第31章 ── 第51話

「ところで……」


 タケイさんが神妙な面持ちで俺に向き直る。


「アレにお気づきでしょうか?」

「アレ?」


 タケイさんは立ち上がると、城の東側の窓に俺を案内する。


「アレでございます」


 俺はタケイさんが指差す方向に視線を向けた。

 特に何かあるようには見えないと思ったが……


「ん? 何だアレ?」


 かなり気をつけて見ないと分からないが、青々と眩しい空に一つの黒い点があった。


「数日前に御庭番衆からアレを見つけたと報告してきたのです。

 ただ、アレと同じモノを見たという記録が歴史上存在しませんので……」


 本当に気をつけて見なければ判らないほどの小さな点だ。

 最初はUFOか何かではないかと思ったが、全く動く気配がない。


 マップ画面を開いて点を見ようとしても何かあるように表示されない。

 検索しようにも名称がわからないし、「点」では検索出来なかったしで、本当に判らない代物である。


 神の目で確認してみると、何らかの神力を纒ったような何かな気がした。


 俺は神界の指揮を任せている秩序の神ラーマに念話を繋げた。


「ラーマか?」

「はい。お世継ぎ様」


 その呼び方は未だに慣れないが、今はそんな事に抗議している暇はない。


「空に極小の点が見えるんだが、何か解る?」

「極小の点……?

 それはどんなモノでしょうか?」


 何故か食いつきが良い。


「本当にただの点だ。

 フソウの城から見ているんだが、東方向の上空にある」

 今、思い返すとエンセランス自治領の森で空が気になった事があったけど、アレを無意識に感じたのかもしれないな」

「点というだけでは判断致しかねますが……」

「だろうね。

 ただ、神力的な力を感じる気がするんだよ」


 俺がそう言うとラーマが絶句したように押し黙った。


「どうした?」

「先代様から伺っている事があります……」

「先代というとハイヤーヴェルだな?」

「はい……」

「ハイヤーヴェルは何と言っていたんだ?」

「点現る時、世界の終わりが始まると」

「なん……だと……?」


 ハイヤーヴェルは既に殆どの力を失ってはいるものの、まだこの世界に健在である。

 最近は全く姿を見せないが、念話でもして呼び出してみるか?


「ラーマ、世界が終わるとして、何が起きるんだ?」

「世界を終わらせし者の到来を予兆するモノが点であると先代様から伺っております」

「アレが……?」

「世界を終わらせし者とは何なんだ?」

「真の名前は知りませんが、先代様、魔族の神々共々、獄炎の魔、極寒の蛇など様々な名前で呼ばれており詳しくは伝わっておりません。

 魔族の神々が住んでいた世界の前に捨てたとされる世界に封印したとか。

 先代様は『ヴリトラ』と……」


 ああ、やはりアレですか。

 インドラさんが封印したとかイギリスの盲目ゴブリンが言ってたっけ。


「お世継ぎ様、これより神界の神をすべて集めて話し合いを持ちたいと思います。

 私の目でも、確かに先代様の言う点が空にあるように見えます。

 神力を纒っているようなので、ヴリトラの予兆なのは確実でしょう」

「ヴリトラってのは具体的に何なんだ?」

「世界を終わらせる者としか……」

「判った。ハイヤーヴェルに直接聞いてみよう」

「出来るのですか!?」


 え? 君たち出来ないの?


「前に話したのは夢の世界だったよ。

 殆ど消えかかってたけどな。

 まだ完全に消えてないなら、話せるはずさ」

「お任せ致します……先代様によろしくお伝え頂けましたら……」

「了解だ」

「では……」


 ラーマが念話を切った。


 振り返ると、タケイさんと世直し隠密たちが、可哀想な者を見るような目をしていた。


「ん?

