第31章 ── 第46話

 セリアと団長の訓練を見学の後、大使館へと戻った。

 マッジス大使たちと国土開発協力条約について様々な取り決めを話し合う。


 そろそろ出発すると二人に言うと、色々と詰めなければならない事があると足止めをされたので次の地に行くのは明日の朝となった。


 夜を徹して二人から色々と質問されて。魔導鉄道に必要な物資について色々とリストアップさせた。

 一番必要なのは鉄、木材だろう。

 この辺りはルクセイドと共に用意が必要になる。


 次に大量に必要なのはミスリルやアダマンチウムだろうか。

 これはオーファンラントやファルエンケールで買い付けるしかないので俺の仕事だな。


 様々な設計図やそれを元にした部品の開発はウチの工房やトリエンの商業ギルドや職人ギルドに頼んで、進めるべきだろう。

 何にしてもまずは俺が作る設計図が重要だな。

 トリエンに帰ったら早速始めないとなぁ。


 大使館がやるべきなのは、ルクセイド政府と本国との意思疎通だ。

 今回の条約については俺から国王陛下に報告するが、それ以降の業務は彼らにしっかりとこなしてもらいたい。


 街道整備計画すらまだ始まってもいないのに、次の輸送インフラに手を出すのは本来控えるべきなんだが、やれる時にやっておくのが俺の性分なんだよね。

 一人でやるなら過労死しそうだけど、任せられるところは他の人に任せていけば大丈夫だろう。


 とりあえず建造資金は王国の国庫をひっくり返しても出ないだろうから、当面は全て俺が立て替える事になると思う。

 もちろん国には認可してもらわないと駄目だけど、俺をかなり信用してくれているあの陛下が否というとも思えない。

 フンボルト閣下はいい顔しないかもしれないけど。


 何にしても、まだ草案段階だ。

 話だけで具体的な部分はまるで無い。

 なので前段はルクセイドとの国家間通信の確立。

 これが国土開発協力条約の最初の仕事になると思う。


 トリエンの魔法工房は領主が運営しているので公的機関と思われがちだが、基本的には領主個人の運営である。

 なので、俺等は第一セクターではなく第二セクターとなる。

 今回の計画は第三セクター扱いという事だな。

 資金面は俺の単独株主状態になるが、この方が俺としては好き勝手に作れるので好都合かも。



 次の日の朝、朝食を大使たちとテーブルを囲んで済ませる。

 二人共、目の下にクマができてて笑う。

 やはりレベルが一桁の一般人には、徹夜はキツイらしい。


 俺もマリスもアナベルもレベル一〇〇になっているので、一日徹夜した程度ではSPが減った気配すらない。

 俺が減ってないのに肉弾戦が得意なマリスとアナベルが減るはずもないしな。


「クサナギ辺境伯閣下、お次はどちらへ赴かれるおつもりでしょうか?」


 マッジス男爵の質問に「隣だね」と短く答える。


「としますと、古代竜様が治める……」

「我の弟分じゃ」


 マリスがフフンと花を鳴らす。


「お、弟分と申しますと……?」


 エムロー準男爵は何を言い出すのかと訝しげな顔をするが、オリハルコン級冒険者であるマリスが嘘を言うワケもなく、どう扱って良いのか判らないといった感じである。


「あそこを治めるエンセランスはマリスの幼馴染なんだよ」


 俺がそう答えると、エムロー準男爵ますます意味がわからんという顔になる。

 彼らは騎士団本部で「マリスが古代竜の末裔だ」と俺が団長たちに教えた場面を見ているはずなのだが、マリスが本当に古代竜だと信じてなかったんだろうな。

 まあ、それが本当なのだと説得するメリットがないので情報はあやふやに伝えておけばいいだろう。


「ああ、そうか……

 そういう設定なのですね?」


 何を思ったのかエムローがポンと手を打つ。

 と言っている段階で、外交上の優位を保つ為に公式としてそういう事にしているとでも考えたのだろうか。

 国の権威を守る、あるいは誇る為に、竜の血族の末裔と言い出せば効果が高いとか思っていそうだな。


「マリスちゃん、エンセランスちゃん、グランドーラちゃんは仲良し三人組ですもんね!」


 アナベルがマリスと共に得意げに口を挟んだ。


「グランドーラ……?

