第32章 ── 第2話

 バルネット魔導王国行きを告げてから俺を心配してトリシアとハリスが俺を付け回して来た。


「心配なのは解るが、すぐ行くワケじゃないぞ。

 色々準備が必要だからな」

「それが終わったら行くんだろ?」

「もちろんだ」


 ティエルローゼの人間や神々と敵対している魔族たちだって滅びたいとは思っていないだろう。

 その辺りを理由にすれば長い間続いている諍いを収める為の落とし所を用意できるのではないかと俺は思っている。

 確執よりも命だろうと思うのだ。


 だが、ウチの魔族連を見る限り、基本的に魔族は一種の厨二病だ。

 自分の置かれた状況やら立場に酔っているっていうか……

 自分の取っている行動が「カッコイイ」とかが重要というような感じがする。

 そう考えるとどう見ても厨二病だろう?


 だから、ただの命令では動かない。

 命令者が目上のモノだったとしても自分の信念やら行動原理に合わないと素直に従わないんだ。


 アモンは、ディアブロを気に入らないといって寝返ったし、フラウロスなんかは一緒に行動していた仲間の魔族が殺されても喜んでいた節がある。

 アラクネイアは、俺たちが討伐したアルコーンへの恩を返す為に魔軍に協力していたという。


 なので、ディアブロが率いる魔軍とやらも先程の「信念やら行動原理」をくすぐってやれば、あっさり協力してくれるのではないか?

 そんな思いが俺の中で大きくなっている。


 既に二〇人にも満たない人数になっているという魔軍を説得できれば、世界を守る戦力として申し分ないと思うのだ。


 人類を守る戦力でなくてもいい、力を貸してもらえるなら俺は何だってするぞ。

 それが世界の滅亡を阻止できるのであればな。


 万が一、協力が得られなかったとしても、ヴリトラが襲来する前に決着を付けておく必要はあるしな。

 ヴリトラと戦っている最中にティエルローゼ各地で蜂起でもされると厄介だからなぁ……


「だったら、私たちも連れていけ!

 戦力は多いに越したことはないだろう!?」


 トリシアが中々折れないな。


「俺は……付いていく……」

「魔族に気取られるのは困るんだよ」


 トリシアはかなりの美人で金髪エルフ、ハリスは普通に女たちが振り返るほどのイケメン男子だ。

 どっちも目立つ。

 まあ、ハリスは気配を絶つと中々見つからないとは思うが……

 それでも魔族がどんなスキルやらユニークを持っているか判らない以上、ハリスの存在すら看破される可能性も否定できない。

 などと、色々と挙げて二人を諦めさせるように説得しているんだが……


「お前を……プレイヤーを一人にするワケにはいかない。

 私は陛下から命を受けているのだ!」


 俺は工房へ繋がる転移装置の前で立ち止まりトリシアに振り返った。


「トリシア。

 もう出会ってから何年も経つけど、俺が魔神堕ちするように見えたか?」

「……その兆候はなかっ……

 いや、一度あった!

