった今のケントだからこそ可能な領地運営であるが、そのお陰で自然との調和は森の番人を自称するエルフよりも巧みであろう。


 ぶっちゃければ、トリエン内にある小さい林に森の精霊ドライアドを誘致するほどといえばわかる者も多いのではないか。

 ファルエンケールの女王ですら成し得ない偉業である。


 事の出来るケセルシルヴァ様であっても、精霊と言葉を交わすこと能わず。

 よって森に他所から精霊を呼んで定住させるなんて事は出来ない。

 アルテア大森林にドライアドが住んでいるのは、ドライアドが住みたいと思ってくれるような環境をファルエンケールのエルフたちの努力によって作り上げたからである。


 ケントの成した事とは根本的に違うのである。

 ケントは適当に植林した森とも言えない林にドライアドを住まわせた。

 彼自身は自分で誘致したなどと思っていないようだが、エルフとしての感覚で言わせてもらえば、あの程度の林にドライアドが住むはずがない。

 となれば、ドライアドは誰かに命じられて来たのではないだろうか?

 もし、世界樹に住まうドライアド、リサドリュアス様が命じたなら……


 トリシアはそこまで考えて、それ以上先に思考を進めるのを止めた。

 それは世界の理を成す精霊たちへの不敬を思ったからである。


 精霊は神とは違う。

 神は世界の理を象徴する力である。

 精霊は、世界を構成する力そのものと言って良い。

 大地も川も海も空も……

 精霊の力によって今そこにある全てのモノが目の前にあるのである。


『在ることに感謝を』


 これは狩猟の女神アルテルから授かったエルフの基本理念である。

 精霊に感謝を捧げて生きることを意味する言葉だ。


 魔族はそれを破壊する存在だと言い伝えられてきたのだ。

 魔族に与するなど、人の所業ではない。

 排除対象にするのが順当なのだ。


 思考がぐるぐる回っている事にトリシアは苦笑いした。


 これではケントの役に立つ事など出来ない。

 ケントは魔族ですら関係ないのだ。

 この世界を滅ぼさんとするモノに対抗する為ならば、魔族ですら助力を求める対象なのだ。


 生粋の人の良さとも言えるが……

 トリシアとしては「危うい」と思う。


「俺の分身を……付けておく……」


 ハリスがボソリという。

 トリシアはハリスに視線をジロリと向けた。


「そなた自身が付いていくのではあるまいな?」

「ケントの命令だ……それは出来ない……」

「ふむ……では分身は三人以上付けておいてくれ。

 分身といえどハリスが三人いたら私ですら勝ちようがなくなるからな」


 ハリスの力はとんでもない。

 もう、以前私が率いていたオリハルコン・チームの総力を以てしてもハリス単騎に勝てるとは思えない。

 既にレベル一〇〇のハリスに対して言うことではないが……


 同じレベル一〇〇が何人いても勝てると思えないほど、得体のしれない強さを秘めていると言えばいいだろうか。

 とにかく常人離れした強さである。

 分身だけでも大概だが、忍術という魔法に似た良くわからない技が厄介だ。


 彼に狙撃した途端、ハリスが丸太に変わっていた時には頭が変になったと思ったほどである。

 これらは太古の昔に忍者ニンジャという職業を生み出したハイエルフたちの職業技術とも違うものだったらしく、ハリスは彼らも弟子にしてしまった。

 生粋の不思議ちゃんとしか言えない。


 そういえば、最近は影が薄い気がするがアナベルもどうかと思う。

 今は戦闘聖女バトル・セイントなどという職についたと聞いた。

 戦える神官プリーストというモノらしいが、神官戦士プリースト・ウォリアーとは違うのかと思って、一度模擬戦を所望してみたが、まるで違うモノだった。

 アレは伝承に聞く戦神のソレだ。

 身体の周りに発する力の靄とか意味わからん。

 あの靄で狙撃弾スナイパー・シェルが弾け飛んだのを見て目を疑ったよ。


 それに引き換え……

 ぶっちゃけ今、ガーディアン・オブ・オーダーで一番弱いのは私なのだろう。


 トリシアの正直な自己評価であった。

 彼女のこのところの焦りはこの為である。


 前世の最愛の弟の転生、それにかまけて自己鍛錬を怠った。

 彼女はそう思っている。


 だからと言ってレベル一〇〇になってしまっている今、これ以上どうやって強くなれば良いのか判らない。

 ケントの側にいれば、我が身を盾にする事もできるというのに、それすら叶わずとなれば自身の存在意義を感じられない。


 ハリスにしろ、マリスにしろ、アナベルにしろ、ケントを補助するに値するほどの力を付けてきた。


 それに比べて自分は狙撃くらいしか能力がない。

 それもケントの武具に頼ってである。

 ケントがいなければただの役立たずだっただろう。


 魔法野伏マジック・レンジャーとは聞こえは良いが、攻撃力もなく魔法も中途半端。


 どこで道を間違えたのだろうか……?

 私はこの程度なのか?

 伝説と持て囃されて良い気になっていたのではないか?

 片腕を無くして鬱屈した日々を送っていた頃よりも始末に悪い。


 いつも自信満々な言動とは裏腹に、最近のトリシアは心の中が嵐のように乱れている。


 本来、彼女の役割は司令塔であり、物を客観的に見て人を差配するのが主軸なのだが。

 こういった袋小路に入ってしまうと、人は視野が狭まり、思考が膠着していく。

 思考の迷宮に囚われたトリシアは、暗闇を手探りで歩き続けていた。

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