第31章 ── 第50話
たっぷりと半日も魔法道具の作成談義に花を咲かせてしまったわけだが、終わった頃にはシルサリアは既にいなかった。
シルヴィアは談義後に魔法道具の作成に集中し始めたので俺は地下を出た。
正午に近いので台所に行くとエルヴィラが昼食の準備をしていた。
今日は生姜焼きらしい。
生姜焼きを焼いているエルヴィラの横で付け合せにするキャベツの千切りを作っておいてやる。
「ありがとうございます」
俺の作業を見ていたエルヴィラが「はぁ……」と熱の籠もった溜息を吐いている。
「よそ見してると焦げるよ」
「あっ! 申し訳ありません!
お館様の包丁さばきに見とれてしまいました」
テヘッと可愛い素振りをするエルヴィラだが、歳は俺より遥かに上だ。
見た目が若ければ、いくら上でも問題はないが。
寿命は一〇〇〇〇年以上あるらしいハイエルフとしては若者だしな。
エルヴィラが焼き上がった生姜焼きを更にキャベツと共に乗せ、ドレッシングみたいなモノをキャベツに掛けている。
「それは何?」
「あ、ゴマをすったモノを油と醤油など調味料で味付けしたものです」
「ああ、和風ゴマドレッシングか」
「どれ……?」
流石にティエルローゼの言葉に置き換えできない言葉もある。
概念自体がない場合は特にそうだ。
ティエルローゼにはドレッシングという概念がないって事だ。
「これ、使ってみるか?」
俺はインベントリ・バッグからマヨネーズを取り出す。
「それは……?」
「マヨネーズだ。
確か君たちには教えてない調味料だったはずだ」
ここが和風の国だったので、これまで自分的に和食に分類されると思う料理ばっかり作ってたからな。
マヨネーズは洋風っぽい気がしたから出してなかったんだよな。
「まあ、食べてみてよ」
俺は小皿に千切りキャベツを少し取り分けて、マヨネーズを添えてエルヴィラに食べさせた。
「──!?」
エルヴィラが声に出ない歓声を上げる。
「お、お館様!
こ、この調味料はとんでもない威力です!」
「だろう?
なのに作るのは簡単なんだ」
俺は目の前でマヨネーズを作って見せた。
例に漏れずエルヴィラの目は真剣そのものである。
「……と、こんな感じだ。
簡単だろ?」
「……はい。
早速私も作ってみたいです」
俺は材料も提供してやる。
新鮮な卵、塩、酢、油と非常に簡単な素材でコレが出来るんだから、料理人なら覚えておいて全く損はない。
入手で難しいのは新鮮な卵だが、新鮮なモノがほしければ鶏を飼えばいいしな。
この屋敷の周囲は自然豊かで害獣もハイエルフのいるところには出ないから鶏もストレス無く良い卵を生みそうだしな。
昼食の時間、板の間にハイエルフが全員で集まって食事を頂く。
「生姜焼きじゃ」
「ハリスさんが知ったらヤキモチを焼くかもしれませんね」
マリスとアナベルは嬉しげに生姜焼きと共にご飯を口に頬張っている。
エルヴィラはともかく、他のエルフは小壺に入っている見慣れない黄ばみかかった謎のペーストに戸惑っていた。
「おい、そこのマヨの小壺を取ってたも」
隣のハイエルフにマヨネーズが入った小壺をマリスは指さした。
「まよ?」
「ぬ? マヨも知らぬのかや?」
「マヨはマヨネーズの事ですよ~?」
「まよ……めず?」
「マヨネーズじゃ。
ケントが生み出した万能調味料よ。
我としては、コレは何にでも合うと思うのじゃが、至高はたこ焼き、お好み焼きに掛けた時じゃろうな?」
「マリスさん!
実は私、マヨを海鮮丼につけても美味しいことを発見したのです!」
「な、なんじゃと!!
聞いておらんぞ!」
「あはは、昨日のエンセランスちゃんところで気づいたんですよ~」
ほのぼのと話しているが……
マリスよ。
キャベツの千切りの量と同じくらいの量のマヨを乗せるのは止めなさい。
相変わらず量の調整が下手なマリスである。
まあ、マヨなら悶絶する事はないとは思うが。
ハイエルフたちも、マリスの度し難いマヨ量を真似しようと小壺に手を出したが、俺が「量はアレの一〇分の一でいい」と注意をしたので量を間違える者はいなかった。
それでも口に頬張った瞬間、全員が驚いた表情を浮かべ、その後無言で口に運ぶ者が続出した事から、気に入ったのは間違いないだろう。
そういや、卵とかのアレルギーあるヤツはマヨが食べられないそうだけど、ハイエルフにはいないみたいだな。
というか、ティエルローゼでに来てから、そういうの全く考慮せずに料理してきたけど、アレルギー体質のヤツは一人も見てないな……
もしかしたらそういう症例はないのかもしれないな。
まあ、無害なモノに過剰反応するようなアレルギー体質はない方がいいけど。
楽しい食事の後、マツナエ城へ顔を出しタケイさんにご挨拶。
「クサナギ様、よくおいでくださいました」
「元気そうで何よりだね。変わりはない?」
「はい、お陰様で……
隣国トラリアも現在は安定しております」
タケイさんが話してくれた事によると、トラリアは水路に水が戻ってきた為、食料の生産が落ち着いたらしい。
オットミルの町は開放された後、しばらく混乱を来していた為に酒造りが出来ず、フソウが肩代わりしていたようだが、今は正常な運営が出来ているそうだ。
食料や生活必需品の輸送には必ず官吏を一人付ける事で、密輸などの不正は根絶したそうで、輸送量だけでなく輸送費も安くなり、流通も健全化が進んでいる。
「さすがはフソウの有能な役人たちですね」
「恐れ入ります」
俺に褒められてタケイさんも嬉しげな顔になる。
「そういや、大陸西側は歩く度に『世直し隠密』だ何だと勘違いされたんだよね」
俺が質問すると「ああ! そうでしょうな!」とタケイさんは右拳を左手のひらにポンと落とす。
「これは早速ご紹介した方がよろしそうですね」
タケイさんがパンパンと手を叩くと
突然現れたので俺が「うお」と驚くと、
そして嬉しげに「光栄に存じます」と言った。
世直し隠密たちの事は知っているが、
まあ、来てからそう言えばいいか。
「救世主様に気配を悟られぬとは腕を上げたようだな」
「はっ、ありがたき事と」
「うむ。ナイトシーカーズを呼んで参れ」
「はっ!」
命じられると
「前の御庭番は、あんな移動出来ましったっけ?」
「あれは、救世主様が保護されたハイエルフの方たちにご教授頂いた技と報告を受けております」
瞬間移動だぞ?
