第32章 ── 絶望を希望に代えて

第32章 ── 第1話

 目を覚ました俺は、皆が集まっている広間に向かう。


 広間の扉の前に来ると、中の会話が聞こえてきた。

 無意識に忍び足のスキルを発動して立ち聞きするスタイルになってしまう。


「……詳しくはケントから聞くのじゃ」

「そうです。

 私達の口からは言えませんのですよ」


 ウチの二人は不用意に余計な事を言ってハイエルフを混乱のズンドコに落とすような愚かな事はしなかったらしい。

 やはり有能です。


 俺はいつまでも立ち聞きしていてはいけないと思い直し、引き戸を開けて中に入った。


「あら、お目覚め度座いましたか。

 夕餉の準備を致しましょうか?」


 俺が広間に入って来た事に気付いた料理番のエルヴィラがにこやかに迎えてくれる。


「それよりも、皆に話がある」


 俺が真面目な顔で言うと、ハイエルフたちは俺を上座に座らせて俺の前にズラリと並んで座った。


「お話とは……」


 俺が難しい顔をしているとシルサリアは促すように聞いてきた。


「世界を滅ぼすと言われる神が異界からやってくるらしい」


 俺の言葉を聞き、ハイエルフたちは息を呑んだ。


「今すぐじゃない。保って一年、最悪半年ほどで現れる」

「それはどのような神なのでしょうか?」

「とても古い神だそうだ」


 俺は最初から説明する事にした。

 ハイエルフは古き種族だし、創造神がまだ世界に安定して存在できた頃の歴史も知っているかもしれない。

 そういう古い知識を持つ者たちにも知っておいてもらいたいと思う。


「この世界、ティエルローゼを創った創造神……ハイヤーヴェルという名前だが、彼にしろ魔族の神々にしろ別の次元からやってきた古い神々だ」


 神々はプールガートーリアという世界からやって来た。

 ヴリトラにプールガートーリアが滅ぼされる前に、次元の壁を超えて逃げ出す算段をしていたのだろう。

 地球を見つけた後の話は端折るとして、神々は一旦プールガートーリアに戻った。

 その機会をハイヤーヴェルは逃さず、次元の扉を閉じた。


 ハイヤーヴェルの言葉から推察するに、その後、プールガートーリアと地球の間の次元にティエルローゼの世界を創ったようだ。

 プールガートーリアを滅ぼし、更に追って来るであろうヴリトラから地球を守るために。

 ティエルローゼは対ヴリトラ用の防衛世界だったのだ。

 その為、創造神が生み出したモノ全てが力を求めるようになったのである。

 ティエルローゼに生み出された神々の四分の一ほどが戦える神々なのも、そういう理由だろう。

 その中でも戦闘に特化した神々が一〇〇ほどいる。

 それらの神は、地上にいる強き者を神界に召し上げては、軍団を組織している。

 それ以外にもドラゴンを筆頭に地下迷宮やら世界樹ダンジョンで腕を磨く剛の者は数しれない。


 全てはヴリトラを討たんとする創造神の計画だったらしい。


「で、とうとうヴリトラとかいう古い世界を滅ぼす神がやってくる事になったと……」


 俺は大雑把に説明すると肩を竦めて話を終えた。


 ハイエルフたちは顔を見合わせつつどう答えたら良いのかと思案顔だ。


「まあ、君たちにヴリトラと戦えとは言えない。

 多分、レベル一〇〇の神々が束になって戦っても勝てないしな」

「レベル一〇〇!?」


 幾匹かの古代竜たち、上位の神々、そして俺と仲間たち、あとは魔族が数人。

 ヴリトラと戦えるのは、多分このくらいだろう。


 戦力としては足りないだろう。


 ヴリトラを一〇〇としたら、全部合わせても八〇くらいじゃないかな?