 ああ、変に見えたかもしれないけど念話してたんだよ」

「念話ですか。噂では聞いたことがありますが、さすがはクサナギ様ですね」


 感心しているが、怪訝な表情は完全には消えてない。


「ところで……『世界が終わる』とはどういった事でしょうか……?」


 ああ……俺、声に出してたか。

 やはり「世界が終わる」って聞いたらそんな顔になるよねぇ……


「まだ予兆でしかないけど、あの点がその予兆らしいよ」

「それが真であるなら、我々はどうすれば……」


 今度は周囲の全員が動揺した顔になった。


「既に神々が神界で対策を始めている。

 フソウもそのつもりで対応を始めた方がいいだろうね」


 俺は笑顔に努めつつそう言った。


 俺が笑顔なのでタケイさんたちも少しは安心したようで弱々しいけど笑顔を作った。


「畏まりました。

 色々と準備を始めるとしましょう。

 何にせよ様々な準備が必要になりそうですな?」

「どうも異世界の神相当の怪物がやらかしそうだから、戦闘の出来ない者に身を隠せるようにした方がいいね。

 詳しいことが判ったら連絡を入れるよ」

「お願い致します」


 タケイが深々と頭を下げると、それに倣って世直し隠密たちも頭を下げた。


 俺たちは城から早々に離れてハイエルフたちの元に戻る。


「お帰りなさいませ……何かありましたか?」


 俺たちの表情が曇っているところから判断したらしくシルサリアが心配そうに聞いてくる。


「隠していても仕方がないから言うが、世界の終わりが近付いているらしい」

「ほ、本当にござりますか!?」

「ああ、神もそう言っている。

 詳しい話は後でする。少し部屋に籠らせてくれ」


 俺が屋敷の自室に引き上げる後ろで、マリスとアナベルがハイエルフに話しているのが聞こえる。


「世界を終わらす怪物が来るのじゃ。

 まあ、ケントに任せておけば何とかなるじゃろ?」

「神々が対策を練るほどの怪物みたいですから、本当に世界が終わっちゃうかも知れないのです……」


 マリスは気丈にしているが、アナベルは流石に不安そうである。


 部屋に戻ってから畳の上に寝転がる。

 目を閉じてハイヤーヴェルに呼びかけつつ微睡まどろみに落ちていった。


 真っ暗な空間。

 俺はハイヤーヴェルに呼びかける。


「おーい。いるか?」


 周囲を見回すと、遥か上空に微かな光が見える気がする。

 それに向けて俺は上昇するように念じる。


 俺の夢の中だけあって空間内の前後左右上下と自由に動けた。

 上に向かって移動していると、光が強くなってきた。

 その光のところには、フェアリーサイズのハイヤーヴェルが目を閉じて自分の前の空間に手を向けて「む~ん」といった感じで何か念じていた。


「何してんだ?」


 俺が声を掛けると、ハイヤーヴェルは片目だけを少し開けて俺をチラ見してから再び目を閉じた。


ポータルを塞ごうとしている……」


 彼の前には何もないような気がするが……


 神の目の力で見てみたら、ゴルフボール大の漆黒の球体が浮かんでいた。

 真っ暗な空間なので見えなかっただけのようだ。


「これがポータル

 ポータルって何だ?」

次元の扉ディメンジョン・ポータルだ……

 あちらの次元からこちらに来ようとしている者がいる……」


 ハイヤーヴェルは必死にポータルを閉じようと念じているらしく、前に突き出した手を下ろそうとしない。


「ヴリトラか?」

「でなければ良いと考えている……

 プールガートーリアの者であって欲しいものだ……」

「開くのを防げないのか?」

「今の私の力ではムリだ……」

「俺が協力しても?」

「やってみてくれ……」


 ハイヤーヴェルが「それがあったか」といった感じで希望に満ちた目を俺に向けてくる。


「ま、やってみるか」


 俺はハイヤーヴェルのように漆黒のゴルフボールに手のひらを向けて目を閉じた。

 そして、心の中で「閉じろ」と念じた。

 心の中に見える黒いゴルフボールが一瞬パチンコ玉くらいに小さくなったように感じた。

 しかし、俺が込める力以上の反発を感じた途端、またゴルフボール大にまで戻ってしまう。


「反発力が強いな」


 俺がボソリというとハイヤーヴェルが「やはりか」と確かな口調で言った。


「プールガートーリアの神々ではない。

 ヴリトラに違いない」


 ハイヤーヴェル曰く、ヴリトラは世界を終わらせる事を司る古い古い神だという。

 自分も含め、プールガートーリアの神々よりもその力は強い。

 俺の力が反発されて大きさが元に戻されたとなれば、プールガートーリアの神々ではありえないという。


「え?

 俺の力ってそんなに強いの?」

「其方は私とカリスの力を持っているのだぞ?

 世界を司る者たちの四分の三と同等の力だと知れ」


 マジか。

 それだけの力があるというのに、ヴリトラの力に抗えないの?

 素直に聞いてみたら、ヴリトラの力は、ティエルローゼとプールガートーリアの神々全ての力を合わせた力と拮抗するらしい。

 だから、神々全てが揃わなければ力に抗えないのだという。


「どうやって対抗すんだよ!」

「だから、私はここを作ったのだ!」


 普段物静かなハイヤーヴェルが興奮して声を荒らげた。


「ここは、あの世界を守る盾だ。

 我々があの世界に影響を与えてしまったが為、ヤツはあの世界へ到達するだろう。

 だからこそ、我々は……」


 ハイヤーヴェルは口を閉じた。


「もう、抗うことはできぬ。

 我が力の全てを使ってポータルの開く力に抗おう。

 開ききる前に、お前は強き者を糾合するのだ!」


 ハイヤーヴェルはそう言うと、再び手を漆黒のゴルフボールへと向けて「ふん!」と力み始めた。


「猶予は?」

「一年……いや、最悪を想定するなら半年だ……」

「半年かよ……」


 俺の頭の中は混乱しつつも、世界を救う為に全力で回転し始める。


「世界を滅ぼす蛇とか……ドラゴンみたいだな……」


 絶望を口にするとハイヤーヴェルが苦笑した。


「カリスと私はそれを目指して彼らを創造したのだよ……」


 何だと?

 ドラゴンはプールガートーリアの神々がティエルローゼを落とす為に作ったんじゃねぇの!?

 ハイヤーヴェルも関わってるなんて聞いてねぇぞ?


 なんだかとんでもない話を聞かされた気がしてならない。

 だが、今はそんな事を彼に問い詰める時ではないだろう。


「何はともあれ、俺は滅ぼされる気なんかないからな。

 絶対、世界を守ってやる!」

「頼んだぞ……」


 ハイヤーヴェルの声を境に俺は目を覚ました。

 周囲は既に真っ暗闇である。

 時計を確認すると午後七時を回っていた。


 何はともあれ、ティエルローゼの神々、モンスターたちが「力こそ正義」を標榜する意味が判った気がする。

 全てはヴリトラに対抗する為であったのだ。


 それほどに強く古い神か。

 これから俺たちはどうなっていくのか……


 いや、運命に流されて惚けるつもりはない。

 どんな運命であろうと抗うと俺は実家を飛び出した時に決めたのだ。


 ここまで来て滅ぼされる運命など……絶対変えてやる!

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