第31章 ── 第47話

 カツ丼、天丼、イクラ丼、海鮮丼、鰻丼、牛丼、親子丼などなど、様々なドン攻勢に仲間たちも、エンセランスも、ご相伴に預かっているマムークも大満足のようだった。


 食後、お腹ポンポコリン状態のエンセランスに聞いてみた。


「何で俺たちが来たことが解ったんだ?」


 地面に寝転がりつつ頭だけをこちらに向けてエンセランスは応えた。


「外のヤツが来たら気付けるように魔法の結界を張っているんだ。

 だからケントたちが転移門ゲートから出てきた瞬間に判ったんだよ。

 今日、ここには偶然来てたんだけどね」

「この森全域に結界張ってるんか?」

「そんなのは無理。

 この田んぼとか畑のある一帯だけだよ」


 そりゃそうか。

 獣人の森全域にそんな結界を張るのは、イルシスの加護でも無ければ俺でも無理だ。


「それにしても……

 俺たちが来た瞬間に飯の催促とか笑うわ」


 俺がケラケラ笑うと、エンセランスは不思議そうな顔をする。


「ケントが来たら美味いご飯を作る約束じゃん」


 そんな約束をした覚えはない。

 まあ、毎回ご飯を作って食べさせていたので、そういうモノなのだと勝手に思っているのだろう。

 まあ、俺としてはそう思われていても何の問題もないが。


「今日来たのは、フソウとの関係について聞いておこうかと思ってね」

「フソウ?

 青竜さんが建国に協力したとかいう隣の国だよね?」

「そうそう。

 なんだか街道を森の端に作ってるって聞いたけど?」

「その辺りはマムークに聞いてよ。

 ボクは名前貸して、ご飯もらってるだけだし」


 相変わらず自分の治める国に興味のないヤツである。

 彼にしてみれば名前を貸す事で、駄賃として人間の文化である料理を貰えるというだけの話なのだろう。

 とは言っても獣人たちの料理にエンセランスは少し不満に思っているらしい

 彼的には「俺の料理ほど上手くない」と……


 料理レベル一〇の俺と比べちゃ駄目だろ。


「マムーク、フソウとはどうなってるんだい?」

「はい。

 エンセランス様が自治領の平定を布告して間もなくルクセイド、フソウ両国から使者が送られてまいりました」


 エンセランス領としての宣言から一ヶ月もしない内にルクセイドが挨拶の使者を送ってきて祝いの品などを貰ったらしい。


 ルクセイドに入った獣人たちは今まで攻撃されたり追い払われたりしていたので、ルクセイドの使者が来た時には警戒していたそうだが、エンセランスが後ろに控えている状態だったので、戦闘にはならなかったらしい。

 ドラゴンの後ろ盾があるだけで、人間たちの態度があっという間に変わった事に獣人たちは驚いた。

 おまけに贈り物までして来たのだから、エンセランス様々だったのだろう。


 ただ、人間と獣人間の関係の修好は良いことだが、両者による取り決めをしっかりと作ることになった。


 隣国と自治領の曖昧だった境界線の平定。

 自治領では通貨制度がなかった為、自治領内の産物の価値設定。

 協定違反が起きた場合の罰則規定。

 犯罪者の相互引き渡し協定。

 ルクセイドと自治領における相手国住民の地位や両領地における双方の自由通行権の確認など。


 聞いているだけでウンザリするほど色々とルクセイドに提案されたそうだ。

 今まで全く無かった文化に幾分戸惑ったそうだが、人間の「規則」という一定のルールを決めておく事の利点にマムークは気付いた。

 エンセランスからも「取り決めは重要」と一言頂いたという事で、ルクセイドと自治領間で公平なルールとなるように話し合って決めたという。


 ルクセイド側は何もわからない獣人を相手に公平な提案をしたみたいだ。

 出し抜くつもりならいくらでも出し抜ける提案ができたはずだが、やはり古代竜の威光は絶大という事だろうな。


 俺が威光の大きさに関心していると、マリスとエンセランスが顔を見合わせて肩を竦め合っている。


「ん? 何?」

「ケントはアナベルを天然と言っておるが、お主も大概じゃぞ」

「そうだよね。

 この自治領、ボクがまとめたとか本気で思ってそうだもん」


 二人は呆れたように言うが、この自治領の平定に俺が大きな貢献したっけ?