 アルシュア山の赤竜の名前がそんなだった気が……」

「その赤い古代竜ちゃんですよ」


 アナベルは天然らしく能天気に気味にエムローに教えてしまっている。


 エムローは、グランドーラと聞いた瞬間にブルブルと小刻みに震えている。


「どうかしたのかや?」


 マリスが心配そうにエムローを労る言葉を投げる。


「い、いえ、我が家はアルシュア山の麓に領地を持っておりまして……」


 準男爵という身分で領地持ちというのは珍しい。


「子供の頃から我が領地では赤き悪魔『グランドーラ』は、子どもたちの躾に使われるほどに畏れられております」


 自分も例外ではないとエムローは言う。


 実際にアルシュア山の上空で赤い巨大な竜が空を飛んでいる場面をよく見かけたそうだ。

 それを見る度に子供……いや大人ですら家の中に飛び込んで静かにするとか。


 まあ、古代竜を見たら普通は誰でもそうなるよな。

 はっきり言えば俺もそう行動したいところなのだが、今まで上手くいった試しはない。


「安心するのじゃ。

 グランドーラは人を襲わん。

 特にオーファンラントの人民は。

 ケントと約束しておったしのう」

「そ、そう言えば、クサナギ辺境伯閣下の手引で彼の赤竜をオーファンラントの守護竜としたのでしたな……」


 マッジス男爵は、あの時はまだデーアヘルトの自宅にいたので空を覆う巨大な影を見たらしい。

 古代竜が攻めて来たと彼と彼の家族は恐慌状態になったという。

 それが伝説の赤き竜グランドーラだと後で知って身が震えると共に、国の守護竜になったという話に安堵も覚えたと吐露する。


 竜が国を守っているという話は西側諸国に多い話だ。

 東側では見られない伝承である。

 現在、大陸に現存する古代竜の一族は、基本的にティエルローゼの神々に恭順している。

 恭順していない一族もいるらしいが、そういう竜もひっそりと隠れ住んでいて神々の治める大陸では悪さをしない。

 だから神々ですら口を噤むシンノスケの魔神動乱の元凶であった東側の国々に関わろうとする古代竜はいなかったのだろう。


 動乱前に竜と関係があった国があったかどうかは、魔神になったシンノスケによって東側の国々が滅ぼされてしまった今となっては全く伝わってないので判らない。

 今ある東側諸国は、魔神動乱以降に勃興した若い国々なのだ。


「基本的にマリスの正体は秘密だ。

 マリスを悪用しようとするバカな者が現れては困るからな。

 その辺りは弁えておくように」


 俺は二人に一応ながら釘を指しておく。

 二人の畏れや怯えの浮かぶ表情を見る限り大丈夫だとは思うが。


「失敬じゃぞ、ケント。

 我が安々と悪事に加担するとでも思うのかや?」

「いや、万が一の話だよ。

 一流の冒険者たるオリハルコン級のマリスがそんな事になることはないと信じているけどね」

「当然じゃ」


 フンスと鼻を鳴らすマリスに「攫われた事はありますけど」とアナベルが追い打ちを掛ける。

 言われたマリスは「ぐぬぬ」と何も言えなくなってしまう。


 アナベルには悪気はないのだが、例の攫われた件はマリスにとって恥辱の一撃である。

 マリスの急所に素早くクリティカル・ヒットを与えるアナベルの手腕はマジで侮れないと俺は思う。


「アナベル、そういうモノ言いは止めとけ。

 マリスにとっては古傷を抉る事だからな。

 フォローもせずにそういうモノ言いを続けていると嫌われるぞ」


 一応アナベルを窘めておく。

 彼女は天然だがバカではない。

 一度言えば言動を改めるに違いない。


「ご、ごめんなさいなのです……

 マリスちゃん、私の事嫌いになった……?」

「何じゃそれは。

 その程度では嫌いにはならんのじゃ。

 あれは我の不覚によるところが大きいからのう。

 心配は不要じゃ」


 マリスはフンと鼻を鳴らすが、古代竜の一族としては周囲には余り知られたくない黒歴史のはずだ。

 だが、たった一言で関係が壊れることが対人関係にはある事だ。

 こういうのは問題になる前に対処しておいた方がいい。


「その話はこれで終わりだ」

「承知じゃ」

「はいなのです」


 二人は戦闘において息の合った連携プレイができる間柄なので、今後持ち出さないように言っておけば問題にはならないだろうと思う。