 この二〇を埋める強者をどれだけ集められるかだな。


「私たちは何をすれば……」

「その日が来るまで、色々と物資を溜めておくといいかもな」

「非常用にという事でしょうか?」

「そうだね。

 ついでにマツナエの人々を避難させられるような場所があればいいんだが」

「マツナエ全員とはいきませんが、数千人程度ならなんとかできるかと」

「ふむ。

 では、その辺りはタケイさんと話し合ってくれないか?」

「承知致しました。

 やはり要人を優先するべきでしょうか?」

「そういうのも含めて話してくれ。

 トクヤマ少年は避難させた方がいいと思うけど、侍の人たちは防衛するために残るだろうねぇ」

「御庭番衆も護衛に付けさせて避難させましょう」


 最近ハイエルフは、御庭番たちに新しいハリス流の忍術を教えているので、彼らに顔が利くらしい。


 ハイエルフも希少種なので若いヤツは避難して欲しいなぁ。


 俺が何を思っているのか判ったらしく、最長老のシルヴィアが「私はここを守らねばなりませんので残りますよ」と言う。

 それを聞いた他のハイエルフも「じゃあ」と言い出すが、シルヴィアが一喝してそれを止めた。


「姫様にはマツナエの者たちの避難を先導して頂きます。

 先導する者が必要になりましょうからね」

「し、しかし……」

「お館様が逃がすようにと仰せです。

 姫様がやらなくて誰がやるというのです」


 シルサリアは「くっ」と少し悔しげな顔になる。


「それとメリアド、お前は姫様の護衛であろう。

 レオーネもな。

 お前たちが残ってどうする」


 護衛隊長のメリアドがシルサリアのように眉間にシワを寄せる。


「何人もいたところでどうにもらならん。

 お館様が言っておるようにレベルの低い者はいても仕方がないと思っておいた方が良かろう。

 それならば、全員が姫様を身をもって守りなさい」

「「「はっ!」」」


 残りのハイエルフは揃って返事をした。


「話は付いたか?」

「今から色々考えても仕方ない。

 とりあえず、この半年で色々と非常時の準備をするとしよう。

 こちらも色々とやっておくよ」

「承知しました」


 俺が立ち上がると、ハイエルフたちも立ち上がって、思い思いに行動を開始する。


「ここの用事は終わりかの?」


 マリスがひょいっと身軽に立ち上がる。


「私たちも忙しくなりそうですね!」


 アナベルは何故か嬉しそうである。

 戦闘の神の信徒だから、激しい戦いになりそうで嬉しいのだろうか。


「そんじゃ帰るか。

 まず、王様に報告かなぁ……」

「一大事ですもんね!」

「だから何で嬉しそうなんだよ?」

「んー……戦いの予感ってヤツです!」

「アナベルよ。

 ケントが深刻そうにしてるのじゃし、そんな簡単なもんじゃないと我は思うのじゃが?」


 マリスにしては慎重である。

 アナベルも少し真面目な顔になって「そうですね」と頷いていた。


 俺は外に出て空にある例の点を見上げた。

 本当に小さい点で言われないと判らない程度でしかない。


「アレがいつ開くのやら……」

「ま、今すぐじゃなくて助かったのじゃ」

「そうですね~。

 戦う前に準備が出来るのは助かりますね」

「そうだな。それじゃ行こうか」


 俺は魔法門マジック・ゲートを使いトリエンへと転移門ゲートを開く。


 転移門ゲートを潜ると、トリシアとハリスが待っていた。


「ようやく戻ったか」

「ん? どうした?」

「どうした……じゃない……」


 ハリスは顎で西の空を差した。


「ああ、アレの事か。

 よく判ったな」

「判らいでか!」


 容赦なくトリシアが俺の頭にチョップを叩き落してくるが、俺は片手で簡単に受け止めた。


「アレはポータルというモノらしいよ」

ポータル……?」


 ハリスが空を見上げつつ渋い顔になる。


「詳しい事は中で話そう。

 少々厄介な事が半年から一年後くらいに起こるらしいからな」


 俺がそう言うとトリシアは「では、詳しく聞くとしよう」と言って先に屋敷の中に入っていく。

 俺もそれに続いて屋敷へ入った。



「なんてことだ……

 世界が終わるなど考えたこともないぞ!」


 トリシアが待ち受ける絶望に声を荒げる。


「騒いだところで危機は去らんのじゃ。

 やれる事をやるとしようぞ」


 今日のマリスは何だか大人っぽいです。

 このままアバターが大人に変身するんでしょうか?

 そうなるとボンッキュッボンッに大変身ですよね!?


