第31章 ── 第49話
朝起きるとフジサワさんの奥方が朝餉を用意してくれていた。
「お手数お掛けして申し訳ない」
「いいんですよ~」
和服美人の笑顔は破壊力がパネェな。
病気だった頃に比べるとふっくらして健康そうになったので、美人度がアップしております。
膳の前に座り、既に食べてるマリスとアナベルに「お早う」と挨拶しておく。
マリスは「遅いのじゃ、先に食べておるぞ」と言いながら干物の小魚をバリバリ頭から食べている。
アナベルに至っては、既に食べ終わって庭で近所の子供と遊んでいる。
メニューは干物の小魚、味噌汁、香の物の沢庵しかないが、白飯は山盛り。
内陸の貧困地区なのに小魚が出ている。
以前よりも断然食の質が上がっているね。
「この魚、海のヤツだよね?
よく手に入ったね」
「最近、安値で出回るようになったんです。
生活も楽になって、色々食べられるようになったんです。
全部、貴方様のお陰です」
奥方も魚が食べられて嬉しいらしい。
というか、そんなに感謝されるほどのことはしていない。
ちょっと金出しただけだからな。
所謂、投資というヤツだ。
後々金を生むようになる予定だし。
食べてみると塩水に漬け込んでから干したモノらしく、結構塩辛い。
ご飯が大盛りなので助かる。
沢庵もめっちゃ固くて塩辛い。
このメニューで食が改善されているんだから、前はもっと酷かったという事だねぇ……
もう少し良いもの食べられるようになってもいい気がするが。
「次はどこに行くのじゃ?」
「マツナエだな」
「ああ、あの不埒者がいるところじゃな」
「時々顔を出さないと泣かれるからな」
「あの小僧にも会えると良いのう」
あの小僧って……トクヤマ・ヤスナリ陛下の事ですか?
マリスにとっては小僧なんだろうけど、一介の地方領主には他国の王族にそんな呼び方は出来ません。
ご飯を食べ、お茶を飲んでいるところでアサカさんとフジサワさんが起きてきた。
「ううう、クサナギ様は平気なご様子……
さすがでございます……」
二人共、二日酔いらしい。
「アサカ様、朝餉をご用意しております。
お召し上がり下さいませ」
「いや、私は……」
既に膳が用意されているので断れなかったようでアサカさんは渋々座った。
フジサワさんも仕方なしに座る。
「朝ごはんは重要なエネルギー源だよ。
食べないと元気出ないってな事になるから食べないと」
俺は少し笑ってしまった。
普段はシャキッとしている人の醜態はギャグみたいなもんだからね。
「あの酒は些か我らには強すぎたようです。
産地はどちらなのですか?」
「あれはブレンダ帝国産です。
とうもろこしを発酵させたヤツですね」
「トウモロコシ……
蒸して食べるのが普通だと思っておりました」
「私は醤油を塗って焼いたヤツが好きです」
どっちも美味いから解らんでもない。
「さて、我々はお暇しようかな。
マリス、いつまで食べてるんだよ」
「もう食べ終わるのじゃ、しばし待て」
縁側からアナベルのいる庭に出る。
ブーツを履きグリーブをつけているとアナベルと遊んでいた子供たちが集まってくる。
「もう行っちゃうの?」
「予定があるからね」
「次はいつ来る?」
「マタハチを連れてくる時かな?」
「マタハチ兄ちゃんは元気?」
「ああ、一生懸命鍛冶修行しているよ」
子供たちから質問攻めである。
アナベルは止めるでもなくニコニコ笑っている。
「お待たせなのじゃ……
ケントの周りが子供の山じゃ。
大人気じゃのう」
既に一〇人以上集まって来ている。
寺子屋に通う子供たちだろう。
「食べ終わったのか?