「二人共、今の話はどこにも漏らさないように。

 漏れた事が判ったら、この世から消すよ」


 少し威圧を乗せて脅しておく。

 案の定、二人共プルプルと震えながら頷いた。


 まあ、貴族位の上位者からの命令なので逆らえないとは思うけど。

 ただ、俺よりも上位の貴族に迫られたら漏らす可能性は否定できないが。

 国王や公爵に目を掛けてもらっている俺を敵に回せる上位貴族は今では中々いないとは思うけど。


 食事も終わり出発の時間になる。


「それでは大使殿、後はよろしく」

「お任せ下さい」


 俺の言葉に打てば響くようにマッジス大使が返事をする。


「では、また」

「は、お気を付けて」


 俺は頷いて転移門ゲートを開いた。


 マリスとアナベルが先に転移門ゲートの飛び込む。

 直ぐに俺は彼女らの後を追った。


 潜った先は例の約束の地のど真ん中である。


「おかえり~」


 転移門ゲートを潜ると陽気な声でそう言われる。


 見ればドライアドの一人だ。


「やあ、変わりないか?」

「あれから変わったよ?

 もう争いは無くなったから」


 そうなってたら、この辺りは既に消し炭になってるよ。

 エンセランスは馬鹿じゃないので、自分が治めているのに諍いが起こるなら確実に獣人滅ぼされてますよ。

 破壊の象徴である古代竜の力を畏れてない事になりますからねぇ……


「リサドリュアスは?」

「今は世界樹におられるかと。

 ここの気候管理なら私達だけでも何とでもなるから」


 ふむ。

 今は作物の世話は色々教えられた獣人たちがやっているはずだし、気候管理くらいというのは本当なんだろう。

 以前来た時よりドライアドの数が少なくなっている気もするし、今のドライアドの仕事はそこまで多くないんだろうな。


 とその時、走ってくる美少年が目に入った。


「ケント~~~!」


 あ、エンセランスだ。


 エンセランスは、自分の研究室に籠もっているのかと思ったが、ちゃんと外に出て活動しているんだな。

 研究バカなのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 走って出迎えてくれるとは何か嬉しい気がするね。


「エ、エンセランス様~~~!

 お、お待ちを~~~!」


 竜人族ドラゴニュートが必死にエンセランスを追っているのが見えた。


 あれはマムークだな。

 議長として頑張ってくれているだろうけど、あの様子だとエンセランスに振り回されている可能性があるなぁ。


 息も切らせず俺のところまで走ってきたエンセランスとは違い、マムークの方は相当息が上がっている。


「……はぁはぁはぁはぁ……

 クサナギ様……はぁはぁ……

 よくぞお越し……はぁはぁ……

 下さい……はぁはぁ……ました」

「息を切らすなら飛んでくればいんじゃん」


 笑いながら言うエンセランスの頭にマリスの飛び上がりチョップが炸裂する。


「あだっ!!」

「痛くて当然じゃ!

 下々の者を振り回すでない!」


 自分の頭を撫でつつ涙目のエンセランスが口を尖らせる。

 だが、チョップへの抗議の言葉は出ない。

 マリスの弟分だけに、マリスの横暴に慣れているのであろう。


 まあ、マリスの意見ももっともなのだが。

 エンセランスは以前の研究者という一面もあるが、まだ古代竜の中では子供なのだ。

 マリスは俺たちと旅をするようになって、だいぶ落ち着いてきたからな……多分。


「元気そうだな、エンセランス」

「そりゃあね。

 で、今日は何の料理を作ってくれるの!?」

「お前はケントに会う度にそれじゃな!」


 確かに俺が作る料理をエンセランスは気に入っているからなぁ……


「じゃあ、今日は何か作るか」

「ドン! ドンで頼む!」


 丼ものがいいらしい。

 これにはマリスも頷いている。


「お主も判ってきたようじゃな!」

「イクラ丼がいいのです!」


 ああ、食いしん坊チームに火が付いたか?

 仕方がない、丼づくしでもやってみるか。


 こうして、自治領に来て早々、やらなければならない仕事が出来てしまう俺なのであった。

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