 クリスが暗殺の秘密を知っていたのに黙っていた時だ!」


 そんな事もあったかもしれんが、これとそれは別だろう。


「俺は人に裏切られるのが嫌いなんだよ。

 ガキの頃、それで随分と嫌な思いをしたからね。

 だけど、人に騙されるような事はあまりないな。

 魔族たちが例えどんな甘言を弄しても籠絡されるつもりはないぞ?」


 そもそも、ディアブロ以外の魔族に俺をどうこうできるとは思っていない。

 ウチの魔族連からレベル九九とか一〇〇とか聞いているので、俺とまともに戦えるのはソイツだけだろう。


 それでなくてもアモンもアラクネイアもレベル一〇〇だし、フラウロスも既にレベル九五になっている。

 二〇人程度の魔族がどうにかできる面子じゃないだろう。


 聞けばレベル一〇〇に近い高レベル魔族は数人程度、残りはレベル五〇~七〇台だとか。

 全面的に戦う事になってもどうにか出来そうな気がする陣容だよ。


「気を抜くつもりはないし、準備も万全にするから、そこまで心配する必要はないんじゃないかなぁ」

「だが、相手は魔族だ。

 どんな力を持ち、どんな能力で世界を狙っているか判らないんだぞ?」


 ティエルローゼに属する人類に根付いている魔族への恐怖は計り知れない。

 それほどまでに世界は人魔戦争以降も魔族たちに苦しめられてきたのである。

 過去、大きな事件や事故、様々な災害において、裏で魔族が動いていたという話はティエルローゼにおいて枚挙に暇がない。

 それらの話が事実なのかかどうかは判らないが、ウチの魔族連の証言からアルコーンが色々と計画して魔軍を動かしていたのは間違いないようだ。


 そういう事実を知っているトリシアからすれば、どんなに警戒しても警戒しきれるモノでもないのかもしれない。


「言っている事は解る。

 だけど、もうアルコーンはいないんだ。

 アルコーン以上の智謀を持つ魔族はいないと三人は言っているぞ?」

「しかし……」


 トリシアの語気が弱まる。


 魔族の関わる過去の事件は、大抵アルコーンが関わっている。

 そのアルコーンがいなくなって以降、魔族の暗躍が殆ど起きていない。

 アルコーンが死ぬ前に関わっていた色々な事件は時々起きていたが、俺たちが全部解決してしまったからな。


 アルコーンがいなくなっても些か臨機応変に行動できないおバカさんな魔族が、律儀に計画を実行する事はあったけどね。


「ディアブロが名前通りの暴君であれば、バルネット魔導王国はどんな状態になっているか想像すら付かないが、そういう情報はどこからも挙がって来ていない。

 そこにどんな理由があるにしろ、もしかしたら話し合うことが出来るんじゃないかと俺は思っているし、そこに掛けてみたいんだ。

 人類の切り札たるレベル一〇〇全員で行く事は、相手の疑いを深めるだけだと思うんだよ」


 レベル一〇〇といえどもアモンたちは魔族である。

 この点は外せない。

 レベル一〇〇のエルフ、人間、そして古代竜が徒党を組んでやってくるよりも接触はソフトなモノになるはずだ。


「心配するなよ。

 毎日小型通信機か念話で連絡を入れるし、いざという時は転移門ゲートで逃げるし……いや、転移門ゲートを開くならトリシアたちに来てもらう方が楽か?」

「本当に、そうすると約束できるのか?」

「ああ、約束は守る方だし、約束して欲しいなら約束するぞ?」


 俺が躊躇もせずにそう言うと、さすがのトリシアもこれ以上説得はムリだと思ったのだろう「判った」とボソリと言った。


 後ろのハリスは付いてくる事を諦めていないっぽい気がするが、影の中に分身を紛れ込ませるくらいのモノだろうか。

 それくらいなら許してもいいが。


「まあ、色々と心配掛けるけど、ちゃんと準備するからさ」


 そう言って俺は転移装置を通って工房に移動した。



 さてと、まず用意するのは武器と防具だな。

 俺用のモノは既に色々あるが、魔族たちのモノは用意していないので彼ら用のモノをまず作ります。


 素材は緋緋色金属にします。

 オリハルコンを超える武具は、コレで作るしかないだろうからね。


 俺がインベントリ・バッグから素材を取り出してテーブルに並べていると、マストールとマタハチが休憩から戻ってきた。


「何か作るのか?」

「ああ、魔族たちの武具を作るつもりだよ」

「ふむ……

 ワシはどうも魔族を未だに信用できる気がせんのじゃが、奴らは本当にケントを慕っておるように見える」

「まあ、多分本心で従ってくれていると俺は思うよ」


 素材を吟味し選り分けていると、マタハチが「お手伝い致します」と俺の目で合格が出た鉱物を受け取り、炉の付近へと移動させていく。


「そうそう、マストール」

「何じゃ?」

「マタハチは、もう一人前か?」

「既にワシの弟子のドワーフたちよりも腕は上じゃろうな」


 マタハチの事を聞くと、マストールは自分の末弟子の出来を自慢するように鼻を鳴らした。


「では、仕込みは十分って事だな」

「そうじゃな……」


 マストールは頷きながらも俺に怪訝そうな目を向けた。


「そろそろマタハチを国に返すべきかと思う」