ハリスですら使ってない気がするんだが……
ハイエルフたちも今は想像を絶する修行をしているという事かもしれん。
シンノスケが残した忍者像を再現しているんだと思うんだが、ティエルローゼ人の凄いところは、そういうイメージを現実のモノとして再現する能力だな。
本当に侮れない。
しばらく待っていると、四人パーティがやってきた。
「やあ、久しぶり」
俺は入ってきた四人に軽く手を挙げて挨拶をする。
俺を見た世直し隠密の面々は口をパクパクさせて声にならない声でなにか言っている。
「神の御使い様が何故ここに!?」
ハセガワ・ミツクニが絞り出したような悲鳴のような声を上げる。
「む、ミツクニ。
クサナギ様をご存知であったか?」
「タケイ様! 知らぬも何もご報告を上げた通り、この方は神の代弁者様、御使い様に御座いますよ!」
「ぬ? 救世主様が?」
あぁ、情報が錯綜していますね。
俺ってあの時、彼らには名乗ってなかったっけ?
「あ、いや、オーファンラント王国の辺境伯閣下なのは前回お会い頂いた時に伺いましたので存じ上げております。
しかし、アースラ様の使徒様たちにご命令すらなされる貴方様が、ただの地方貴族なわけは御座いませんでしょう。
あれから色々と考えた末、そういう結論に落ち着いたので御座います」
他の隠密の人たちもコクコクと頷いていた。
「確かに神に友人はいるけどさ……
実際、あの時は神界の意向を受けて動いてたし……」
それでも神の御使いとか、代弁者ではない。
「利害関係が一致していたから協力していただけなんだよ」
俺は苦笑交じりにそう答えたが、彼らの疑惑は全く晴れていないのは明白だった。
逆にタケイさんが、困惑した表情で俺と仲間たちを見ている始末だ。
俺は、タケイさんが握っている情報などを聞いて、喋れる範囲で弁解をしておいた。
最後には「何となく把握でき申した」と半信半疑ながら納得してくれたんだが。
世直し隠密たちが、余計な事を吹き込んでいなければ問題にもならなかったはずなんだけどな。
「まあ、隠密の話はこのくらいにしておこう。
今日来たのは、話があってなんだよね」
「我々に何かご協力できる事がございましょうか?」
タケイさんは、身を乗り出して真剣な表情になる。
「ほら、フソウが今、南に街道を伸ばしているでしょ?」
「ご存知でございましたか。
現在、エンセランス自治領、ルクセイド領王国の協力の元、街道整備を行っております」
「そう、それそれ」
俺はタケイの言葉に頷き、彼らの目的をちゃんと聞いてみた。
フソウは大陸西側の宗主国として地域平和に尽力してきたつもりだが、俺の存在を知って、東側との早期講和が必要であると認識したらしい。
俺がオーファンラントの貴族なのが最大の理由なのだと。
シンノスケの暴走の後、荒廃した西側諸国は国の立て直しに必死で東側諸国連合との講和は行っていなかった。
これをこの時代に行っておかねば、西側諸国は未曾有の危機に陥りかねないと判断したという。
講和は必須事項だが、それ以外にも俺の領地で魔法道具生産が行われている事実も捨て置け無い理由だったようで、通商条約なども結ぶ必要が出てくる。
貿易を活発化させる為には、商人が行き交う街道をどうしても整備しなければならないのだ。
そういった意図で、まずはルクセイドとの国交と街道を結ぶのを目的としてエンセランス自治領内に街道整備中という事らしい。
「なるほどなぁ。
確かに、こっち側では殆ど魔法道具作成とかされてないみたいだしね」
「そもそも作れませんので、遺跡の発掘が頼みの綱でございますれば」
ああ、そんな貴重な発掘戦力であるアリーゼを引き抜いちゃったしな……
今ではどうやって手に入れているやら。
となれな、かなりの発掘品はガラクタのままになったに違いない。
大陸西側での魔法道具市場がかなり逼迫したのは間違いない。
「なるほど……
それでオーファンラントへの街道を整備する話が出てきたワケか」
「はい。これは上様の考案なされた事でございます。
我々は全力でそれをお手伝いするのみ」
「トクヤマ少年が……
随分と未来を見据えた政をするようになったんだね」
「それもこれも、クサナギ様のお陰でございます」
タケイさんが深々と頭を下げる。
俺は顔を赤くするしかない。
「タケイよ。
あまりケントを困らせるでない」
「そうです。
ケントさんは照れ屋さんですからね?」
マリスたちに何故か頭を撫でられまくる俺。
それを見ているタケイ、世直し隠密ども。
いい加減にして下さい!
余計顔が赤くなるってばよ!
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