すぐ出発だ」
「了解じゃ」
俺は子供たちに向き直り、「俺たちはそろそろ行かなきゃだから」と注意して離れてもらう。
子供たちの躾はしっかりされているようで、必要以上にしつこくまとわりついては来ないので助かる。
「
鏡面のような水面が出現すると、子供たちが「おー!」と感嘆の声を上げる。
帰ってきたマタハチも、コレが出来るようになってるとか思ってそうで怖い。
先にマリスとアナベルを行かせ、続いて俺が
何人か子供が付いてきたので送り返したのは言うまでもない。
コレか驚いて武器向けられるか。
まあ、いいけどさ。
「お館様、お待ちしておりました!」
「「「お待ちしておりました!!」」」
シルサリアの挨拶に、他のハイエルフたちが声を揃える。
いい感じに元気だな。
「全員元気そうだな」
「これもお館様のお陰にございます。
ここではなんですので、中へどうぞ」
「ああ、ありがとう」
俺たちはハイエルフたちに以前道場に使っていた広間に上がった。
床の間のある上座に座らされた。
「あれから困った事は?」
シルサリアが俺の前に座り、他のハイエルフはその後ろにズラリと並んで座った。
エルヴィラだけは道場から出て行って、しばらくすると盆にお茶を乗せて戻ってきた。
そのお茶を近くに置かれたので、遠慮なく飲んだ。
マリスが「茶菓子はないのかや?」とワガママを言っているが、アナベルが
冷えてても美味いんだろうか……
「特にございません。
シルヴィア、石鹸の売上状況は?」
シルサリアはこの館の収支報告をするつもりらしい。
「今年の売上は大判で五枚ほどで御座います。
昨年から考えますとおよそ二倍の収益になります」
ほえー、石鹸販売がそこまで上手くいっているのか。
そいつはすげぇな。
「最近は、近所の女衆を雇い入れて生産量を増やしております」
「消耗品だから、良いものなら継続して売れるだろうね」
「お館様のお陰で商業御免状を頂けたのが幸いです。
本来なら、この収益から税を納めねばなりませんので、ここまでの利益にはなりません」
そりゃそうだ。
無税ってのが相当効いているのは間違いない。
各国の税率は現実世界なんかと違って結構高い。
消費税が一〇パーセント?
売上の三割を無条件に寄越せって乱暴な税よりマシだよねぇ。
利益の三割じゃなくて売上のってのがアホかとバカかと。
まあ、そんな乱暴な税ばかりじゃないが、通行料に銅貨一枚、物品税に商品一箱銀貨一枚とか、品の価値に関係なく定額というどんぶり勘定な税もある。
どんどん税金を上積みしていくと莫大な費用になるので、商人は税金というものに敏感にならざるを得ない。
そんな世界で商業御免状という無税にする切り札を持っているのだから笑いが止まらないほどの利益が望めるのだ。
もちろん、役人への鼻薬として付け届けをしたりする必要はある。
現実世界なら賄賂だが、この世界ではその程度では賄賂にならないし不正とも呼ばれない。
便宜を図ってもらう為の接待費のようなものだ。
そういう税金が掛からないので、こういった経費を多く捻出できるのもあるし、商品価格も抑えられる。
品質はいいのだから売れないはずはない。
今では市井の民たちも常用しているというのだから、笑いが止まりませんな。
「確かに増産体制が必要だね」
シルサリアもコクリと頷く。
「手作業だから人手を増やすのが手っ取り早いだろうけど……」
シルヴィアが「皆まで言うな」といった風情で手を上げた。
「現在、作業工程で危険な部分を魔法道具に置き換えるべく魔法道具の開発に着手しております。
それが出来るまでは女衆を雇っておく必要がありますが……
お許し願えますでしょうか?」
「もう雇ってるんだろ?」
「左様でございます」
「なら、魔法道具が出来た後もクビにしないで雇い続けておく事。
要らなくなったからといって放り出すような真似はしないように」
シルサリアもシルヴィアもキョトンとした顔になる。
「いや、その女衆という人たちも作業を覚えて製法を知ったはずだろ?
