第31章 ── 第48話

 エンセランス自治領を飛行自動車に乗せて視察して回る。

 エンセランスとマムークも一緒だ。


 この二人は自分の翼以外で飛ぶのは初めてのようで、物珍しそうに窓の外を眺めている。

 マリスが胸を張って「どうじゃ!?」と得意気に言っているのが可愛い。


 各種獣人族の集落に降りて現状を聞く。


 見たこともないモノが突然降りてくるので最初は警戒する獣人族だが、マムークと人型のエンセランスが姿を表すと、途端に態度を変えて大歓迎を受けるパターンだ。

 エンセランスもマムークも領内で精力的に顔出ししているようで、ちゃんと顔を知られていたので何となくホッとする。


 今回、小さいところから大きいところまで各集落を回ったのだが、名前貸しだけというエンセランスだがちゃんと仕事をしているという事が見てとれた。


 以前は研究室に引きこもっていたはずの、研究バカのエンセランスだが、外の世界……人族の土地を出歩くようになって、色々なモノに興味を持つようになったらしい。


 大変良い傾向です。

 創造主が世界を作り上げた方法に興味を持つならば、作られた世界に住む者たちにも興味を向けるべきだろう?

 過干渉は自由のない監獄世界になりそうなので駄目だと思うが、見守るのは必要だと思う。

 地球は管理していた神がいないので、核まで持ち出す戦争すらあったからなぁ……


 途中、車中で昼食を食べつつ集落訪問を続けた。


 大人数の獣人部族から少人数の部族へ食料の不公平な配給など、多少の問題はあったが、マムークの今後の管理とエンセランスの威圧で簡単に是正させるに留めておく。

 先程も言ったように監視社会は好きじゃないし、そういう問題は当人同士で解決していくべきである。

 問題があったならマムークなりエンセランスに訴え出ればよいのだ。


 訴え出れないように脅したり、人質を取るなどの完全に犯罪が行われた場合は、集落ごと焼いてしまえば良い。

 苛烈ではあるが、一罰百戒を成せばいいだけの事。


 一つの悪事に集落全滅では罰が重すぎる?


 集落程度の閉ざされた規模の生活圏内で「知りませんでした」などという言い訳が通用すると思うな。

 悪事千里を走るという諺がある通り、集落内は薄々気付いているはずである。

 なのにも関わらず見て見ぬふりをしている。

 先程の言い訳は、こういう状況だと判断するべき案件である。


 そういう事態になる前に、報告と連絡と相談をするべきなのだ。

 マムークには小型通信機を渡してあるし、エンセランスも連絡手段を持つ。

 彼らで判断できない場合、俺に連絡を送る体制は整っているのだ。


 何にせよ、俺が関わって建国したココで、不正などさせるつもりはないのだ。

 不正が発覚した集落はエンセランスの炎によって消滅するという事実が一つでもあれば、不正をしようなどという不埒な輩は大人しくなるものである。


 串刺し公ことワラキア公国の君主様を思い出す執政ではありますが、このくらいの強権を発動しても良いくらいココは自由な地域なのですよ。

 不正以外には、ほぼ縛りはありませんしね。



 午後三時頃には視察も終わり、例の街道建設現場に顔を出します。


 飛行自動車で顔を出したので、街道整備中の人足たちが逃げ出してしまい、監督のお侍さんに怒らちゃいまいました。

 彼はキノワ奉行所の与力だった事もあるミフネ・トシユキという人だ。

 タカスギさんの知り合いらしい。


 タカスギさん、懐かしいですな。

 彼はトキワ・シロウ・サエモンの直心でしたので、こういった現地与力との折衝をしていたからね。

 今もキノワで内与力として頑張っているのかな?