 何をしたという意識はないが、役に立ったのだったら嬉しいのだが。


「あのね。

 ここの平定は、ケントが全部やったんだよ。

 そのくらい自覚持とうよ」


 エンセランスが溜息混じりに言う。

 どうやら、エンセランス自身は本当に名前を貸しただけだし、姿をチラリと見せたくらいだという認識らしい。


「でも、今はエンセランスが上手くまとめ上げているよね?」

「獣人のまとめ役はケントが任命したじゃんか。

 ねえ、マムーク?」

「左様でございます」


 マムークが胸に手を当てて俺にペコリと頭を下げる。


「ルクセイドとの話し合いにケント様のお名前を使わせていただきました。

 大抵の案件でこちらが有利な取り決めが出来たのは、貴方様のお名前のお陰だと存じます」

「マジか……」

「マジだよ。

 それにフソウ。

 あそこは、ボクのお祖父ちゃん世代の古代竜が関わって建国されたってのもあるけど、ケントが自治領に力を貸した事を知ってたみたいで、使者たちはかなり丁寧に話を進めたみたいだよ」


 エンセランスはフソウもルクセイド以上に交渉に当たってきたと言う。


「その通りです。

 もちろん、こちら側の領民が隣国に粗相をしない事は固く約束させられましたが」


 そりゃ当然だろう。

 万が一、他国で自国民が犯罪を犯すような事があれば、現地の法律で裁かれても文句は言えないというのは、どこの国同士でも取り決めてあるものだ。

 量刑に関しては、細かく取り決めをする必要はあるが。


 ルクセイドにせよフソウにせよ、パンやおにぎり一つを盗んだ程度なら独房に、あるいは強制労働に一日程度費やされる程度で刑罰は終了するだろう。

 だが、このエンセランス自治領の獣人たちはパン一つで死刑とかになりかねない。

 量刑のバランスが全く取れてないのは解るだろう。


 こういう部分をちょうどよいバランスで取り決めしておかないと、国民やら領民の命の重さが違うって事になりかねないワケですね。

 なのでフソウやルクセイドは、この辺りを非常に細かく決めたんだと思われる。


 どちらの国も貴重な羊皮紙を使って両陣営が合意した文書を残しているのを見れば重要な取り決めだとどちらも思っていた事が伺える。

 紙は羊皮紙よりも経年劣化が激しいのが理由だよ。

 なので、国同士の協定や合意は、羊皮紙を使って文書化するのが普通なのだ。

 紙は保存が悪いと一〇年も持たないからねぇ。


「ケント様、こちらの文書が街道についての新しい取り決めでございます」


 俺は羊皮紙を受け取って中身を確認する。


 何々……?


 フソウはエンセランス自治領の北東側の一部領地を街道を作る為に借り受ける。

 借り受けた土地の木々は伐採し、フソウとルクセイドを繋ぐ街道を作る。

 この街道以外の部分の権利はフソウは主張することをしない。

 賃料としてフソウ産酒類を年間一樽贈呈する。


 これはこれは……


「これ、エンセランスが認可したんだよな?」

「もちろんさ!

 お酒を一樽もらえるんだよ!?

 当たり前じゃん!」


 竜は酒好きだもんな……


「酒一樽だけどさ……」


 俺はインベントリ・バッグから例のフソウが用意したオロチ用の酒樽を一つ取り出して地面においた。


「これが彼らの一樽だよ」


 俺が突然とんでもなく大きい樽を取り出したのを見て、マムークは唖然としており、エンセランスに至っては逆に「大きさが思ってたのと違う!」と大はしゃぎである。


 まあ、予想以上に多かったんだろうけど、あの国で竜に献上する酒ってのはこのサイズなんだと今の内に教えておいて良いだろう。


「一年の賃料としては妥当だろ?

 エンセランスが何を想像していたか知らんけど」

「ボクはケントの館に行った時に地下で見た見た樽を想像してたんだよ」


 館の地下?

 地下貯蔵庫セラーにのヤツか。


 あそこにある各種酒用の樽は直径一メートル、縦二メートルとかなりの大きさだが、コレに比べれば子供みたいなものだ。

 フソウの竜御用達の酒樽は直径八メートル、高さ一〇メートルもあるんだからね。

 恐ろしい大きさだろう?


「そうかぁ、この樽に入る分の酒がもらえるなら、領民に配っても足りるかな?」

「お、独り占めしないとは良い支配者だな」

「当たり前でしょ。名前貸してるだけなんだから!