知識を持つ者を外に出すなど愚の骨頂ってヤツだろう?」
「ああ……!!」
シルヴィアは気付いたようで頭を抱えた。
売上と生産量が釣り合わなくなったので作業員を増やしただけだと思っていたようだ。
石鹸の作り方は簡単だし、材料もそこらで普通に手に入る。
なので作業員を外部に放出したら、模造品が作られ始めるのは間違いない。
既に安価に作っているので、模造品はここの商品よりも高くなるのは間違いないけど、需要に供給が追いつかなければ高くても売れる事になるのは市場原理としては当たり前の事だ。
そういった事態を招かない為にも、作業員は雇い続ける必要があるのである。
「引き抜き対策は出来ている?」
「作業員の賃金は、マツナエの相場よりも五割ほど高くしておりますので大丈夫かと。
どれだけ出しているかは口止めしておりますので、そちらも問題ありません」
俺が「それ以上を提示されれば裏切る者もいる」と言おうとしたら先に言われてしまった。
高収入だとしてもいくら貰っているかを知らなければ、提示のしようがない。
周囲の平均賃金の二割程度を上乗せすれば大方は寝返ると考えるのが妥当なところだ。
そこへ五割増しだからねぇ。
それだけ出しても儲かっているという事。
フソウだけでなく、トラリアあたりにも輸出している可能性があるね。
「どこの問屋に卸してるの?」
「回船問屋マツザカ屋です」
「あー、そういう事か……」
船便航路を使っているのなら大陸全土が市場になる。
マツザカ屋というのがどんな問屋なのか知らないが、売上金を見るだけでも大規模にやっているようだと解るし、この分だと自由貿易都市アニアスの連中と関わりがありそうな気がする。
あいつらと関わりがあるとしたら、海のニンフである人魚たちの軍団「セイレーン」から攻撃されることもないので航路は安全だ。
ますます世界中にハイエルフ印のフソウ石鹸が広まることになるだろう。
「なるほどね。
だとすると、需要に供給が追いつかないのは今後も続きそうだね」
「ええ、転売で儲ける者も相当な数かと」
「うーむ……安く買えるのが最大の売りなんだがなぁ」
安いからこそ誰でも使える。
そうすればどんどん衛生状態が改善される。
病気などの蔓延を防ぐには衛生状態がもっとも大切なのだ。
衛生状態の向上した区域は死亡率が下がるんだから、人口も増えていく。
民が増えるんだから国も富む。
この流れが俺の狙いなのに、転売とか……
「早急に製造用の魔法
今作っているヤツを見せてもらえるか?」
「ご随意に」
「マリスとアナベルは好きに過ごしてくれ」
「了解で~す」
「承知じゃ!」
俺はシルヴィアに連れられて地下に降りた。
魔法道具などの研究室を地下も地下に作ったらしい。
まあ、石鹸作りの作業場も地下に作ってたし当然か。
シルサリアも一緒についてきたけど解るのかな?
「お館様、これが例の強アルカリ性物質を作り出す為の魔法道具になります」
ふむ。
見たところ、二つのリザーブ・タンクに原料である炭酸カリウム水溶液と炭酸カルシウム溶液を入れるのだろう。
下にあるタンクに入ると自動撹拌する感じか?
いくつか途中の経路に
「この方式は知らなかったな」
「お館様がされていた不揮発性処置を参考にしました」
どうやら見ていたのを盗み取ったとでも言いたそうだが、シャーリーのはこの方式ではない。
似たような作用のある別方式を考え出すとは、シルヴィアは伊達に長生きしていないね。
このハイエルフは本当に有能だな。
シルヴィアがシルサリアの仲間にいたことは僥倖といえよう。
俺も欲しいと思う人材ではあるが、マクスウェル姉弟が既にいるし、シルサリアから彼女を取り上げるような事はしたくない。
彼女にはこれからもここでシルサリアを支えて頂きたい。
「この部分だが……」
俺はできるだけ良い魔法道具を作ってもらいたいので仕様について色々と意見を言わせてもらう。
俺とシルヴィアは魔法道具が関わると夢中になる癖があるので、笑顔のシルサリアを置いてけぼりに魔法道具作成談義に花を咲かせてしまった。
シルサリア、ごめんね。
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