 で、ミフネさん。

 ウチの仲間たちが人足を探して来る間、ウチの飛行自動車に興味津々です。


「これは、何人運べますか?」

「この車だけなら一二人くらいですかね。

 狭いですが」

「どのくらいの速さが出ますか?」

「一時間で一〇〇キロほど」

「空を飛ぶとなると、飛行型の魔物以外には考えなくても良いわけですな……」


 外部に卸したヤツ二台は、速度、高度などに制限を設けた機体です。

 もちろん、この飛行自動車二号にもありますが、設定をいじるだけでリミッターは簡単に解除できる。


 そこまで教えてやる必要はないので、既定値だけを答えた。

 まあ、リミッターないと宇宙空間に到達すら可能ですから、宇宙とか真空とかの概念がないティエルローゼ人に話しても理解できるとは思えないからね。


 人足が帰ってきたところで、ミフネさんは指示を出し、作業を続けさせた。

 作業風景を見ていたけど、土地を削って踏み固めるだけのようです。


 地面を固めるのに使っている機材が、古い時代に地球でも使われていた感じのヤツでした。

 丸太の長い棒が四本り、二人の人足が棒を二本ずつ持って丸太を持ち上げて振り下ろす。

 丸太の底面の平らな部分が地面に衝突することで地面を固く均すことになる。


 地球の現代機器ならば「タンパー」というヤツですね。

 人力なので大変な作業ですが。


 上半身裸の筋骨隆々な人足たちでも重労働らしく、汗みどろで頑張っていました。


 俺は、現場監督のミフネ氏に「彼らを労ってやってください」と銀貨を二枚渡した。

 何故という顔をされたので「見学させて頂いたお礼です」と言っておく。


 まさか、この街道が自分のためになるからとは答えられないもんでね。

 この街道が完成した暁には、トリエンまで米が運ばれることになるだろう。

 それも定期的にだ。

 お礼しないワケにはいかんだろう?


 さて、工事の状況を見て気になったのは、雨などの水の排水機構が全くないところだ。

 削っているので掘り下がっているから水が溜まりそう。

 まあ、そういう辺りはティエルローゼだとどこでも一緒で、降雨後は泥の道になるのが常なんだけどね。


 ウチ領地からの出資で作っている街道計画では、石畳化、排水用の溝を作っている。

 この排水溝を通って雨水などが近くに同時に作った溜池に流れ込むというシステムである。

 溜池の水は周囲の集落が農作業用や飲料用に使うのだと聞いている。

 流れ込んでくる土や砂を定期的にさらう作業が必要になるけど、それは後回しでいいと言われている。

 ま、ゴーレム作るだけなので問題はない。

 飲用にも使うそうなので浄化が必要になり、都市用のモノを少し小型化したヤツを設置する事になっている。


 こういったシステムを後々各国に売り込む必要が出てくるとは思うが、従来の技術レベルで運用できるのであれば急ぐ必要はない。


 魔導機器やらシステムは高額だからね。

 俺の鉄道構想やら街道整備が大きな利益をもたらすと知られてからでいい。

 その後々の事だが、魔導機器を導入した方が更に儲かるとプレゼンしなければならないのが面倒ではあるけども。


 飛行自動車に乗り込んで、ミフネ氏と人足たちに手を振って別れる。

 酒代に銀貨二枚も貰った事をミフネ氏が人足に伝えた為、人足たちの俺たちへの熱の籠もった別れの挨拶が周囲に木霊した。


「また来いよー!」

「僧侶のねぇちゃん酌してくれ!」

「ちびっこもまた遊びに来い!」


 なんとも賑やか。

 俺は静かに飛行自動車を上昇させ、森の中央に向かった。

 田んぼ地帯までエンセランスとマムークを送り、次の地へと向かう。


 エンセランスには泊まっていけとせがまれたが、今日中にフソウ入りしたいので断った。

 作り置きしてあるハンバーガーを大量に置いていくと静かになったけどな。



「それじゃ、またな」

「いつでもいらっしゃって下さい。

 お待ちしております」


 マムークに丁寧な見送りをしてもらい、俺たちは転移門ゲートを潜る。

 エンセランスはハンバーガーに齧り付いて「むぐむぐ」言っているだけだったので苦笑しながら手を振っておいた。


 転移門ゲートを潜ると、目を丸くしている子供たちと奥さん方、そして緊迫して竹光を抜いて構えているフジサワさんの姿が見えた。


「やあ、お久しぶり~」


 俺の気の抜けた挨拶に、周囲の人びとがドッと力が抜けて地面に倒れ込むのが見えた。


「あ、驚かしちゃった?」


 変な物体が、寺子屋の庭先に現れたので新種の魔物と勘違いしたらしい。


 あれ以来、ここには顔を出していなかったので仕方がないね……

 お騒がせして申し訳ありませんでした。


 さて、一騒動だったけども、俺たちだと知れた為、フジサワさんに住んで貰っている寺子屋周辺は大変なお祭り騒ぎとなってしまった。


 簡単な挨拶と報告を貰ったらマツナエに行こうと思っていたんだが、そうもいかないようです。


 すぐに町役人のアサカさんが呼ばれてきて、俺が来た為に呼ばれたと知ってすっ飛んで自宅に帰って書類やら人別帳やらを持って再び戻ってきた。


 この間およそ一〇分だよ。

 早業と言っても過言ではない。

 アサカさん、「俊足」系のスキル持ちなのかな?


「という感じでございます。

 基本的にお預かりしている資金を減らさないように差配しておりますが、まだまだ上手く行っておりません」


 帳簿が単式簿記なので把握しずらいところはあるが、概ね悪くない数字です。


 貧乏人相手の不動産業でこの成績なら悪くありませんな。

 目減りしている分はありますが、経済的に困窮している世帯を相手にしているのだから仕方がない。

 金貨二〇〇〇枚に戻しておくように金貨を一〇〇枚ほど渡しておく。


 何か方策を打ち出さないと減る一方になるとアサカさんは苦虫を噛み砕いたような顔をした。


「まあ、働かないヤツは追い出す感じでいいんじゃないかな?