 ボクはそこまで面の皮が厚くないよ!

 それに、お酒は好きだけど、飲むと集中力が途切れがちになるし、研究に支障が出るから」


 へぇ。

 エンセランスは古代竜だけど、酒には弱い方らしい。

 まあ思考能力が落ちる程度を弱いと言うならだが。


「で、もう街道の工事は始まっているのか?」

「はい。既に街道になる場所の木は切り倒されております。

 今は切り株の処理をしているかと」


 切り株を全部抜くのはかなり手間が掛かるだろう。その後整地もしなくちゃだし。

 周りは森だから出来た後の手入れも必要になるから、警備用の兵隊と整備用の人員が使う建物くらいはあるんだろうな。


「ところで、バルネット魔導王国は?

 何も言ってこない?」

「バルネット……?

 そういった国の使者は来ておりません」


 国のトップが魔族にげ替わっているとか魔族連から聞いているんだが、最近全く何のアクションも起こさないのでかなり不気味な国なんだよね。

 今でも一〇人以上の魔族が潜伏しているはずなんだけどなぁ……


 アルコーンが居なくなった影響なのかもしれない。

 いや、魔族は基本的に寿命がないみたいなので一〇〇年……いや一〇〇〇年計画とか立てていても可笑しくないか。

 とりあえず、今は静観しておくが、あまり甘く見ない方がいいだろう。


「もしバルネットが来たら、ルクセイドやフソウと同じように扱っておいてくれ。

 下手に出る必要はないけど、上から目線で対応するのは駄目だ」


 エンセランスが不思議そうな顔で「何で?」と言う。


「とある情報筋から、あそこは魔族が治めているらしいと聞いているんだ」

「魔族か……

 さすがにボクでも手に余るかも……」

「魔族が一〇匹くらいいるから、そう考えて対応する事。

 まあ、何かあったら俺かマリスに連絡を入れてくれ」

「解った。そうするね」


 エンセランスならマリスと同じ幻霊使い魔アストラル・ファミリアが使えるはずだしね。

 念話が使えれば便利なんだが。


 俺はバルネットがあると思われる北東の方に目をやる。


「ん?」


 俺は北東の空の上に何かある気がして目を凝らす。

 だが、何も視界に捉える事はできなかった。


 気の所為か?


「どうかしたのです?」


 アナベルに問われて俺は「いや、気の所為だったみたいだ」と返事をしつつ書類に目を戻す。


「なあ、マムーク。

 この街道の近くを開梱してさ、簡単な軽食が出せる休憩所を作ったらどうかな?」

「休憩所ですか?」

「この自治領も他の国との関わりが生まれた以上、外貨を稼ぐ必要が出てくると思うんだよね。

 それの一環として、軽食や安全な休憩地を提供する事で金銭を得るのも手かと思ってね」


 俺がそう提案すると、マムークはポンと手を打って「なるほど」と感心する。


「実は外の世界の酒を知ってから、領民が欲しがる事が多くなりまして、それもあって酒一樽で土地を貸すことになったんです。

 外貨を手に入れられれば、酒を他国から仕入れる事も可能になりますね」


 やはりドラゴニュートのマムークは頭の回転が早い。

 本当に彼は有能くんである。


「そういう事だ。

 建築物を立てるならフソウなりルクセイドなりで大工職人を雇うのも手だと思うよ。

 ここの獣人たちの家は、まだ他国のモノほど洗練されてないだろう?」

「そうですが……」


 俺はインベントリ・バッグから金貨の詰まった革袋を取り出してマムークに渡す。

 およそ金貨三〇〇枚ほど入っています。


「これを使え。

 これだけあれば、宿屋と酒場、厩舎やら倉庫をいくつも建てられる」

「ありがとうございます!」

「ああ、金貨ってコレね。

 ボクの寝床のヤツを持ってくれば良かったのか」


 エンセランスは通貨というモノを知らなかったらしい。

 金貨やら何やらはベッドの敷物程度にしか認識していないとは……


 研究機材とかどこから手に入れてたんだって話だが、大方マリスの兄貴のゲーリア辺りから仕入れてたのかもしれんな。


「寝床の金貨はいざという時の為に取っておけ。

 使い方を知ったらあっという間に無くなるぞ」


 彼ら古代竜の食い意地とかを知っている俺としては、モノの価値観を知らない子供に金を使うことを覚えてほしくないのである。


 悪い大人にあっという間に丸裸にされそうだからねぇ……

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