「なん……じゃと……?」


 自慢の弟子を取り上げられそうだと思ったか、途端にマストールの眉間の万年皺が一層深くなった。


「鍛冶の助手としてしっかり仕込んだみたいだから、いなくなられると困るのも解るが……」


 俺が少し口ごもると、マストールは「フン」と鼻を鳴らす。


「例の世界が滅びるという話じゃな」

「ああ」

「確かに、腕は一人前といえるほどなったが、まだマタハチは子供じゃ。

 死の瀬戸際が迫っている今、父母の元にいられぬでは不幸に違いない。

 マタハチだけでなく、その両親もな」


 マストールとしては手放したくないのだろうが、彼はもう三五〇歳を越える老人なので結構聞き分けがいい。

 世の中には老人になればなるほどワガママになる人もいるようだけど、マストールはそんなじゃなくてホッとする。


 マタハチが、鉱物を運びながら鼻を「グスッ」と鳴らした。

 彼は俺たちの話に割って入って来るような無粋な事はしていないが、別れが近い事に少し寂しさを感じたのだろう。


「マタハチ、変な汁を材料に落とすな。

 塩気で変な影響が出かねん」

「はい! 申し訳ありません!」


 マタハチが袖で涙を拭く。

 マストールはそんなマタハチの頭をポンと叩く。


「そっちの作業は手伝わなくて良い。

 ワシらは商業ギルドから入っている依頼をやるからのう。

 そっちの準備も怠るな」

「承知しました!!」


 材料を取りにマストールは倉庫へと向かって行く。

 マタハチは俺のヤツの隣の炉に火打ち石を打って火を入れた。

 炉の中に積み上がっている燃料に簡単に火が点く。


 神の目で見ると解るが、これは精霊サラマンダーの加護があるからだ。

 この鍛冶場に三つある炉それぞれに、小さ目のサラマンダーが住みついているのである。

 彼らの存在によって火は簡単に点くし、温度を上げるのも簡単である。


「いつ僕はフソウに帰る事になりますか?」


 フイゴをゴスゴスとやりつつ、こちらも見ずにマタハチは聞いてくる。


「そうだな。

 あと一週間くらいかな?

 それまでに、帰る支度をしておいてくれ」

「承知いたしました……」


 彼の言葉が西方語なのか東方語なのか俺には聞き分けられない。

 だが、マストールや他の者たちの反応を見るに、流暢な東方語なのだろうと思う。


 ここに来てからマタハチは必死に頑張って来た。

 四六時中見ていたワケじゃないけど、マストールが褒めるくらいだから、相当な職人になったに違いない。


「マタハチ、修行明けの祝いに何かやろう。

 何か欲しいモノはあるかい?」


 俺が唐突に聞くと、マタハチはやっとこちらに顔を向けた。

 多少目の縁が赤くなっている。


 袖でこすり過ぎだな。


「できれば……この魔法の炉を頂けないでしょうか?」

「ああ、鍛冶には必要になるな。

 判った。

 これと同じモノを作ってやろう」

「ありがとうございます!」


 そう礼を言うとマタハチはニカッと出会った頃と変わらない笑顔を見せた。

 炉の中の精霊が、グッと小さい手の親指を立てているので、彼が新しい炉に付いてくれるみたいだな。


 そうこうしているとマストールが作業用ゴーレムたちに材料の鉄鉱石が入ったカートを押させて戻ってきた。


「今日は何を作るんだ?」

「鍬と鎌じゃな。

 とりあえず二〇本ずつ」

「マストールほどの巨匠がやる仕事じゃない気がするが」

「バカもんが。

 職人が仕事を選んでどうする。

 基本的な仕事を疎かにすると、腕が鈍ると知れ」

「へいへい」


 俺も自分の炉の火を入れる。

 マタハチのように火打ち石を使うのではなく、無詠唱の点火ティンダーの魔法を使ってだ。


 ボンッと一瞬で火が点いた。

 フイゴで火力の調整を行う。


 マストールが、マタハチの座っている炉の横に鉄鉱石を起きながら俺の作業を見ている。


「手際が良いのう。

 ワシのところに初めて来た時と比べると別人のようじゃ」


 世界が滅びそうだと知って、マストール老人は少し昔の話ばかりになっている。


「大丈夫だ。

 世界は滅びない。

 俺が滅ぼさせない」


 俺がそう言うと、マストールは「フッ」と軽い笑いを浮かべる。


「小僧が言うようになった」


 そういや、知り合った頃は「小僧」とか呼ばれてたな。


「マストールもジジ臭くなったからねぇ」


 俺が悪ガキっぽいニヤリ顔をすると、マストールの片眉が上がる。


「言いよる。

 出会った頃も言った気がするが、ワシはもう歳じゃ。

 弟子どもの腕も相当上がったし、いつ引退しても良いと思うてきたところよ」

「そんな気無いくせに」

「わはは、ワシは生涯現役じゃ!」


 マストールが豪快に笑い、俺の背中をどやしつけてきた。


 イテテ。

 ドワーフの馬鹿力でぶっ叩くなよ。

 常人だったら腫れ上がるぞ。

 マストールの照れ隠しの一撃だろうし、多めに見るけどね。


 さて……

 それじゃ魔族たちの武具を打つとしますかね。

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