 などと不埒な事を考えつつ、俺はお茶を飲む。


「マリス、そう言うがな。

 世界を破壊するほどの神とやらが来るというのだぞ。

 古代竜の比ではないだろう」

「確かにそうじゃな。

 じゃが、こちらにはケントがおる」

「ケントが……」


 マリスとトリシアがお茶を飲む俺に熱い視線を向けてくる。


「俺に、『これだっ』っていう対策は無いぞ?

 来たら全力を以て戦うしかない。

 俺の出せるパフォーマンスを最大値で出すだけだな」

「それだけかや?」

「その時が来ればそれしかやる事はないな」


 再びグビリとお茶を飲む。


「ケントは余裕じゃ。

 安心するがよい」

「いや、余裕はないな。

 ただ、やれる事はやっておくつもりだ」

「何をするつもりなんだ?」

「そうだな。

 まずやっておきたいのは、みんなの新しい武具の作成かな」


 可能な限り最高級の武具を全員分ワンセット作っておくべきだろう。

 できれば予備もあるといいかな。


 各地にいる知人たちのも作ってもいいかも。


「それと、俺たちだけでは心もとないから……

 コラクス、アラネア、フラちゃん!」



 俺が呼ぶと「お呼びで」とコラクスの声が聞こえ魔族連の三人が俺の影の中から出てきた。


 やっぱり影の中にいたか。

 俺が帰ってきたのに姿を現さないんで、多分そうなんだろうと思ってたけど。


「話は聴いていたな?」

「はい」

「ヴリトラの事はどこまで知ってる?」

「姿をチラとですが見たことがあります」


 フラウロスが意外な事を喋った。


「見た? ヴリトラを?」

「はい。

 プールガートーリアの前の世界が滅ぶ頃の話ですが」


 フラウロスってそんなに年寄りなの?


 見れば、アモンとアラクネイアもビックリした顔をしていた。


「どんな怪物だ?」

「怪物といいますか……世界そのもの……と我には感じられましたが……」


 当時、逃げ惑う事しか出来ない若者であったフラウロスだったが、神が作ってくれたポータルを潜る直前に少しだけ振り返った。

 生まれ故郷を最後に一目見ようとしただけだが、彼の目に飛び込んできたのは荒れ狂う防風に吹き飛ばされる木々や家々。

 その向こうに見えたのは、黒光りする鱗を持った巨大な何かだった。

 その巨大な何かから発せられる力の奔流に身体が動かなくなってしまったという。


「坊主! とっとと行け!!」


 巨大な何かから目を離せないでいたが、誰かに胸を押されて倒れるようにポータルを通り過ぎた。


 倒れ込んだ先は別の世界。


 フラウロスは、ハッとしてポータルに目を向けた。

 目に写ったのはポータルが、閉じていくところだった。


「助けてくれた人は……」


 周囲を見ても自分しかいなかった。

 助けてくれた人は閉じるポータルの向こう側に取り残されたに違いないとフラウロスは思った。


 自分の所為で命の恩人を死なせてしまった。


 フラウロスは数万年、その思いを胸に秘めて生きてきたのだという。


「ヤツがこの世界に来るというのなら、ようやく念願が叶いまする」


 フラウロスは「グフフ」と喉を鳴らした。

 唸りとも笑いとも聴こえる不思議な音色である。


「無闇に突っ込んで無駄死にだけはするなよ」

「承知しております」


 貴重な目撃者が俺の手勢にいたのは僥倖だが、何にしても魔族連には頑張って貰わねばならない。


「お前たちの力を貸してもらうぞ」

「待っておりました」


 アラクネイアが嬉しげに俺の腕に自分の腕を絡めて来た。


 美人にそういう事されると緊張するので……まあ、胸の感触は嬉しいのだが。


「私たちは!?」


 トリシアが不満げな目でこっちを見る。


「トリシア、ハリス、アナベル、マリスは、近隣の町や国に一報を入れる役割だ」

「ケントは何をするのじゃ?」

「バルネット魔導王国に向かう」

「なん……だと……?」


 そう。

 どうせの事だから魔族たちの力も使って事に当たろうかと思うんだよね。

 だとしたら、魔軍の幹部たちが潜むと聞く、例の国に出向くのが順当だろう。


 久々の冒険になる。

 世界が滅びに近付いているというのに、何故かワクワクしている俺がいた。

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