 そういうヤツには、金を貸しても返さないヤツが多いから要らないよね。

 働けないならともかくね」


 そういうところを差配してもらう為のアサカさんである。


「承知しました。

 その判断は……」

「アサカさんに一任しますよ。

 病気で働けない、怪我や障害でどうにもならない場合は除いて下さいね」

「承知致しました」

「他所でどうにもならないので流れてきた人たちがいたら、生活が立ち行くまでの資金の貸付なんかもしていいかも」

「よろしいので?」

「大丈夫。近い内にマタハチを返す事になると思うので、彼を中心に職人たちが集まる区画を用意しておくといいよ」


 マタハチの名前を出すと、奥さん衆の中から「マタハチ!?」と声が上がる。

 見ればマタハチのお母さんだ。


「やあ、ご無沙汰しております」


 俺が近付いて挨拶すると、マタハチの母親はペコペコと凄い速さで上半身ごと上下させ始める。


「マタハチがお世話になっております!!」


 ブンブン振られている上半身の所為か、ドップラー効果よろしく声がブンブン波打ってる気がしてならない。


「こちらこそ、マタハチにはウチの領地の金属部品を作ってもらってますよ」

「バカ息子はお役に立っておりますでしょうか?」


 頭を下げるのを止めて、マタハチの母親は心配そうな視線を俺に向ける。


「彼は世間一般の鍛冶屋よりも腕が上がっています。

 そろそろお返しできると俺は思っていますが、親方がウンと言うかな……」


 腕の良い助手をマストールが手放すかどうかの方が心配になるレベルだからな。


 それを聞いてマタハチの母親はホッとして胸を撫で下ろした。


「腕に職をつけて頂けるだけならともかく、過分なお褒めを頂きまして有り難く思います」


 涙を目に浮かべて口元を袖で隠す母親に、周囲の奥様方が「良かったねぇ」と嬉しげにしている。


 父親は棒手振りと聞いているので、かなりの貧乏所帯だったからなぁ。

 マタハチの名前で解るように、彼は八人目の男の子だ。

 兄弟姉妹は全部で六人しかいないが、生きていれば一四人兄弟だったそうだ。

 貧乏子沢山を地で行っているとよく思ったものです。

 で、他の八人はどこに行ってしまったかと言えば……あの世です。


 貧乏人が医者やら神殿に掛かる事もできず、病気や怪我、栄養失調で死んでいくのが当たり前だったワケだ。

 今は、俺が買い上げた地域は上手く行っていて、子供の死傷率が大分下がったようだけどね。


 金銭問題は当然一番だが、次の問題はこういった医療関連になるのかなぁ。

 その為にも金を増やせる体制は必要になる。


 出迎え祭りの興奮が鎮まった後、俺、フジサワさん、アサカさんの三人で今後の地域発展計画を話し合った。


 マタハチの帰還後には、職人街を形成し、東方の職人ギルドのような組合を作る事、それに伴い職人組合が管理する職人養成所のようなモノを作る。

 これを中核に城下町の職人仕事をしっかりと管理できる体制を作る。

 職人組合に力が付いてくれば、他地域の職人も組合に参加させて管理をしていくようにする。


 これができれば、職人組合によって仕事を管理し、仕事を割り振れるようになるだろう。

 生活が困窮している職人世帯に仕事を優先して回す事ができれば、いい意味で地域生活の向上が望めると思う。

 もちろん、色々と清濁入り混じった仕事になってくるとは思うけど、この人情溢れる地域の人々が、悪に染まっていくとは思えない。


 まあ、そうなって来て制御不能と感じたら俺に連絡をくれれば対処しますけども。

 基本、神々が本当にいる世界なので、完全悪みたいなヤツは少ないんだけど時々いるからね。

 そういうヤツは俺なり力のあるヤツがキッチリと落とし前をつけてやるワケ。

 それが抑止力になるので。


 色々と今後の計画を立てたけど、「金貨二〇〇〇枚で出来るか?」とアサカさんに質問をしてみました。

 アサカさんは最初「何を言っているんだ?」と不思議そうな顔で俺を見つめていましたが「問題ありません」と笑顔で答えた。


 俺は微笑みつつ「では、よろしくお願いします」と今後をアサカさんに託した。


 その後俺は三人で酒を飲みつつ、俺と仲間たちの冒険譚を二人に聞かせて盛り上がった。


 次の日の朝、二人が痛む頭を抱えて仕事にならなかったのは言うまでもない。


 え? 俺?

 殆ど酔っぱらえない身体になってしまっているので、二日酔いなどにはなりませんよ。

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